鬼コンビ
何故オレ様はこんなところにいるんだろう、と義王は思った。
確か<龍珠堂>とかいうところがどうしたこうしたで<龍脈>に力を戻すのが何たらかんたらで、新宿駅にあるという入り口を探すとかどうとか…だったはずだ。
しかし、自分が今いるのは新宿御苑の地下だ。それも、懐かしいようなほろ苦いような想い出の浮かぶ広間の前だ。
「オイ、大将」
不機嫌に言ってやると、七代と、その隣の白い頭が振り返った。綺麗にシンメトリー(身長は全く異なるが)な動きなのが、またむかつく。
七代がゆぅるりと首を傾げて義王を見つめ、綺麗な目をぱちぱちと瞬かせた。こんなにむかついているというのに、<お宝>であるところの眼を見ているとそれだけで気分が清浄になっていくのを感じられて、それを自覚した途端また眉を寄せた。
「新宿駅には巴さんが行ってくれてるよ。ローラー作戦だって。巴さんはうちの生徒会長で、そういう作戦たてるのとか人を使うのとか得意だから、任せといて良いと思う。俺はそれより調べ損ねがあるのが気持ち悪いんだよ。やっぱりね、<龍珠堂>に向かうにあたって出来ることなら48人、じゃなかった48枚全員揃ってた方が気持ち良いし。もうちょっと奥があるみたいだし、ひょっとしたら揃うかも知れないしさ」
相変わらず、一言聞いたら十返ってくる。今回など、問いかけるどころか呼びかけただけなのに。
「取り損ねた<お宝>がある。それを取りに行く。そりゃあオレ様も納得だ。…オレ様が気に入らねーのは…そこの鬼札野郎と一緒だってこった!」
そう、今回七代が選んだ二人の同行者は、義王と雉明だった。
義王と雉明に接点は一つしか無い。その接点だった機会が、何せアレだったので、義王としてはどうも雉明が七代を死に追いやる原因のような気がして仕方がないのだ。もちろん、そんなことを口に出そうものなら雉明よりも七代が反発するだろうが。
指差された雉明はやはり七代に似た動きで首を傾げてから、僅かに眉をつり上げた。
「…七代には悪いが…俺も、この男と同行するのは、あまり気分の良いものではない」
「へっ!?」
義王の叫びはにこにこと笑って流していた七代が、雉明の言葉に素っ頓狂な声を上げて振り向いた。あからさまに狼狽えて、義王と雉明の顔を交互に見る。
「え…何で!?義王のは、やだわ義王さんてば妬いてらっしゃるのね、くらいのつもりだったけど、雉明まで何!?義王が何かした!?」
「誰が妬いてるって!!?」
とりあえず殴ろう、とずかずか近づいたところに、雉明が邪魔するように進み出て七代と義王の間に割ってはいる。
「この男は、盗賊団の頭領だろう。花札を奪おうと、君を傷つけた」
「え…俺、チョー無傷…」
「オイオイオイ!舐めんじゃねーぞ、オラ!」
確かに、盗賊団幹部三揃いで戦った時も、一対一で戦った時も、七代は無傷だったが。そういう話では無いだろう。
ともかく、理由は分かった。花札の身をとしては、それを執行者の手から奪おうとした盗賊団の一味は敵扱いだろう。御霧など札に矢をぶっ刺したし。
七代も同じく納得した表情になって、それから、んー、と呟いて雉明の背後から顔を覗かせた。
「えーと、まずは雉明に関してだけど。俺としては二ヶ月ぶりに一緒に探索出来る機会が出来て大変嬉しいので、それを逃す気はありません。つまり、雉明を外す気はありません。OK?義王さん」
「…んだとォ!?テメェ、オレ様は舐められっのが一番嫌いだって言ったろうが!このオレ様がオマケ扱いか!?アァ!?」
腹の底から脅しつける声を出したにも関わらず、七代は全く怯んだ様子もなく義王をまっすぐ見つめ…それから逸らした。
「んでー。もう一人誰にしよっかって考えた時ー。…義王にしたのは、俺が一緒にいたかったからです」
「オ…オウ、そうかよ」
振り上げた拳の持って行き場所が無く、義王は何度か円を空中に描いてから降ろした。
チッ、最初からそう言えばいいものを。可愛いじゃねーか、ちくしょーが。
「んでねー、雉明」
雉明の正面に立ち、じっと見上げて七代が雉明の手を取ったので、義王はまたうっかりと殴りかかりそうになる自分を何とか抑えた。
「聞いて。俺は、義王が好きです。こう見えて、イイ奴よ?何てゆーか、証明は出来ないんだけど、俺が好きってだけじゃ駄目かな?一緒にいるのも不愉快?」
ぐげ、と喉で奇妙な音を立てた義王を眉を寄せて見つめてから、雉明はゆっくりと首を振った。
「いや…七代、君が好きな人なら、俺も好きになれると思う」
「そっかー、良かったー!やっぱね、験担ぎってゆーかー、何か俺、義王が一緒にいたら死ぬ気がしないんだよねー。ここから先は、俺も夢で見たことないし、何が起きるか分からないけど、まー義王がいたら何とかなるかなって。義王、俺を死なせてくれないだろうしね」
満面の笑みで言っているが、相当凄いことを言われた気がしたが。
いやいや、これで浮かれていてはコレと付き合っていけない。全方向360°マルチ性能型誑し男なのだ、七代千馗という男は。
ぐっと丹田に力を込めてにやけないよう気合いを入れていると、雉明が、ふっと微笑んだ。
「そうか…。君は本当にこの男を信頼しているんだな」
「そうなるね。…まあ、全部が全部とは言わないけど、少なくとも俺に関するところは完璧信頼してOK」
七代以外のところって何だ。…盗賊団の仕事、とかか。
「そうか。…無礼な発言を許してくれると嬉しい」
そう言って、雉明が手を差し出してきたので、義王は数秒それを眺めてから渋々それを握った。握手なんぞ柄ではないが、相手はどうも本気で仲直りは握手、と考えているようだったからだ。
鬼札と仲良くなりたいとは欠片も思わないが、七代の気を揉ませる必要も無い。少なくとも、今だけ共同戦線を張るくらいは構わない。
手触りは、普通に人間の皮膚だった。いっそ人間離れしていてくれれば良いのに。
七代も初めて入るという夏の洞第3層は、それまでと全く異なっていた。まるで古い洋館とそこに至る庭のようだ。
まずは手前にある時計台に登り、針が無いことに気付く。大方それを見つけて填め込むんだろう、と見当付けて、進んでいくのだと思えば、七代はじっと佇んでいる。
無言で真っ直ぐ洋館の方を見つめている七代の襟首を掴んだ。
「…いくらテメェでも、あそこまでは飛び越えられねェよ!てーかまだ行ってねェ場所があんだろうが!先に進んでからにしやがれ、テメェのお楽しみは!」
「ふわぁい…やだわ義王さんってば読んでるんだから、もう…」
やっぱり飛び降りることを狙ってやがった、と舌打ちして、見えている梯子の方へと引っ張っていく。どうやら屋根伝いに移動して内部に入っていく、というダンジョンのようだ。
「何でオレ様がテメェの面倒みてやらなきゃなんねーんだよ。普通テメェが同行者を引っ張っていくもんだろうがよ」
「いいじゃない、ちょっとくらい楽しんだってー…痛いです、痛いです、義王さん!」
「あぁ、本当に仲が良いな、羨ましい」
七代に緊張感は無いし、雉明はすっとぼけているし、何で一人でイライラしなくてはならないのか、と自問自答しつつ、義王は七代を梯子の上から落としてやった。
「オラよ!」
「うわっはー!これはこれで楽しーい!」
…何の解決にもなってなかった。
それでも敵と戦闘するにあたっては、七代もさすがに緊張感を……持つはずもなく。
「へー、雉明って前見た時は回し蹴りだったけど、攻撃法変えたんだー」
「そうだな…あの時、これは見せられなかったから…」
「テメェも戦え、大将!」
「いや、戦力を確認するのは重要なのよー?」
精々ここの敵などお試しでしか無い、ということだ。
確かに、初めて見た敵でも七代が苦戦することなど全く無いが。さすがはオレ様が認めたライバル…なのだが、あまりにのほほんとしていると、苛つくことに変わりはない。
危なげなく進んでいくうちに、行き止まりになった。
上がってきたところ以外に、進むべき梯子は無い。
どや!という顔で義王を見つめてくる七代に、溜め息を吐いた。
「…分かった。降りる以外に、道はねェな」
「いやっはー!おっさきー!」
「だーかーらー!何でテメェはそう全力で飛び降りるんだ、大将!」
危うく向こう側の壁に激突するんじゃないかというくらい勢い付けて飛び降りた七代に、義王が屋根の上から怒鳴る。鉄柵に囲まれた中庭のような場所で、七代が見上げて手をぶんぶんと振った。
こっちも降りるか、と構えたところで、雉明が静かに声をかけてきた。
「…聞いてなかったが…君は、どうなんだ?」
「ハァ!?何がだよ!」
「七代は、君が好きだ。君は、七代を好きなのか?」
雉明の眼は真剣だ。
真剣だったらイイってもんじゃないが。
「オイオイオイ、くだらねー質問してんじゃねーよ!テンション下がるだろーが!」
「くだらなくはない。大事なことだ」
「ハッハァ!いいか、鬼札!イイこと教えてやる!大事ならな、ますますテメェに言う義理はねェんだよ!」
何で本人にも言ってないのに、コレに言わなくてはならないのか。いやいや、本人に何を言うのかも分からないが。
義王の表情とセリフ、どちらで何を感じ取ったのかは不明だが、雉明は素直に引き下がった。
「それもそうか。…すまない、失礼なことをした」
「いいかァ!?勘違いしてんじゃねーぞ!?あの馬鹿の『好き』ってェのはな、大安売りの一山なんぼの代物だ!オレ様への『好き』もテメェへの『好き』もカラスどもへの『好き』も、全部一緒くたなんだよ!真面目に聞いてたら馬鹿みるぜ!?」
「…そうだろうか」
雉明がきょとんとした顔で顎に手を当て考え込む。
「しかし、同行者として選んだのは君だということは、君を特別好き、ということでは無いのか?」
さすがに、そこまではっきり言われると、義王も絶句せざるを得ない。
いや、無い。無いだろう、普通に。
残念ながら、七代の好きな平和主義も博愛主義もまったり読書も、義王には無いものだ。まだしもあの穂坂とかいうとぼけた女に惚れたと言われた方が納得できる。
そもそも雉明の言う『特別好き』が、恋愛感情とは限らないのかもしれないが。
「何かテメェ…めんどくせーな…」
何事も真剣に考え込む雉明は、<人>としての経験値が足りないからなのだろうとは思うが、どうもずれているとしか言いようがない。
しかし、この浮世離れした雰囲気は、義王からすればイライラの元だが、七代には似合っているのではないかと思われた。おそらく二人でいたら、恐ろしくものんびりとしたほのぼのワールドが展開されるのだろう。
七代と義王よりも、よっぽど…
「ねー!何してんのー!?まさか降りられない!?喧嘩してるんじゃないよね!?」
下から七代が焦ったような声で聞いてきた。おそらく会話の中身までは聞こえなかったろうが、義王が雉明に怒鳴っていることくらいは分かったのだろう。
「今行く!」
短く叫んで、無造作に飛び出すと、七代が「わっ!」と叫んで着地予測地点から離れた。
いつものように七代ほど華麗ではないが着地を決めると、七代がほっとしたように笑いながら拍手した。
その後で雉明も降りてきたが、何だか紙が宙を舞っているかのような妙な滞空時間だった。人間の見かけだが、体重は紙だったりするのだろうか。
「よかった、雉明には聞いてなかったけど、きっと高いとこ登るの好きだから飛び降りれると思ったんだよー。で、何話してたの?俺抜きで」
ちらりとだけ煌めいた本気は、自分だけ仲間はずれにされた寂しさだろうか。それとも嫉妬だろうか。だとしたらどちらに?まあ、その光は一瞬で消えたが。
「別に大したことじゃねェよ」
「あぁ、彼が君を好きだという話について…」
「オイオイオイオイ!違うだろうが!」
逆に『七代が義王を好きだと言った話』だと言いたかったが、七代が思い切り顔を顰めたので言い損ねる。
何故、そんな顔。
まさか、義王が『好き』だったら気に入らないとでも?
生憎だったなぁ、オレ様は手に入らねーモンの方が俄然燃えるんだよ!素直に手に入らないってんなら奪い取るだけだぜ!
…と一瞬で脳裏に盗賊思考が流れていったが、七代はぼそりとふて腐れたように言った。
「そういう話は、俺に向かってするべきだ」
「そうだな、彼も俺にではなく君に話したいと言った。君たちは本当に仲が良いな」
雉明は妙に嬉しそうに言ったが、激しく間違っていると突っ込みたい。
義王が無言で裏手を払っているのは見えているだろうに、七代は一瞬困ったような顔をしてから、悪戯っぽく笑った。
「そうよー俺と義王は仲良しよ?ちょっと殺伐としてるけど」
「ハッハァ!分かってんじゃねーか、大将!オレ様はいつでも再戦OKだぜ!」
いつものように高笑いして、ライバル兼ダチ公のフリをする。
七代と戦うのは楽しい。
七代と馬鹿をするのは楽しい。
七代が泣いているのは見たくない。
七代が他の奴に構っているのを見るのは気に入らない。
七代が同じ学校の奴らとつるんでいても、大して気にならなかった義王だが、何故か雉明と一緒にいるところを見ると胸がざわついた。七代が心底愛おしんでいるのが分かるからだろうか。もちろん、恋愛感情では無く…正直、犬でも可愛がっているかのようにも見えるが。
七代が雉明を恋人にすることは無いだろう。そう理性では思っているのに、七代が雉明に構っているのを見ると、さっさと奪い取りたくなって仕方が無い。
なるほどな、と義王は一人納得する。
こういう気持ちになったことは初めてなので、初めての『全力で戦える好敵手』とか『信頼できるダチ公』に対する気持ちなのだろうと思っていたが…これはどうも違ったようだ。
おそらく世間的には、『何もかも奪い尽くして自分のものにしたい』相手を『好敵手』とか『ダチ公』とは言わないだろうから。
「このオレ様が、ねェ」
独りごちると、七代が振り返って義王の顔を見て、まるで眩しいものでも見ているかのように瞬いた。
「何か、言った?」
「いや?…テメェは覚悟しとけってこった」
「……そう」
七代は、何を、とは聞かなかった。ただ、ふっと視線を逸らして、前を見据えたくらいだった。代わりに雉明が何か聞きたそうだったが、義王も七代も気付かないふりをした。
オレ様のモンになる覚悟をしやがれ。