ゾンビ・ハザード



 緋勇龍麻のマンションには、あまり荷物というものが無かった。
 「だって、俺、テレビも滅多に見ないし〜」
 そう、テレビを筆頭に、一般高校生男子が持っていてもおかしくないような、ビデオデッキ、CDプレイヤー、ゲーム機器などは、影も形も見受けられなかった。
 そもそも家事に必要な電化製品すら置いていなかったのだ。
 おかげで、男の一人暮らしの割には、お部屋すっきり・・が売りであったというのに。
 それが誰かさんが転がり込んでからというもの、何やかやと自前で買ってきては置いていったため、今ではすっかり普通の部屋である。
 元凶の誰かさんは、「狭いってぇんなら、どっか、広いとこに引っ越すかい?」なんて、あっさりと言うし。
 部屋の主である龍麻本人は、「別に無くても困りはしないが、あっても特に困ることも無いな」という感覚であったため、結果として、部屋の中には村雨私物が半分以上ということになっている。
 ま、村雨「私物」と言っても、こういう間柄である以上、明確な線引きがあるわけでもないが。
 
 そんなわけで。

 本日、村雨がとあるゲーム機器を買って帰ってきて、テレビに繋いでも、龍麻は別段気に留めはしなかったのだが。
 「先生、やってみるかい?アンタ、動体視力も良いし、反射神経も抜群なんだから、こんなもん簡単だろ?」
 なんて微妙に挑発的な誘いかけに、あっさりと乗ってしまうのだった。
 村雨の隣にぺたんと座って、コントローラーを手に持つ。
 物珍しそうにそれをためつ眺めつしている間に、スイッチが入れられた。
 「・・・・・・?」
 コントローラーをいじることもなく、画面の中で物語は進んでいるようだ。
 一体、これはどういうゲームなのか?何かを打ち落として得点を競うのでは無いのか?
 問いかけようと村雨の方を見た途端、
 「ほら、先生、敵だぜ?」
 と言われて、慌てて向き直る。
 画面では、何やら汚らしい格好をした人間が、のろのろとした動きでこちらにやってきているようだった。
 「・・・・?????」
 よく分からないまま、コントローラーをがしゃがしゃしていたが、そいつらは、すぐ近くまで来ていて。
 画面にアップになって、ようやくそれがゾンビ系統だということが分かった。
 「・・・・で?これで、どうやって発剄出すんだ?」
 出せません。
 きょとんとして見守っている間に、自分が操作しているらしい男は、ゾンビに捕まって、がしがし囓られてしまっている。
 「・・・なあ、先生」
 「何だ?」
 「マジで、こういうのやるの、初めてなのか?」
 「うん」
 妙に素直に、こっくりと。
 ゲーセンに行っても、パンチマシンとか射撃とか、分かり易いものしかやったことが無いし。ボタンで何かを操作して得点を競うゲームは、他の奴がやっているのを後ろから見たことしかない。
 「そうかい・・まずは取り扱い説明書から読んで貰った方が、良かったみてぇだな」
 苦笑気味に村雨が顎を撫でているのを見ているうちに、どうやら画面の方ではゲームオーバーになっているらしかった。
 何を目的としているのか、というか、そもそも、どうやったらキャラクターが動くのかすら理解していない龍麻は、渋々と薄っぺらいマニュアルを手に取った。
 ざっと目を通し始めたかと思うと。
 「・・・面倒くさい」
 あっさりとそれを放棄した。
 「おいおい」
 「俺、マニュアル読むの、嫌いだもん。こんなもん、困ったときに読めばいいんだ」
 「・・困ってるじゃねぇか・・」
 村雨は、はぁっと一息、大きく溜息を吐いたかと思うと、龍麻の手からコントローラーを取り上げた。
 「んじゃ、俺がやってんのを見てな。そしたら、だいたい分かんだろ」
 「んー」
 普段、村雨がこうしてゲームをするところは見たことがない。
 そんないわゆる『ゲーマー』では無いはずなのに、何故、そこまでして、このゲームをさせようとしているのか?
 どちらかというと、そっちに興味を引かれて、龍麻は画面を見守った。
 さっきと同じように勝手に話が進んでいって。
 ゾンビの姿が見えた途端に、村雨の手が忙しく動き始めた。
 「?????」
 ゾンビの間をすり抜け、なにやら建物に入ったかと思うと、何かを手に入れ、また出ていってゾンビをどつき倒し・・いつの間にか武器らしきものを手に持っていて、ゾンビに打ち込んでいたり。
 目まぐるしく動き回っていたキャラクターが、ある部屋に入って、ひとまず落ち着いたらしく、村雨は龍麻を振り返った。
 「・・と、こんな感じだが。先生?どうかしたか?」
 白い顔色で、龍麻は目を閉じて、村雨の肩に頭をこてっと持たせかけた。
 「・・・気持ち悪い・・・」
 「・・・あ?ゾンビが?あんなもん、いくらでも見て・・」
 「そうじゃなくて・・他人が動かしてる画面見てると、酔いそう・・」
 「・・・・・・・・・あ、そう・・・・・・・・」
 至極残念そうに村雨は頷き、龍麻の頭を自分の膝に乗せた。
 しばらくそのままの姿勢でうーうー呻っていた龍麻が、うっすらと目を開いた。
 額を撫でていた手を取って、あぐあぐと甘噛みする。
 ちょっと良い雰囲気になったかと思うと、いきなり、真面目な顔で村雨を見上げた。
 「ゾンビに噛まれて、痛いものだろうか?」
 「・・・痛いんじゃねぇか?遠慮なく噛むだろうしな」 
 「いや、歯茎は腐っているだろう?思い切り噛んだら、歯が抜けるんじゃないかと思うんだが」
 「それを言うなら、目玉も腐って見えねぇし、動きも出来ねぇって」
 「そうか」
 何かを納得しながら、龍麻は起き上がった。
 勢いよく首を回してこきこきと音を立てながら、村雨からコントローラーを奪った。
 「ま、所詮、作り物だな」
 言いながら、キャラクターを操作して、部屋を出・・出損ねて、何度か方向が分からなくなってぶつかったりしながら、どうにか部屋から出ていった。
 ふらふらしながら廊下を進み、また方向を見失って逆走して村雨に突っ込まれたりしながら、どうにか角を曲がると。
 ガラスが割れる音がして、いきなり目の前に何かが降ってきた。
 「うにゃっ!?」
 じたばたじたばた。
 飛び上がりつつ、コントローラーを振り回し、がちゃがちゃとレバーを押す。
 しかし、努力実らず、またしてもゲームオーバーになるのだった。
 「うに」
 ぷぅっと頬を膨らませて、龍麻はコントローラーを放り投げた。
 「もうやだ。本物の方が、よっぽど簡単だ」
 「普通の人間は、逆なんだがねぇ」
 くくっと笑って、村雨は投げ捨てられたコントローラーを回収する。
 床に寝っ転がった龍麻は、じっと自分の手を見ている。
 「どうした?先生」
 「指が疲れた」
 早っ!とかいうツッコミは心の中にしまっておいて。
 龍麻の手を取り、指の付け根をマッサージした。
 「アンタ、無駄に力入れ過ぎ」
 押すぞ!という気合いが、力一杯ボタンやレバーに伝わっていたらしくて、確かに親指の腹が真っ赤になっている。
 それに、ちゅっとキスすると、龍麻は、くすぐったそうに首をすくめた。
 「あのさ、村雨」
 うっすらと目元を染めて言うには、やや色気のない口調だったが、
 「何だって、いきなり、こんなもんやりだしたんだ?」
 ちょっぴり首を傾げて見上げる姿は、結構村雨のハートを撃ち抜いた。
 心のままに速攻龍麻の腰を引き寄せつつ、村雨はぼそりと白状した。
 「いや、その・・これ、演出が怖いって評判のゲームだったんでな。アンタが怖がるかなーっと・・」
 あ?と龍麻は更に首を傾げた。
 数秒後に、そういえば、俺は見えないものが怖いって設定だったっけ、と思い出す。
 先日、そういう名目で村雨に甘えたのだが、どうやらそれに味を占めたらしい。
 思わず笑い出す龍麻を、村雨は憮然として見つめる。
 「俺が、怖いのは、見えないもの!ゾンビなんか、怖くないって。そんなもん、一杯倒してるだろ?」
 「いや・・あのビデオ見てるとき、アンタ結構、いきなり音ががーんと来るときにもびびってたからよ」
 「そりゃ、単に音でびっくりしてるだけだって」
 くすくすとまだ笑いながら、龍麻は村雨に囁いた。
 「せっかくだから、最後までやって見せろ。俺が操作するんじゃ、怖いんだかどうだかすら分かんないや」
 村雨は、無言で、龍麻の前で手を開いたり握ったりして見せた。
 そのわきわきとした動きに龍麻はもう一度笑った。
 「だーめ。ゲームやるの!」
 せっかく良い体勢になっていたのに、と肩を落としながら、村雨はあきらめてコントローラーを持ち直した。
 こうなったら、さっさとクリアーして続きをするしかないと気づいたからだ。
 リセットをかけて、最初からやり直す(セーブしてなかったらしい)のを、龍麻は隣に座って、お気楽な表情で眺めていた。

 運のせいか、はたまた龍麻に良いとこ見せようと密かに練習していたのか、村雨はさくさくとゲームを進める。
 その間、龍麻は時折「矢ゾンビ〜!」と受けていたり、「・・・何のことかさっぱりわかんない」と謎解きに非常に不向きなところを見せたりと、それなりに楽しんでいるようだった。
 約2時間後、ラスボスをグレネードで吹っ飛ばし、ようやくエンドシーンまでやってきて、村雨は肩をぐりぐりと回した。
 「うん、お疲れさま。面白かった」
 酔ったらイヤだ、と半分くらい画面を見ていなかったくせに、龍麻はにこにこと村雨の肩をぽんと叩いた。
 「そりゃ、結構なこって」
 村雨は眉を自分で揉みほぐしながら、不明瞭な声で答える。
 そして、顔を下に向けたまま、低く言った。
 「なあ、先生。俺がゾンビになったらどうするよ」
 「・・・んあ?」
 「俺を殺すかい?それとも・・」
 「んー」
 龍麻は膝を抱えて、そこに自分の顎を乗せた。数秒考えて、口を開く。
 「お前は、どうされたい?先に聞いておいてやるよ」
 なんだか、村雨の性格上、「こんな身体になってまで生きて(?)いたくねぇ。さっさと殺してくれ」と言いそうな気もするし、人の悪い笑みを浮かべつつ「アンタも来な」とか言って、人を巻き込みそうな気もするし。
 「何だ?アンタ、俺が『一緒に来い』つったら、一緒にゾンビになってくれんのかい?」
 「・・・さあ。そんときの気分次第かもな」
 ちろりと意地悪い目線を村雨にやる。
 村雨は、黙ったまま下を向いている。
 どうしたのか、とそちらに手を伸ばしかけたところで。
 「あ゛〜・・・」
 先ほどまでテレビ画面から流れてきたような声が、村雨の喉から漏れた。
 のろのろと面を上げて、焦点の合ってない瞳を向け、手を上げる。
 一瞬、目をぱちくりとさせた龍麻だったが、合点して、ソファから降り立った。
 追うように腰を浮かせる村雨から、逃げるようにぱたぱたとスリッパの音を響かせる。
 「あ゛〜・・・」
 またおかしな声を立てながら、村雨がそれを追う。
 振り返りながらくすくすと笑い、ソファを挟んで逃げ出して。
 何周か、ソファの周りをぐるぐると回って、村雨がのろのろとした動きを変えようとしないため、寝室の方へ逃げ場所を変えた。
 背後の村雨は、相変わらず虚ろな瞳で腕を伸ばしているため、ドアを閉めて立て籠もるくらいの余裕は十分あったはずだが、ドアに手をかけたところで、首筋に熱い息を感じて愕然と振り返った。
 「あ〜!ずっりぃ!いきなりスピードアップして来てる〜!」
 抗議の声も何のその、村雨は背後から龍麻を抱き締め、耳をかりっと囓った。
 「うきゃっ!」
 首をすくめるのに、回ってきた力強い手がそれを押さえ、濡れた舌が耳の穴を犯した。 
 思わず漏れた声は、自分でも顔を赤らめるほどに甘い響きで、身をよじっての抵抗は形ばかりのものになる。
 ぴちゃぴちゃと響く音が、直接脳を舐められているようで、幾度も身体が跳ねた。
 その間にも、村雨の不埒な手が、素早く龍麻の衣類を弛めていて、ふと気づいたときには、素肌に直接、村雨の体温を感じていた。
 立ったまま、背後からドアに押しつけられ、さすがに本気で抵抗しかけたところで、村雨の指が、胸に這ってきて、左の果実をきゅっと抓った。
 「あぅんっ!」
 一気に力が抜けて、冷たいドアに縋り付く。
 だが、それ以上逃れようもなく、せめて村雨の手をドアと自分の身体で挟んで自由に動けなくするくらいしか出来ないが、かえって押しつけたままの力で敏感なそこを何度も指の腹で擦られて、ドアにかりりと爪を立てた。
 「いいのかい?」
 低い声音が耳を掠めるのにすら、身体が跳ねる。
 「このままだと、俺に食われて、ゾンビになるんだぜ?」
 「・・や・・・」
 辛うじて振り返って睨んでみても、先ほどまで虚ろだった瞳に、欲情の光を浮かべた男を面白がらせるだけ。
 「ほら・・・」
 大腿の内側を撫でられて、身を震わせる。
 抵抗しようにも、足の間にはすでに村雨の足が差し込まれ、閉じることすら出来ない。
 ひきつれるように吐いた息が、ドアの表面を曇らせ、水滴を作った。
 そのまま、じわりと浸食される感触に、悲鳴を上げる。
 「あ・・あ・・・やぁっ・・・!」
 また、ドアに立てられた爪が、がりっを音を立てた。
 爪先だった足が、何度か突っ張る場所を求めて彷徨い、辛うじて身を支えているのに、背後の男は、容赦なく腰を打ち付けてきた。
 「ひあっ!」
 もう、自分で支えることも出来ずに、何度も身体が浮き上がる。
 完全に宙に浮いた身体は、中心に灼熱の杭を穿たれると、力を逃せず今までないほどに奥までくわえ込む。
 身体の奥深くが無理矢理開かれ、重量を伴うものに脳天まで撃ち抜かれるような感覚に、内臓を突き破られるのではないかという恐怖すら感じて、龍麻はぽろぽろと涙を降りこぼしながら訴えた。
 「死んじゃう・・よぉ・・・!」
 龍麻の身体を軽々と操っている男は、手控えるどころか、嬉しそうに笑った。
 「一緒に、死んでくれんだろ?」
 そうして、ぐんと質量を増したものを、更に激しく打ち込んで。
 身体の内部で弾けた熱い感触に、龍麻は一瞬意識を真っ白に飛ばした。
 最後まで立ったままであったせいで、逆流してきたそれが、じわじわと大腿を滑り落ちていく。
 ようやく戻ってきた意識で、逃れようとじたばたすると、緩められた手のせいで、へたっとドアに沿って崩れ落ちた。
 しかし、身体の中心を貫くものはそのままであったため、腰までの高さで上半身を折り、四つ這いのような格好で、背後の男を睨み上げた。
 「・・・離せ」
 何を言われているのか分からない、といった表情で、村雨が不思議そうに見る。
 「・・・・おい」
 龍麻のいやな予感そのままに、村雨は、またゆるゆると腰を回し始めた。
 「・・やめ〜っ!」
 力の入らない身体で抵抗しても、無駄なこと。
 そうして、龍麻が一番嫌がる四つ這いと、更にその後、腰だけを高く掲げたような姿勢で背後からもう一回。
 普段、その姿勢を嫌がるがために、たまにこうしてなし崩しにそうなってしまうと、背後の男はこの上なく燃えてしまうのだった。
 
 寝室の入り口まで来ていながら、ドアに向かって散々いかされ、意識を半ば飛ばしながら、龍麻は村雨の頭を殴った。
 「ばかぁ・・!」
 そんな拗ねたような可愛い口調で言われて、反省する村雨だろうか。
 「いやあ、これで、アンタもしっかりたっぷりゾンビウィルスが伝染しちまったなぁ」
 まだ遊んでいるらしい村雨に、もう一度、拳。
 「しっかし、アンタも結構流されやすいよな。ホントに俺がゾンビだったらどうすんだ?」
 「・・・そんなことにはならないから、いい」
 ぷぅっと頬を膨らませて、ぼそっと呟く。
 「信用してくれて、どうも」
 苦笑して、村雨は龍麻の身体を抱き上げて、ベッドまで運んでいった。
 そのまま折り重なるように沈み込み、正面から唇を合わせる。
 しつこいほどの口づけから逃れた龍麻が、せわしない息を吐きつつ怯えたような目を向けた。
 「・・・まさか・・・」
 「3回で終わりってこたぁ無いだろ」
 平然と答えた村雨に、諦めたように目を閉じる。
 「俺は、ゾンビよりも、お前の無尽蔵の体力の方が余程怖い」
 「お茶が怖い・・ってか?」
 にやりと笑って、村雨は部屋の電気を消した。


 さて、その後。
 村雨は、見えない恐怖を感じるようなサイコホラーなゲームを探して、龍麻にやらせようと画策している。
 龍麻は・・・とりあえず、旧校舎で本物のゾンビを倒して憂さを晴らしている。
 しかし、発剄で十分倒せるところを、黄龍で跡形残さず殲滅するところをみると、何かがトラウマったらしい。
 ゾンビにとっては、迷惑な話であった。



あとがき
これ、シリーズものじゃなかったら、『村雨、実はホントに死んでいたオチ』になるところでした。
いえ、この状態でも、結構危なかったんですけど(随所に名残が・・)。
その方が、オチとしては締まる気もするんだけど、
さすがに、後の処理が面倒くさくて却下(苦笑)。
それにしても、母乳から離脱した途端にエロ比率が極端に跳ね上がったな、自分。


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