村はずれの道をジムゾンは歩いていた。
 大分夕暮れは早くなったが、イブはまだ遠い。
 吐く息が多少白くなるのが見えるか、見えないかといったところだ。
 たったったっ。
 自然と足が速まる。
 (やはり、上着を持ってきた方が良かったかな…)
 そんなことを考えてみる。
 いや、そうではないだろう。先を急いでしまう理由はそれではないはずだ。
「…寒いですね…」
 自分を誤魔化すように、ジムゾンは思わず口に出して呟いた。
 アルビンあたりに聞かれたら、きっとまた何かと言われるのだろう。
 その様を想像したのか、神父の口に苦笑が浮かんだ。
 ジムゾンは胸に抱えた瓶をぎゅっと持ち直し、更に足を速めて、夕暮れの道を歩いた。

 扉を開けようとして、ふとジムゾンは手を止めた。
 …誰か見てはいやしないだろうか?
 きょろきょろと用心深く辺りを見回した後、さっと扉をあけ、滑らすように身を中へ入れた。
「…こんばんは」
「おう、よく来たな。ジムゾン」
 暖かい空気の向こうに見慣れた顔が見え、ジムゾンはほっとため息を漏らした。
「…ん?どうした?」
「いえ、何でもありません…上がらせて頂きますね。
 ああ、お土産を持ってきたんです。隣村の信徒からワインを頂いたんです。
 一緒に飲みましょうか、ディーター」
 いいねぇ、と喜ぶディーターの顔を見て、良かった、とジムゾンは思った。
 ワインを机の上に置き、勧められた椅子に腰掛ける。
 ディーターも向かいの席に座った。
 ……
 一瞬、沈黙が訪れた。
 思わずジムゾンは下を向いた。
 ……
「あの、」
「なぁ、」
 二人の声が重なった。
「あ…」
「う…
 いや、えーと、何だジムゾン」
「いえ、貴方の方こそ…何です、ディーター」
「いや俺は何だ、その、大したことじゃないんだが…」
 互いに譲り合うようにして話が進まない。
 特に何が言いたかったわけでもなく、ただ何か言わなければいけないような気がした。
 折角家を訪ねてきたのに、何も喋らなくては勿体ない。
 でも、何を話せば良いのだろう?
「き、今日は良い天気でしたね」
「そ、そうだな。俺は気持ちが良くてずっと昼寝してたよ」
「リーザが風邪をひいていたのが、やっと良くなったようで、今日の礼拝に来たんですよ」
「そうか。リーザはやっと良くなったか。それは良かった」
 ……
 また話が途切れてしまった。
「お、俺、夕食作ってくるわ!」
「あ、ディ、ディーター、私手伝いますよ」
「いいって!客人にそんな事させるわけにはいかねえよ。座っててくれ」
 言うと、ディーターはさっさと奥へ引っ込んでしまった。
 一人取り残されたジムゾンは、所在なく部屋の中を見回した。
 ディーターらしい部屋だ。あまり余分なものは置いていない。
 そんな中、一つだけそぐわない、小さな箱があるのにジムゾンは気付いた。
 無造作に置かれた他の物に比べ、明らかに丁寧に飾られているその箱。
(……あれは……?)
 そっと、ジムゾンは箱へ近づいた。
 宝石箱のようだ。
 鍵穴があったが、鍵はかかっていなかった。胸が高鳴るのを感じながら、ジムソンはその蓋を開けた。
 中には小さな布が敷いてあった。
 その中心に置いてあったのは……

(ディタさん、これは私からのお祝いの品です。神父様とどうか末永くお幸せに)
(アルビン!ちょっと、何を言ってるんですか!!)

 ジムゾンの顔がかあっと熱くなった。
 そうだ、あの時の指輪だ。
 ディーターはあの指輪を、まだ持っていたのだ。
 こんなにも大事に。
「あちぃっ!」
 奥から大きな声が聞こえ、ジムゾンは慌てて箱の蓋を閉じた。
 ディーターの騒ぐ声が聞こえる。
「ディーター!どうしたんですか!火傷ですか!?」
 ジムゾンは急いで、ディーターのいる奥へと走っていった。



「……と、いうような感じだと思うだよ、今あの二人は。きっと」
「まさかヤコどん。そんな少女漫画みたいな。
 いい大人が二人寄り集まって、まさか何事もなく済むはずがないでしょう」
(相変わらず下世話なこと言うのね、ダーリン。でもそんなダーリンも素敵だわ)
 ここはヤコブの家。
 数日ぶりに村を訪れたアルビン、パメラの行商人夫妻は、旧交を温めにヤコブの所に遊びに来た。
 そこでヤコブから、ここ数日神父がディーターの家を訪ねている、という噂を聞いたのだった。
「しかし神父様も、なんだかんだ言ってやっとその気になったんですねえ」
「んだ。でも神父様は、中々表立っては認めようとしないだ。オラたちみんな応援してるんだが」
「やっぱり恥ずかしいんじゃないかしら。あれだけみんなに弄くられたのに、結局そうなっちゃったんじゃ、ねぇ」
「むしろオラ達は神父様の背中を押してあげたようなモンだ。感謝されても良いくらいだ」
 ヤコブはうんうんと頷いた。
 アルビンの目がちらと輝いた。
「折角だし、今日はお二人のためにお祝いに馳せ参じるとしましょうか。
 街で仕入れた上等のお酒もありますし、ディタさんきっとお好きでしょうから。
 で、折角ですので、私達もご相伴しましょうか」
「お、良い考えだ、アルビン」
「いい考えね!私も久しぶりに幸せなお二人が見たいわぁ」
「(ぼそぼそ)…折角だし、媚薬とかないだか、アルビン…(ぼそぼそ)」
「(ぼそぼそ)…この行商人アルビンを舐めないで下さい、ヤコブ。もちろんちょー強力なのがありますって(ぼそぼそ)」
「ほらー二人とも、早く行きましょうよー」
「あ、待って下さいパメラ」
「オラも置いてかないでくれだよ〜」

 ジムゾンとディーター、二人に平穏な日々が訪れるのは、まだまだ先のようだ。



つきあい始めの中学生(笑)みたいな二人と、相変わらずなアルビンヤコどんパメラが書きたかったのです。
しかし恥ずかしい…



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