御霧と


 クリスマスイブだというのに、誰も彼もが俺から去っていく。何て切ない話なんだ。
 …なーんてね。
 七代は、のんびりと街を歩きながら、くすくすと笑った。幸いにして七代には色々と見える眼があるので、彼らが七代のために何かを仕組んでいることはすぐ分かった。そうでもなきゃこれはイジメだぞ、とは思うが。
 後は彼らのために時間潰しをするまでだ。それに、どうやら今日は最終決戦のようだし、仲間皆の顔を拝んでおくのも悪くない。
 そう思って、七代は思い当たる場所を一つずつ訪ねていった。
 いつものカレー屋は、さすがにこんな日らしく空いていた。それでもカルさんとカレーに愛を囁いて、それからカウンター席に了解も求めず陣取る。
 隣の御霧は、じろりとこちらを見てから何も言わずにノートパソコンをぱたりと閉めた。話に付き合ってくれるらしい。なかなか良い奴だ。
 「こんな日にどうした?あれだけ愛を振りまいているお前のことだ。大忙しじゃないのか?」
 「もっちろーん。俺の愛は薄利多売だからねー。回収に大忙しよ?…薄い分、こういう濃ゆい日には相手にされなくて寂しいけどね。でも、俺はこれでいーの」
 ひょっとして、特別に好きな人が出来たりしたら、こういうイベントの日にはじっくり深く付き合うのかもしれないが、残念ながら七代にそういう相手はいない。
 「ま、ぶっちゃけると、どうもうちのガッコのみんながサプライズパーティーしてくれるみたいなんで、空気呼んだ俺は徘徊してるところです」
 「…徘徊は止めろ、徘徊は」
 律儀に突っ込んだ御霧は、人差し指でとんとんとノーパソを叩いた。何となくその仕草に苛立ったような気配を感じて首を傾げる。
 「あれ、俺お邪魔?ミギーの方こそ、ここでデートの約束してて俺がいると迷惑とか?」
 「違う!そもそもこれは……いや、すまん。情報収集がはかばかしくなくてな。少し苛ついていたところだ」
 御霧が、深く息を吐いて水を飲んだ。
 こんな日にまで情報収集とは参謀は大変だ。まあ、株とかそういうのもクリスマスだからって取引停止したりしないだろうけど、と七代は納得する。
 眼鏡を取って眉間を揉んだ御霧が、ノーパソの蓋を睨みながら七代に問うた。
 「なぁ、かっちゃん。俺には確かに友人は少ない。だから、お前の言う友人が少ないせいで香ノ巣に負けている、というのは納得したんだが…しかし、仮に友人が増えたところで、俺と同レベルの頭を持つ人間でないと、情報精度は上がらん。結局、その友情を維持するのに使う時間が無駄になるだけだ。そのくらいならその時間を情報収集に当てていた方が遙かにマシだ」
 「そう言われてもなぁ…」
 七代は、御霧の情報収集法も、絢人の情報収集法も、自分の目でみた訳ではない。仮に見ていたって、どっちがどう優れてるのかなんて分からないだろうけど。だから、当たり障り無く「人脈」という意味で友達のせい、と答えたのだが。
 うーん、と唸りながら腕を組む。
 「えーと、さ。ミギーの情報収集、絢人が言ってたところによるとハッキングとかそういう系統ってことで合ってる?」
 「あいつが?…あぁ、そうだ。その場にいずとも情報を得ることが出来る。それは効率的なはずだ」
 「絢人のは、たぶん、古典的なのだよね。足を使って直接人と会って話をする、みたいな」
 正直、絢人のは想像することも出来るが、御霧の方のは七代にはどういう情報が得られるのかさっぱり分からなかった。普通にニュースサイトを見たり質問掲示板を覗くくらいが七代の限界なのだ。
 「俺、そういうの疎いから、的確なお答えなんて出来ないけど。…でもさ、そういうハッキングで得た情報って、つまることろ文字情報なんだろ?やっぱり、その分情報が少なくない?」
 「どういう意味だ?」
 「だからさ、つまり…『義王ってホントしょうがない奴だね』って言うのと」
 眉を寄せて吐き捨てるように言うと、御霧がちょっぴり驚いたように仰け反った。
 「『義王ってホントしょうがない奴だね』って言うの、文字にしたら同じじゃん?でも全然違うでしょ?」
 今度は微笑んで愛情たっぷりに言ってみれば、更に御霧が仰け反った。さっきのはともかく、何で今度のまで引かれなきゃならないのだ。
 仰け反った姿勢のまま御霧は天井付近を睨んでいたが、やがてゆっくりと向き直った。
 「それは、感情も込みで情報だ、ということだな?」
 「そうだね。もちろん、情報に求めることによるけど。株価とかは感情関係無いもんねぇ」
 「…正直、そういう風に考えたことは無かったが…確かに一理あるな。生で聞いた方が、感情の動きが分かる、というのは理解できる」
 ふむ、と頷く御霧を、七代はしばらく見つめた。
 情報屋、というのがどういうものなのかはよく知らない。七代にとっては、便利な情報をくれる人、くらいの認識だし、どうせなら情報屋同士で仲良くなって情報交換してもっと一杯情報を得たらいいじゃない、なんて思っていたが、やはり商売敵という側面もあるのだろう。
 よくは分からないが、御霧は寇聖の情報戦略科とかいう学部に所属しているらしい。それは多分、情報で身を立てていく、ということなのだろうと思う。だとしたら、だからこそ趣味で情報屋している絢人に負けるのは、普通以上に腹立たしいことなのだろうと推測できる。
 「えーとね、ミギー。答えた礼に教えて欲しいんだけど」
 「何だ?かっちゃんになら特別料金で色々と便宜を図るが」
 「金取るのか。…いや、大したことじゃないんだけど。……あのさ」
 七代は、御霧の目を見つめた。眼鏡の奥、黒い瞳には、七代への好意と自分への不甲斐なさとその他もろもろが渦巻いている。
 「普通の人間って、どのくらい感情が見えるもの?」
 「は?感情が見える、か?」
 「そう。ある程度、見えるんだろ?小説でもそういう表現あるし。でも俺には、普通の視界が分からない」
 もっとも、テレビなんかで画像を通すとある程度色が薄まって、多分普通の人と同じじゃないかなぁ、くらいの視界にはなっていると思うのだが。でも、生まれてこの方この視界なので、<普通>が分からない。
 「あー…。それには、まず、かっちゃんの視界を聞かないと、説明し辛いが…?」
 「だから、どういうのが俺特別なのか分からないんだって。…俺には、人の感情が色になって見える。言葉にも色が付いてるよ?だから、色具合で相手がどう思ってるか分かるし、眼を見たら何考えてるか大体見当付く。そりゃ、複雑なとこまでは分かんないけど」
 御霧がノーパソの蓋を人差し指でタップした。今度は苛立っているという感じではなく無意識のようだ。
 「色…か。ふむ、興味深い。…普通は、色は見えないな」
 「でも、感情が見えることは見えるんだよね?」
 「そりゃ…しかし、それは僅かな視線の変化とか、表情を観察して、これまでの経験に基づき判断している…というところだな」
 「その方が難しそう…」
 「慣れと観察力だ」
 七代の顰め面に、御霧が僅かに笑った。七代が御霧に感心しているのは伝わったらしい。
 「あのねぇ、御霧。これ知ってるの、ミギーで3人目」
 「ん?」
 「俺が色で判断してるの。感情が見えるって、エスパー…テレパシーみたいで怖がられるだろうから言うなって従兄弟に言われて。だから、知ってるの、俺の死んだ父親と、その従兄弟と、ミギーで3人目」
 くすくす笑いながら言うと、御霧が驚いて目を見開いた。それに何で俺に?という疑問も被っているのを見て、七代はストールに浮いた足をぷらぷらさせながら、御霧を横目で見ながら言う。
 「ほら、直接会って話したから、新しい情報得られたでしょ?これ、絢人も知らないよ?」
 最後の言葉に反応して、御霧が喜んでいるのが見えて、七代は満足した。
 ずっと狩られるのが怖くて内緒にしてたことだが、このくらいで御霧の自尊心が満足するというなら安いものだ。もっとも、性質上連発出来ないが。
 御霧の目に、感謝だとか複雑な喜びだとかちょっぴり悔恨が見えたりしたが、七代はただ黙って笑っていた。
 友情に時間を使うなんて無駄、なんて言っちゃう御霧に、お友達とのお喋りも悪くないよ、と伝えてあげたい。
 「ちなみに…俺は何色に見えるんだ?」
 「あぁ、安心できる深緑色」
 深い森の色だと答えたら、御霧は微妙な顔になった。緑が嫌いなのだろうか?そこまでは七代には分からない。
 「アンジーは?」
 「あぁ、鮮やかなオレンジ色。ラテン系の割りには色恋沙汰じゃないな。家族愛に近いのかな?」
 「…義王は」
 「赤いよ。危険色。でも、最近…」
 全身で「オレ様は危険だぜ、近づくな」色を発していた義王が、時折柔らかい色を乗せることがある。それはとても嬉しいし、何だかくすぐったいような気がする。逆に、義王に慣れてきているにも関わらず、たまにぎょっとするほど濃い色を滲ませることもある。本能的に逃げたくなるような色だ。理性では、もうオトモダチなのだから危険じゃないと思っているにも関わらず。あれは何なのだろう。やっぱり七代に負けたのが悔しくて、リベンジの好隙を狙っている時なのだろうか。
 「…かっちゃんは…危なっかしいな」
 御霧がしみじみと溜め息を吐いた。
 「何が?」
 「俺なんぞに大事な情報をぽろっと喋る。情報屋だぞ?仕入れた情報は金を取って売るのが仕事だ」
 供給は需要が無いと意味無いと思う。そもそも、誰が七代の特殊視界なんて情報を欲しがると言うのか。…あぁ、ひょっとしたらマッドサイエンティストの方が解剖したがったりするかも、それはイヤだなぁ、なんて暢気に想像していると、御霧がもう一度溜め息を吐きながら、少しだけ顔を背けた。
 「まあ…何だ。お前は、まだ利用価値があるからな。…簡単に、売ったりしないが」
 「そこは礼を言うところなんだろか。ツンデレもたいがいにしないと怒って良いのか喜んで良いのか分かんないよ、俺」
 「誰がツンデレか!」
 予想通り突っ込んだところに、腕を投げ出して顔を乗せるというだらしない姿勢で話しかける。
 「ミギーさぁ。義王に怒られた?下克上しちゃったことで」
 「………いや。お前が見ていた以上のことは無い」
 何で今更、と言う顔をされようと、一応一言は言っておきたかっただけだ。ホントは結構七代も怒ったんだ、と。
 「なら、俺も怒らない。義王が怪我してんの見たとき、めっちゃむかついたけど。そのメガネに油性ペンで落書きしてやろうと思うくらいには怒ったけど。義王が許したんなら、俺が怒る権利無いからね。で、そのことを除けば、俺、ミギーのこと、結構好きよ?」
 げほ、と御霧がむせた。何も水物を飲んでいなかったことが幸いだ。水をぶっかけたら大事なノーパソがパーになってしまう。
 「で、大好きなお友達には、俺を利用する権利がある。どうぞ、俺の情報でも、人脈でも、好きなだけ利用しなさい。それで俺の友達に迷惑が掛からない限りは、俺は気にしないから。むしろ、お前の役に立てるなら嬉しいからさ」
 見上げたら御霧の顔が激しく明滅していた。これだけめまぐるしく感情が動いていると、さしもの七代も読み切れない。まあ、友達の感情を読むなんて、あんまりしない方が良いんだろうけど。
 結局、御霧は感情が読まれることを思い出したのか、眼鏡のツルを押さえるふりで顔を隠し、更にそっぽを向いた。
 「確かに…お前が俺に協力すれば世界が取れる」
 「いや、世界は取れなくて良いし、俺如きで取れもしないと思うんだけど」
 「だが…お前を<利用する>のは願い下げだ。これはもっと…ビジネスパートナーとして…いや、ビジネスというのではなく、だな、もっとこう、対等…そう、対等な立場で…クソ、俺もまだまだ甘い」
 がっくりと頭を垂らした御霧は、確かに甘いのだろう。利用できるものなら、七代くらい好きなだけ利用すればいいのに、オトモダチにはそれが出来ない、というのだから。
 「ま、そーゆーところも好きだけどね」
 「そういうことを言うな!」
 褒めたつもりなのに、御霧は悲鳴に近い叫び声を上げた。まさか鬼畜眼鏡ともあろうものが、本気で七代が口説いていると思っているわけでもあるまいし。
 面白い反応を見られただけでも御霧に会った甲斐があった、と思っている七代は、御霧に真剣な顔を向けられて小首を傾げた。
 「あのな、かっちゃん。そういうのは止めておけ。…友人、としての忠告だ。俺は、友情だからな、間違いなく。あぁ、そうとも、緑なんだからな、安全な」
 「そういうのって?」
 「誰にでも気を持たせるようなことを言うな、ということだ!俺はともかく、本気で受け取る馬鹿がいるんだ!」
 んんん?と七代は更に首を傾げた。
 気を持たせるって?好きだと勘違いさせる、という意味だったよな?
 「気を持たせようとしてるんじゃなく、俺、ホントにミギーが好きだよ?」
 「いや、だから…あぁ、クソ、危なっかしいな、全く!俺が付いててやらないと…」
 ぶつぶつ言い出した御霧は七代から顔を背けているので、何を考えているのかよく分からない。けれど、とにかく、御霧が心配してくれていて(何を、かは不明だが)、七代のフォローをしてくれるつもりだ、ということだけは分かった。
 「あぁ、うん、何かよく分からないけど、気をつけるよ。…んじゃ、俺、他にも行くとこあるから。お仕事頑張ってねー」
 「分かってないのに、何を気をつけるつもりだ!それから、今からうちの学校に行くつもりじゃあるないな!」
 「あぁんミギーってばホントツッコミ上手なんだからぁ。えっと、他にも行くとこあるけど、寇聖も行くよ?義王そこだろ?」
 義王がクリスマスにオモチャ屋にいるとか想像出来ないし。
 七代は立ち上がったが、御霧がまだ何か言いたそうだったので、手をカウンターに乗せて御霧に身体を向けた。御霧も立ち上がりこそしなかったがストゥールを回して完全にこちらを向く。
 「良いか、かっちゃん。万が一、義王が校舎内だの寮だのに連れ込もうとしたら、全力で逃げろよ?俺に呼ばれてると言っても良い。とにかく、その場を離れろ。分かったな?」
 「へ?」
 校舎内とか寮とか?寇聖の?…駄目だ、ちょっと入ってみたい。普段の義王の生活が見られるとなると、尻尾振って付いていきそうだ。
 「えー…うん、行かない。すっごく興味あるけど、今はそういう時間無いしね。それはまた今度ゆっくり時間が出来たら…」
 「時間があったらもっとまずいだろうが!頼むから自覚してくれ!」
 「…何のよ」
 一体全体、御霧は何が言いたいのか、と七代は眉を顰めた。どうも義王を危険人物扱いしている気はしたが、あれで筋を通すオカシラなので、いきなり殴りかかってきたりはしないと思うのだが。
 御霧も顰め面で七代を見上げていたが、やがて溜め息を吐いて正面を向き、ノートパソコンの蓋を開いた。
 「…とにかく、今日を乗り切るのが先か。時間が無い。俺も出来る限りの支援はするから…お前はお前のやりたいようにするといい」
 「ありがとう」
 はっきりとは分からないが、それでも御霧が七代の心配をしていることと、どうも七代のために情報収集をしてくれていることは分かったので、七代は素直に礼を言った。まあ義王のことは棚に上げておいて。
 猛然とノーパソに向かってキーボードをカタカタさせ始めた御霧に手を振って、七代はそこを離れた。
 今更、何の情報を得るつもりなのだろう。カミフダ関連だとしたら…うん、あんまりネットには転がってないんじゃないかなぁ、そういう情報。どっちかというと古文書の領域だ。
 それでも御霧は精一杯己の力を振り絞ってくれているのだから、感謝しておこう。飛坂といい、後方支援系の人間がいるのはありがたいし。

 さて、次はどこへ行こう。



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