柳生、死すべし




 その日、『東京トチギーランド』は、災厄に見舞われていた。
 ちなみに、所在地は東京ではないのに、何故か『東京』トチギーランドである。
 
 ま、それはともかく。

 真っ白な西洋のお城をモチーフにしたアトラクションの前にある、大変にメルヘンチックな喫茶店に、災厄の元凶である二人組はいた。

 一人の名は、蒼晶智勇。
 本日のファッションのポイントは、ウサギ耳(付きカチューシャ)である。
 淡いピンク色のそれは、高見沢からのプレゼントだ。
 これが、藤咲からあたりだと、『バイト先からくすねてきたんですか?』と言いたいところだが、高見沢だと−−あ、いや、ひょっとしたら、あり得るが−−単にファンシーな店で買ってきたものだろう。
 真っ白なコートにズボン、セーター。
 首周りのファーと、同じファーのポシェット、それとスニーカーは、ウサギ耳に合わせて、ピンク色である。
 まあ、有り体に言って、『ウサギのコスプレですか?』みたいな格好だ。
 よもや、これが18歳とは、誰も思わないだろう。

 また。
 もう一人の名は、柳生宗崇。
 相変わらずの、深紅の学生服(推定)を着用している。
 そして−−−。
 トチギーランドに入場した途端に、智勇に買って貰った、でかいネズミ耳の帽子を被っている。
 ついでに、同じく智勇にねだられた、銀色バルーンを持ってたり。

 せめて、この二つのアイテムさえなければ、単に援助交際に見えるだけですんでいただろうに。
 片や愛くるしい小学生(性別不明)、片や顔傷大男(ネズミ帽子付き)。
 どう見ても怪しい二人組は、周囲の憶測を買うに十分であった。


 しかし、本日の柳生は、周囲の『クズ共』は、目に入っていなかった。
 無論、智勇しか見えない、というのもあるのだが、実は、一大決心をしていたのだ。

 智勇と二人きりの逢瀬を重ねること、早、ひと月。
 (そろそろ・・・もう一歩踏み込んだお付き合いをいたしても良いのではなかろうか・・・)
 
 柳生宗崇、196歳、職業剣鬼。
 生まれた時代が時代な為、意外としゃちこばった考え方をする男。

 一世一代の大勝負をかけて、先ほどから、口を開きかけては、また、視線を彷徨わせる、というのを繰り返している。

 「・・・ちーちゃん・・・」
 ようやく、重々しく口を開いた柳生だったが、折悪しく、フリフリメイドスタイルのウェイトレスが、注文した品を持ってきたところであった。
 「うわーいvvvおっきいパフェだーっ!」
 きゃっきゃっと嬉しそうに長いスプーンを振り回す智勇に見とれていたため、異様に無表情なウェイトレスの手の中で、銀色のお盆が、めきょ、という音を立てたのには、気付かなかった。
 その、ウェイトレスは、無表情のまま、小走りに厨房の方へと向かう。
 裏に回り、客の視界から逃れた途端、けたたましい笑い声が、厨房から流れた。
 よほど、我慢していたらしい。
 
 そんなことには気付かない柳生が、もう一度、勇気を振り絞って、口を開きかけた。
 「・・・ちーちゃ・・・」
 「はいっ、タカちゃん、あーんvvv」
 その口に、スプーンに乗った、甘ったるいクリームが押し込まれる。

 背後のカップルが、腹筋をひきつらせ、呼吸困難に陥った。

 「ね、どう?おいしい?」
 「う、うむ・・・いや、しかし、ちーちゃんのものだ、ちーちゃんが食べるがいい・・」
 難しそうな顔で、やんわりと、長いスプーンを押しやる。
 そのくせ、頭の中では、

 ちーちゃんと、間接ちっす

 等という言葉が、ぐるぐるしていたりするのだが。
 
 「ちぇー、つまんないのー」
 頬を膨らませつつ、大人しくでっかいパフェに取り掛かる智勇。
 実は、柳生にやったのが、最初の一口目だったりする。
 だから、智勇→柳生の間接キスは成り立たない。
 案外、策士。

 腰を折られた柳生は、また、胸の内で悩み続ける。
 (『ちーちゃん・・・俺達、そろそろ、いいのではないだろうか』・・・・駄目だ、駄目だ!やはり、そういうことは、結婚を前提とした後に、いや、結婚をしてからでなければ、してはならないことなのだ!
  特に、ちーちゃんのような、清らかで純粋な愛らしい子に、いきなり、同衾を誘うような真似は・・・!)
 
 いや、思いっきり、汚れてるけどな、ちーちゃん。

 (あぁ、あの、小さな躰・・・細い腰・・・俺の愛を受け入れることが出来るのだろうか・・・いや!ちーちゃんの為なら、一生、手付かずでも良い!)

 いえ、すっかり、慣れてますから、多分、OKです。
 なんちゃって高校生のと、どっちがでかい【愛】なのかは、知らないけど。

 (『ちーちゃん、結婚しよう』・・・駄目だ、そんなことを言ったら、きっと、ちーちゃんは真っ赤になって、走り去ってしまうだろう・・・)

 ・・・・・・・・(もはや、突っ込む言葉もない)

 (そうだ!こういうことは、やはり、ご両親の許可を得て、しかるる後に、清く正しい交際から始めるのが筋か!)

 「ちーちゃんのご両親は・・・」
 聞いた智勇の顔が、悲しそうに歪み、俯いた。
 「・・・ちーのお父さんもお母さんも、死んじゃってるの・・・」
 泣き出しそうな、小さな声。
 「そ、そうか・・・それは、悪いことを聞いた・・・」

 あぁ、ここに劉がいたなら、全力で突っ込んでくれただろうに。
 しかし生憎、誰もここにいなかった。

 「で、では、どなたがちーちゃんの親御さんになってくれているのか・・」
 「んとねー。香川に、パパとママがいるのー」
 「香川、か・・それは、草深い処に・・」

 何が、『草深い』か。東京から、飛行機で1時間じゃ。

 「鳴滝のおじちゃまは、どっか外国に行ってるしー」
 
 その『おじちゃま』という呼び方は、鳴滝自身の発案か?
 ツボを押さえているな、ヒゲワカメ。

 「んとー・・やっぱり、真神のみんなかなー。ちーの家族になってくれるって!」
 えへへ、と首を傾げて、にっこり笑う。
 「成る程・・・分かった」
 うむ、と気合いを入れる柳生。
 一体、何を決断したというのか。


 そして、二人は、コーヒーカップだの、メリーゴーランドなどの愛らしい乗り物に乗りまくり、周囲の客の笑いを誘った。
 とりあえず、局地的に、人々を『恐怖と混乱と狂気の世界』に叩き込むことには、成功した柳生だった。



 次の休日。
 浜離宮にて。

 見事な日本庭園に面した部屋に、重厚な座卓を挟んで、5人は座っていた。
 真神4人衆と柳生である。

 かこーーん

 鹿嚇しの音が跳ねた。
 
 「うふふ・・このような席には、やはり、この音があるに限るわね」
 そう、単にそれだけの理由で、浜離宮に一席設けて貰った美里だった。

 「さて、柳生さん。お話は分かりました。つまり、貴方は、わたくし達の可愛い智勇を嫁に欲しい、そう仰るのですね」
 「いかにも」
 腕を組み、威圧的な雰囲気を身に纏う柳生だが、無論、『真神の菩薩』こと美里も負けてはいない。
 穏やかな表情でありながら、身体からは、青い光がひよひよと滲み出ている。

 「俺は、反対だ」
 その隣に座った醍醐は、厳しい表情で指を鳴らした。
 「貴様が智勇を幸せに出来るとは思えん」

 「第一、ちーちゃんには・・」
 「駄目よ、小蒔」
 口を開きかけた小蒔を断固として制する。
 その迫力に、つい気圧されてしまい、小蒔はボソボソと口の中で続きを言うに止まった。
 (・・・ちーちゃんには、村雨クンがいるって、言いたかっただけなんだけど・・)
 それが、いかんのだ。

 「大体、てめー、ちーちゃんの親の仇じゃねーか!」
 木刀を突きつけて、京一は怒鳴った。
 すでに、戦闘態勢に入っている京一だが、美里の手の一振りで辛うじて、浮かしかけていた腰を元に戻す。

 ふん、と、柳生は息を吐いた。
 「そのような、些細な事柄、俺とちーちゃんの愛の前には、くだらぬことよ」
 まあ確かに、あんたにとっては些細かも知れんけどな。
 「それに、俺は、ちーちゃんより先に死んで、悲しませるような真似は、絶対にせぬわ!」
 そりゃ・・・不死身だから。 
 それにしても、他に売り文句は無いのか。

 「うふふ・・・他に言い残しておくことはあるかしら、柳生さん」
 「ふっ、どうやら、交渉決裂のようだな」

 にこやかに指輪を煌めかせる美里に、柳生は傍らの剣を手繰り寄せた。

 「貴方のような、年齢不明の奇天烈顔傷ポエマー男に、可愛い智勇は渡せません!!」
 「こうなれば、実力で奪い取るのみ!」
 いっそ、略奪愛も、いいかもしれん、と柳生は、妄想を膨らませた。

 『ねぇ、タカちゃん、どこまで逃げるの?』
 『ふっ、恐いか、ちーちゃん』
 『タカちゃんがいれば、平気ですー』
 『ちーちゃん・・・』
 (それでもって、4畳半一間でも、愛さえあれば、楽しい我が家というやつで・・)

 柳生が鼻息も荒く空を見つめている間に、真神4人衆は、戦闘態勢に入った。
 「ラスボスを見失い!」
 「この怒りの持っていくべき場所を失い!」
 「旧校舎に青春を賭けた!」
 「うふふ・・行動力99の恐怖を、今、味あわせてあげるわ・・」

 するすると柳生を囲み。

 「ミドルキック!」
 「ウォッ」
 「諸手上段!」
 「ウッ」
 「立ち引き!」
 「ウッ」
  ・
  ・
  ・
 その頃、別室では。
 「ねー、薫ちゃん、メープルシロップ、もうちょっとかけよ?」
 「智勇さんは、本当に甘いものがお好きですね」
 「えへへー」
 暢気に、智勇は薫、芙蓉とお菓子を焼いていた。
 
 「それにしても、よろしいのですか、ご主人様。あの男、ご主人様の仇では・・」
 「んー」
 智勇は、手に付いたシロップをぺろりと舐める。

 「だって、タカちゃん、不死身なんだもん。もうちょっとしたら、竜脈の乱れが収まって、タカちゃんも悪さ出来なくなるから、それまで、遊んでよっかなーって」
 えへっと小首を傾げて、にっこりと。

 「それより、今日、しーちゃんは、いないのー?」
 「村雨なら、今日は些か所用があって、外出しておりまする」
 「ちぇー、つまんないのー。せっかく来たのにー」

 扇子の陰で、アップルパイを食べ、垂れるメープルシロップをさりげなく拭き取りながら、御門は呟いた。
 「ふっ。なかなかやりますね、智勇さん。さすがは、この私が、終生のライバルと認めた方です」
 どういう間柄だ、どういう。
 
  ・
  ・
  ・
 その間に、ミドルキック×30回(+移動)、諸手上段18回(+移動)、立ち引き13回(+移動)を食らった柳生は、よろよろと、だが、まだ元気に立っていた。
 「ふっ、この程度か!」
 「うふふ・・では、孔雀付きジハード!ジハード!ジハード!ジハード!」
 「ウウオオォォッ!」
 
 吹き飛ばされ、壁に激突する柳生。
 「くっ、まだだ・・・」
 「うふふ・・・これで、1ターン終了・・・と言いたいところだけれど・・・
  いきます!月草!」
 「なにーっ!ひ、卑怯な!」
 「けっ、月草も太清神丹も、99個あるんだよ、こっちは!」
 「いっくよー」

  ・
  ・
  ・
 「さあ、そろそろ、いいかしら」
 その声を受けて、醍醐が柳生の身体を庭先へ蹴り飛ばした。
 
 「うぅ・・」
 呻きつつ、上体を反らした柳生の周囲を、4人が取り囲む。

 「智勇の母として!」
 「智勇の父として!」
 「ちーちゃんの兄として!」
 「ちーちゃんの姉として!」
 「貴方のような方との交際は認めません!!」
 「今、必殺の!」
 「方陣!家族の肖像!!


 ちゅどーーん!

 結界すらも突き破り、遠く空の果てまで飛ばされながら、柳生は叫んだ。
 「俺の、ちーちゃんへの愛は、不滅だーっ!


 何事もなかったかのように談笑している真神4人衆の元に、智勇が焼き上がったケーキを持って駆け寄ってきた。
 「あれー、タカちゃん、もう帰っちゃったのー?」
 「うふふ・・おいしそうなケーキね、智勇」
 「本当だな。一個、もーらいっと」
 素早く小さなカップケーキを奪い取り、口に含んだ京一は、思いっきり吹き出した。
 「ぶえっっ!?なんじゃ、こりゃ!」
 「あーっ、それ、タカちゃん用に作った、しょうゆ味のやつー」
 気遣いなのか、イジメなのか、微妙だ。
 はい、と口直し用に、普通のケーキを京一に渡す。
 
 腕を組み、難しい顔で醍醐は言った。
 「智勇。あの男、また、お前を狙ってくるかもしれん。もし、何かあったら、すぐに俺達を呼ぶんだぞ?」
 「ありがとー、ゆーちゃん」
 にっこり笑って、智勇は醍醐にもケーキを渡した。
 「でもねー、タカちゃんは、昔の人で頭、固いから、みんなの許可がないと、ちーには手ぇ出さないのー。だから、へーきだよー」
 「うふふ・・智勇は賢いのね」
 「えへへ、アオちゃんに誉められちゃったー」
 美里に頭を撫でられて、にこにこしている智勇を見て、小蒔はひっそりと呟く。
 「ごめん、ちーちゃん・・ボクには、君の思考が理解できないよ・・」
 実は、真神一、常識人な小蒔。
 それが故に、目立たなかったりするのだが。

 「でもね、智勇」
 美里は、腰を屈めて、智勇と目線を合わせた。
 「私としては、智勇が『博打打ちの女房』になるのも、本当は反対なの・・。智勇が苦労するのは、イヤ」
 哀しそうな表情で、そっと、智勇の頬に手を添える。
 口説いてるつもりかも知れないが、その様は、どう見ても、親子であった。

 智勇の顔が、一瞬、歪んだ。悔しそうなソレは、智勇らしくもなく、大人びたものであったが、すぐに、幼い泣き顔に変わる。
 「あのねー、俺は男だから、しーちゃんの奥さんにはなれないんだ。それに、しーちゃんは、薫ちゃんのことが好きなんだし・・」
 下を俯きかけて、決然とした表情で、美里を見つめる。
 「だからね。ちーは、2号さんでいいのっ!それなら、しーちゃんも、俺のこと、側に置いてくれると思うしっ!!」
 
 「な・・・」
 醍醐、京一、美里の声がハモる。
 「「「なんて、健気な(の)、智勇(ちーちゃん)!!」」」
 
 「・・・やだなー・・ボク、やっぱり、付いていけないなー・・」
 小蒔の寂しそうな呟きは、誰にも聞こえることなく、風に溶けた。

 「いいわ!智勇!私は、全力で、貴方を応援するわ!!」
 「そうとも、智勇!お前が村雨と添い遂げられるよう、俺は協力を惜しまん!」
 「ちーちゃんに、2号なんて似合わねぇ!本妻になって、向日葵のように笑ってくれよ!!」
 
 本当に、それでいいのか、真神4人・・いや、3人衆。

 事の是非はともかく、真神学園『智勇と愉快な家族達』の目標は決まった。
 目にモノ見せてくれるぞ、村雨。



 その頃
 「なーんか、鼻がムズムズしやがるな・・・」
 秋月の御用で、都庁に来ていた村雨は、くしゃみをしかけて鼻を鳴らした。
 「誰か、噂でもしてんのかい、色男は辛いねぇ」
 一人、呟きながら、すい、と雑踏に踏み出す。

 何かの<氣>を感じ、空を見上げた。

 きいいいぃぃぃぃぃぃん・・・ざしゃあぁっっ!!

 深紅の物体が、堕ちてきた。
 
 ざわめく群衆の前で、それは、ずぼっと穴から顔を持ち上げる。
 髪も服も赤くてよく判らないが、顔から流れる血は結構な量に見える。
 顔をまだらに染めて、それは元気一杯叫んだ。
 「この程度で、俺は倒せん!!」

 関わりにはならないでおこう、と、村雨は、足を踏み出す。
 が、激突男の次の叫びを聞いて、ぴたりと止まる。

 「待っていてくれ、ちーちゃん!すぐに、迎えに行くぞ!!ふふふ・・はーはっはっははは!!!」

 (ちーちゃん、か・・・ま、アレのことだったとしても、俺にゃあ、関係ねぇな)
 また、その場よりの離脱を開始し。
 数歩、進んで、また、止まる。

 何やら、胸の辺りがもやもやする。
 二日酔いのような。甘ったるいケーキを食わされたときのような。
 ソレを形容できないことに、またムカついて、村雨は、ポケットの中を探った。
 取り出した札を確かめもせず、投げやりに、吐き捨てる。

 「五光・狂幻殺」

 そして、真っ直ぐに前を向いたまま、歩を進める。

 一体、そのモヤモヤが何だったのか。  
 村雨は、敢えてソレを考えることは、しなかった。





 ただ、背後で、男の断末魔の悲鳴が聞こえたことによって、多少、気分が晴れたような気がした。



 


あとがき

 えーと、まだ、柳生主・・(笑)
 実は、放っておいたら、村雨→ちーの恋愛レベルが上がりそうにもなかったので、誰か絡ませたら、ちょっとは進展するかなーと・・。
 つまり、柳生さんは、朱麗さま用語で言うところの『ふられ役』ですな。
 まー、まだ、何とも言えませんけどね・・。

 そして、一段と『小悪魔』一直線な智勇。
 幼い顔で、バリ悪役って好きなんです・・(悪役かい!)


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