トナカイがサンタにキスをした




 商店街に、大音量でクリスマスソングが鳴り響く、そんな時期。
 龍麻は村雨の作った夕食を頬張りながら、何気なくさらっと言った。
 「なぁ、お前、今度の金曜の昼、暇?」
 言われて村雨は心の中で手帳をめくる。
 この時期、秋月関係の仕事は多いが、そういうのはたいてい夕から夜にかけてである。
 「あぁ、昼なら空いてるぜ。6時頃から出なきゃなんねぇが・・・」
 「あ、大丈夫。そんなにはかからないから」
 そして、箸をくわえながら、にぃっと笑った。
 それはそれはご満悦なその笑顔は、何かを企んでいるとしか見ようがないものである。
 「・・・で?俺に何をさせようって?」
 まー、何を言いつけられるにしても、龍麻のためならえんやこら・・・と言うか、龍麻が俺に『本当に』迷惑をかける真似はしない、と自信を持っている村雨は、平気な顔で続きを促した。
 「紅葉がさー」
 ぴくっと村雨の眉が上がる。
 龍麻にとって、壬生が『お兄ちゃん』でしかないと分かっていても、恋人が仲の良い男の名を挙げて平気でいられるほど大人でもない。
 「その日、仕事が入っちゃったんだよなー」
 ・・壬生の代わり?てーか、俺を差し置いて、壬生と何をしようとしてたんだ?
 内心渦巻くどろどろしたものを押し込めながら、村雨は極普通の顔で相づちを打った。
 ま、龍麻には、その妙に平板な無表情さが、妬いてるのを隠してるせいだとモロバレしてるんだが。
 「ほら、紅葉のお母さんって、入院してるだろ?俺も時々紅葉にくっついて見舞いに行くんだけどさ」
 ほぉ、すでに『親にご紹介済み』か。・・・じゃなくて。
 「そこの病院のさ、クリスマス会に、呼ばれてんだよなー」
 「・・・・・・あ?」
 病院にクリスマス会があるのか、しかし多分はクリスマスソングを歌うとかその程度のものだろうに、何でわざわざ代理まで立てるのやら。
 不審そうな目で見る村雨に、龍麻はにっこり笑ってやる。
 「サンタさん、する約束してんだ。看護婦さんと」
 「・・・あぁ、また、アンタは女に弱いんだから・・・」
 「え〜?だって黒髪の可愛い看護婦さんが、『ねぇ、お願いっ!やっぱりサンタさんは男の人がやる方が良いでしょう?』とか手を合わせて来たらさー。男として、受けなきゃ駄目だろ?」
 ちょっぴり想像してみる。
 白い髭、赤い服・・・そういうのって、もっとこう体格の良いような奴がやった方が似合うんじゃ・・あぁでも紫暮あたりがやるのもちょっとイヤな感じだが・・。
 いや、壬生の母親がいるってことは子供向けじゃないってことで・・・龍麻みたいなちょっぴり小柄(本人には内緒)な方が年寄り受けするんだろうか・・・。
 とか考えてたら。
 「先生・・・ひょっとして、壬生もサンタする予定だったのか?」
 「うん、そう」
 さらっと言われて頭を抱える。
 自分がやるサンタ、を思い浮かべて、なんてーかこう、キャバクラの呼び込みみたいなもんを想像してしまったのは、しょうがないと言えばしょうがない。
 「いや・・・俺は、サンタはちょっと・・・なぁ?」
 「・・・ふぅん・・・」
 龍麻の眉も、ぴくっと上がる。
 これは、ご機嫌斜めの証拠である。
 「そー。そーゆーこと言うか。・・・なら、紅葉に懇願して、仕事の方を抜け出してもらうかな。それで一緒にサンタやるとするか」
 いかにも『素直に引きました』なセリフではあるが。
 『俺が紅葉と一緒にサンタやって良いのか』
 『紅葉に『お願い』すると、どーなるか分かってんだろうな』
 とか、裏から脅迫するような声が聞こえてくるような、そんな目でじとっと睨まれて、村雨に抵抗する余地があるだろうか。
 数秒後。
 「・・・へぇへぇ。俺がやらせて頂きますよ」
 「最初から、そう言えば良いんだ」
 龍麻さまは、両腕を組んで、重々しく頷くのであった。

 
 で、金曜日。

 「サンタ服は、看護婦さんの詰め所に預けてるってさ」
 村雨運転の車の助手席で(さすがにバイクは寒い)、龍麻は携帯を切って、そう言った。
 「ふぅん」
 如何にも気のなさそうに返事するのには取り合わず、龍麻はにこにこと笑っている。
 「いやあ、楽しみだなぁ。紅葉お手製サンタ服」
 相変わらず無駄なことに手間をかける男である。
 「んー、紅葉と村雨、身長は一緒だから、サンタ服合うよな、きっと。ちょっと細いかもしれないけどさ」
 嬉しくない・・・きついサンタ服なんて、全くもって嬉しくないし、他人が見ても嬉しくないだろう。
 「帰りも、サンタ服来て帰ろうか」
 「・・・勘弁してくれ・・・」
 溜息を吐いて、村雨はアクセルを踏み込んだ。

 そして、病院に着いて。
 勝手知ったる面持ちで看護婦詰め所に行く。
 確かに、病棟の食堂にはツリーが飾られ、普段は味気ない病院にもクリスマスの雰囲気が漂っている。
 「あ、龍麻くん。これ、紅葉くんから預かってるわ。あっちで着替えてくれる?そしたら、患者さんたちに配るプレゼントの説明するから」
 顔馴染みらしい看護婦は、白い大きな袋を二つ渡して、忙しそうに立ち去った。
 指示された場所は看護婦の着替え兼私物置き部屋らしい。
 龍麻は鼻歌を歌いながら、『龍麻用』と書かれた紙の付いている袋を開いて中身を畳にぶちまけた。
 そして、村雨は・・・中を見て凍っていた。
 どう見ても、赤くない。
 それに、頭部分が一番上に畳まれていて、目が合った気がする。
 「・・・あの野郎・・・」
 押し殺した呻きが漏れる。
 「さっさと着替えろよー。向こうにも都合があるんだからさー」
 そっちを見もせずに、龍麻はさっさと脱いでいく。
 サンタ服を着る用に、赤いシャツを着ているため、中が覗いても違和感が無い。
 白い飾りの付いた上着を着て、次にズボンを見つける。
 「・・・紅葉〜・・・ぎりぎりだぞ、これは」
 ズボンは、サンタのはくようなだぶだぶではなく、ピチピチのショートパンツであった。
 履いてみると、上着の裾から見えるか見えないかくらいで、まるでワンピースでも着ているかのような見た目である。
 ついでに膝上までの赤い靴下(上に白い飾り付き)をはいて、ポンポン付き帽子も被って出来上がりだが・・・何だか妖しいおねぇちゃんのようだ。
 「うわ〜」
 自分で自分のお尻を確かめて、思わず上着の裾を引っ張ったり。
 「紅葉の奴、何、考えて・・・」
 賛同を求めようと、龍麻は村雨の方に目を向けたが。
 当の村雨は、何やら茶色い布の塊を持ったまま、こっちを凝視していた。
 「・・・何だ?」
 「いや・・・可愛いな・・・とか」
 見飽きるくらい見ているはずの龍麻の大腿から目が離れようとしない。
 夕べ散々可愛がった証拠の跡が綺麗さっぱり消えているのが残念だが、ちらちら覗く太股は、妙に白さが際だって、そりゃあもう生唾ものであった。
 「ひ、人を見てないで、さっさとお前も着替えろ!」
 思わず手で隠しながら、龍麻は怒鳴る。
 村雨は、まだ数秒見つめていたが、ふと思いついて、猛然と着替え始めた。
 着替え・・・と言っても、着てきたシャツとズボンの上に、それを着るだけなのだが。
 「ぷははははははは!な、何だ、それ〜!」
 龍麻の吹き出す声も何のその。
 頭の位置を調整して、掴みにくい手に苦労しながらファスナーを上げると出来上がりだ。
 それは・・・トナカイの着ぐるみであった。
 「サンタじゃなかったのか〜!」
 目尻に涙まで滲ませて、龍麻が笑い転げる。
 壬生が最初からこれ狙いだったのか、それとも村雨用に急遽仕立てたのかは分からない。
 しかし、ほつれも見当たらないような、見事な出来映えであった。
 「いや〜、可愛いぞ、それもっ!」
 取って付けたように龍麻が褒めたが、村雨の狙いは他にあった。
 「さ、先生。出るぞ」
 「あ、うん」
 村雨の反応に訝りつつも、龍麻は部屋を出ようとして、ふと立ち止まった。
 せっかくのサンタ服なのに、はいてきた運動靴は似合わないんではないだろうか。
 しかし、病院スリッパも、やっぱり合わないような・・・。
 どっちがマシだろう、と悩む龍麻に、そのまま降り立った村雨は、しゃがんで背を向けた。
 「ほら」 
 「・・・?」
 振り向いて、村雨はにやりと笑った。
 「サンタは、トナカイに乗るもんだろ?」
 
 結局、言われるがままにトナカイの背におんぶされたサンタは、白い袋を担いで、病室を回った。
 「早く元気になって下さいねvv」
 とっておきの営業用笑顔でプレゼントを渡すサンタと、可愛いお尻&白い太股に、入院患者たちは、別のところを元気にさせたりするのだった。
 ちなみに、セクハラしてしまった若い男性患者などは、顔にトナカイの足跡を残されたりもしたが、概ね好評のうちに、病棟クリスマス会は終了した。
 「ありがとねー、龍麻くんっ!患者さんたちも喜んでくれてたみたいだし、良かったわぁ」
 トナカイは、横でひっそりと、「先生、女の子だと思われてたような気がすんだが・・・」とか思っていたが、口には出さない。
 看護婦さんたちに絶賛されて、上機嫌のまま龍麻は振り返った。
 「んじゃ、帰ろうか、村雨」
 あぁ、と頷いて、村雨は着替えを置いてあった部屋に向かう。
 が、脱ごうとすると。
 「なぁ。このまま帰ろうよ〜」
 龍麻としては、単に面白がってるだけだし、トナカイが運転するという図を想像して楽しそうだと思っただけなのだが。
 村雨も、最初は、龍麻の甘え口調に「仕方ねぇな」と頷いただけだったのだが。
 心の中で、別の計画が組みあがったことを、龍麻は知らない。

 で。
 トナカイの頭を車の天井にぶつけつつも、マンションに無事帰って来て。
 「結構、面白かったな〜」
 ソファに、ぽすっと座って、龍麻は近づいてきたトナカイを何気なしに見た。
 「えーと、今日は、6時に出るんだっけ・・・」
 確認しかけて、村雨の目の色に、ぎくっと身体を震わせる。
 「あぁ、後、2時間半もあるな」
 「い、いや、ほら、着替えたりとか、準備とかあるだろうしさっ!早く、出たらどうだ?」
 ソファに背中を押しつけつつ、はは、と笑って見せる龍麻に、トナカイは、ずずいっと迫った。
 「この、着ぐるみ、よく出来ててねぇ」
 「へ、へぇ・・・」
 「前のファスナーは、上下から合わせるタイプなんだが」
 「そ、それで?」
 「こうして・・・これだけ出したり出来るんだな」
 これ、と言われたモノに目を落として、龍麻の顔が赤くなり、次に青くなった。
 トナカイの着ぐるみの、柔らかそうなクリーム色の布地から、にょーんとそそり立つモノの図は、あまりにも猥褻物陳列罪であった。
 「ま、待てって!せ、せめて、脱げ〜!」
 「まったく・・・こんな美味しそうなものを、他の男に見せびらかしやがって・・・」
 フリース地の手で、すっと内股を撫で上げる。
 「み、見せびらかしてない〜!」
 「いーや、見てたぜ?その上、枯れたジジィまで、アンタに欲情してた」
 「それは、お前だけだ〜!」
 「アンタは」
 寄せられた顔は、額から上にトナカイの顔があって、思わず笑いたくなるような図ではあったが。
 村雨の目に浮かんでいるのは、明らかに本気の嫉妬と独占欲で。 
 睨めつける光の強さに、目を逸らしも出来ず、龍麻はただ見つめ返した。
 「アンタは・・・俺のもんだ」
 そう言いながら、口づけられるのに、抵抗する術は無かった。
 
 上着は少しだけめくり上げられているだけで、ほとんど乱れておらず。
 靴下もはいたまま、両足の間にトナカイを挟み。
 自分の足首に脱がされた赤いショートパンツが引っかかって、揺れているのをぼんやりと視界の端に捉えながら、龍麻は、辛うじて嬌声の合間に意味ある言葉を口にした。
 「トナカイのくせに、サンタに乗るな〜・・・」
 村雨は、少しばかり動きを止めて、にやりと笑った。
 「あぁ・・・いいぜ?乗せてやっても。・・・こうして、な」
 「ああぁぁんっ!」
 そうして、サンタはトナカイに散々乗ったり乗られたりしましたとさ。


 2日後。
 「ごめんなー。ちょっと汚れたから、クリーニング出しといたから」
 龍麻は、クリーニング屋の袋のまま、壬生にサンタ服とトナカイを返した。
 「ふぅん・・・」
 袋をちらっと見て、壬生はにっこりと微笑んだ。
 「ちょっとくらいの汚れなら、構わなかったのに」
 「え?あ、その・・ほら、病院でそのまま歩いたりとかしたからさー。やっぱり病院ってばい菌とか・・・」
 ぼそぼそと言い訳する龍麻に、壬生は更に優しく微笑んだ。
 「何で・・・汚れたって?」
 「え?い、いや、だから、病院で・・・」
 「病院でしたのかい?」
 「ち、違うって!したのは、さすがに・・・・・・って・・・・」
 あう〜と上目遣いに龍麻は見上げた。
 この『お兄ちゃん』には、すっかりばれているらしい。
 「君の汚れなら、別に僕は構わないんだけどね」 
 「・・・どっちの汚れか、分かりませ〜ん・・・」
 正直に降参しつつも、俺の汚れだったら、何するつもりなんだろう・・・と、ちょっぴり背中に冬風を感じた龍麻だった。


まー、その、何だ。クリスマストップ絵のシチュエーションSS(略してSSS)ですが。
トップ引っ込めたら、ここにその絵に繋がるリンクでも貼るかな。


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