ジムゾンが風邪をひいた。
 元々倒れたのはディーターだったらしい。普段丈夫なディーターが倒れたのを
周りから見ると必要以上に心配した神父が、数日間にわたり献身的な看病を続けた結果
ディーターの方はすっかり良くなった。
 代わりに、神父が倒れたのである。
 責任を感じたディーターと、どこからかそれを聞きつけたトーマスが、争うように教会に向かったらしい。
 という噂が、風のように村に広まった。

「ジムゾン、大丈夫か?」
 ディーターが心配そうに覗き込む。
 ジムゾンはベッドに立てかけた枕に凭れながら頷いた。
 喋ると咳が出るので、喋るのも辛い。
 正直なところ、今はそっとしておいて貰えるのが一番嬉しいのだ。
 …なのだが。
「神父殿、粥が出来たぞ。これを食べて栄養をつけると良い」
「おいコラトーマス、今ジムゾンは咳が辛いって言ってるだろ。
 そんな熱いもの食わせたら咽せちまうじゃねぇか」
「拙者は風邪の時は粥と決めておる」
「お前の習慣の話は聞いてない!!」
「ゴフッ!ゲホッ!ゲホゲホッ…」
 何かを言いかけようとしてジムゾンが咽せた。
 二人が慌てて神父の背中をさする。
 さすって貰うのは多少有難いのだが、人の背中で勢力争いをするのは止めて頂きたい。
 そう思うのだが、何分喋ろうとすると咳が出てしまうので、ジムゾンは只黙って
ぜいぜい言っているしかないのだ。
「神父様、具合はどうだか?」
「ジムゾン、見舞いに来たぞ。咳がひどいそうだけど大丈夫かい?」
(ああ……また人が増えた……)
 ヤコブとヨアヒムがやってきたが、ジムゾンは消耗した体で見つめるしかなかった。
「あ、ディーター、差し入れ持ってきただよ。朝採れた野菜と、オットーから預かってきたパン」
「あと、パメラとカタリナからこれ、羊毛入りの肩当て。暖かいってさ」
「おお、済まんなヤコブ。ヨアヒムも。パメラとカタリナに有り難うと伝えておいて貰いたい」
「おいコラ、何でお前が礼を言うんだよ。トーマス」
 受け取ったトーマスの手の中にハート型のパンが見えた気がしたが何も言わない事にした。
 もうどうでもいい。とにかく早く寝かせて欲しい。
 言い争いながら台所へ消えていったトーマスとディーターを見つめながら、ジムゾンは心から祈った。
(喧嘩はしないでほしいですが…もう止める気力もないなあ…)
「神父様」
 ヤコブが声を掛けてきた。
 ジムゾンは顔を心持ち傾げた。
 声が出ないので仕草で問いかける。
「神父様、オラ達みんな心配してただ。
 神父殿がディーターどんとくっついたら、トーマスどんはどうなるかって」
「ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!!」
 ジムゾンが激しく咽せたが、ヤコブは構わず続ける。
「だども、神父様が風邪をひいてくれたおかげで、二人とも仲良く看病してて、今良い感じに
 仲良くやってるだ。
 だから神父様、」
 ヤコブがいつになく真剣な眼差しでジムゾンの肩に手を置いた。
「絶対治っちゃ駄目だ」
 ヤコブはじっと神父の目を見つめている。
 ヨアヒムは向こうで背中を向けて立っている。
 笑っている。絶対笑っている。
 ジムゾンは精一杯恨みがましい目でヤコブを睨んだ。
「じゃあ、オラ達はこれ以上邪魔にならないうちに帰るだ」
「気をつけてな、ジムゾン。色々と」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 言いたい事は色々あるが何分声が出ない。
 それが分かっていて皆自分の所に弄りに来ているのだ。
 そういえば、風邪をひいてから、やたらと毎日誰かが訪ねてきている。
 全く心配の気持ちがないわけではないだろう。けれど、どう考えても他の要因の方が大きい。
 絶対皆、楽しんでいるのだ。
 ふっ、
 と、そこまで考えたところで、ジムゾンの意識が遠のいた。
「はうっ」
 情けない声を出してベッドに倒れ込む。
 突然熱が上がってきたようで、体が真っ直ぐ保てない。
「どうした、ジムゾン!」
 ばたばたと2人が戻ってきた。
「…おい!ひどい熱じゃないか!早く横になれ、ほら毛布かけて」
「…神父殿!
 このままでは神父殿が心配だ。よし、今日は拙者が添い寝する」
「おいコラトーマス!何訳のわかんねぇこと言ってるんだよ!」
「何を言うか、これも拙者の愛故だ」
「巫山戯んな!大体お前はまだ風邪ひいてねぇだろ。
 耐性がないんだから危険だから病人に近づくな。
 ジムゾンの世話は俺がする!」
「笑止!愛の前には病原菌など…」
「ちょっと待てお前、勝手に…」




(お願いだから寝かせてくださいっ!!)






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