「M氏・・・」

BMW。シリンダーが飛び出ている。かなりデカイ。
女性が座席に腰掛けている。記念写真だ。
BMWの向こう側に立っているのがM氏。
謹賀新年とある。写真は小さいが笑っているのは判る。
ツーリング先だろう。何処で撮ったのか。


「こんにちは〜っ!」
いきなり挨拶をされて振り返った。
めずらしく仕事に集中していて、部屋に入ってきたのに気がつかなかったのだ。
もっとも来客は自由に直接事務室に出入りできる。
セキュリティなんて言葉だけで、守るものもここにはない。

「Mですぅ。・・はいぃ。昨日お電話したモンです。」
もじゃもじゃ頭、鼻の穴のデカイ脂ぎった顔があった。
黒い皮ツナギ、ヘルメットをぶら下げている。
私がキョトンとしていると「かかかっ」と笑った。
「いやぁ、あのぅ。バカラ技研(仮称)のMです。」

ああそうか、電話でアポをもらっていた。支社からの紹介もあった。
しかし、この風体はなんだぁ?営業に来るという話だったが。
「すぃません。今日3箇所もまわるんで、コイツでないと回り切れないもんで。」
コイツと言いながら、右手をクイクイと捻っている。単車か・・・。
歳は40がらみ、いいオッサンだが。

取り合えず、掛けてもらって話した。テーブルにメットを置く。
「これがサンプルでして・・・・」
M氏との付き合いはこうして始まった。17〜18年前だったか。
付き合いといっても、仕事だ。個人的なものは殆どない。
私も単車に関わらなかった時のことである。

「ナナハンですか?」
「あはぁ。もうチョット大きいんですけど・・・。」
なんか、凄ぇオッサンである。
確か当時は国産のリッターオーバーだった。チョットどころではない。


M氏。
どこにでも単車で来る。どこにでも単車で行く。皮ツナギだ。
もっとも私と同行するときは会社のライトバンだ。
「いやぁ、友達が言うんですよ。私のにはスロットルいらないって・・・。」
「オンとオフがあればいいって、ね。いつも全開だからかなぁ。」
「ひっひっひっ」
単車の話しが始まると止まらない。まぁ退屈しないからいいが。
でも、運転は普通だけどな?

M氏の会社。バカラ技研の所長がまた凄い。風体が、である。
白髪で総髪、アインシュタイン風といえば聞こえがイイ。博士なのだ。
怪しい。妖しいというほうが似合いだ。
うはぁはは〜っと話しながら笑う。切れかかっているように見える。
まるで、妖怪だ。この所長あって、あの営業M氏ありである。
建材関係の薬品や溶剤を扱っている。

「ははぁ、初期のヤツはアパートで使ったら小鳥が死んじゃったことがありまして。」
「いやいや、参りましたぁ。ぐわっはっはっ!奥さん怒っちゃうし、もう。」
「あっ、大丈夫です。今回のヤツは違う調合ですから、安全安全、ぶははっ。」
何をどう研究しているのか?難しい話はしたことがない。

「秘密ですよぅ。教えてあげないぃ。」真剣なのかどうかも怪しい。
話しだけ聞いていると、マトモなのかどうか判らなくなってくる。
数年間取引があったが、一緒に仕事をするのはとても楽しかった。
「とても可笑しかった」という表現が正しいかも知れない。

M氏に最後にあったのはいつだったか、記憶はない。
バカラ技研も発展的解消?をしたと後に聞いた。
それでもM氏とは毎年、年賀状だけは交換している。
M氏はいつも単車と一緒に写っている写真だ。乗りつづけている。
ああそう、奥方もいつも一緒に写っている。
奥方はフタマワリもM氏より若い。結婚した時は19才だった。犯罪行為だ。

私が見たM氏の単車に乗る姿は、殆どいつも後ろ姿だけだ。
打合せが終わると、サッサと嬉しそうに帰っていく。
私もいつの間にか当時のM氏と同じ年齢になってしまった。
何を考えたか単車も乗り始めた。
M氏と馬が合った訳だ。同類項だったからに違いない。
当時は、残念ながら気がつかなかった。


ひとつ疑問がある。
バカラ技研の所長。あの博士も単車に乗っていたのだろうか?
乗ってたら凄いかもしれない。
なんか怪しい燃料や添加剤を開発していたに違いないからだ。
もしかすると・・・・。
きっとそうだ。ハハハっ、それで髪が爆発していたんだ。

おしまい


私のシェルパは白黒ですから、パンダ君と呼んでますが・・・。
ケーサツ関連をそう表現することがあるらしいですね。
変えようかなぁ。