朝 目覚ましが鳴った。 まあ、鳴る前から眼は覚めていたが…… 俺は起き上がって、ベッドサイドに置いてある携帯に手を伸ばす。 一回くらいじゃ起きね〜だろうな。 思いながら、俺は電話を掛けた。 案の定、コールしてもなかなか出てはくれなかった。 朝が弱いのは知ってるが、ここまでとは…… 39回目にしてやっと繋がった。 「よお、目が覚めたか?」 「……んん…しこぉ…」 まだ夢の中といった感じの龍麻の声が耳に届く。 「おはよう。いい天気だぜ。早く起きな」 優しく言うと、龍麻は「うん…わかった」と言って電話を切った。 ちゃんと起きたのか不安が残ったが、一応、役目を終えたことに満足してシャワーを浴びた。 たまには早起きもいいもんだ。 そんな風に思いながら、コーヒー片手に新聞を読む。 株価がえらく下がってる。不況の波、到来ってことか。等と数字を追いながら、優雅な朝を満喫していると、携帯が鳴った。 誰かに聞かれたら恥ずかしいクマのプーさんのメロディは紛れもなく龍麻からのもの。 何か嫌な予感はしたが、俺はすぐに電話に出た。 「祇孔のバカッ!バカバカバカ!起こしてって言ったのに!ひどいよっ!ひどいよっ!もう〜〜〜大嫌いっ!」 耳をつんざくような悲鳴が聞こえたかと思ったら、いきなり切れてしまった。 嵐のような龍麻の電話にしばし言葉も出ない。 まあ、今に始まったことじゃね〜けど、時々、龍麻の性格がわからない。 思いこみが激しい。 それで全てが解決する程、龍麻は単純じゃない。 まっ、そこも魅力なんだが……に、しても、やっぱり起きてなかったのか。 根性入れて、後100回くらいコールしてやれば良かった。 そう言や、昨日、それらしいこと言ってたな。 「明日のお休み、俺、補習あるから学校行かなきゃいけないんだけど、起こしてくれる?俺、すっごく朝が弱くて、目覚ましくらいじゃ起きれないから……」 龍麻はそう言ってた。 それならうちに泊まれと勧めたが、はしゃぎすぎると起きれなくなるからと龍麻は家に帰ってしまった。 何度も何度も「絶対に起こせよ」と言っていた裏に、こんな事実が隠されていたとは…… うちに泊まった時は美味い物で釣って起こしたせいか、ぐずりながらも起きたが…… まあ、あれだな。 あいつの好きな物食わせて、ご機嫌取るしかないな。 昼 俺は少し前から真神の校門で龍麻を待っていた。 昼には終わると聞いていたが、龍麻はなかなか出てこない。 延長って事も考え、携帯を取り出すと聞き慣れた声がした。 見ると、龍麻と蓬莱寺、そして何故か美里さんまでいた。 彼女が補習を受けるとは考えにくい。 まっ、興味の範疇外だから、どうでもいいが…… 「あっ!」 龍麻は俺を見ると頬を膨らませた。 「よお、龍麻、迎えに来たぜ」 声を掛けるとプイッとそっぽを向いた。 「嫌われてやんの」 蓬莱寺が嬉しそうな顔をする。 「こんにちは。村雨さん」 「よお、あんたも補習かい?見かけによらね〜な」 俺の言葉に彼女はフフフと笑った。 それはちょっと背筋が寒くなるような笑みだった。 「私は委員会のお仕事で来たのよ。それより、この間、綺麗な女の人と歩いてましたよね。恋人なのかしら?」 とんでもない濡れ衣を着せられ、俺は内心焦った。 龍麻は当然の如く、顔を真っ赤にさせて怒っている。 「おいおい、そりゃ、見間違いじゃね〜か。そんな覚えはないぜ」 「はっ、どうだかっ!おい、ひーちゃん、こんな奴ほっといてラーメン食いに行こうぜ」 蓬莱寺が龍麻の肩に手を回して言う。 瞬間、蓬莱寺を殴りたい衝動に駆られたが、龍麻がすぐに蓬莱寺の手を振り払ったから、行動には移さなかった。 「もう、京一、うっとおしい」 「そりゃね〜よ、ひーちゃん」 龍麻は蓬莱寺を無視して、俺を睨み付ける。 「龍麻、俺のこと信じれないって言うのか?俺はあんただけだって」 龍麻だけならまだしも、美里さんや蓬莱寺の前で腰を低くしてる自分が、少し情けない。 が、惚れた弱みだ。 「本当にホント?」 龍麻が問う。俺はそれに頷いてやる。 「起こしてくれなかったこと反省してる?」 それにも頷くと、龍麻はほんの少し表情を緩めた。 「オムライスッ!」 「ひーちゃん、何言ってんだよ」 蓬莱寺の声が邪魔だが、俺は笑って答えてやった。 「わかった。オムライスだな」 龍麻は俺の言葉に頷き、俺の側に寄って来た。 「じゃ、またね」 蓬莱寺と美里さんにそう言って、龍麻は俺の腕を引っ張り前に立つ。 俺は美里さんにだけ会釈して、龍麻に従った。 数分後、俺は龍麻の言う通り、オムライスを食べていた。 本来、こういう物は好んで食べたいとは思わないのだが、龍麻と一緒なら何でも美味く感じる。 それは目の前の龍麻が幸せそうに食ってるから、そう思うんだろう。 「龍麻、美味いか?」 問うと、口に頬張りながら「おいひい」と言った。 機嫌は直ったようだな。 俺はホッと胸を撫で下ろした。 「祇孔、それ欲しい」 龍麻の指差したのはサラダに乗ったフルーツトマトだった。 「いいぜ」 言って、龍麻の方に皿を譲ろうとした時、かん高い女の声がした。 「あら、村雨先輩、村雨先輩じゃありませんか」 「村雨先輩だわ」 見ると滅多に顔を出さない華道部の後輩が顔を揃えていた。 「誰?誰?」 「あっ、ああ、華道部の後輩だ。俺は幽霊部員みたいなもんなんだがな」 「まっ、村雨先輩ったらおもしろいことをおっしゃるのね」 「村雨先輩の活けたお花はとても華麗で心奪われますのに」 龍麻はスプーンを銜えおもしろくない顔をしてる。 まずい。これは非常にまずい雰囲気だ。 「こちら村雨先輩のお知り合いですの?」 彼女たちを黙らせるより早く、標的は俺から龍麻に移る。 「どこの制服かしら?見たこともないわね」 龍麻は答えずにオムライスを意地になって食べている。 「あっ、悪い。今デート中なんでな」 「まあ、村雨先輩も人が悪いわ。この方の制服が男物かくらい、わかりましてよ」 「もしかして、男装なさってるの?」 龍麻の顔が真っ赤になっていく。 「嬢ちゃん達、悪いな。本当に取り込み中だ。また今度にしてくれ」 女にムキになるのも格好つかね〜から、極力、優しく言ってやる。 だが、この「また今度」という言葉にピクッと龍麻の眉が釣り上がるのがわかった。 「本当に今度お相手してくださるのね」 俺は空返事を返す。 だが、彼女たちは納得したのか、奥の席に移動した。 やっと解放された。 モテる男は辛いってな。 龍麻を見ると最後の一口を口に入れたところだった。 「もう食べたのか?じゃ、行くか」 気まずくて立ち上がると、俺は急ぎ足でレジに向かった。 龍麻は慌てて俺の元に駆けてくる。 「祇孔っ!祇孔っ!」 「ああ、悪かったって」 龍麻の頭を撫でながら、勘定を済まして、ドアを開けてやった。 龍麻は、一瞬、悲しそうな目を俺に向け、外に出た。 「龍麻、次はどこへ行く?」 こうなったら、とことん付き合ってやろうと思い、声を掛けると、いきなり龍麻の拳が俺の頬を直撃した。 気を許しすぎて、まともに食らっちまった。 まあ、手加減したのかあまり痛みもなかったが…… 「おい、龍麻、何するんだ?」 「ひどいよっ!ひどいよっ!」 龍麻は俺の胸を今度はポカポカ叩く。 グッと抱き寄せて宥めると、身を捩って逃れようとする。 もしかして、嫉妬したのか? そう思った俺は、慌てて謝った。 「龍麻、悪かった。あんたに嫌な思いさせたのは謝るぜ。でもな、俺はあんただけだ。好きなのは龍麻…あんただけ」 「フルーツトマトッ!まだ食べてないっ!」 龍麻は俺の言葉を遮り、怒鳴った。 フルーツトマト?? ああ、あれな。食ってなかったのか? 「………龍麻、あんたの頭の中は食い物のことしか入ってないのか?」 思わず口にすると、龍麻は俺を睨んだ。 「食べ物を粗末にする奴はもったいないお化けに食われてしまうんだぞっ!」 そんなわけないだろう。と突っ込む事もできず…… 「悪かったって……」 優しく抱き締めようとしたら、携帯が鳴った。 「すまね〜」 龍麻に謝ってから携帯に出ると、相手は御門だった。 龍麻以外は一緒の着メロにしているのだが、変えた方が良さそうだな。 「何だよ。今、取り込み中だ。可愛い龍麻のご機嫌取らなきゃいけね〜からな」 俺の言葉に龍麻は少し笑ってくれた。 「何、鼻の下伸ばしてるんですか。忘れたわけじゃないでしょう。今日は私は大事な用事があるので、マサキの護衛はあなたがしてくれるんじゃなかったのですか?」 御門の言葉に、俺はすっかり忘れていた約束を思い出す。 「……わかった。今から向かう」 短く返して、俺は電話を切った。 「今から、どこ行くの?」 龍麻が俺を睨みつける。 「その、マサキの護衛をしなきゃならなくって……わかってくれるよな」 「やだっ!やだ!やだ〜〜〜〜〜っ!」 龍麻は言いながら、俺を殴る。 「おい、龍麻、いい加減にしろっ!」 少し強い口調で止めると、龍麻はポロポロを今度は涙を零し始める。 「聞き分けろよ。なっ、また今度、美味いもの食わせてやるからな」 美味い物で釣ろうとしたが、龍麻は黙っている。 「祇孔は秋月さんの方が大事なんだ」 「そうじゃね〜だろ。俺はあんたと真剣に付き合ってる。それとも、俺が信用できね〜のか?」 少しマジに問うと、龍麻は笑った。 「信じてる。うん、信じてるから!じゃあ、またね」 そう言って、何故か嬉しそうにスキップして去っていく。 呆気に取られ、龍麻の背中を見ていると、振り返って、これまた満面の笑みを俺に向けた。 よくわからね〜が、機嫌は直ったのか? まあ、何考えてるかわからないような龍麻でも、俺のことは好きでいてくれてる。 たぶん、信用してくれたから聞き分けてくれたんだよな。 だよな…… 夜 護衛の役目を終えてから、俺は龍麻に電話をした。 が、電源切ってるのか繋がらない。 しょうがないと思いつつ、このまま明日になったら、余計に攻められそうな気がして、俺は龍麻の家に向かった。 何度かベルは押したものの、龍麻は出てこず…… 少し待ってみたところで、俺は家に帰ることにした。 もしかしたら、俺の家に来ているかも知れない。 そう思って、急いで戻ったが、家には誰もいなかった。 合い鍵を渡してあるから、来たとしたら勝手に入ってくつろいでるはず…… その形跡もないことを確かめ、俺は少し考えてみた。 誰かの家に行ってるのか? なんとなくだが、今日中に見つけね〜とまた機嫌を悪くさせると思った俺は、ひたすら龍麻のいそうな場所を考えた。 あいつ……別れ際、笑ってたよな。 あれは、どういう意味だったのか? ふと、思いついて、俺は急いで思い当たる場所へと向かった。 そこに龍麻はいた。 「あっ!祇孔っ!やっぱり来てくれたんだ!」 ケーキ屋の真ん前で突っ立ってた龍麻は、俺を見つけると笑って手を振った。 いつも龍麻の機嫌取るのに買っていってやるケーキ。 まさか、俺がここにケーキを買いに来ると思って待ってるとは…… 俺が来なきゃ、どうする気だったのか? 考えると、少し恐ろしい気がした。 「龍麻……その悪かったな」 ああ、何で俺はこんなに謝らなきゃならね〜んだ? 「悪いよ。ケーキ屋さん閉まっちゃったよ」 「ああ、明日買ってやるよ」 「明日じゃ、やだっ!」 また、そんな我が儘を言う。 初めて会った時はこんなに言うこと聞かない奴じゃなかったはずなのに…… 「無理言うなよ。明日、ちゃんと」 「今がいいっ!」 やれやれ……思いながらも、俺は龍麻に甘くなってしまう。 「わかった。開いてるケーキ屋探すか?」 「ケーキじゃなくっていい」 「じゃあ、饅頭とかか?」 「もっと甘いの……甘くて優しいの…」 龍麻が俺をじっと見つめる。 ………そういうことか。 俺は龍麻を抱き寄せた。 「いいぜ。じゃあ、うんと甘いキスしてやるよ」 龍麻は嬉しそうに笑って、目を閉じた。 言うこと聞かない我が儘な恋人。 だが、それでいて可愛い恋人。 俺は愛しい想いを込めて龍麻に甘いキスをした。 そして、また龍麻に振り回される日々が続くのであった。 END |
謝辞 春日野夢さまのサイト『Pink Rabitt’s House』にて 800を踏んで、頂いた 「村雨をぽかぽか殴る龍麻」です。 いえね、春日野夢さまの『村主100質問』で、 『村雨さんが浮気(疑惑)ならどうするか』に 『龍麻さん、泣きながら殴る』って、お答えで・・ さぞかし可愛かろうと・・つい・・(笑) あぁ、でも、リクして良かった!! もう、むっちゃ、かわええっ!! そして、甘いっ! 全体的にも甘いですが、何より、村雨さんが、龍麻さんに(笑) 春日野夢さま、ありがとうございましたーっ!! |