あれから2年が過ぎた。
緋勇龍麻は、長々とした市長の演説を聞き流しながら当時を思う。
子供の頃は二十歳というとものすごく大人に見えたものだが、こうして自分がいざ二十歳を迎えてみると、大人というのには程遠く、かといって子供かというとそうでもなく、実に中途半端な年齢なのだと分かった。
…きっとどんなに年を取ってもその思いは付いて回ると思うぜ。
もう少し年を取ればそう思わなくなるかと思った龍麻に、一緒に暮らしている恋人が笑ってそう答えたのを思い出す。
彼も今頃この退屈な成人式の演説を聞いているのだろう。
一緒に暮らしているというのに逢いたくなってしまった龍麻は、この演説が終わるのをひたすら待っていた。
そして二次会。
普通なら高校の同級生が集まり同窓会と行く所だが、龍麻は学校の同級生ではなく、高校の頃共に戦った仲間が集まる公園へと足を向ける。
浜離宮――その擬似空間に、当時の仲間達が集まっているはずだ。
「よう!!ひーちゃん久しぶりッ!!」
真っ先に声を掛けて来たのは、スーツ姿の京一だった。
そういう龍麻も、他の男連中もみんなスーツを着ていたが。
「京一…二十歳になってまでひーちゃんはないだろ」
「それもそうだが…あれからずっと会っていなかったからな、俺達の中でお前は今だに高校生の龍麻なんだよ」
苦笑する龍麻に、醍醐が笑いながら近づいて来る。その傍らには、振り袖を纏った小蒔と葵も居た。
懐かしい面々に、龍麻の顔が自然と綻ぶ。
「……久しぶりだね、みんな…元気だった?」
「そりゃ、こっちの台詞だぜっ。あいつ、ひーちゃんを泣かせてねーだろうな?」
「『後悔させない』っていうのがあいつの口説き文句だったんだぞ、それを破ると思う?」
2年前、卒業と同時に龍麻は恋人である村雨とアメリカへ発った。『世界を相手に運試し』という馬鹿げた夢を追いかける村雨も村雨だが、それに付いて行く龍麻も相当無鉄砲である。
でも怖くはなかった。躊躇いもなかった。
村雨と一緒なら大丈夫…それは頼りきっているのではなく、彼の為なら強くなれる自分に気付いていたからだ。
実際、苦労も多かったが…。
向こうでの生活に慣れるまで友人たちに連絡すら出来なかった為、初めて出したエアメールが『成人式の為に一旦帰国します』である。
「ずっと連絡できなくてごめん」
「いや、大変だろう。アメリカでの生活は」
「…で、どうなの?やっぱベガスで一攫千金??」
興味津々といった小蒔を、醍醐がたしなめた。
構わないよと龍麻は笑い、京一の持ってきたワイングラスを受け取る。
「実は…もっと大変な事になっちゃってるんだ」
ワインを一口含むと、龍麻は話し出した。
渡米してから暫くは、やはりベガスで豪遊していた。それはまさに『豪遊』で、とにかく負けて帰ってきた事がないほどだ。
無論イカサマ疑惑でマフィアに狙われたが、直後、そこが摘発されて無事だった事。
その後「ベガスは飽きた」という村雨はニューヨークの大手会社に入社した事。
その会社の経営者というのが大財閥で、博打まがいの仕事ぶりで話題になっていた村雨と意気投合。社長会長のお気に入りになり、ついには会社を村雨に任せるとまで言って来た事……。
「…おいおい、いくらアメリカだからって…子供とかいねーのかよ」
「いるんだけど…息子さんは農業がしたいって家出中らしい」
「すごいわねぇ……スケールが違うわ」
「それで…村雨は何と?」
龍麻は御門や薫と酒を酌み交わしている村雨へ視線を送る。
「一度は断ったよ、自由な身の上が良いって。でも…」
「って言うか…謙遜しない断り方もすげーよな」
「それだけ自信はあるのだろう」
「…そうだね、でも向こうは折れてくれなくてさ。『任せられるのはムラサメしかいない』何て言って…帰国するからって振り切ったけど、帰ったらどうなる事やら」
内容はものすごい事だというのに、龍麻は実に楽しそうだ。その時の村雨があたふたしていたのを思い出したからである。
一生懸命言い訳を考えているのがモロバレな様子は、まるで龍麻に対する態度のようだった。
彼は信頼した人間には『素』の顔を見せる。
何だかんだいって、村雨も彼らが好きなのだ。
幸せそうに笑う龍麻に、元真神のメンバーは苦笑した。心配は無用だったようだ。
村雨はその存在だけで、龍麻を幸せにする事が出来る――。
「龍麻さんを泣かせてはいないでしょうね」
開口一番そう言って、御門は村雨を睨みつけた。
「はん、心配なら龍麻に聞いてみるといい」
真神のメンバーを中心とする人だかりから少し離れた池のほとりで、薫と御門、村雨は熱燗を飲んでいる。
日本酒は口当たりが優しく、飲みやすいので村雨はお気に入りなのだ。
高校時代は真面目な優等生だった御門も、本日より解禁になる飲酒を遠慮するつもりはないようである。
尤も、陰陽師が行なう儀式の中には酒で体内を清めるものも多く、彼が以前から酒に強い事も村雨は知っていた。
「幸せそうで良かった…」
「お前もな」
少しずつだが歩けるようになった薫は、御門に寄り添うようにして微笑んでいる。
気がかりは薫のことだけだったが、御門が居れば安心だろう。
村雨は、芙蓉にもう一本熱燗を頼み、たくさんの仲間達に囲まれている龍麻の背中に目をやった。
こうして。
村雨は御門たちと、龍麻は他の仲間達と、それぞれ遅くまで語り合い、漸くホテルに帰った時は、もう日付が変わっていた。
「大丈夫か、龍麻」
足どりがおぼつかない龍麻を支えてベッドに座らせ、村雨は冷水を入れたコップを用意してくれる。
「うん…ありがとう。やっぱちょっとキツイね」
「時差ボケがあるからな……」
一息にコップの水を飲み干し、龍麻は隣に座った村雨の肩にもたれかかった。
「…どうした、久しぶりにみんなに会えて楽しかったろ?」
龍麻が甘える仕草にくすくすと笑いを漏らした村雨は、それでも受け止めるように肩を抱く。
「…楽しかったよ、すごく……でも、俺って欲張りだから……」
祇孔とも一緒に居たかったんだもん……
小さく呟いただけだったが、村雨にはしっかり届いていた。
酔いの回った龍麻の顎を上向かせると、村雨は同意の意味を込めて柔らかいキスを送る。
ひとしきり唇を堪能した後、名残惜しげに離れた龍麻は、ずっと疑問に思っていた事を口にした。
「今日、みんなと話していてやっぱり思ったんだ。祇孔が何で会長の申し出を断るんだろうって…」
自分を試すのには絶好のチャンスではないか。不謹慎かも知れないが、まさに人生自体が賭けとなる。
「…その内聞かれるだろうと思ってたぜ。もちろん、俺は挑戦してみたいさ。自分の力を試してみたい。――だが」
肩を抱いていた手を龍麻の髪に絡め、引き寄せてもう一度軽い口付けを交わすと、村雨は吐息のように囁いた。
「……そうなるとあんたに窮屈な思いをさせちまう……」
その言葉に龍麻が目を見張る。
確かにいろいろ縛られる事は出て来るだろう、だがそれは仕方のない事なのだ。まさかそれが原因だったとは。
「そんな…俺は祇孔がやってみたいなら…」
「自分を試す方法はいくらでもある。それに、あんたが我慢しているなんて俺が納得いかねぇ。そんなのは長続きしねぇよ」
龍麻は小さく溜息を吐いた。
「もう…ホント欲がないんだから」
「そうか?俺はアンタ以上に欲張りだぜ」
どちらか一方が少しでも我慢する幸せなんていらない。
お互い自由に、お互い伸び伸びと、お互いの生き方に満足して――確かに、欲張りといえば欲張りかも知れない。
「…疲れたろ、もう休むか?」
「祇孔はどうしたい?」
「俺は、アンタが抱きてぇな」
「……相変わらずストレートだね」
緩く微笑むと、龍麻は村雨の体重を受け止めた。
謝辞
朱麗乃華さまの『雲蒸竜変』にて、9444を踏んで、頂いた、ずばり『成人式』です。
リクしたのは、1/13のことでした(判りやすい発想/笑)
朱麗さまんちの二人は、基本的には渡米しないので、これはパラレル・・ということらしいです。勿体ない・・大財閥の若き総帥と美人秘書龍麻のめくるめくオフィスラブは見られないのか・・(違う)
・・と、思っていたら、リクしたらOKですって!!
よぉし、次、また、踏むぞ〜〜!!
朱麗さま、なんだか心がほこほこ温かくなるようなSS、ありがとう御座いました!!
ところで・・。
30歳越えても、小学校や中学の友人に会うと、あだ名で呼びますよね?(いや、私は、呼ばれたが・・)