「楽園」

南の島へ行ったときのことだ。
日本から見たら南である。まぁ赤道の近くだ。
この国は大きい。が、この島は小さい。

まだ私がお父さんでないころ、カミサンでない妻と出掛けた。
豊かな島だ。米が年3回取れるという。
雨季と乾季がある。冬が無いということだ。
飢えと寒さに無縁なところなのである。
人々は純朴である。

レストランでシーフードを楽しんだ。その帰り道である。
「シャチョ〜ゥ!?」声をかけられた。
日本人らしい男はココでは皆んな「シャチョウ」だ。
日本人なら中学生くらいの物売りの少年が愛想よく笑っている。
しょうがないから私も笑った。特に意味はない。

「イイ物アルネェ。1個シェンイェン。」
銀?製の腕輪をジャラジャラと取り出しながら、笑いかけてくる。
(お〜い!、カミサンはもうスタコラと逃げ始めた。まてよオイ。)
「いらないよ。イラナイ!」
それに、今は現地通貨とUSドルしか持っていない。

「アッアァ〜。ダァイジョウブ。」
「オッニイサァン。」急にお兄さんになった。社長よりはマシか?
「2個、2個でシェンイェン。カッコイイヨォウ。モテモテヨゥ!?」
「違うよ。イラナイ。欲しくないって言ってるんだぁ。」
分かっているのか、いないのか。
相変わらずニコニコしながら憑いて来る。

「おーい」もうカミサンは10mも先に行ってしまった。(待てッたら。)
足を速めた。少年は小走りだ。
「ワカッタ!ダァイジョブ!ジェンブ!ジェンブデ、シェンイェン!!」
「ヒィトォツ。フタァツ。ミッツ・・・・」
ひぃえ〜っ。日本語で数えていやがるぅ。
わかんないのか「いらないんだ!」ったら。

「・・・ジュウニコォ。デ、シェンイェンヨォ!?」
カミサンに追いついたから立ち止まった。
「アッア〜。」
なぁにが、あっあぁ。だ。「いらない!!」ってば。

「コッチハ、チョットタカイネェ。」
なんか、水晶のような石を取り出した。
これは駄目だ。なんとしても売りつけるつもりだ。
カミサンと目が合った。その頃はそれだけで意志が通じた。

「いらないぃ〜!!」なにも叫ばなくてもよかったが。
それを合図にダッシュした。走って走って走った。
こういうときは世界共通だ。逃げるしかない。
後ろで「シェンイェ〜ン・・」まだ。言っている。

しばらく走った。炎天下である。すぐに汗が吹き出て・・・歩いた。
振り返った。良かったモウいない。
「なんだ。あれはぁ・・・」
「とにかく千円欲しいのよ。相手してらんないわ。」
(何だよ、ヒトをおいて先に逃げやがって)

ああ参った。疲れちまった・・。

?Borurur......
??「syenn...yen....」
???Borururww.....
ブゥォォオオン・・・「・・ニィィ〜サァ〜ン・・」

ひッ!!
「オッニィ!サァ〜ン!!」さっきのガキだ。
バイクで追いかけて来やがった。2ケツだ。
後ろに乗って手を振ってやがる。
別の少年がカブみたいなヤツを転がしている。

横まできて、ニィっと笑った。
「オニィサァン・・モット、イイノ、アルヨゥ。」
木箱を抱えている。勘弁してくれぃ。
いらない!!って、言ったらいらない!!

「・・・・・。」
カミサンと一緒に駆け出した。ホテルまで200mくらいか。
全力疾走だ。バイクには敵うはずないが・・・。

「シェンイェン、ヨウ。ダイジョウブゥ・・・」
ひぇ〜ッ。並走しながら、笑っているぅ。

さすがにホテルのロビーまでは憑いて来なかった。
ちょっと、柱の陰から覗いた。
うわ〜ぁ。こっち向いて手を振っている。
張ってるつもりかぁ・・・参ったなぁ。


ビーチ手前にいる現地のオバチャン?はもっと凄い!

髪をミツアミにしてくれる「三つ編みオバチャン」
マニキュアを塗ってくれる「マニキュアオバチャン」
オイルマッサージの「マッサージオバチャン」
居る。訳の分からんオバチャンがいっぱい居る。

一人に捕まったら、もう駄目である。しゃぶられる。

三つ編みにマニキュア、日焼けした顔・・・。
えせスティービー・ワンダーになってやっと開放される。
一通り「シェンイェン」を渡したと、見てもらえるのだろうか?
とにかく顔が白いうちは、散々に追いかけられるのである。
日本人は人気者だ。


バイクは凄い。
早朝と夕方。どこからともなく湧いて出てくる。
通勤ラッシュだ。道にあふれている。日本製だ。
2人乗りは当たり前。3人以上乗っているのも珍しくはない。
乗れるだけ乗り、積めるだけ積んで走っている。
昼はあまり見かけない。


「千円」
大学を出る。現地語?、英語、日本語。3カ国以上の言葉を使えればエリートだ。
で、ホテルの従業員などの職にありつく。
1ヶ月で「千円×10数枚」といったところだと聞いた。
それで家族が十分裕福に暮らせるのである。

スティービーになったまま、帰ってこない若者達も居るらしい。


おしまい。