今日は恋人である村雨祇孔が家に来て泊まる予定だった。だが向こうの都合でまた逢えなくなった。
いつもいつも、約束を破るのは祇孔で。
それでも、次の約束をするから、それを楽しみにして、一日を過ごしている。
だけど何度も続けて約束を反故されたら、俺だって怒るに決まっている。
だから、電話越しに言ったのだ。
「そっちの都合がつくまで逢わない。守れない約束なんて、もう要らない」
そうしたら、祇孔は焦って、ちょっと待て。などと言っていたが、その時には、もう俺は電話を切っていた。電源はオフにしておく。
少しだけ清々した。けれど、寂しさはすぐに襲ってきた。
「如月の所でも行こうかな……」
いつでもおいでと言っていた友人の言葉を思い出し、家の電話から如月の家に電話する。
幸いな事に如月は家に居た。
「やあ、龍麻。どうしたんだい?」
機嫌の良さそうな如月に遠慮がちに話を切り出した。
「あのさ……、今から如月の所に行ったら駄目かな?」
「今から?」
驚いたような彼の声音に邪魔だったかもしれないと思った。慌てて付け加える。
「いや、もし都合が良ければ行きたいなって思ったんだけど……。都合が悪いならいいから」
「そんな事は無い!君なら歓迎だよ」
「本当?なら今から家を出るから」
「ああ、待ってるよ」
嬉しそうな如月の声にホッとしつつ、俺は出かける準備を始めた。
と言ってもたいした物はない。どうせ明日は日曜日。学校もない。
パーカーを着ると、早速、家を出た。
駅まで近道しようと、小さな公園を通ると満開の桜が咲いていた。
満開の桜を見て、また寂しくなる。
祇孔と一緒に見に行こうと約束していたのだ。だがそれも無理なのだろうと思う。
「逢いたいのに……な」
小さく呟いた。
「仕方ないよな……」
首を振ってから俺は駅に向かって歩き始めた。
「待っていたよ。龍麻」
骨董屋を営む友人は、にこやかに出迎えてくれた。
「ありがとう。あ、これはおみやげ」
来る途中で買ってきたお茶を渡す。
「気を使わないで良かったのに」
「うーん。でも如月にはいつも世話になっているしね。それに如月の淹れるお茶美味しいし」
「そうかい?それなら早速、君のために茶を淹れる事にしよう」
「じゃあ、ありがたく飲ませてもらう」
家の中に入ると他愛のない話をしながらお茶を飲む。しかし不意に如月が触れてほしくなかった話題に触れた。
「けれど、良かったのかい?」
「何が?」
「村雨だよ。付き合っているのだろう?」
その名にお茶を啜っていた俺の手が止まった。
「………いいんだ」
俯いて答える。本当は逢いたくて仕方が無い。
けれど……。
「アイツが自分で決めた事に邪魔する権利なんて俺には無いし」
親友との約束を護るために戦っている彼を邪魔する権利は本当は自分には無い事は知っている。
先刻のことだって、本当は唯の我が儘だと言うことにも気付いているのだ。
それでも俺が逢いたいと願ってしまうのは、エゴ。
「逢えないのは寂しいけどね……。それでも、しょうがないし」
俯いたまま、小さく溜息をついた俺に如月が何時の間にか側に寄っていた。
すぐ側に居る気配に顔を上げれば、如月がひどく真剣な顔でこちらを見ていた。
「如月……?」
「君はそれでいいのかい?」
眉を顰めての如月の言葉は、なかなかに痛い。
「………でも好きなんだよ」
苦笑いをして言葉を返す。
好きだから、約束を破られても我慢していた。仕方が無いと繰り返し。
「出来るなら、ずっと一緒に居たい。居たいよ。でも……それを束縛する権利なんて俺には無い。恋人だからって、一緒に居て、なんて俺は言えない」
自分がどんな顔をしたのかわからなかったが、如月が痛々しそうに俺を見ている事に気付いた。
「そんな顔しないで欲しいけどな、如月。大丈夫だよ。ちょっと我慢すればいいんだからさ」
そう、ちょっと我慢すればいいのだ。ちゃんと彼の問題が決着がつくまで。
先刻の祇孔への態度はまずかったのは自覚している。後で謝らなければいけない事もわかっている。
だから、そんな痛ましそうな表情で見ないで欲しい。
自分の方が辛いのだと錯覚してしまうから。
「俺は大丈夫だって」
「………辛そうな顔をしているのにかい?」
「そう?気のせいだよ。きっと」
笑って見せたが、如月は信用してくれなかったらしい。不意に如月の手が伸びた。冷たい指先が俺の頬に触れた。
彼とは異なる感触に、なぜか彼を思い出す。
全く違う感触さえ、大切な想い人を思い起こさせる誘因で。
ひどく泣きたくなった。
「………っ」
俯いて、緩みかけた涙腺を堪える。
泣いたりなんかしたら、まるで自分の方が辛いと言っているようだ。それだけは思いたくない。
祇孔も大変だと、辛いのだと思うから。
ああ、でも何で俺はこんなに祇孔の事が好きなんだろ?
こんなにも好きじゃなかったらきっともっと楽だったのにな。
逢いたいな。
「龍麻……」
心配そうな如月の声に、自己嫌悪に陥る。心配して欲しいわけではない。ただ、寂しさを隠したかっただけ。
顔をあげる。
「大丈夫」
また笑って見せる。
「大丈夫だよ」
言葉でも心でも繰り返す。
大丈夫だから平気だと。
「俺……帰るね」
短く告げて立ち上がる。このまま居たら、如月に甘えてしまうだろう。何だかんたと言って、目の前の黄龍の筆頭守護者は自分に甘い所があるのは知っている。その反面、厳しい所もあるが。
だが、帰る前に如月は俺の腕を掴んだ。
「如月?」
「居たら良い。きっと君のことだ。一人で泣くんだろう?」
「そんな訳ないよ。逢えないのは寂しいけど、泣くほどの事じゃないし」
第一、一人には慣れているから。
「………頑固だな」
溜息をつきながらの如月の言葉に、言い返す。
「如月ほどじゃないけどね」
一人で戦うと言い張っていた事を思い出し、茶化してみる。
「根本的な性格ではきっと君の方が頑固だと思うが?」
「……村雨みたいな事言わないでほしい」
件の恋人にも言われた覚えのある台詞だった。
─アンタ、かなり頑固だよな。
自分ではあまり自覚していなかったが、そうなのだろうか?だけど、あの時はアイツだって忙しかったから、ちょっと倒れたくらいで迷惑かけたくなかっただけだ。
─甘えてもいいんだぜ。
そう言って看病すると言い張った祇孔をそれでも追い返した。あの時は黄龍の事件が解決した直後で東京の《氣》が落ち着いていなかった頃だった。それで御門たち術者がその後始末に奔走していた。それは祇孔もであって、かなりあちこち飛び回っていた。それこそ休む間もないくらいに。
その事を知っていて甘えるなんて出来るわけないだろう。
「帰るよ。説教されたくないし」
笑って腕を振り解こうとした時、不意に玄関が開く音が聞こえた。
「先生!!」
名を叫ぶ声に俺は目を丸くした。
それは此処に居るはずのない彼の声だったからだ。
ドカドカと音を立てて、見知った室内に入ってくる。
「如月!その手を離しやがれっ!!」
居間に入ってくるなり家主に怒声を浴びせたのは、紛れもなく村雨祇孔その人だった。
呆然と祇孔を見ていると、祇孔は苛々しながら俺に近づきひったくるようにして俺を抱き寄せた。
「………祇孔?」
何故、此処に来たのか解らず、間近にある顔を見た。
「あんな事言われて平然としていられるかよっ……」
「………あ、ごめん………」
やはり言ってはいけなかった事だったに違いない。我慢が効かなかった俺が悪いのだ。だから謝った。しかし祇孔は強く俺を抱き締め、小さく言った。
「馬鹿…だな…。謝るのは俺の方だろう?」
「えっ?」
「そうだろう。俺が約束破ってばかりいるのに」
「でも、それは………」
言いかけた言葉は如月によって遮られた。
「済まないが、痴話喧嘩なら家に帰ってからにしてくれないか?」
冷静な彼の声にハッと我に帰る。
抱擁している姿に頬に血がのぼった。
「あ、えっ、ああ、うん」
動揺した声で答えを返すと祇孔も一旦、身体を離してくれた。
「邪魔したな」
「あ、ごめん。如月迷惑かけた」
なぜか、如月に敵意剥き出しの祇孔を連れて家を出た。
「何で来たんだ?」
近くの公園まで来ると俺はそう切り出した。
最近は一層忙しいはずだったからだ。
「……アンタにあんな事言われたからな」
その言葉に俺は項垂れた。我が儘言わなきゃ良かった。
「ごめん」
「謝らなくてもいい。俺が悪い」
「何でだよ。俺が変な事言ったからだろ?」
「違う」
言い切った祇孔が俺を抱き寄せた。
「アンタに辛い思いさせてるからのに、何も出来てねぇ俺が悪い」
その言葉は嬉しい反面、少し悲しい。好きな人の重荷などなりたくないからだ。
「俺は平気だよ?さっきのはあんまり続けて逢えなかったから、ちょっと怒っただけだし。気にしないで」
言葉を紡ぐ。大丈夫だと言うように。
「俺はそんなに頼りねぇか?」
「えっ……?」
「アンタの為に何も出来ねぇから、頼らねぇのか?」
祇孔の言葉に躊躇う。そんなつもりは無い。
「そんな事言ってないし思ってもない。ただ……俺は祇孔の負担にはなりたくない」
「だから頼らないのか。だから甘えないのかよっ!」
怒鳴り声になった祇孔に思わず顔をあげた。
「だってっ、そうだろう?お前が大事にしてるものを邪魔なんかしたくないよ!」
叫び返した俺を祇孔は不意に抱き締めた。
「俺が一番大事なのはアンタだよっ」
きつく痛いほど抱き締めてくる。
「俺はアンタに本気で惚れてるんだよ……アンタを一番大事にしてやりたい。でもアンタは何も言わないだろう?惚れてるんだぜ?だからもっと言ってくれよ。甘えてくれよ。アンタの我が儘だったら、俺は何でも叶えてやりたい」
祇孔の告白に微かに笑う。
「馬鹿だなあ……。そんなの俺だってそうなのに」
その言葉に祇孔が驚いたように俺の顔を見た。
「俺も好きだから我慢できる。じゃなかったらとっくに別れてるよ。本気で好きだから、俺は祇孔の事、邪魔したくないんだよ」
間近にある顔を両手で包み込む。
「それに好きな人だから、信じる道を進んで欲しい。ねぇ、祇孔?きっと俺はお前が思う以上にお前が好きなんだよ。お前が俺を想う以上に、俺は祇孔が好きなんだ」
俺の告白に祇孔が俺の顔を凝視する。
「そりゃ、もっと一緒に居て欲しいしもっと逢いたい。それはずっと願っているよ。でもそれ以上に自分の道を進んで欲しい。そうしてから………」
一瞬、躊躇う。その言葉さえ束縛かもしれないと思った。
「俺の処に帰ってきて欲しい」
願わくは、帰る場所が自分であること。
それはきっと一番の我が儘。
その言葉に祇孔が一瞬、俯いた。微かに肩が震えている。
「祇孔?」
「馬鹿だな……そんなの我が儘なんかじゃないだろ。それは、俺の願いだろうが」
苦笑しながら、祇孔が顔を近づけてきた。
寄り添う影は長い間、離れることはなかった。
ジーダの謝辞
茜さまのサイトにて、5555を踏んで、頂いたものです。
リク内容は『55対55』お互い自分の方が、より相手を想っている・・というものでした。
(いえ、5555だから・・)
訳の分からないリクに、答えて頂きました!!
茜さまんちの村雨さんと龍麻さんは、とても自立していて、
それでいてお互いを思いやる、という素敵な関係ですvvv
茜さま、ありがとう御座いました〜〜!!