第7回 ゴーゴーバー(タイ・バンコク・パッポン通り)
バンコクのパッポン通りといえば、売春ツアーのおじさんたちの聖地、風俗界のエルサレムである。
卒業旅行でタイに行ったのだが、「買う」ことをしないまでも元々一度は行ってみたかった場所である。
パッポン通りにおけるゴーゴーバーというのは、主に観光客が訪れる最もポピュラーな店だ。
勉強不足だったところだが、僕は実際に行くまでゴーゴーバーを「半裸のお姉さんが踊ってる飲み屋さん」と意識していた。
元々「買う」気は無かったし、「有名だからある程度安心できてネタにもなるな」という気持ちで行ったのである。
以下、「」は日本語、<>はカタコトの英語の会話です
店内は薄暗く爆音でダンスミュージックが鳴り響き、中央に大き目の一段高いお立ち台スペースがあり、その上で下着姿の女の人が20人ぐらい踊っている。
最初に自分の飲み物を注文するのだが、当然ながら高い。と言ってもビール一本140バーツ(1バーツ=2.7円)だから知れてるが。
回りの客は白人ばかりで、面白くなさそうに皆お立ち台の上を睨みつけており、女の子が寄っていっても無愛想に対応し、追い払っている。
その意味も最初わからず、初めは友人と2人でお立ち台の上の女の人を眺めていた。
踊ってる女の子は、とりあえずほとんどみんなかわいい。
その内の半分ぐらいはさらに本気でかわいい。
その中でもやっぱり自分の好みの子に目が行ってしまうもので、同じ子ばかり見てると向こうもその視線に気づいてたまに目が合う。
目が合った子はお立ち台からこっちにやってきて、<コーラたのんでいい?>と聞いてくる。
<いいよ>というとその子は隣に座る。
この店のコーラは一杯90バーツ。日本円にしてせいぜい250円ぐらいだからこういう店にしては安いと思うかもしれないが、普通に屋台やコンビニで買うと一本10〜15バーツなので、それに比べるとやっぱり高い。
初めのうちは寄ってくる子みんなに<いいよ>と言ってたらいつの間にか僕らの周りに人だかりが出来て、みんな口々にコーラをねだって
くる。
初めに横に座った子に<これは永遠に続くの?>と聞いたら<そうよ>と言われたので、「これはヤバイ」と思いそれ以降はやめたが、その時には僕らのテーブルにはコーラのコップが10個近く並んでいた。
「まあいいか、それにしても炭酸は抜けてるわぬるいは、まずいコーラだな」なんて思いながら、とりあえず隣の女の子と話をしてたら、他の子が近寄ってきて、<彼女はオカマよ>と言う。
<マジで?>隣の子はにこやかに<そうよ>と答えた。
<信じられん>お世辞ではなく、心の底から漏れた言葉だ。
確かにそう言われてみれば背は高いし骨格もがっしりしてるが、顔も肌も髪もどう考えても女の子のものにしか見えない。
友人に「この子オカマらしいで」と言っても、彼も「ウソやろ」と驚いた顔をしている。
ここで予備知識をいくつか。
タイにはオカマが非常に多い。
というのもタイは熱心な仏教国であり、生まれ変わりが信じられている。
そのため、性に対しても非常に寛容な意識を持っている。
「前世において私は女だったんだから、今男に生まれたのが間違いなのよ」という理屈が普通に通るのである。
あと肉体に対する意識も全く違う。
魂は永遠であるので、肉体は単なる「魂のいれ物」としか見なされない。
だから売春に対する背徳意識なんかもほとんどないようだし、僕は見なかったが、「本日の死体」なる番組があり、その日事故などで死んだ人の死体を堂々とテレビで放映したりしている。
ついでに言うと、タイは中国人が非常に多く、タイ人との混血が進んでいる。
香港に行ったとき再認識したが、あんな油っこいもんばっか食べてるのに、中国人は基本的に肌がきれいでスタイルがいい。
だからタイ人と中国人のハーフもその特徴を受け継いでいる人が非常に多い。
最後に、タイの母国語はもちろんタイ語であるが、観光客でタイ語を話せる人はほとんどいない。
だから観光客相手に商売をするようなタイ人は、ほとんど例外無くある程度の英語力を身につけている。
ネイティブではないのでむしろ聞き取りやすく、受験英語レベルでも簡単なコミュニケーションは思ったよりできた。
話を戻そう。
僕には思ったことを話せるほどの英語力はないので、簡単な会話で間をつなぐ。
<日本のお客は多い?>
<多いわよ>
<どこの人が多い?>
<東京の人が多いわ。(プリクラを見せてくれて)この人も東京の人。あなたどこから来たの?>
<京都って知ってる?>
<知ってるわ。へぇー京都なんだ>
てな感じである。
で、ある程度会話してると、メモ用紙に<TIP OK 1000Baht>と書いて渡してきた。
「1000バーツで手を打つわよ」という意味であることはすぐわかったが、僕は元々その気は無いしやっぱりオカマさんには抵抗がある。
でも彼女(彼)の名誉のために言っておくが、もし彼女が日本で、男であることを知られていない状況でいたら、確実にメチャメチャモテる。
それは断言する。「モデルみたいだね」とか言われながら口説かれてる姿が頭に浮かぶぐらいだ。
ていうか僕なら言ってる(何を力説してるのか)。
この辺りで、やっと僕はこの店のシステムを理解した。
お立ち台の上で踊っている女の子はみんな売春の対象なのだ。
で、目が合うと近寄ってきてコーラをねだる。そのコーラ代が指名料になって、指名された子は隣に座り、ある程度意気投合すると1000バーツのチップで外に連れ出すことができる。
タイでは名目上売春は禁止されてるので、そのあとのことは店の感知するところではありませんよ、ってな感じなのだろう。
なんてことはない、ここは立派な風俗店だったのだ。
最初に白人たちが女の子を睨んだり邪険に扱ってた理由が今わかった。
お立ち台の女の子を睨みつけるように見ていたのは、真剣に品定めしていたのであり、寄ってくる女の子を邪険に扱っていたのは「無駄な金は使わんぞ」という意思の表れだったのだ。
僕はその後も2回同じ過程を繰り返し、その度理性と戦った。
正直2人目の子にはかなり惹かれた。
最後には店のママが出てきて、<この3人(オカマさん含む)で1000バーツでいいよ>と言いだした。1000バーツ2700円と計算すれば、なんと1人900円。
日本ならそこらの定食と変わらない値段だ。
そろそろやばい。ネジはずれそう。
もう店の雰囲気は味わった。
これ以上いても金を浪費するだけだし、これ以上いたら本気でやばい。
早く勝負をつけねばと、優香と激似の子と楽しそうに話している友人に話しかける。
「どっちにするのか早く決めてくれ。おれはもう出たい」と友人に結論を迫り、とっとと清算を済ませて外に出た。
いや、すごかった。
僕は元々「買う」つもりは無かったし、そんな店だと意識せずに入ったが、最後は真剣に迷った。
何なら店出た瞬間ちょっと後悔した。
道徳的に迷ったという点もあるにはあるが、それ以上に意地と見栄との勝負だった。
「そんな大げさな」と思う男、一回行ってみ。それだけの価値はあるし、ほんまに女の子(男も)メチャクチャかわいいから。
「最低やな」と思う女、ごめんなさい。でもあれは反則です。僕は何も悪くありません。