「旅行に行かねぇか?」 村雨の言葉に、クッションを抱えてテレビを見ていた龍麻は呆けた顔で振り向いた。 「いや、こないだ福引きで旅行券が当たっちまってよ。ペアだったから先生と……嫌か?」 思わず聞いてしまったのは、あんぐりと口を開けた間抜けな顔のまま龍麻が凝視していたからである。 だが、村雨が残念そうな声を発した途端、勢い良く首を振って飛びついて来た。 「うううん!行く、連れてって!!」 クッションと一緒に龍麻を受け止めた村雨は、苦笑しながらも尻尾を振る犬のような彼の頭を撫でる。 「何だ、反応が遅いから嫌なのかと思っちまった」 「そんな事ない!だってだって、俺、旅行って修学旅行以外で行った事ないんだもん!!びっくりしちゃって」 「そりゃ良かった。じゃあ、次の連休はどうだ?紅葉が見れるぜ」 「それで良い、決定♪」 ここまで喜んで貰えるとは──村雨は少々心が痛んだ。 実は、福引で旅行券が当たったなどと言うのは嘘なのである。 運の良い村雨の事だから龍麻も疑ってはいないようだが、村雨にとっては正に『婚前旅行』。 紅葉の舞う温泉宿で、龍麻とウハウハ(死語)な休日を過ごそうという魂胆であった。 「うっわーーー!きれーーー」 山間の温泉宿。 荷物を置いて外へ出た龍麻は、舞散る紅葉に歓声を上げる。 「やっぱ良いよねぇ。銀杏も良いけどさ、綺麗っていうより寂しい感じがするから」 はしゃぎながら木々の間を掛け抜ける龍麻。 ──その時。 一陣の風が吹き、紅く色付いた紅葉の葉が一斉に降り注いだ。 「────先生ッ…!」 いきなり乱暴に腕を掴まれた龍麻は、驚いて足を止める。 「え…どうしたの、村雨?」 「……いや……すまねぇ、痛かったか」 思いきり龍麻の手首を握り締めていた手を緩め、村雨は龍麻の肩を抱いた。 落ち葉が狂ったように降り注いだ途端、龍麻の姿が霞んで見えた為、彼を掴まえていなければどこかへ行ってしまいそうで……。 そのまま消えてしまいそうで、思わず手を伸ばしたのだ。 「えへへ…何か…こういうの、良いな…」 そんな村雨の心境など知らない龍麻は、紅葉の散る中、村雨に肩を抱かれている状況が気に入っているようである。 更に身を摺り寄せると村雨の腰に手を回した。 その温もりに安堵した村雨は、龍麻の髪にキスを送ると耳元で囁く。 「そろそろ、戻らねぇか?暗くなって来たし、観光は明日にしようぜ」 夕方に到着した為、日は既に山間に姿を消そうとしていた。 漸く身体が冷えたのを実感した龍麻は頷き、促されるまま村雨と宿へ戻る。 龍麻の肩を抱きながらほくそ笑んだ村雨の顔を見る事もないまま……。 だが。 村雨の思惑はものの見事に粉砕した。 「うっわーー、良い眺め!すごいね、ちゃんとライトアップして夜でも紅葉が見れるようになっているんだ」 村雨の予約した部屋は露天風呂付きの個室である。周りが塀で囲ってある、正真正銘個室の露天風呂になっていた。 無論龍麻の肌を下衆な輩に見せたくないからだが、もう一つ『温泉宿で龍麻とウハウハ』を実行する為でもあった。 だが。 「……先生、こっちに来て一緒に紅葉を見ようじゃねぇか」 「やーだよう。だって村雨、ヘンな事しそうだもん」 当の龍麻は村雨と対角線上の位置で風呂に浸かっており、村雨が動けば動いた分間合いを取るし、こうして声をかけた所で誘いに乗る気配はない。 ………ちっ……流石にガードが固いぜ。 紅葉を見て夢見心地になった龍麻は簡単に落ちると思っていたが甘かった。 月と紅葉を眺めながら、湯気の中で悶える龍麻。 ────考えただけで興奮してくる。 ベッドの中の彼も良いが、趣の違った場所での行為も萌えるのだ。 しかし、最初から村雨が手を出して来ると警戒している──実際その通りなのだが──相手をどうしたらその気にさせる事が出来るのか、見当もつかない。 村雨は半ばヤケクソ気味に杯を煽っていた。 暫くそうしていると、流石に酔いが回って来た。 諦めて出ようとした時、龍麻が急に近寄ってくる。思わず動きを止めて彼の行動を観察していると、すぐ側まで近付いた龍麻は、村雨の持った杯を取り上げた。 「自分ばっかずるい。俺にも頂戴」 面食らった村雨は、差し出される杯に酒を注ぐ。それを一気に飲み干し、息を吐いた龍麻が朱に染まった顔を俯き加減にして小さく呟いた。 「……良いよ……もういっぱい紅葉も見たし」 「………は?」 言葉の意味が分からず、村雨は聞き返す。 「もうっ、さっきまであんなに鼻息荒かったくせに!」 漸く龍麻の言わんとしている事を悟った村雨は、今度は困惑した。 「お前…ずっと逃げ回っていたじゃねぇか。俺はてっきり…」 村雨の言葉を遮るように、龍麻の唇が重ねられる。 「だから…充分堪能したから…今度は、俺が村雨にお礼する番」 熱っぽく見詰められ、腰を摺り寄せられては堪らない。 すっかり酔いが回っているにも関わらず、村雨は龍麻の腰を抱き寄せると桜色の肌に唇を這わせた。 「……あ……はぁ…っん…」 「綺麗だぜ、龍麻……」 ライトアップの為の電気は全て消え、部屋から洩れる僅かな灯りと月光の中、二人はまだ絡み合っている。 アルコールで高まった身体はいくら解放しても物足りず、貪欲に相手を求め続けた。 湯の中で体勢を変えながら何度も交わり、限界に挑戦でもしようという勢いで腰を打ち付ける。 「ぅ…く……っも……むら…さめ…もお……だめ……」 「ああ……俺も…もう……!」 何度目かの解放を迎えた身体は、そのままくず折れた。 翌日。 布団の中で目を覚ました村雨は、傍らで寝息を立てている全裸の龍麻を見て仰天する。 夕べは風呂で龍麻を好きに出来なかった為、自棄酒を煽っていたのは覚えているのだが、その後どうやって龍麻と布団に潜り込んだのか分からないのだ。 村雨の腕を枕に、抱き込まれるように身を縮こませている龍麻の身体には、あちこちに紅い花弁が散っている。 ──どう考えても、自分がつけたものだろう。 ……待て、待て、落ちつけ考えろ。 考えるまでもない。 これは酔いが回ったあげく龍麻とエッチをした結果に違いない。 だが──しかし! 覚えていないたぁ、どういう事だあッ!!?? 昨晩の村雨は長い間湯に浸かっており、少々上せ気味だったのに加えて自棄酒を煽っていたのである。おまけに長旅の疲れもあったのだ。 記憶を無くしても仕方がないといえば仕方がない。 しかしそれは村雨にとって屈辱でしかなかった。 気だるい身体が、昨晩の行為の激しさを物語っている。 「……ん……」 その時、小さく身じろぎした龍麻が目を覚ました。 「あ………村雨、おはよう」 幸せそうに、実に綺麗な笑顔で龍麻が笑い掛ける。 「お…はよう…龍麻、今日は…」 気まずさからぎこちない返事を返す村雨に気付かないように、龍麻は身を起こすと目を擦りながら予定を告げた。 「ん…夕べサービスした分今日は付き合ってよね」 ───やはり!! だが、まさか覚えていないのでもう一回とは言えず、村雨はその後旅行が終わるまで、龍麻に引き摺り回される事になる。 勿論帰ってから散々ヤりまくったが、それでも未練の残っている村雨はまた旅行に誘う事を計画中だ。 |
謝辞 朱麗乃華さまのサイト『雲蒸竜変』で、7888を踏んで、リクエストしました『湯煙温泉旅行』です。 村雨祇孔、一生の不覚編(笑)。 せっかくの龍麻さん誘い受けが、記憶に無いなんて・・なんと、勿体ない! ところで、これを読むと、朱麗さまんちのトップ絵(紅葉の中の村主)が、いきなり下心のある物に見えてきます。これを先に読んだ方は、『雲蒸竜変』へGO! |