「お前なっ、やらしい手つきで触ってくんなよ!」
テンポの良いゲームの曲が流れる部屋の中に、突如龍麻の声が響いた。
高級マンション5階の一室。村雨の部屋である。
龍麻はほぼ毎日ここへ訪れては食事をし、村雨と共にテレビを見たりゲームをしたりして過ごしていた。週末などはそのまま泊り込む事もある。
『仲の良いお友達』という訳では勿論ない。
お互い一目惚れに近い状態で恋に落ち、ぎこちないながらも想いを交わし、恋人としての儀式まで既に済ませている程の仲なのだ。
それなのに。
「何だよ、良いじゃねぇか触るぐらい。お互い身体の隅々まで知り尽くしている仲だろう?」
村雨はゲームをしている龍麻の後ろから手を回し、彼を抱え込むようにして座っていた。
風呂上りの龍麻はだぶだぶのTシャツに短いスパッツというラフなスタイル。微かに石鹸の香りを漂わせて無防備に背を向けているとなると、どうしても食指がわく。
あぐらをかいた膝や脛、太ももなどをすりすりと撫でて感触を楽しんでいた村雨は、龍麻の鋭い一声と共に手を叩き落とされたのだ。
暗に「本当はもっと深い所まで触れたいのに我慢しているんだぞ」と言われ、龍麻の頬はのぼせたように紅くなった。
いや、紅くなったのは村雨の台詞に、先日の情事を思い出してしまったせいもある。
「とにかくッ、俺は今ゲームしてんの!お前の相手はまた今度!」
「別に相手して欲しいなんて言ってねぇだろ、ちょっと触ってただけじゃねぇか」
「お前は手つきがやらしいから駄目」
そりゃあそのつもりで触っているのでいやらしくなるのは当然である。
わきわきと手を動かし、尚も触りたそうな顔で近づいて来る村雨の腹を足で押し戻すと、龍麻は2メートル以内進入禁止の宣言を下してゲームに集中してしまった。
──ちっ
胸中で舌打ちする村雨だったが、これ以上龍麻の機嫌が悪くなるのも考えものなので大人しくソファに座って新聞を広げる。
どうせ気が済むまでゲームをプレイした後は好きにさせてくれるのだ、その上で思う存分堪能すれば良い。
明日は休日だから今日は泊まりだろう。
ベッドに入った龍麻は村雨の思うがままだ。もう数え切れない程夜の営みを繰り返しているというのに、その度に恥ずかしそうにする様が堪らない。
切なく喘ぐ身体にあんなコトやそんなコトを………
妄想を膨らませ、村雨は新聞の陰でほくそえむのだった。
だが、思惑に外れてゲームを片付けた龍麻は帰ると言い出した。
「泊まっていかねぇのか?明日は休みだろう」
あからさまに不機嫌な表情で問うと、龍麻は困ったように俯く。
「うん…そうなんだけど…明日はみんなでプールに行こうって話が出てるんだ。だから…その……」
龍麻の言葉は段々小さくなり、最後まで言い切らずに口を噤んだ。
『みんな』というのは真神の連中だろう、言い淀んだのは……
アトが残ると拙い──ってか?
真神のメンバーで、時々こうして遊びに行く事は知っている。龍麻が村雨を優先しているせいで最近はめっきりと数は減っているらしいが、どうやら全員の都合が付いたから久々に出かけようという事のようだ。
「…まぁ、約束じゃしょうがねぇな。気を付けて行って来いよ」
「ん…ごめんね。ありがとう」
常々龍麻を独占している事に後ろめたさを感じていたせいか、渋々ながら了解した村雨に、龍麻ははにかんだ笑みを零した。
──ちくしょう、可愛いじゃねぇか!と思わず龍麻の腰に手を這わせれば、その村雨の首に龍麻の腕が絡む。
見送る為の玄関先で、二人は濃厚なキスを交わした。
「……また来る」
「いつでも待ってるぜ」
名残惜しげに身体を離して龍麻を見送ると、温もりの残った身体で酒を煽り、村雨は早々に床についたのだった。
翌週は秋月護衛の仕事が入り、暫く龍麻と逢えない日が続いた。
龍麻に逢いたいと切望しながらも、護衛の仕事は深夜に及ぶ為、そんな時間などとても取れない。
それでもかなりのハードワークをこなし、村雨は根性で週末の休暇をもぎ取る事に成功した。
『仕事、終わったの?』
携帯から聞こえる龍麻の声が、心なしか弾んでいる。
「ああ、終わったぜ」
こっち来るか?との問いに勿論行くと答えた龍麻は、1時間もしないうちに村雨宅へ訪れた。
「久し振り」
逢うなり『んちゅっ』と軽くキスをされ、村雨の頬はだらしなく緩む。
「逢いたかったぜ、龍麻…」
抱きしめた身体をさわさわと撫でまくると、案の定その手は叩き落とされた。
「もぉ…懲りないやつ。ほら、疲れた顔してるよ。ソファで休んでて」
仕打ちはあんまりだが、一応心配してくれているらしい。
ぺちぺちと村雨の頬を軽く叩き、龍麻はキッチンで夕食を作り始めた。
いつもは村雨が用意しておくので、龍麻の手料理は久し振りだ。
村雨用の大きめのエプロンに身を包み、慣れない家事でぱたぱたしている新妻のように動き回る龍麻は、また何とも言えず可愛らしいのである。
最初は言われた通り大人しくソファに座り、ちらちらと龍麻を盗み見ていた村雨だったが、本能と欲望に忠実なこの男がそう長い間じっとしていられる訳がない。
街灯に誘われて集まる蛾のように、村雨は無意識にふらふらとキッチンへ移動した。鍋に気を取られている龍麻はそれに気付かない。
「うっひゃああっ!」
鍋に蓋をし、別の作業に取り掛かろうとしていた龍麻は、後ろからいきなり伸びてきた腕に腰を抱かれて素っ頓狂な声を上げる。
「んー…やっぱこの抱き心地が…」
すりすり。
首筋に啄ばむようにキスをされ、胸元と太股を這う手に漸く龍麻が我に返った。
「なっ…なっ…なっ…お前なぁっ、休んでろって言っただろ!疲れてんだから」
その疲れた旦那様にがすっと肘打ちを食らわせ、素早く腕からすり抜けると龍麻は手を振る。
「ほら、行った行った」
しっしっと野良犬でも追い払うような仕草をされ、村雨はすごすごとソファへ戻った。
まあいい、今日は泊まってくれるだろう。そうしたらベッドでは気絶するまで龍麻を…いやいや、気絶させてしまっては勿体無い、朝までじっくりしっぽりと……
などと限りない妄想で頭を一杯にしながらも食事をすませ、いざ本題へ…という所で、後片付けをした龍麻は床に座ってテレビを見始めたのである。
ちなみにソファには村雨が寝そべっていた為、床に座った訳なのだが。
「…龍麻、何してんだ?」
「テレビ見てんの。特番なんだ」
「ビデオ撮れば良いだろうが」
「駄目だよー、リアルタイムで見るんだから」
頑固な龍麻にこれ以上の催促は無理だ。
愛しくて堪らない背中を眺めながら村雨は、転がりのた打ち回って駄々をこねたくなるほどの葛藤にじっと耐えねばならなかった。
──だが。
………おや?
いつもなら龍麻がゲームをしていようがテレビを見ていようが構わず背中から抱きしめ、不埒な行為に及ぶ(この場合は身体や足を撫で回す)村雨だったが、前回の件からそれを自粛してソファで大人しくしていた。
しかしその状態のまま、クッションの端をがじがじと噛んでいた村雨は、ふとある事に気付いて僅かに身を起こす。
テレビを見ている龍麻が、時々ちらりとこちらを覗うのだ。
はじめのうちはCMに入った際の行為だった為、何とも思わなかった。
やがてリラックスしたいせいか村雨が横になっているソファに凭れかかって来る。その時はまともに目が合ってしまったのだが、龍麻はすぐにテレビへと視線を戻してしまった。
村雨は何度か伸ばし掛けた手を慌てて引っ込める事を繰り返し、なけなしの理性で増長した欲望を必死に押さえていたのだが。
どうも龍麻はテレビに集中していないようなのである。
それどころか、こちらを覗う回数が増えているようだ。CMの間だけでなく、番組中でも。
村雨は一緒にテレビを見る振りをして、それとなく龍麻の動きを観察していた。
じっとテレビを見ていた龍麻がそわそわし出し、段々俯き加減になっていき…、何だかおかしいぞ、と思った矢先だった。
龍麻が小さく声を発したのは。
「…祇孔……怒ってる?」
思わぬ言葉に呆気に取られる。
否定しない村雨に、龍麻は潤んだ瞳を向けた。
目が合ったのは一瞬だけ。すぐに視線は揺らぎ、床あたりをさ迷う。
「怒ってるからなの?それとも…イヤになったの?」
──何が!?
龍麻の質問の主旨が分からない。
「俺があんまり拒むから?……あ、そうか……」
恐る恐るという風に言葉を繋いでいた龍麻は、不意に気付いたような表情を浮かべる。
「違うか…飽きちゃった、んだ……」
頭の中にハテナマークが飛び交っている村雨を尻目に、一人納得した龍麻は寂しげな顔で再びテレビへ向き直ってしまった。
…だから何なんだ?飽きたって…俺がか?何を?
いくら考えても、龍麻がそう言い出した理由に思い当たらない。怒っているのか、嫌になったのかと聞いてきた。自分が拒むからかとも聞いてきた。
…て事は、龍麻が拒んだから俺が怒って嫌になったと?それとも飽きたのかと?
順を追って考えた村雨は、何となーく分かったような気がした。
そろそろと手を伸ばし、龍麻へ触れる。
「ちょっ…!」
うなじから鎖骨辺りへと這わせた手に、龍麻が条件反射のように抗議しかけて…気まずそうに視線を逸らせた。
「…何だよ…飽きたんだろ」
………やはりな。
確信を得た村雨はにやりと笑う。
「俺の手つきはやらしくて嫌なのか?」
「イヤだ」
…全く、強情だな。
「本当に、イヤか?」
「………イヤだ………」
「そんなに、嫌なのか…」
やれやれ、と村雨は溜息を吐いた。確信した事が間違いだったのかと。
だが、続いた呟きのような言葉に、再び気持ちが浮上する。
「…変な気になるから……やだ」
可愛い事を言う龍麻を、辛抱ならんと言う風に村雨はソファへ引きずり上げた。
「ちょっと…祇孔!」
素早く体勢を入れ替えた村雨は、龍麻の肩口へ顔を埋めながら背中を撫で上げる。
「怒ってんじゃねぇよ…嫌になった訳でもねぇし、飽きたなんてとんでもねぇ」
抵抗するかと思っていた龍麻は、大人しくされるがまま。
「アンタが嫌だっつーから我慢してたんだが…そんな可愛い事言われたら、もう押さえは利かねぇぜ」
くくくっと笑った村雨の下で、龍麻の身体が強張った。
一生の不覚を取ったと、そこで漸く悟ったのである。
「もーーーっ、止めろってば!集中できないだろっ」
「気にすんな、ほら、早くキャラクター動かさねぇと負けちまうぜ?」
慌ててゲーム画面に目を向けた龍麻の足には、相変わらず村雨の手が這っていた。
ちなみに足を撫でているのは片方の手のみ。もう片方は後ろからしっかりと龍麻の腰を抱き込んでいる。
あれから、龍麻と村雨の体勢はすっかり元に戻っていた。何かをする龍麻の後ろから、村雨が抱き込んで座るかたちに、である。
変わったのは、いくら龍麻が罵倒しようと、不埒な手を叩き落とそうと、懲りる事無く村雨のちょっかいが続くという事か。
最近では龍麻も諦めたのか、はたまたしつこい手を叩き落とすのが面倒になったのか、割と好きにさせていた。
お陰で行為がエスカレートし、そのままコトに及ぶ場合もしばしば。
「あ…っ、ほらーっ、負けちゃった、じゃない、かっ…」
跳ね上がる声で抗議する龍麻を床に押し倒しながら、村雨は今度キッチンプレイでも試してみようと考えるのだった。
愛しい恋人の、心にも無い拒絶の言葉は意識の隅で聞き流して……
ジーダの謝辞
雲蒸竜変にて18001(18000のニアピン)を踏んで、リクした
『イヤよイヤよも好きのうち』です!
まだエッチ(及びその前段階)に慣れていない龍麻さんが初々しいの〜!
でも、個人的には、『クッションの端を囓ってる村雨さん』が、めっちゃ可愛くvvv
いやあ、拗ねても我慢した甲斐があったね、村雨さん!!
これで心おきなくイチャイチャだ!!
でもキッチンではガスと包丁に気を付けてねっ(笑)。
朱麗さま、ありがとう御座いました〜!