うちの九龍さんと皆守さん
うちの九龍さんは取主仕様なので、カレー仙人さんが出ても「…こんちくしょー、オフィシャルで相棒設定してんじゃねーだろーなー…」と僻むだけでした。
しかし、出てるものはしょうがないので設定だけはしておく。
「やぁ、愛する甲ちゃん!ご機嫌如何!?」
その時の皆守の顔は特筆すべきものだった。あえて言うならカレーの中に黒光りするGさんを発見してしまった時のような顔。電話なので相手には見えないだろうけど。
「……今度は、何の用だ、九ちゃん……」
「はっはっは、いやだなぁ、そんな俺が甲ちゃんに無理ばっかり言ってるみたいな反応は!」
にこやかに告げる『元親友』に、皆守は思い切り蹴りをかましてやりたい気分になった。
ちょっと騙して生徒会副会長だっただけだ。それが本来の役目だ。文句なら阿門に言え。
そうとも思うのだが、うっかり『親友』などという位置にはまり、うっかり罪悪感を感じてしまった結果がコレだ。
皆守は、九龍に逆らえない。
高校卒業して6年。いい加減、吹っ切っても良いようなものなのに、やっぱり九龍に何か言われたら、はいはいと少々無理してでも承諾してしまう自分がいる。
「で?何だよ、さっさと言え。手が離せなくなる前に」
そもそも、タマネギを炒めている最中に電話を掛けておいて、まともに相手をしてやるだけでも特別扱いだ、と分かって欲しい。もっとも、携帯を肩で挟んで手は止めてないが。
「あぁ、うん、そうだな、俺も時間が無いから時候の挨拶は吹っ飛ばすよ」
「そんなもん言ったこともないだろうが!」
「俺には従兄弟がいる。今高校3年生の男の子。くー兄ちゃんって呼んで慕ってくれて、そりゃもう可愛い子なんだ。ただちょっと…家庭環境がアレでさ。俺が生活費なんかを仕送りしてるんだ。で、そいつがちょっと特殊な職業に就いちゃってさ。今、新宿の高校に転校してるんだ」
「…何かどっかで聞いたような話だな。お前の親族はどうなってるんだ。そいつもトレジャーハンターか?」
「いや、違うんだが、似たようなものかも。少なくとも、いわゆる『クエスト』をやって金を稼ぐのは同じだ」
「あぁ、あれか…」
高校時代に九龍のバディを務め、今は食物(主にカレーかその材料)専門のトレジャーハンター見習いとなっている皆守にとっても、ロゼッタ式『クエスト』は馴染みの深いものだった。
まあ、要するに歴史を感じさせて依頼人からぼったくる詐欺のようなものだ。
ロゼッタ以外にそんな荒稼ぎをするような職業があるとは知らなかった。
「それで?」
火を止めて、皿にタマネギを移しながら、皆守は携帯に向かって続きを促す。
それが自分に何の関係があるのか。九龍は一体、何の無理難題を押しつける気なのか。
「千馗はお利口さんだからなー。少々、従兄弟の俺に対してすらお利口すぎるほどで遠慮深い性質なもんだから、『これからは自分で稼げるから、くー兄ちゃんに仕送りして貰わなくても自分で何とかするよ』と言い出した。自立精神、大いに結構。だけど、俺は不安だ。可愛い千馗が無茶なクエストで怪我でもしたらたまらん。俺は後3ヶ月ほど身動き取れそうにないのに」
どっかに向いて涙を流したら明太子が出る、というようなクエストでは無いのだろうか。そりゃまあ、たまには指定の敵をシャーペンで倒す、みたいなバカバカしいこともしたけれど。
「そこで、だ。甲ちゃんに頼みたいのは、千馗の依頼人になることだ。金は俺が払う。なるべく楽な依頼で大金が渡るようにして欲しい。もちろん、俺からだと悟られないように」
「…お前のダーリンはどうした。世界的ピアニストも依頼人の資格十分だろうが」
「いつか会わせるかもしれねーからさ。ばれると気まずい」
皆守自身も仮にもトレジャーハンター端くれ、他人に依頼するのは忸怩たるものがあるのだが…今まで言われてきた九龍の『御願い』にしては破格の条件だ。余程その従兄弟が可愛いのだろう。
「まあ…良いけどな。その代わり、そいつに依頼が回るようにするにはどうしたら良いのか、それはお前の方で調べてくれよ?俺はまだ、そういう方には疎い」
「あぁ、勿論、それはチェック済みだ。新宿の喫茶店の主が一手に握ってるようだが、今新宿で活動してるのはうちの千馗だけみたいでな。たぶん、そこに依頼すれば自然と千馗に回るはずだ。依頼相手の情報と方法はメールで送る」
「りょーーかい。ま、顔は隠して適当に依頼しておく。俺の口座は…」
「あぁ、知ってるから良い」
「…何で知ってんだよ!」
「ハンターランキング不動の一位を舐めんな。情報網はいつでも張ってる。ほぉら貴方のすぐ後ろにも!」
「お前な…」
「ま、頼むわ。千馗がどれだけの腕前か俺も分からないけど、少なくとも俺と同じ血を引いてるんだ。本気で依頼しても良いかもな」
そうして切れた携帯を手に、皆守は溜め息を吐いた。
そういえば、相手の職業も聞かなかった。一体どんな依頼をしたら良いのやら。
「そういえば、千馗。ちゃんと稼いでるか?無理はしてないか?」
「うん、大丈夫だよ、くー兄ちゃん。どんどん仕事して、俺を指定してくれる依頼人さんも増えたよ!」
メールである程度は状況把握しているが、仕事の合間に直接話をするのはまた格別だ。可愛い従兄弟がはしゃいだ声で報告してくれるのは、文字には代えられない味わいがある。
「あのね、最近増えた依頼人さんに、カレー仙人さんって言う人がいるんだ!」
「…何じゃそら…もっと捻れよ…」
「ホントにね、カレーに関する依頼ばっかりなんだけど、それがおかしくって!」
けらけらと笑う声は、本気でおかしそうだ。最近、本当に笑っているという様子が増えていて、九龍としても胸をなで下ろしている。もっとも、千馗を取り巻く状況は、どうもきな臭くなっているようだけれども。
「何かね、激辛カレーを仲間にふるまうのにあんこ玉が欲しいとかー」
「…はぁ?」
「親友に食べさせるために刺激的なカレーを作りたくて虫さされ薬が欲しいとかー。どんな刺激を求めてるんだろうねっ!食べさせられる親友、可哀想!」
「はははははははははははは」
「えっと…くー兄ちゃん、笑い声が棒なんだけど…ごめん、興味なかった?」
「いや、そんなことはない。大変興味深いとも。あぁ、まったく」
あの馬鹿、考えるのが面倒で肥後あたりにプログラム組ませたんじゃなかろうな。
さもなきゃ本気で虫さされ薬を刺激的に使うつもりか。カレーに。
「カレーと言えばね、くー兄ちゃん。近くに面白いカレー屋があるんだ。今度日本に帰ってきて、もし来てくれるなら、一緒に行きたいな。俺、奢るから!」
「あぁうん、楽しみにしてる。2月末か3月くらいには一度日本に行けそうだから…また連絡するよ。…あぁ、おやすみ」
可愛い従兄弟に優しく挨拶して電話を切って。
すぐさまある番号を押す。
「……やぁ、甲ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだが…?」