愛のカタチ



「村雨、食え」
 ぼけっとソファに座り、タバコを吹かしていた村雨は一瞬龍麻の言葉が理解できな
かった。差し出された皿と龍麻を交互に見比べ、村雨は眉をひそめる。
「先生?突然どうしたんだ?」
「いいから黙って食え」
 明らかに機嫌の下がった龍麻に軽く引きつつ、村雨は皿に載ったモノをじっと見つ
める。
 大きめの皿に載っているのは、一口サイズの黒い物体。数にすると、およそ12,
3個ほどあるそれは、いっそ見事なほどいびつな形だ。
「…これは?」
「………………もういい。食わないんなら帰れ」
 おそるおそるといった風に聞き返した村雨を、龍麻はきつくにらみつける。そし
て、どこか涙をこらえているような震える声でつぶやいた。その声には全く覇気が感
じられず、あまりに龍麻らしくないその様子に村雨は慌てて立ち上がる。
「先生?一体どうしたんだ?」
「……」
 村雨は泣きそうなまま黙ってしまった龍麻を前に、困ったように頭を掻き回す。そ
してまだ長いタバコをもみ消すと、そっと龍麻を引き寄せた。
「龍麻。黙っていたらわかんねぇだろ?」
 いつもなら抱き寄せた時点で黄龍をかます龍麻が、何故か今日に限って大人しい。
それを訝しく思いながらも、村雨は幼子に言い聞かせるように優しく名前をささやい
た。
「龍麻」
「……今日は……」
「今日?」
 村雨に寄りかかりながら小さな声でつぶやかれた言葉。ようやく意志を言葉にして
くれた龍麻が嬉しくて、村雨は抱きしめる腕に軽く力を込める。そしてたった一言の
言葉を口の中で反芻すれば、思い当たる事が一つあった。
「ヴァレンタインか!」
 今日の日付は2月14日。すなわち、世に言うヴァレンタインデーである。
 なるほど、それで龍麻は滅多にしない料理などをしていたのか。
 村雨は一人納得すると、嬉しくて緩む頬を必死で引き締め、龍麻をきつく抱きしめ
た。
「先生、悪かったな、忘れていて」
 ぽん、ぽんと頭を軽く撫で、あやすように髪に口づける。そうすれば、ようやく龍
麻が藻掻き始めた。
「離せ」
 ぶすっとした声なのは、村雨がすぐに気づかなかったことに対してと、慣れないこ
とへの照れ隠しだろう。村雨は笑いをこらえつつも素直に龍麻を放した。
「龍麻、ありがたく食わせて貰うぜ?」
 ふてくされたままの龍麻に笑いかけ、村雨はためらうことなくそれ──推測する
に、小さなチョコケーキのなれはてだと思われるもの──を口に入れた。
「…甘くなくて俺の好みだな」
「………」
 手に付いたチョコレートを舐め取り言えば、返ってくるのは沈黙。けれど村雨は気
にすることなく2つ目を手に取る。その様子をじっと見つめていた龍麻が不意に動
き、村雨の手をつかんだ。
「先生?」
 口に運びかけていた手を止め、龍麻に問えば、鋭い痛みと甘い囁き。
「おまえのこと、好きだからな。…おまえも、俺のことを好きになれ」
 どこまでも尊大なセリフ。そこは龍麻らしいといえばらしいが、その内容が彼には
そぐわない。あまりに珍しい言葉に、村雨は思わずケーキを取り落とした。
「龍麻…!?」
 耳を引っ張られた痛みを忘れ、慌てて龍麻を見れば、パタパタと軽い足音を立てて
キッチンへ逃げていったところだった。
「ククッ。言われなくてもちゃんと愛してるぜ?龍麻」
 その場にいない恋人に告げ、村雨はひどく嬉しそうに笑う。そして少々形のいびつ
な、けれど心のこもったケーキを口に運ぶのだった。


謝辞
綾月様が、うちのHP5000Hitをお祝いして下さいました!!
あぁ、もう、女王様!!可愛いったら!!
それにしても、村雨・・抱き寄せただけで黄龍か・・
きついのぅ・・・(笑)
・・早く私も書かなきゃ〜・・
プレッシャーをかけて下さいまして、ありがとう御座います(笑)


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