【父・83才】
渋江喜久夫:
個展の時に83才だった父も、早いもので無事“米寿”を迎えた。今も故郷で近くに住む弟の嫁達の助けを借りながら、積極的に病身の母(82才)の介護に明け暮れている。離れて暮らす我々長男夫婦は、真に心苦しい限りである。「第二次世界大戦」等、めまぐるしい激動の社会を乗り越え、現在も尚“ポジティブ”な生き方をしている我々兄弟自慢の父である。平素何をしているのか理解に苦しむであろう私の個展を一番喜んでくれたのが、おそらくその父だったのでは……?(点描)/渋江利男-平成18年6月永眠・享年90才
西谷 史:
渋江さんの描く人物像の特色は、そのライティングにある。さまざまな方向から自由自在に光をあて、モデルの特色を引きだしてゆくのだ。ところがこの父上の肖像画では、そのテクニックをほとんど使っていないように見える。皺の一つひとつ、髪の毛の一本にいたるまで、その内面から溢れてくるものを刻みつけようとでもするように、細心の注意と真心をこめて描かれている。おそらく渋江さんはこの絵を描くときに、目の前の父上を見るのではなく、心の中の父上を見ていたはずだ。心の中の父上には、光も影もない。すべてが融合して一つの尊い存在になっている。それが見事にこの絵に表現されている、唯一無二の肖像画である。

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