「ウェルターのTちゃん」

私が、かろうじてオレだったころ、オレはTちゃんと一緒の事務所に居た。
Tちゃん、オレより4ツ年下だ。学校の後輩だが、当然高校時代には知らない。
Tちゃんも人懐っこいし、オレとは相性が良かった。
面倒見ているというより、遊び相手だった。そんな頃のことだ。

Tちゃん、オレよりデカイ。身長180cmはあるはずだ。
高校時代はボクシング部、ウェルター級だ。
国体予選も優勝した、が。その試合で拳を痛めた。それきりボクシングは止めたようだ。
独身寮ではアーノルド君と呼ばれたらしい。
風呂場で会う連中が驚くのだ、並の体格ではない。

Tちゃん、バイクにも乗っていた。確か2ストのレプリカ、NSRかなぁ?
箱根で会社の同僚とキャンプをしたことがあった。
Tちゃん、サッソウと黒のツナギで現れた。途中天気は最悪だったハズだ。ずぶ濡れか?
かなりの苦労して高速を抜け、峠を登ってきたはずである。
「いやあ、大変だったねぇ、おおカッコイイので来たねぇ〜」
ほとんどの連中は四輪で来ていた。オレもだ。

と、そこへ。ブゥべべべべべべべ〜
小田原に住んでいるAさんがスクーターで到着した。
フルフェイスのメットはいい、が、甚兵衛に雪駄履きである。
とんでもない恰好だ。「いやぁ〜、お疲れさん〜」とか言っている。
ちょうどいいタイミングで家を出たという、殆ど濡れていない。
70ccくらいの排気量だろうか、箱根峠を登ってきたのだ。
皆んなの関心はすっかりAさんに移ってしまった。

Tちゃん、ツナギの袖を脱ぎながらムッツリしている。
あ〜あっ。
まぁ、単車に興味がある人達ではないから、しょうがないねぇTちゃん。なっ。


ある日、昼休みに。
Tちゃんがワイシャツのボタンを外して、ブツブツ言っていた。
オレ。「どうした?ナニやってんの??」
「なんか俺、病気みたいなんスよ・・・。」表情が深刻だ。どれどれ。
痒いのか?痒くないっ。ジンマシンかな?
ちょっと覗いてみた・・胸のあたり・・

な〜んだTちゃん。「キスマークじゃねぇか〜ぁ」・・この野郎。
なんとまぁ、いくつも。随分激しいねぇこりゃあ、オイっ。
言うのと同時に小突いていた。美味い事やりやがって。

Tちゃん。「えぇ・・(考えている)・・・ははは・・」
ゲンキンなものだ。急に明るくなりやがった。勝手にしろ!
そんなもん、知らんのか!!まぁ知らなきゃ知らないわなぁ。
Tちゃん、結構モテるのか?どこかのお姉さんにスパーリングしてもらったらしい。
けっ!いい気なものだ。


それでTちゃん、大人しいばかりではなかった、らしい。
虫の居所が悪いと出かける。叩きに行くのだそうだ。
夜の町を歩いていると、喧嘩をしたいヤツラに会うのだそうだ。
相手が3人ぐらいだと勝手に吹っかけてくる。「待ってました」って思うんだそうだ。

「止まってるようですよ。サンドバックと変わらないッス。」
「いいんですよ。ヤリタクて歩いてるんだから、向こうから勝手に突っかけて来るんだから。」
「加減してますよ〜ぅ。どこでも叩けるんです。」
かなり狂暴である。難癖をつけた相手も不幸だ。気の毒でもある。
最初からそのつもりだから、あっという間に立ち去る。
面倒なことにならないのが不思議だが、いつもソレで清清しているという。


で、そんなTちゃんがオレに話した。
「B先輩が、殴るんですよ。飲むといつも・・・。」かなり参ってるようだ。
Bさん。オレより2つ3つ年上だ。かなりのモサだ、少し酒癖は悪いかもしれない。
Tちゃん、モロに食らっているわけはない。適当に当てさせている、が、シツコイのだそうだ。
オレ自信はBさんとは仲良しだ。オレが弱っちいからだと思う。変なムードにはならない。
むぅ、相談されれば放っておくわけにもいくまい。かなり厄介だが・・・。

シラフで話す機会もなかったから、Bさんに飲んでいる席で聞いた。
オレ。「なんで、殴るんですか・・・アイツは手ぇ出さないでしょう?」
「生意気なんだよアイツは・・・云々・・・」
「俺は殴りたいやつはヤルンだ・・・必要なら殴る・・」
「ふーん、お前かっこういいねぇ〜」らちがあかない。
ほう、「必要なら」ね。要は殆ど理由など無い、手出ししないのが分っているからヤッテるのか。
そう判ったときに、たぶんオレはキレれていたと思う。顔も青かったはずだ。

お開きになったから、表に出た。ふーん、必要ならねぇ。上等だ。
少し遅れてBさんが出てきたところに突っかけた。加減する程の余裕がオレにあるわけはない。
綺麗に入った、渾身のつもりだ。が、よろけるだけで倒れはしなかった。
突っ立っているから、2発3発と続けた。オレも滅裂だ、ただのヨッパライだ。
後から出てきた連中が間に入って終わった。Tちゃんも居た。
「この野郎ッ・・」Bさんはそう言っただけだ。

あ〜あっ、やってしまった。話ですまなかった。なんでだ?
おまけに翌日になっても、右手の甲のクスリ指の筋のあたりの腫れが引かなかった。
Tちゃん。「先輩ぃ、こりゃ骨がイッテますよぉ、医者いったほうがいいよぉ。」
Tちゃん、オレがまさかヤルとは思わなかったらしい。そりゃそうだ、オレも思わなかった。
やれやれ、Bさん凄い石頭だったらしい。オレも柔だなぁ・・・。

カッコ悪りぃ。包帯をして出社した。
Bさんとも会う。目が合った。一言、「・・馬鹿、、」呆れているらしい。
かなり気まずかったが、取り合えず一件落着してしまったようだ。
周りも当事者同士が、その後何も言わないから放任だ。
Bさんが、考えを改めたかどうか。その後具体的に話したことはない。
良くも悪くもそういう時代だったのか、ワダカマリもなにも残らなかった。


Tちゃん、しばらくユックリと話をする機会もなかった。
すぐ近くのビルに配転されてきた。それで、こんな話を思い出したわけだ。
まだバイクに乗っているだろうか?どうかなぁ。
この前会った時にはウェルター級というよりヘビー級。違うなぁ。
「小結」といったほうがハマルように、なってしまっていた。
あ〜あっ、こんなになっちゃって・・・・。

Bさん?元気元気。近くに居るから、今でも良く会う。
酒は、私があまり飲まなくなったので一緒に飲むことはないのだが。
すっかり薄くなってしまったが。あんな硬いもん、触りたくない。
結構懲りた。正直な気持ちだ。
これも・・・今だから笑い話、かも知れないなぁ。