くー兄ちゃんと俺 2


 葉佩九龍は、HANTに短く返答を打ち込んだ。
 「20分待て」
 そして、予告通り20分後にどうにか安全地帯に持ち込んだ小部屋でゆっくりとHANTを通話モードにした。
 「お待たせ。どうした?千馗」
 可愛い従兄弟は遠慮がちな性格なのでこちらの状況を慮ったが、ちょっとさっきが忙しかっただけで、今はもう大丈夫、と説明する。
 それから近況報告を受け、大体の事態の経過を把握する。
 千馗が非常に危険な状態になったことは事後報告を受けている。あれだけ「俺が付いてることを覚えておけ」と言ったのに、本気でまずい事態に陥ったときにはそれすら頭が回らなかったらしい。自力で何とかしようとした挙げ句に、まあそれでも無事解決できた、と聞いて心底安堵したものだ。
 今日は、特に危険なことが起きた、とかではないようだ。それにしては直接話をしたい、というのは珍しい。こちらを気にして、あまり自分からは連絡してこないのに。
 そうは思ったが、自分から言い出すのを待ってこちらからは問いたださずにいてやると、ついに千馗が口ごもりながらも問いを発した。
 「あのね、くー兄ちゃん。…すっごく聞き辛いんだけど」
 「あぁ、何だ?」
 「くー兄ちゃんは、その……恋人と、どっち?」
 「……は?」
 割と洞察力はある方ではあるが、その問いはあまりにも不明確だった。
 恋人とどっちって何が。何とどう比較しているのか。
 九龍の戸惑いが通じたのだろう、千馗がもごもごとフォローした。
 「あの…つまり、その…はっきり言うと、突っ込まれる方?突っ込む方?」
 数秒、HANTから顔を離して呻った。
 「あーーーー…お前でなきゃ、ぶっ飛ばしてる質問だな」
 「…ごめん、くー兄ちゃん」
 謝りはしたが撤回はしないので、それは好奇心ではなく必要なことなのだろう、と判断する。
 「突っ込まれる方だ。それが……ってお前、まさか……!?」
 わざわざ九龍に失礼な質問をする千馗では無い。それがどうしても千馗にとって必要な質問だったとしたら、その理由は。
 これまで得た情報と、千馗の報告を頭の中に並べて『そういう意図で』整理してみる。
 「…盗賊団の頭領か?」
 「え…よく分かったね?くー兄ちゃん。俺、そんなに義王にラブラブ光線出してた!?」
 うわ、と頭を抱える。千馗は基本的に一人で何でも出来るが、人一倍寂しがりやなのだ。皆と一緒にわいわいしているのを好み、誰か一人に執着するのを見たことがないし、生い立ち上自分でも避けていた節がある。
 その壁を越えて千馗の領域に踏み込んだ、となると、よっぽど強引で、なおかつ今まで千馗の周りにはいなかったタイプではないかと思ったのだ。
 確か、年下だが盗賊団の頭領をやってるだけあって力もあるしカリスマもある、という情報は得ている。千馗自身も楽しそうに報告してきていたので、好ましく思っているのだろうとは感じていた。
 が、突っ込むの突っ込まれるの、という方向に向かうとは思っていなかった。
 「義王の視線がね、楽しい友達って感じだったのが何かだんだん…徹底的に征服して自分だけの物にしたいって感じになってきてね?で、俺はそんな熱い視線送られるの初めてで、最初はどう対処しようって思ってたんだけど、何か嬉しくて、その…義王ならイイかなって」
 「流されるな〜〜〜!お前は気を確かに持て!」
 これだから千馗は危なっかしい。千馗は他人の期待に応えすぎなのだ。誰かに強烈に求められたら、まあいっかと身を委ねることくらい予想して然るべきだった。
 「え、まだ流されてないよ?まだ返事は待って貰ってるとこ。俺、義王は好きなんだけど、これが恋愛感情なのかどうか、まだ分かってないし。…キスだけ、したけど。2回。1回目はビックリしただけだったけど、2回目は結構ドキドキした。牛丼味だったけど」
 照れながらもさらさらと喋るので、どうも本人の中ではもう片は付いているらしい、と推測できる。
 だとしたら、何を聞きたいのか。単に惚気たいだけなのか。
 「でね、くー兄ちゃんに聞きたいんだけど。フェラのコツってある?この間したけど、義王いってくれなかったんだー。げーってなっちゃったし。あ、それと、ああいう時って、やっぱり飲んだ方が喜ばれるのかな?」
 「…いや、待て、千馗」
 何かもの凄いことを言われた気がする。
 あの可愛い千馗が。
 ちょっと泣きたい。
 「お前、さっき、まだ恋愛感情かどうか分からないって言ってなかったか?キス止まりって言わなかったか?!」
 「うん、それで義王ホントに俺の身体で勃つのかなーって思って煽ったら何か凄いことになって申し訳ないんで責任取ったんだけど…駄目だったかなぁ」
 「駄目っつーかキス2回した程度の仲でまだ恋人でも無いのにフェラってお前…ビッチ呼ばわりされても不思議じゃねーぞ」
 「え…まずかったかなぁ…嫌われる?」
 しょぼんとしているのが電波を介しても分かる。というか、そのくらい自力で気付いて欲しかった。
 「いや、まあ、相手によっては喜ぶかもしれねーけど」
 相手によっては退くだろう、とは言えなかった。
 「えっとどうだろう。ビックリはしてたけど」
 そりゃ吃驚するわ。俺でも驚天動地だわ。
 しかし、九龍も千馗が可愛いのだ。男にやられたくも無いが、捨てられるのはもっと腹立たしい。
 「そいつの嗜好が分からねーと何とも言えないが、清楚好みだとか自分で開発するのが楽しいってタイプだったら、あんまり初手からフェラ巧なのもまずいだろう。一応、俺んとこの場合を教えてやっとくと、指でタマを一緒に弄ってやったり、咥えながら上目遣いで顔を見てやったりするのに弱いみてーだけどな」
 「えっと…タマを弄る…っと。あとねぇ、本番でも何か無い?コツとか…メロメロにさせるようなの」
 「いや、だからな?あんまり初手からエロくいかなくても…」
 「だって」
 言い募った千馗の声が涙混じりだったので、九龍はぎょっと身体を揺らした。泣かせる気は無かったのだ。ちょと動揺したのは認めるが、千馗には幸せになって貰いたいのだ。決して邪魔をしたいわけじゃない。
 「俺が、恋愛感情だって気付いちゃったら、セックスするんだよ?でも、今は義王は俺のこと<手に入れたいお宝>扱いしてるかもしんないけど、いざ手に入ったらもう興味なくなるかもしんないじゃん。大体義王ってそういう感じだし。俺、一生手に入れられない宝なんてもんじゃないし、絶対魅力的じゃないし。だから、一回しても、またしたいって思って貰えるようにしときたいんだ」
 あう、と九龍は手で顔を覆った。うん、健気だ、健気ではあるが…方向性を激しく間違えている気がする。あぁうん、無駄に情熱的な女の息子だったよな、千馗は。
 「気持ちは…分からんでもないんだが…でもな、千馗。…お前は、男同士のセックスというものを、恐ろしく舐めている」
 しょうがない。人生の先輩として、せめて伝えられることだけでも伝えておいてやろう。
 義王とやらの好みや性癖が分からないので、具体的な忠告までは出来ないが、一般論くらいは言える。
 「初回で巧くいくなんて思わない方が良い。下手すりゃ入らないまんま終わりだ。女じゃないんだ。よっぽどお互いの協力が無ければ無理なんだぞ?それを初めて受け入れる方が、相手をメロメロに、なんて余裕はまず無い」
 「…や、やっぱり、痛い…の?」
 「痛いかどうかは慣らし方次第だな。必須なのは潤滑用ローションと、あぁ、そうだ。コンドームもだ。もしもゴム着けんのイヤだっつったらDV扱いして捨ててやりゃいいからな?後で大変なのはこっちなんだから」
 「でも…義王、俺の腹ん中に精液ぶちまけたいって言ってた…」
 「露骨な口説き文句だな、おい。まあ、17歳のやりたい盛りじゃしょうがないかもしれねーけど…それやると翌朝腹壊すからな?きっちり着けさせとけ」
 そこまで言って、ふと我に返る。
 「だーっ!だから!お前はまだ恋愛感情がどうこう言ってる段階なんだろーが!セックスするの前提で考えんな!というか、それはまあまだイイとして、したら捨てられるって何だ!お前が惚れた男はその程度の器か!一回やったらぽいっか!そんな馬鹿野郎、こっちから捨てっちまえ!」
 「だだだだだだって、俺、自信無いもん!」
 「自信があろうがなかろうが!男に惚れるってんなら、嫌われたら手足ぶち切ってでも自分のモノにするっくらいの覚悟しとけ!そんな気にもならずにただ相手が求めるから応えるだけってんなら、そんなの恋愛感情じゃねーよ!いいか、本当に欲しいモンは、ただ待ってても手には入らねぇ。自分で奪い取れ!」
 「と、とってもトレジャーハンターです…何か腹立つなぁ…むしろくー兄ちゃんの方が義王にお似合いな気がしてきた…」
 ぶつぶつ言う千馗の声に、明らかな嫉妬を感じて九龍は溜め息を吐いた。本人の自覚はともあれ、やっぱりこれは恋愛感情ってものじゃないのか。
 本当に、本気で千馗が男に惚れた、というのなら、最大限の援助をするにやぶさかではないが。
 「まぁ、何だ。俺はあと1ヶ月もすればそっちに行くが…その義王とやら、紹介しろよな。うちの可愛い千馗に突っ込もうって男、俺もタダではすませられねぇ。場合によっちゃあぶっ殺す」
 「…そう言われて、はいはいと紹介もし辛いんだけど…そりゃ義王はお宝好きだからくー兄ちゃんに紹介しようとは思ってたけど…」
 千馗から既にそう聞いていたし、どうやら大変世話になったようなので、特別に土産は選定しなくちゃならないな、とは思っていたのだが、この分だと御礼の品以外に呪いの品も必要になるかもしれない。
 「それとな、千馗。あんまり勧めやしねーが、一応知っとけ。俺は、媚薬も調合できる。お前がそれを選択するなら、相手の意志をねじ曲げてでもお前のモンにすることくらい出来るからな。ま、最終手段として覚えとけ」
 「…いえ、そこまでは…俺、義王に恋愛感情あるのかどうかもまだはっきりしないし…」
 「今更何を言ってやがる」
 まあ、千馗の性格上、すぐには認められないんだろうな、と納得も出来る。
 もっとも認めたら最後、どこまでもまっすぐ突っ切るだろうが。ちょっと思いこみの激しい子だから。
 その思いこみの激しさで、己に恋愛感情は無理、とずっと自己暗示のように言い続けてきたのだ。本当に千馗の頑なな心を開かせたのだとしたら、義王とやらには感謝しなくてはならない。
 「健闘を祈る。ま、この俺の従兄弟なんだ。本当にお前が望むものなら、必ず手に入るさ」
 「うん…ありがとう、くー兄ちゃん。また何かあったら聞くかもしれないけど…」
 「おぉ、俺に出来ることなら何でもしてやるから。じゃあな、頑張れよ」
 通話を終了してから、大きく息を吐く。
 可愛い可愛い弟のような従兄弟。ちょっと恋愛には臆病だが、<家庭>というものに憧れている分、いつかきっと嫁を貰って可愛い子供を作るんだろうと思っていたのに。何でまた、絶対子孫が出来ない相手を選んでしまうのか。
 あぁ、それともあれか。子供が出来たら相手を独占できなくなるから、むしろ子供は出来ない方が都合が良いのか。まあ、そこまで計算して恋愛したりしないだろうが。
 <家庭に飢えている>男と、<両親の顔を知らない>男。キーワードとしては、傷の舐め合いだとか共依存だとかそういうものを連想してしまう。決して実ることのない家族ごっこ。
 傷つくことで人は成長する、と言っても、可愛い従兄弟が痛みで泣く姿は見たくないのに。
 「ま、ここで俺がヤキモキしててもしょうがねぇけどな」
 独りごちて、九龍はHANTをしまった。ここで出来ることと言えば、精々励んで仕事を早く終わらせることくらいだ。
 そうと決まれば、さっさと片を付けて日本に行こう。その頃には、どちらかには転んでいるはずだ。
 恋人になってラブラブしているか。
 千馗の悲観的予測通り、一発やって捨てられているか。
 それによって九龍の出方も違う。
 そっちに気を取られていると、病んでる恋人がちょっかい掛けてくる可能性もあるが、まあその辺は自力で何とか出来る。
 うまく行っていて、ダブルデートなどという可愛い状況になれることを祈ろう。



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