昔、昔、あるところに、それはそれは愛らしい姫がおりました。 雪のように白い肌、黒壇のように黒い髪、血のように赤い唇。 誰がどうやって産んだかはともかく、姫は無事に適齢期を迎えるまですくすくと育っておりました。 でも、その国の女王様は、とっても焼き餅焼きで、照れ屋さん(・・は、あまり関係ない)だったので、日に日に美しくなる姫を見て、苦々しく思っておりました。 「俺が主人公だというのに・・最近は、龍痲の方が人気があったりして・・・くそぅ、滅殺!」 ですが、女王様は魔法の鏡を持っていて、毎日、誰が一番美しいか訊ねると、鏡の精は、 「もちろん、ひーちゃんさー!」 と答えるので、一応、納得していたのです。 ところが、ある日。 「おい、鏡の精」 「え?何だよ、改まって」 「小耳に挟んだのだがな。・・・龍痲も『ひーちゃん』・・・なんだな」 そりゃ、親子(笑)ですから、どっちも『ひゆう』で『ひーちゃん』です。 「さて、改めて、聞くぞ。世界で最も美しく気高く格好良いのは、誰だ?」 「もちろん、ひーちゃんさー!」 「だから、どっちの『ひーちゃん』だ?」 なんということでしょう。 鏡の精は3交代勤務だったのですが、よりにもよって、最も呑気な3号の精がこの日の当番だったのです。 親友に殴られたことすらない3号は、正直に答えてしまいました。 「そりゃ、龍痲の方さー。・・あぁ、ひーちゃん・・・おろおろして俺に頼るあの可愛さがたまらんぜー・・」 「・・秘拳・黄龍」 がっしゃーん! 鏡は見事に粉々になってしまいました。 「ふっふっふ・・・龍痲め・・・主人公の座は、渡さんぞ!」 女王様は高らかに笑い、召使い(多分、雨紋あたり)に命じて、鏡を綺麗に片づけさせるのでした。 さて、そんなこととは露知らず、ちょっぴり(いや、かなり)とろくさく、すぐ自爆する龍痲姫は、女王様から呼び出しを受けると、慌てて転んだりしながら謁見の間に急ぐのでした。 「あ、あのあのあの!ご、ご、ごめんなさい・・遅れてしまいました・・」 乱れたドレス(笑)の裾を引っ張りながら、龍痲姫はおろおろしながら女王様の前にやってきました。 それをジト目で見ながら、 「ふぅん・・こういうのが、母性本能をくすぐるってわけか。・・ま、真似したくもないがな」 「あ、あ、あ、ああのあのあの〜・・」 女王様は、イスにふんぞり返って、ふん、と笑いました。 「森の奥の、湖近くに、なにやら珍しい花が咲いているんだと」 「え?珍しい花?」 あまりいろんなことをするのが得意ではない龍痲姫ですが、お花を摘んだり、それをアレンジメントしたり、ドライフラワーにしたりするのは大好きでした。 嬉しそうに目をキラキラさせている龍痲姫に、女王様は言いました。 「案内に、その辺りが得意な狩人を付けてやるから、行ってみたらどうだ?」 「はい!うわあ、楽しみです〜!ありがとうございます!!」 何度も頭を下げる姫に、ちょっぴり罪悪感を覚えながらも、女王様は手を振って、龍痲姫を下がらせました。 狩人本人には会ったことはないですが、遊び人で知られている男だったので、金を出して姫の抹殺を依頼しているのです。 「ふん・・散々弄ばれた上に、殺されるがいい」 まるで悪役のような(そのものか)セリフを吐いて、女王様は高らかに笑うのでした。 さて、龍痲姫は。 お城の出口付近で、狩人に出会いました。 「ふぅん・・アンタが龍痲姫かい?」 「あ、はい!よろしくお願いします!」 勢いよく頭を下げてふらつく姫を支えて、狩人はにやりとニヒルな笑い(龍痲視点)をこぼしました。 「くくっ、やっぱり俺はついてるねぇ。・・・さ、行くぜ、姫さんよ」 「はい!」 さりげなく腰に回された手を気にする様子もなく、姫は一所懸命森に向かって歩きます。 普通の姫なら、馬にでも乗るところですが、この姫は、やたらと体力だけはあるのです。 森の奥まで半ばほどのところでしょうか。 不意に、脇の茂みががさがさと鳴りました。 びっくりして飛び跳ねる龍痲姫を、狩人はぎゅっと抱き締めました。 「おぉっと、あぶねぇ」 びっくりする龍痲姫の耳元に、低いHな声音で、 「あぁ、大丈夫だ。ただのキツネだぜ」 「あ、あ、あ、あの、あのあの〜!あのあのその・・手、手が・・・」 ぎゅっと抱いた手の片方は肩を抱いていますが、もう片方は腰に回り、小さなお尻をさわさわと撫でているのです。 「え?・・あぁ、こりゃすまねぇ」 全然すまねぇとは思ってないように、もう一度お尻を触って、悪戯にきゅっとつねったりして、ようやく手は離れていきました。 今まで他人にそんな触り方をされたことのない龍痲姫は、真っ赤になって自分の頬を押さえています。 「さ、もう少しだぜ?」 そう言って、狩人はさりげなく姫の手を取り、引いて行きましたが、一度気にしてしまった龍痲姫は、それにすら真っ赤になって、胸をドキドキさせるのでした。 ようやく湖に着くと、龍痲姫は、そこに広がる花畑を見て、歓声を上げました。 繋がれた手も忘れたかのように、ぱたぱたとそっちに駆けて行きます。 かと思うと、いきなりこけて、顔から地面に突っ込んでしまいました。 「おいおい、大丈夫かい?」 「・・ふえ・・・はい、大丈夫です・・」 擦り剥いた鼻の頭を押さえて、恥ずかしそうににこっと笑う龍痲姫に、狩人の何かのパラメータがぎゅいんと上がって、振り切れました。 花畑にぺたんと座っている龍痲姫を、ぐいっと押し倒してしまいました。 「あ〜!お花が、潰れてしまいます〜!」 「ふぅん・・意外と、余裕だねぇ」 「だってだってだって・・・お花が散ったら、可哀想・・・」 半分涙目で見上げる姫に、狩人はにやりと悪役笑いを漏らしました。 「くくっ・・今から散るのは、アンタの操だけどな」 「・・・ほえ?」 とろくさい龍痲姫は、何を言われているのかさっぱり分からず、首を傾げて狩人を澄んだ目で見つめています。 そんな目を見ていると、何故か罪悪感が沸き上がるのは無理矢理押し込めて、滅茶苦茶に壊してやりたい意地悪な気分の方を優先して、狩人は、わざと教えてやりました。 「女王様が、アンタを消したいんだとよ。俺ぁ、そのために雇われててねぇ。・・だが、殺す前に弄んでも良いって許可も出てることだし、先にたっぷりと可愛がってやるからな?」 「・・・消す・・・って?」 本当は少しは分かっているのでしょうか、泣き出しそうになって、龍痲姫は問います。 「殺すってこった」 狩人は、姫が都合良く誤解しないよう、はっきりと答えてやりました。 途端に、姫の目から、ぽろぽろと涙がこぼれてきました。 それを舌で拭ってやりながら、狩人は優しい声をかけます。 「死にたくねぇかい?」 「ふえ・・・殺せ、なんて・・・そ、そんなに嫌われてるなんて、思ってもなくて・・・ふえぇん・・・」 どうやら、死ぬことそのものより、殺されるくらい嫌われているということの方が、余程ショックだったみたいです。 鼻を真っ赤にして泣き続ける龍痲姫を見ていると、凶暴な衝動が湧き起こり、狩人は、白いドレスの裾から手を入れ、思い切り姫の中心を握りました。 「ひっ・・!」 「ここにいねぇ奴のことなんざ、考えてんじゃねぇよ。アンタは、俺のことだけ見てりゃいいんだ」 どうやら、この狩人はかなりの焼き餅焼きみたいです。 おまけに初めて会った相手に、俺のことだけ見ろ、なんて、なかなかに自信家です。 でも、龍痲姫は、自分が何をされているのか、どうしたらいいのかが分からず、ただただ泣き続けます。 狩人は、未だ収まらない衝動のままに、ドレスを引き裂きました。 「いいぜ・・俺のことしか、考えられなくしてやる・・」 そうして、泣いて泣いて泣きじゃくっている龍痲姫を、思い切り責め苛むのでした。 次に龍痲姫が目覚めたのは、木で出来た小屋の中でした。 簡素でありながら、なかなか居心地のよいベッドの上で、ぼんやりと何が起こったのか反芻します。 あまり複雑なことを考えるのに向かない姫の頭では、『女王様に、死ねと思われるくらい嫌われていたこと』と『だから、もう、帰るところは無いのだ』ということしか分かりませんでした。 龍痲姫にとっては、狩人は『自分を殺すために女王様に雇われた人』であって、何故、狩人が自分を犯したのかは理解できません。 『多分、苦しめて殺そうとしている』のだ、くらいの認識です。 ぼんやりとしたまま、目を落とすと、白いドレスはびりびりに引き裂かれ、部分的には血のシミと何やらのシミが付いています。 着替えることも出来ないのだ、と思うと、もっと悲しくなって、龍痲姫は、ぽろぽろと涙をこぼしました。 「ふぅん、気づいたのかい」 急に声をかけられて、龍痲姫はびくっと身じろぎ、身体の中心を貫く鋭痛に悲鳴を上げました。 狩人は、にやにや笑いながら、顎を撫でています。 「くくっ、裂けちまったからなぁ。・・・アンタが悪いんだぜ?抵抗したりするから」 素直な龍痲姫は、当てこすりや皮肉は理解できません。 狩人の言葉に、やっぱり自分が悪いから、痛い目に遭ったのだ、と思って、悲しそうに目を閉じました。 どうして自分は、こんなに頭が悪くて、他人を怒らせてしまうのだろう、と身の置き所もなくなって、また新しい涙が頬を濡らします。 こんな馬鹿は、さっさと死んだ方が世のためなのかなぁ、と、龍痲姫は、せめて最後に他人の役に立とう、と思って、狩人に殺される決心をしました。 でも、狩人が頬を撫でると、痛みを思い出して、身体が勝手に竦んでしまいます。 「怒らねぇのかい?」 狩人は、そんな姫の様子が理解できません。 無理矢理操を奪った自分を、睨み付けるとか罵るとかされると予想して、そんな相手をじわじわと無力化するのも悪くない、と思っていたのに、全く抵抗しない龍痲姫に拍子抜けしてしまいます。 「・・・ま、どっちでもいいけどな。どうせ、アンタは、どこにも行けねぇんだ」 そう言って、また狩人は龍痲姫をベッドに押し倒すのでした。 そうして、毎夜・・・どころか、昼夜を問わず、狩人に押し倒されて、龍痲姫は、どんどんと痩せていってしまいました。 狩人が食事を与えても、ほんの一口か二口しか口に入れず、無理にそれ以上食べさせると吐いてしまいます。 整った顔に表れるおろおろとした表情がとても可愛らしかったのに、だんだんとぼんやりすることが多くなり、ほとんど喋ることも無くなってしまいました。 段々と、狩人は、そんな状態がつまらなくなり、新しい服を買ってきて与えたり、綺麗な花を摘んできたりしたのですが、最初の頃は、驚いたような顔をしてそれからはにかんだように「ありがとうございます・・」と言っていたのに、最近では、虚ろな瞳でそれを眺めるだけです。 逃げ出せるように、ドアを開けて、こっそりと隠れて見ていても、日がなベッドの上でぼんやりと座り込んでいます。 意識がおかしいのか、と思い切り平手打ちをしても、抵抗もせずにベッドに崩れ落ち、真っ赤な頬を庇いもせずに、そのままの姿勢で静かに呼吸するだけです。 そんな龍痲姫が、唯一表情を出すのは、狩人がその身を貫くときだけでした。 「いや・・いたぁい・・・!」 ぽろぽろと泣きながら弱々しく役に立たない抵抗を示して、自分を犯す男から逃れようと腕を突っ張り、哀願の色に瞳を染めて、狩人を見つめます。 その時だけ、まだ姫は生きていて、自分を意識するのだと分かるのです。 この行為が、龍痲姫をじわじわと死に追いやっているのは理性では理解しているのですが、抜け殻のような姫が生気を取り戻すのはその時だけでしたので、心のどこかで「もうやめろ」と警告する何かがあるにも関わらず、狩人は憑かれたようにその行為を繰り返していました。 森の奥深くの小屋に二人きりで。 龍痲姫が死んでしまったら、自分も狂うのではないか、と薄々感じながらも、狩人は、悪循環を止めることが出来ずにいました。 さて、その頃、お城では。 「ふむ、これが新しい鏡か」 一見無骨でありながら、よく見ると繊細な装飾の施された鏡を、女王様は隅々まで点検していました。 「おいおい、そんなに人を見つめてんじゃねぇよ」 いきなり鏡から声がして、女王様はびっくりしました。 が、ふむ、と頷き、鏡の前に座ります。 「なるほど、これも魔法の鏡だったのか。意外と転がっているものなのだな」 出入りの業者(多分、如月骨董品店)を褒めてやらねばなるまい、と考えながら、女王様は鏡をぺとっと何気なく触りました。 「くくっ、大胆だねぇ。いきなり、そんなとこ触るなんざぁ」 どこだ。 どうも今回の鏡は生意気だ、と女王様は顔を顰めて、やっぱり出入りの業者は踏みつけてやろうと思い直しました。 なに、大丈夫です。出入りの業者は、多分喜びます。 それはともかく。 女王様は、気を取り直して、尊大に言いました。 「それで?貴様、何が出来るんだ?」 「アンタを映してやるぜ?」 それじゃあ、ただの鏡です。 「もっと他に無いのか?前の鏡は世界で一番かっこいい人間を当ててみせたぞ」 いや、単にお追従の得意な鏡だったのかも知れませんが。 「ふぅん。・・そうだねぇ、他の鏡と繋がって、それから見える範囲を映し出すってことなら出来るがねぇ」 「そんな覗きみたいなこと・・・」 言いかけて、女王様は考え込みました。 「そうだ。狩人の小屋は写せるか?森の奥にあるらしいのだが」 狩人は、龍痲姫を殺した証拠として髪の毛を切って持ってきたのですが、どうも信用出来ないのです。 「いいぜ、ちょっと待ってな。・・・・あぁ、これだ」 最初はうっすらと、次第にはっきりと鏡に情景が映し出されました。 ところが。 「なっなっなっなっ・・・!」 何をやってるんだ〜!と女王様は無言で叫びました。 全裸の龍痲姫が、腰だけ高く掲げて、顔は枕に埋めるようにしがみついています。 そして、その腰をしっかりと両脇から抱えた狩人の腰は、これ以上無いくらい、姫の腰に密着しています。 激しく揺さぶられるのに合わせて、龍痲姫はがくがくと震えます。 表情は見えず、音も聞こえないものの、上気した肌といい、それにうっすらと浮いた汗といい、色っぽいことこの上ありません。 女王様は知らず知らずに真っ赤になっていましたが、目を離せずにいました。 「へぇ、なかなか良い趣味してんねぇ」 からかうような鏡の声に、はっと我に返って、 「さっさと消せ!」 「もういいのかい?もうすぐフィニッシュらしいぜ?」 「いいから、とっとと消せ!!」 突如、鏡からその光景は消え失せ、真っ赤になった女王様の顔を映すばかりとなりました。 女王様は、水差しからコップに水を移し替え、ごくごくと喉を鳴らして飲み干しました。 「・・・あの男は、何をやってるんだ!」 確かに、殺す前に好きにして良いとは言いましたが、まだ姫を好きにしているとは思ってもいませんでした。 しかも、龍痲姫も嫌がってはいないように見えたのです。 「なんだい、知り合いかい?」 鏡の声に、微妙に混ざった嫉妬の響きに気づかず、女王様は簡単に事情を説明しました。 「・・・と言うわけだ。・・・ふぅ、まさか、龍痲が生きているとは・・しかも、ますます色気が加わって、手に負えんではないか」 美貌でも負けているのに、漂う艶までレベルアップされては、女王様は太刀打ち出来ません。 ですが、鏡は、ふぅん、と呟いた後、しばらく黙って女王様を映していましたが、 「俺ぁ、アンタの方が、綺麗だと思うがねぇ」 「はっ!?」 「俺なら、あんな痩せっぽっちの奴より、アンタくらいの方が、抱き心地が良いと思うぜ?」 「だっ・・・!し、失礼な・・!」 更に真っ赤になった女王様は、鏡に付いていたカバーを引き下ろしました。 「おいおい、これじゃあ何も見えねぇじゃねぇか。せっかく、アンタの可愛い寝顔を拝んでやろうと思ってたのによ」 「誰が、見せるか、そんなもの!」 怒鳴って、ベッドに潜り込んだ女王様ですが、ちょっぴり気分が良くなっていました。 どうも自分の地位とは関係なく話す相手が出来て嬉しいようでした。 翌晩。 また、女王様は、鏡で狩人の小屋を映しました。 今度は、正面座位でした。 涙を一杯に溜めた龍痲姫が、いやいやするように頭を振る度に、髪が狩人の頬を叩きます。 ですが、姫の足はしっかりと狩人の腰に回り、手も背中に無数の引っ掻き傷を作っています。 どう見ても、愉しんでいるとしか見えない光景でした。 「あいつ・・・純情派ぶっておいて、随分とお楽しみじゃないか・・・」 女王様は下唇を引っ張りながら、ぶつぶつと呟きました。 「へぇ・・確かに美人ではあるな」 鏡の声に、肩を揺らして、女王様は睨み付けました。 「おぉ、恐ぇ。美人じゃああるが、俺ぁ、アンタの方が、好みだぜ?ああいうすぐ泣くような奴より、気の強ぇ方が好きなんでねぇ」 「貴様の好みなんぞ、聞いとらんわ!」 女王様は、言い捨てて、衣装棚から衣服を選び出しました。 そうして、するりと今着ている服を脱ぎ落とし、黒いだぶついた服へと着替え始めました。 「・・・っと。アンタ、人が見てるだけしか出来ねぇと思って・・・」 ぶつぶつこぼす鏡の声は無視して、女王様は着替え終わった自分を見て、よし、と満足そうに頷きました。 「変装完了。ふっ、やはり俺は、何をやっても完璧だ」 「何やろうってぇんだい?」 「ふっ、他人が当てにならんのなら、自分で手を下すまでのこと。龍痲め、見ていろ!」 今日は、狩人が町に生活用品を買いに行く日です。 一人になった龍痲姫は、逃げ出すなんて考えもしないで、ベッドの上でうつらうつらとしていました。 「・・もし。そこの綺麗な方」 開いていた窓から、不自然なくらいしゃがれた声がかけられましたが、自分が綺麗なんてミジンコほども考えていない龍痲姫は、ぼうっと反対側の壁を見つめていました。 「そこで、ぼんやりしている方!」 そこでようやく、自分のことを呼んでいるのか、と龍痲姫はのろのろと振り向きました。 明らかに泣いた跡のある赤い目元、震えるように半ば開いている赤い唇、細い首筋に無数に残る赤い跡・・・痛々しい色気を振りまく龍痲姫に、黒ずくめの人の背中に、ちょっぴり嫉妬の炎が揺らめきました。 それを隠すように、黒ずくめの人は、腕に抱えた駕籠から細長い箱を取り出して、龍痲姫に手渡しました。 「どうやら毎晩可愛がってもらってるようだねぇ。これで、旦那様もますます喜ぶよ?」 瞳孔の開いた焦点の合わない瞳が、ぼんやりとそれを眺めているのを、無理に握らせて、黒ずくめの人は立ち去りました。 さて、その晩。 帰ってきた狩人は、ベッドの上に見慣れない箱を見つけました。 「何だい?こりゃ」 聞いても、龍痲姫は、無表情のまま俯いています。 それでも答えを促すのに、聞こえないような声で、呟きました。 「知らない・・人が・・旦那様が・・喜ぶから・・・って・・・」 旦那様な狩人は、顔を顰めて箱を開きました。 「・・・おいおい」 中から出てきた張り型を見て、狩人はあきれたようにそれを暖炉に叩き込みました。 「俺のは、あんなに細くねぇ・・・じゃなくて。アンタは、俺が満足させてやるってぇんだ。玩具なんざぁ必要ねぇだろ?」 言って。いつも通り龍痲姫の衣服を脱がせるのでした。 その頃、お城では。 「ちっ、この俺の作戦が通用しないとは・・・!」 鏡の前で、女王様は地団駄を踏んでいます。 ちなみに、大人のおもちゃには毒が塗ってあって、龍痲姫の体内に入ると、殺せるはずだったのです。 次こそ!と燃える女王様に、鏡はばれないようにこっそりと溜息を吐きました。 「アンタの方が良いって言ってんのによぉ・・そんな敵を増やすような真似しねぇでも・・」 次の週、また狩人がいない日に。 やはりベッドの上でうつらうつらとしている龍痲姫に、黒ずくめの人が声をかけました。 「先週のはどうだったかい?」 虚ろな瞳で見返す龍痲姫に、内心、やばい薬でも打たれてんじゃないのか?と思いつつ、黒ずくめの人は、先週より小さな箱を手渡しました。 「これで、あんたの身体の負担も軽減!やっぱりこれは紳士として必然条件!・・試供品ですので、お気に召しましたら、注文票をどうぞ」 なんだか妙なところに凝っています。 ぼんやりと龍痲姫がそれを見ているうちに、黒ずくめの人はいなくなりました。 狩人は、帰ってきて、またベッドの上に箱があるのを見て思い切り顔を顰めました。 「またかい。・・しかも、先週より小さいじゃねぇか。一体、どんなのが・・・」 ぶつぶつと開けると、中からは超薄型肌触りばっちり潤滑ゼリー付きな品が入っていました。 「・・・おい、アンタ、生じゃイヤなのかい?」 言われた意味が分からず、ぼぉっとした目を向ける龍痲姫に、にやっと笑って見せ、狩人は箱を暖炉に叩き込みました。 「だよなぁ?やっぱ、生じゃねぇとなぁ」 お城では、女王様が少しあきれていました。 「あの男・・・龍痲の負担より、自分の快楽を優先するか」 やっぱり毒入りだった品を捨てられて、女王様は考え込みます。 「こうなったら・・搦め手ではなく、真っ向から毒を盛るか」 「俺ぁ、アンタに人殺しになって欲しくねぇんだがねぇ・・」 「ふん、貴様には関係ない」 鏡にカバーを下ろしつつ、女王様は作戦を練ることにしました。 更に翌週。 今度は、駕籠に入ったリンゴを持って、黒ずくめの人が訪ねて来ました。 「おいしいリンゴだよ〜。肌も綺麗になって、旦那様が喜ぶよ〜」 狩人からは、誰からも何も貰うな、と厳命されていたにも関わらず、龍痲姫は、やはりぼーっとして何も考えていません。 ナイフで綺麗に皮を剥かれ、切り分けられたリンゴを一口囓りました。 途端、ぱったりと倒れ伏す龍痲姫に、黒ずくめの人は高笑いして去って行きました。 狩人が小屋に帰って来たとき、目にしたのは、リンゴの欠片を手に持って、ベッドに俯せている龍痲姫でした。 「どうした?腹が減ったのかい?」 少しでも食欲が出てきてくれれば嬉しいと思った狩人は、優しい声をかけました。 「・・・おい?」 肩を揺さぶると、抵抗無く身体が揺れ、上を向きます。 真っ赤な唇から同じく真っ赤な血を細く垂らし、真っ白な肌を更に真っ白にして、龍痲姫の目は開きませんでした。 「・・おい?冗談・・だろ?・・悪かったって。何、怒ってんだ?・・おい、龍痲?」 狩人は徐々に激しく龍痲姫の身体を揺さぶりますが、姫の意識が戻る様子はありません。 「龍痲〜〜!!」 その様子を鏡を通して覗いていた女王様は、高らかに笑いました。 「これでようやく、龍痲は死んだか。・・ふぅ、手間を取らせる」 「・・やれやれ。二人静かに暮らしてんのに、何だって邪魔するかねぇ」 鏡がどことなくうっすらと曇りながらそう呟きます。 「俺にもよくわからんが、龍痲があの男に抱かれている様子を見るのは、非常に不愉快だ。想像するだけでもな」 無論、龍痲姫が汚されるのが不快なのではなく。 鏡は、低い声音で囁きました。 「ふぅん・・そりゃあ、あの狩人が他人を抱いてるのがイヤ・・・ってことかい?」 女王様は、首を傾げてしばし考え、答えます。 「いや、別に?そもそも2回しか会ってない人間に、そんな興味は無いが?」 そのはずですが。でも、あの顔の男が他人と共にいるのは不愉快なのです。 でも、鏡には言う必要がないだろう、と女王様は思いました。 「そうかい?なら、何だって、いつもあいつが抱いてるのを見て、興奮してたんだい?」 「・・・なっ!」 「俺に目隠ししておいて、自分で慰めてたろう?・・見えねぇでもな、聞こえてんだぜ?」 女王様は真っ赤になって鏡をぽかぽか殴りました。 「いつも、何想像してやってたんだい?後ろも自分の指で可愛がってたのかい?それとも・・あの玩具を使った・・とか?」 「・・・・うるさい!!」 「あの男に抱かれるとこ、想像しながらやってたんだろ?いやらしいぐちゃぐちゃいう音と、可愛い悲鳴が聞こえてたぜ?」 「黙れ!!」 「何だったら、今、ここでやってみな?俺が見ててやるぜ?」 「うるさいと言ってるだろう!!」 女王様は叫んで、横に置いてあった水差しを手に取りました。 「見るな、馬鹿!!」 衝動のままに、それを鏡に投げつけました。 当然、鏡は、粉々に砕け散ります。 はぁはぁと肩を揺らす女王様に、部屋の外から声がかけられます。 「いかが致しましたンすか!女王様!」 微妙に変な言い回しです。 「何でもない!鏡を割っただけだ!入ってくるな!」 女王様は水差しを手に、ドアを睨んでいます。 ドア越しでもその迫力が伝わったのか、召使いは黙りました。 まだ仁王立ちの女王様の肩に、するりと腕が回されました。 「やれやれ、やっと出られたかい」 愕然として振り向く女王様の前に、一人の男が立っていて、気障にウィンクしています。 「貴様・・・何者だ!」 「何者だ、は、ねぇだろうが。声でわかんねぇかい?」 くくっと笑うその声と口調には、確かに覚えがあります。 「鏡の精!?」 「いやぁ、鏡の精じゃねぇんだが。元は俺ぁ人間でねぇ。ちっと付き合ってた女が魔女でよ。『あたしだけ見ていて!』なんてくだんねぇこと言いやがって、俺をここに閉じこめたのさ。しかも、てめぇはさっさと死にやがるし」 にやにや笑って説明するのは良いのですが、何故か元鏡の男は、女王様をぐいぐいとベッドの方に押しています。 「アンタが、呪文を解いてくれたおかげで、人間の姿に戻れたぜ。ありがとうよ」 どうやら、『あたしだけ見ていて』が鏡にする呪文で、『見るな』で鏡を割るのが解呪のようです。 やっと状況を把握して、女王様は叫びました。 「それは、いい!それは分かったが・・・何故、俺をベッドに押し倒す!?」 「そりゃあもう」 元鏡の男は、にやりと笑いました。 「たっぷりと礼をしねぇとなぁ、と。しかも、アンタは散々俺を煽ってくれたし」 「煽ってない!」 「まあまあ。・・じっくり可愛がってやるからな?あんな男より、俺の方が断然良いって、分からせてやるぜ」 「うきゃああああ!!」 そうして、女王様は、おいしく頂かれてしまいました。 その頃、狩人の小屋では。 冷たい龍痲姫の身体を抱いて、狩人が呆然と座っていました。 息もしていない龍痲姫が、死んでいるとようやく認識出来たのです。 でも、手放すことは出来ずに、ただただ龍痲姫の頬を撫でています。 (・・・昔話では、確か・・・)狩人は思い出します。 (むせて、リンゴを吐き出すんだよな) いえ、棺が揺れて、弾みで吐き出すんですけど。 (後は、王子様のキス・・・) 狩人は、自分は王子でもないくせに、厚かましくも龍痲姫の唇に何度もキスします。 ですが、冷たい唇は、うっすらと血の味がするだけで、龍痲姫が呼吸を再開する気配はありません。 リンゴを吐き出させようと、おなかを圧迫したり、首筋をとんとんと叩いたりしてみましたが、人形のようにされるままになるばかりです。 (むせて、吐く・・・むせて・・・・はっ!) そういえば、いつもむせる行為がありました。 狩人は思い出して、一物を取り出し、龍痲姫にくわえさせるのでした。 はっきり言って、その光景は、死姦です。 しかし、狩人は真剣です。 (ん・・・んく・・・ふあ・・) (ほら、もっと奥までくわえろよ) (けほっ・・けほごほっ!) (あぁあ、こぼしちまったか。こりゃ、おしおきだな) (・・ふえ・・・・・) 龍痲姫の反応を思い出しながら、冷たい口腔の深みを犯し、嘔吐反射が無いのを良いことに、さんざんに突っ込みます。 そうして、自分の手も加えながらも高みに昇り。 龍痲姫の喉奥に、欲望を放ちました。 「・・・・・・けほ・・・・・・」 しばらく後に、かすかに龍痲姫の身体が震えました。 「・・・けほ・・・けほ・・・・」 このときとばかりに、狩人は龍痲姫の身体を裏返し、背中をどんどんと叩きました。 ころん。 龍痲姫の口から、小さなリンゴの欠片が転がり落ちました。ちなみに、白い粘液でコーティングされていますが、それはまあどうでもいいでしょう。 狩人は、龍痲姫の身体を持ち直します。 龍痲姫は、目にうっすらと涙を浮かべ、口元から白濁した液を糸のように引きながら、ぼんやりと狩人を見ました。 虚ろな瞳に、少し光が戻りました。 「・・・・あ・・・・ぼ、く・・・・・」 狩人は、思わず力一杯、姫の身体を抱き締めました。 骨細く、痩せてしまった身体は今にも壊れそうです。 「龍痲・・龍痲・・・・・」 何度も名前を呼んで、髪を愛おしそうに撫でる狩人に、龍痲姫は、小首を傾げました。 「あ・・・あの・・・・?」 「アンタが、死んだかと、思った・・・」 死んでました。 「狩人さんは・・・・」 「しこうって呼びなって、言ってんだろ?」 「あ・・・し、祇孔さんは・・・その・・・僕を殺すんじゃなかったんですか?」 心底、不思議そうに龍痲姫は聞きました。 狩人は、また、ぎゅっと姫の身体を抱きしめて、耳元に囁きました。 「アンタがいなきゃ、生きてんのもつまんねぇ」 弱い耳元に息をかけられた、というだけではなく、龍痲姫は、ほんのりと頬を赤らめました。 「あ、あ、あ、あのあのあのあの・・・・」 「アンタが好きだ」 龍痲姫の顔は耳から首筋まで真っ赤です。 「え?え?え?え?だ、だ、だだってだってだって・・・」 「アンタが死んだと思ったら、気が狂うかと思った」 熱烈な愛の囁きに、免疫のない龍痲姫はメロメロです。 「アンタは、俺が嫌いだろうが・・・」 そう言って悲しそうに目を伏せる狩人に、慌てて叫んでしまいます。 「そそそそそんなこと無いです〜!」 「しかし、俺ぁ、アンタを無理矢理犯して、虐めて、弄んで・・・」 「ああああのあのあのそのそのでもでもでもあの・・・・ぼ、僕、その・・・し、祇孔さんのこと、嫌いじゃないです・・・その・・好き、っていうのかどうか分かりませんけど、でも、ぎゅってされるの、気持ちいいです・・」 細い声音で訥々と訴える龍痲姫に、狩人の顔が輝きました。 「そうかい、アンタも俺が好きだったのか」 「え、え、え、えとえとえと・・・」 「なら、問題は、何もねぇよなぁ」 「あ、あのあのあの・・・」 「さ、とりあえず、目覚めの一発を・・・」 「ふに?・・・ふにゃあああん!!」 こうして、晴れて相思相愛となった(?)二人が、愛の営みを終えて。 狩人は、腕の中で息も絶え絶えに喘いでいる龍痲姫に、優しく声をかけました。 「アンタに毒を盛ったのは、女王じゃねぇかと思うんだが・・どうする?ぶっ殺してやろうか?」 「ダメです〜!そ、そんな、殺すなんて・・・」 「アンタ、殺されかけたんだぜ?」 「でも、ダメですぅ・・・」 性根が優しくできている姫に再度惚れ直したりしながらも、狩人はその考えを捨て切れません。 姫には黙って術をかけにいってやろうか、などと考えているのが分かったのか、龍痲姫はもじもじと狩人の胸に指を這わせました。 「それより・・その・・・僕をどこかに連れて行ってくださいませんでしょうか・・・この国から離れて、どこか遠くに・・・」 狩人フィルターでは『あなたの行くところならどこへでも付いて行きますvv』なセリフに、くらくらして、狩人は思わず頷きました。 「そ、そうかい・・・ま、それがアンタの望みってぇんなら・・・」 「あ、有り難うございます・・・」 はんなりと笑う姫を抱き締めて、狩人は、幸せにしてやろうと誓うのでした。 めでたし、めでたし。 その頃のお城では。 「お、俺のせいじゃないぞー!」 「ふぅん・・・アンタが手を回して消したんじゃねぇだろうな」 「ち、違うって!・・違うんだってばー!その手を離せ〜!!」 「おしおきだな」 「うきゃああああ!!」 とりあえず、幸せそうでした。 その頃の王子様。 「ちっ、なかなかいねぇもんだねぇ。俺の助けを待ってる美人なんてもんは」 「世の中、そんなおとぎ話みたいに上手く行かないと思うのー」 白馬に乗った王子様は、お付きの少年を一人従えて、森をぱかぱか進んでいます。 「理想としては、縄で縛られてるとか、薬を盛られてるとかで身動き取れねぇ美人が転がってるってぇのが燃えるんだがねぇ」 「それ、おとぎ話にもならないと思うのー」 あどけない顔して鋭いツッコミの少年が、にこにこと馬上の王子様を見上げました。 「とりあえず、王子様は、ちーで我慢してね?」 「ちっ、しょうがねぇなぁ。・・・おい、お前も上に上がんな」 「えー、また馬の上でするのー?お馬さんが辛そうなんだけどなー」 「うるせぇな、さっさとしろよ」 「はぁい」 とりあえず、王子様も不幸ではないようでした。 その頃の7人のこびと。 「何故だ・・・何故、姫は来ないのだ・・・」 「龍痲さん・・・どこに行ってしまわれたのか・・」 「OH、プリティプリンセスは、まだ来ないネ?」 「ちっ、せっかく外法ってやつを見せてやろうと思ったのによぉ」 「うおぉぉぉお!ちーちゃああああん!!」 「それ、姫ちゃいまっせ、多分」 「せっっかく、恐怖の8<ぴーっ>を披露しようと思ってたのにな。残念ですよね、劉さん?」 「そんなん考えてんの、あんただけやわーーっ!」 7人のこびとは、暑苦しく男7人で暮らしていましたとさ。 めでたし、めでたし。 「めでたくないぞー!!ちーちゃああん!どこだーーー!!」 めでたし、めでたし。 |
あとがき ・・何だと言われても困るんだが・・ 龍痲さんの『拉致監禁』もとい『自縄自縛』は、こういう方向性に 流れていく可能性もあったなぁ・・と。 ほんまに拉致監禁の挙げ句に、調教ちゅうか。 危ない、危ない。 |