「哀愁」
男は、そこにいた。桟橋、ひなびた漁港だ。
長身ではない、むしろ小柄か。肩幅はがっちりとしている。
皮ジャン。ライダージャケットと言うのか。
日の出前を感じさせる空の色だ。
穏やかな風。
男は風景に溶け込んでいる。
男の手前。桟橋の中央あたり。
およそ風景とは異質なシルエットが、ある。
男の体躯には、およそ不似合いな凶悪なサイズだ。
リッタークラス、ネイキッド。
ミラーにかかっているのはジェットヘルか。
男はいつからそこにいるのか。
暁が訪れた頃か。
気がついたときにはそのシルエットが。
そこに現れていた。
朝日が差した。
太陽は一気に加速して姿を現す。
男の小柄な姿と、巨大なバイクが影から物体に変わった。
微動だにしなかった男が動いた。
胸元を探る。
USAブランドのタバコだ。
チン!いぶし銀。ジッポーだ。
深く吸う。
何か、思いついたように煙を吐いた。
!!
男はにわかに立ちあがると数歩いた。
足がもつれた。
よろけただけだ。が、しゃがみこんだ。
桟橋の際だ。何か見つけたのか。
・・・もどしている。
数回に分けて。肩が痙攣している。
しばらく動かない。動けないのか。
よれたネクタイ。擦り切れたビジネスシューズ。
よく見るとジャケットが不釣合いだ。
ジャケットだけ羽織っているのか。
男は日の出を見ながら。
気がついたのだ。
・・・思っていた。
「なんで、俺はココにいるんだろう。」
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かなり以前のことだが、私のいた職場に「酒を飲むと海辺にいる」先輩が居た。
温和で口数の少ない、やさしい先輩だった。
その先輩が、酒を飲むと変わる。幸い小柄なので暴れても大して迷惑ではない。
適当になだめると、機嫌をなおして帰っていく。
その後、かなりの確率で単車に乗って海へ出かける。らしい。
本人がそう言うのである。座ってタバコを吸っていて、我に返るそうだ。
違反も事故もしたこと無いそうだ。ほんとかぁ!?