第5回 東梅田ローズ劇場(梅田) withともぞう


梅田の泉の広場の近くにある階段を上り、そこから5分ぐらい歩いたところにその映画館はあった。
見た目はただのポルノ映画館だ。
ただでさえ心身ともに疲れて重い足どりがさらに重くなる。
映画館の場所を確認したあと、一旦その近くを離れてともぞうと会議を開いた。
今日はあいりん地区に飛田新地と、あまりにディープな世界を見てきて、正直僕たちは「もうええやろ」という気持ちも少なからずあった。
しかし、今日を逃してはもう二度とこの地を踏むことは無いだろうと思った僕がともぞうを説得し、結局行くことになった。

ここで軽く、僕が高校生の頃とある本で読んだ東梅田ローズ劇場の概要を述べておこう。
平たく言えばここはホモ専用映画館である。
座席の数が大体50ぐらいの狭い映画館なのに、うしろの立ち見スペースがやたら広い。
ナンパされたいホモは座席に座り、ナンパしたいホモは立ち見スペースから自分好みの男を物色する。
気に入った男を見つければ自分もその隣に座り、拒否されなければカップル成立、拒否されればまた立ち見スペースに戻るという単純明快なシステムだ。
何も知らずに入った一般客は、映画を見に来たのに男に迫られて面食らうらしいが、僕は基本的な知識を持っていたので、どんなにしんどくても席には座るまいと心に決めていた。

さて、入ろうと決めたはいいものの、入口のある通りは人通りがかなり多く、ましてや男2人で入って、周囲の注目を浴びるぐらいならまだいいが、中にいるホモの方達にひやかしに来たと反感を買おうものなら、無事に帰してもらえないのではないか(これも偏見だろうが)という考えから、じゃんけんで負けたともぞうが先に入り、その1分後に僕が入ることにした。
2階で切符を買って、3階にある映画館へと進む。
中に入ると、なんとも言えない退廃的な香りが漂う。
たばこと体臭と体液のまざったような香りだ。
立ってる人と座ってる人の割合は半々ぐらいにもかかわらず、席はガラガラ。
とりあえず絶対に座席には座らないと心に決めていたので、後ろの壁際のともぞうの1メートル離れたところぐらいに立った。
スクリーンを見ると、いきなり男同士のカラミが展開されており、乳首を吸われた男の喘ぎ声が館内にこだましている。
暗闇に目が慣れてきたので回りを見まわしてみると、年齢層がやたら高い事に気づいた。
20代の客は僕らだけだったのではないかと思う。
デブからガリガリ、金髪にじいさんに外人と色々な人が目につく。
少なくとも同人誌系のホモ漫画に出てくるような美しいホモは1人としていない。
自分の前を何人もの人が横切って行く。
そしてすれ違いざまに必ず僕の顔を覗きこんで行く。
僕は「絶対に目を合わしてはいけない」と帽子を深くかぶり、人が通りすぎるたびに下を向いてやり過ごした。
僕はこの日ほど帽子をかぶっていて良かったと思った時は無かった。
帽子をかぶっていないともぞうは大丈夫かと横を見ると、意外と平気そうな顔で映画を見入っている。
「こいつけっこう肝すわってんなあ」と心の中でつぶやく。
僕は映画を見に来たわけではなく、この場を体験したかっただけなので、もうそろそろ出ようとともぞうにアイコンタクトをとろうと試みるが、ともぞうは映画を食い入るように見ていて、こちらのサインに気付いてくれない。
そのうちどうやらともぞうの横にいたおっさんにアイコンタクトが伝わってしまったらしく、おっさんが僕に熱い視線を送り始めた。
そうなるともう僕はともぞうの方を見ることも出来ず、仕方なく映画を見ることにした。
映画の内容は全く覚えていないが、恐ろしく演技のヘタな役者で、セリフもほとんど棒読み。
なのに男とのカラミのシーンになると、気持ち悪いぐらい迫真の演技を見せてくれる。登場人物もほとんど男。
男しか居ないこの空間でそんなD級映画を見せられたら息も詰まってしまう。
脇役で一度だけ女の人が登場したことがあったが、さして可愛くもなく演技もヘタなのに、女の人がスクリーンに映るだけで妙な安堵感を覚えてしまった。
5分ほど映画に集中してると、さっきのおっさんが我慢しきれなくなったのか、席のほうに歩いていき、僕のほうをチラッと見た後、僕の前方の席に腰掛けた。
「ん?ひょっとしておれアプローチされてるのか?はは、まさかな」と心の中で自問自答した次の瞬間、おっさんが席に座ったままおもむろにこっちを振り返り、僕も不意のことでおっさんと思いっきり目が合ってしまった。
「ヤバい!!」次の瞬間とっさに僕は目を伏せた。
体中から油汗が噴き出す。
鼓動が早くなる。
次に顔を上げた時にはおっさんはドアの方に向かって歩いていた。
「なんとかやり過ごせたか」とほっとしたが、いよいよ本気で外に出たくなった。
相変わらずともぞうは映画に集中している。
僕は、こんなこともあろうかと前もって打っておいた「もう出よう」というメールをともぞうに送信した。
が、数分経ってもともぞうに届いた様子は無い。
仕方ないのでもう1回送ろうと自分にしか見えないようにメールを打っている時、何か自分の尻に妙な違和感を感じた。
「触られてる!!」ということに気がついた瞬間体中の血液が逆流し、次の瞬間には50センチほど横に飛びのいていた。
今度はさっきのおっさんではなく、金髪パンチの兄ちゃんだった。
もう僕は限界だと思い、ともぞうに小声で「出よう」と言って、さっきのおっさん達に会わないよう最初に入ってきたのと反対側のドアへと向かった。
ともぞうも後ろからついてくる。
ドアを開けた瞬間、目の前が真っ白になった。
そこは出口ではなく、トイレへと通じる小さな待合スペースだった。
立ち尽くす僕とともぞう。
ぼくはもう頭がパニックを起こして、逃げるようにまた暗い館内へと入り、そのまま小走りで逃げるように反対側の出口から外に出た。

悪夢のような館内から出て、町を行き交う人を見た時、思わずそこでへたり込んでしまいたくなったが、頑張って梅田の地下街まで歩いて、そこでほっと大き目のため息をついた。
お互い口を開くなり、「すごかったなあ」の一言。
後で聞くと、どうやらともぞうも1人の男からアプローチされたらしい。
僕も、「おれは2人やからおれの勝ちやな」などと、やっと自分のペースをとりもどしてきた。
「ところでお前見たか?」とともぞう。
「何を?」
「最後出る時、立ち見スペースにいたおっさんが隣の外人のモノをこすってたやろ」
「マジで?出ることに必死で気付かんかったわ。まあ見たくも無いけど」

やはりディープな世界である。

そのあと梅田の地下のマクドに行ったのだが、そこの女の店員さんが天女のように見えました。