雨宿り



 予想はずれの雨に、緋勇龍麻は困りきった表情で木の下で灰色の空を眺めていた。
 恋人との待ち合わせが不幸な事に雨宿り出来る場所などない、公園だった為である。
 いきなり降り出したどしゃ降りに木の下での雨宿りなど殆ど意味は為していない。だが、この場所から、雨宿りできそうな場所を探して走るよりは、まだましであると判断したからだ。
(青天だって天気予報は言っていたのになあ)
 止みそうにない雨を見ながら、龍麻は小さく溜息をついた。
「祇孔とも連絡つかないしな」
 雨が降り出した時、龍麻は村雨に連絡して待ち合わせの場所を変更しようとしたのだが、繋がらなかったのだ。鞄から携帯電話を取り出して、時間を見る。約束の時間にはまだ少し早い。もう一度、電話を掛けてみようとしたその時、待っていた人物が傘を手に姿を現した。
「悪いな。濡れちまったか?」
 白い学ラン姿の人物を認め、龍麻は安堵の息を洩らす。
「ずぶ濡れだよ」
 微かに苦笑して答えると、村雨はチッと舌打ちして、龍麻を傘の中に入れた。
「すまねえ」
 眉を顰め、苦渋の表情を浮かべた村雨に龍麻は小さく首を横に振った。
「しょうがないよ。まあ、この姿だと、映画は無理っぽいかなーとは思うけど」
 流石に、濡れ鼠になってしまったこの姿で今日のデートのメインである映画を見ようとは思わない龍麻である。こんな姿では映画館に着く前に風邪を引いてしまうだろう。
「取り合わず、服を乾かす所に行くか」
 並んで歩きながら村雨が口を開く。
「家に帰る?」
 村雨の提案に龍麻が答える。だが、村雨はその言葉に首を振った。
「ここからだと、俺の家もお前の家も遠いだろうが」
「でも…他にどこかある?」
「ああ。それにいつまでも、濡れたままじゃ風邪ひくだろ」
「そうだけど」
 不安そうな龍麻の様子に村雨はいつも不遜な笑みを浮かべた。


 熱いシャワーを浴びて、一息ついた龍麻は浴室から上がった。脱衣場に置かれている白色のバスローブを纏った。鏡に映った自分の姿を見、そして室内の事を思い出し、嘆息した。
「………、そりゃ、服とか乾かさないと風邪は引くとは思うけどさ…」
 顔を赤くさせ、ぶつぶつと呟いて見るが、いつまでも脱衣所にいる訳には行かず村雨がいるその室内に向かう。
「ああ、上がったか。服の方はクリーニング頼んだからな」
 ダブルベッドの上で横になっていた村雨が身体を起こして龍麻を迎えた。
「う、うん…」
 戸惑う表情を隠せないまま龍麻はその場で立ち尽くす。目に入る物に頬が赤くなってしまうのを抑えられない為だ。
 その部屋は真ん中には診察台が置かれているのだ。否、正確に言えば診察台を模した物と言うべきか。そして壁には白衣とナース服、聴診器などが掛かっている。
 どう見ても普通の部屋ではない。
 それもその筈、龍麻が村雨に連れてこられた場所は、レジャーホテル=ラブホテルだったのだ。
 しかもやけにマニアックである。どうやら診療所がイメージらしい。
「どうした?立ってないでこっちに来いよ」
 村雨はそんな場所であるにも関わらず普通に呼びかけてくる。
「う…うん、行くけどさ……」
 側に行けばそれこそ、何をされるか分からない恐怖もあり村雨に近づく事に躊躇う龍麻である。
「別にここは雨宿りだからな…。無理にはしねぇよ?」
 ありありと戸惑う姿を見せる龍麻に村雨は苦笑しながら手招きする。
「うん……」
 素直に、とは言い難い様子であったが龍麻が診察台の脇を通り抜け村雨の傍らに座る。だが、どうにも落ち着きがない。
 そんな龍麻の姿を見た村雨は小さく笑うと、その身体を引き寄せ、自らの腕の中に閉じ込めた。
「ちょっ、ちょっと!」
「こういう所に来るのは初めてだったか?」
 笑いを含んだ声に龍麻は困ったように首を振った。
「………、罰ゲームで京一と行った事あるけど…さ。こんなマニアックな場所じゃなかった」
 龍麻の言葉に村雨が眉を顰めた。
「そりゃ、何時の話だ?」 
「えっ、ちょうど壬生が仲間になった直後くらいかな。歓迎会でゲームやったら負けて、連れてかれたんだけど」
 あれは女性陣が非常にやる気に満ちていて、困ったよ、と後を続けた龍麻であるが、村雨にはその言葉は届かず京一に対する敵意が沸き起こっていた。
(っち、蓬莱寺の奴!)
 今度会った時は容赦なく今までのツケの分も含めてふんだくってやろうと決意する村雨である。
「…し、祇孔?」
 無言で敵意を燃やす村雨に龍麻が怯えたように声をかける。
「あ、ああ。何でもねぇよ。でも、蓬莱寺の奴とは何もなかったよな?」
「…………まあ…ね」
 歯切れの悪い龍麻に村雨が不機嫌な表情を浮かべる。
「何かあったのか?」
「………、いや、京一の奴、ふざけて押し倒してきてさ。俺、咄嗟に黄龍放って、ちょっと大変だった事思い出してさ」
「……………」
 その言葉に京一の明日の運命は決まった。
 怒りのオーラを出しまくる村雨に龍麻は冷や汗をかき始めた。
「…う、ごめん……そのそんなに怒らないで欲しいんだけど。何もなかったんだし」
「お前に怒るわけじゃねぇが、あまり気分の良いものじゃないぜ?恋人が他の人間に襲われた話なんて聞いたら」
「………うん。ごめん」
 シュンとして謝罪の言葉を告げる龍麻に村雨も頭を横に振って答えを返す。
「ああ、悪いな。別にお前の所為じゃなかったのにな」 
「でも、気分悪くさせたのは俺だし」
 俯いてそんな言葉を言う龍麻にふと、悪戯心を擽られた村雨である。
「じゃあ、あれを着て看病してくれるかい?」
 指が差し示す物は壁に掛かったナース服。龍麻の顔から血の気が引いた。
「あ、あ、ああ、あんなの着れるわけないだろ!第一、俺は男だよ!?」
 龍麻の焦り具合に思わず笑いが漏れてしまう。
「冗談だ」
 噛み殺せない笑みを浮かべて村雨は答える。
 だが、笑われた本人は少々、気分を害したようである。そっぽを向いてしまっている。
「悪りぃ。龍麻」
「別に、いいけ…クシュン」
 横を向いたままでいた龍麻が小さなくしゃみをした。村雨は驚いて龍麻の顔をこちら側に向けさせる。
「おいっ、風邪引いたんじゃないのか?」
「大丈夫だと思うけど…って」
 グイと龍麻の顎を持ち上げると村雨は指を唇に掛けて、やや、強引に唇を開けさせた。
「扁桃腺は腫れてねぇみたいだな…」
 顎に掛けていた手を離し、今度はその手を額に当てる。
「熱はねぇか?」
 心配そうな村雨の態度に龍麻がクスリと笑みを零す。
「何だ?」
「いや、こんな場所だから、お医者さんとでも呼ぼうかなと思ったけど、どっちかといえばお母さんみたいだったから」
 冗談めかしての言葉に村雨少し思案げに首を傾げていたが、直にニヤリと笑った。
「そうだな…」
 村雨はベッドから降りたかと思うと、訝しげにその姿を見ていた龍麻の身体を横抱きにして抱えあげた。
「えっ!!な、何する気!」
 いきなり、身体を持ち上げられ、その不安定さから、大声をあげて村雨にしがみ付いてしまった龍麻である。
「診察してやるよ。なら、お医者さんって呼べるだろ?」
 村雨の言葉に思わず絶句した龍麻である。
「そ、そんなのいい!!」
 拒絶の言葉を上げるものの、抵抗するには少々体勢が悪い。結局、診察台の上に乗せられてしまった。しかも台が30度ほどに傾いている為、起き上がるにも簡単には行えないのだ。起き上がろうとする龍麻の隙をつき、村雨は診察台についている拘束具で龍麻の足を片方ずつ縛めてしまう。大きく脚を開かされた─さながら分娩台の上にでも乗っているような状態となった龍麻はあまりの羞恥に涙ぐんだ。
「や、嫌だ!」
「そうか?可愛いぜ?」
 笑みを浮かべ、村雨は壁に歩む寄るとそこに掛かっていた白衣を羽織る。
 意外に似合うその姿に龍麻は現状とは別の事で動揺した。
(恰好いいかも…)
 このような状況でありながら不覚にも見とれてしまう龍麻である。結局の所、龍麻は村雨にベタ惚れなのだった。
「診察を始めるとするかな?」
 村雨の言葉にハッと我に返ったものの、どうしようもない状況であるには変わりはない。拒絶したとしても恐らくは行き着く場所は同じであろう。それを考え、龍麻は一度キュッと眼を瞑るとゆっくりと村雨の言葉に答えを返した。
「じゃ、じゃあ、胸から診てください」
 その言葉に瞠目したのは村雨である。まさか、龍麻がそう返してくるとは思わなかったのだ。思わずまじまじと見てしまう。その視線が恥ずかしいのか、龍麻は顔を赤くさせて逸らした。
「そ、そんなに驚かなくてもいいだろ!どうせ、こういうつもりで、こんな恰好させたくせに!」
 大声をあげて、そう言った龍麻に村雨は含み笑いを返した。
「…そう、だな。じゃあ、早速診察しようか?」
 言うと、同じく壁に掛かっていた聴診器を手にする。そして、龍麻のバスローブを肌蹴させると、わざと胸の突起に聴診器を当てた。
「ひっ…ん」
 冷たい感触に龍麻が悲鳴をあげた。だが、村雨はそれには意を返さず、聴診器でその部分を捏ね繰り回わす。いつもとは異なる感触に龍麻は身体を震わせた。
「や、あっ……つ、めたい…よ……」
「少し我慢してもらわないと。診察してるから、な」
 意地悪気な笑みを浮かべてそう告げる村雨に龍麻は先程とは違う意味で潤んだ眼差しを向ける。
「ば、か…。…あっ…」 
 掠れた声は甘い。その声音に気分を良くして、村雨は空いている手をもう片方の突起に伸ばした。
「随分と感じやすい身体のようだな…」
 触れた瞬間、ビクリと震えた身体に村雨は揶揄するように言ってやる。龍麻の全身が朱に染まった。
「あ…や、だ……んっ……」
「胸は問題ないようだな…。じゃあ、次は脚を診るとするか」
 言うなり、足首から脛、太股そして脚の付け根へと無骨な手が何度も往復していく。熱い掌の感触にも龍麻の身体は震え続けていた。
「っつ……あ……や……」
 触れられる感触に身体の中心が熱を帯びる。
「ふぅん?まだ、そこには触れちゃいないが、もう勃ってるんだな」
 村雨の言葉に龍麻は大きく眼を見開いた。村雨の視線がそこに集中しているのに、気が付く。
「やあっ……み、見ないでっ……」
 まじまじと見られている、その視線に龍麻が思わず、拒絶の言葉を吐く。
 だが。
「何言ってるんだ。ここが一番大事な場所だろう?」
 不遜な笑みそのもので村雨は、その箇所に手を伸ばす。
「あっ……んぅ、やっ……ああっ…」
 甲高い龍麻の声が室内に響いた。



「馬鹿やろう…」
 ベッドに蹲りながら龍麻は傍らで自分の頭を撫でている村雨に悪態をついていた。
 あの後、ナース服まで身につけられ、散々されてしまい、足腰が立たなくなった龍麻である。龍麻自身も村雨の誘いに乗った訳であるから、一概に村雨のみを責めることは出来ないのであるが、誰も、足腰が立たなくなるまでして良いとは言った覚えはないのである。
「誰がここまでしろ、なんて言ったんだよ…」
「その割には、随分、乗ってくれたじゃないか」 
 余裕綽々の風情の村雨が苛立たしい。何か、言い返してやりたいと思う龍麻であるが、結局、村雨に勝つことはできないのだ。精々、顔を横に逸らし村雨を見ないようにする位である。
(ああ、もう、何で、俺はこんな奴に惚れてしまったんだろう?)
 思わず心中で後悔する龍麻であった。
 
  



 


 
 謝辞
 茜様のサイトで、2300を踏んでリクエストした『お医者さんゴッコ』(笑)です。
 よもや、こんなマニアック(私的には、誉め言葉)なものが頂けるとはっ!!
 白衣の村雨さん、格好良いのか〜vv見たいな〜〜!
 それにしても、龍麻さん、結局、ナース服、着たのね・・(笑)
 ・・・茜様。注射のシーンは・・?(←やめなさい)


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