ゆっくりとお風呂に浸かって、ゆっくりと眠る。
そうして、ようやく僕は落ち着いたのだけれど。
新しいパジャマに身を包み、ホカホカの毛布の中に寝転んでいると、村雨さんの所であったことが、非現実的に思えてくる。
そうだよ、村雨さんが、僕に危害を加えるわけないんだから。
きっと、僕が、何か変な思いこみしちゃったんだよ・・・勘違いとかさ。
うーん、どうしよう・・・でも、村雨さんに、『僕、なんか変なことしちゃいまいたか?』とか聞き難いし・・村雨さん、怒ってそうだし・・・。
んーと・・・んーと・・・そうだ!!
せっかく今日、御門くんがパソコンくれたんだし、これでお手紙を・・・と言っても、まだ住所が御門くんのしか入ってないんだけど・・・うん、御門くんに『メール』してみよう。
『御門くんへ村雨さんのご様子はいかがでしょうか昨日会ったとき様子が変だったんですそれと点とか丸とかどうやって打つんですかはてなも出ないし改行もどうやるのかわかりません』
・・・これだけ打つのに1時間かかっちゃった・・・。
さて、と。
うまく御門くんの所に届きますように・・・。
月曜日。
学校から帰って、ワクワクしながらパソコンを起動した。
ノート見て・・えと・・これをクリックして・・・
ぴこん。
あ、メールが届いてる〜!
『Dear 龍痲vv
やっぴー♪
早速、使ってくれて、ミカリン超嬉P〜 (*^O^*)/
改行は、右の方にある一番大きなキーがリターンキーで、それを押せば改行になりまふですヨ。
スペースは、下にある何も書いていない細長いキー☆
、や。は下の右の方にないかなぁ・・ない?ない?こりゃまった失礼しまひた〜♪なんちて。
?や!は、シフトキーを押しながら、そのキーを押してネ!
あ、それから、バカのことだっけ?
バカは風邪引かない筈なのに、なんと、なんと!!
風邪でお休みだったんでふヨ〜!!(>_<;)
あ、でも、気にしなくてイイヨ♪
それじゃまたまた☆
ミカリンよりvvv』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・御門くん・・・・・・・・・・・・
ストレス・・・溜まってるのか、な・・・。
どんな顔して、これ打ってるのかな・・・
やっぱり扇子で顔を隠しながらかな・・・
気を取り直して、と。
風邪・・・風邪!?
村雨さんが風邪?
そういう御加減の悪さじゃなかったように思うんだけど・・・。
えーと最後に見たときは・・・お風呂で・・・お風呂で・・・
・・・・あ!!!
雪連掌!!
思い出した!僕、雪連掌、打っちゃったんだ〜!!
ははははは裸で、凍ったら・・・村雨さん・・風邪もひくよね・・・。
うわわわわわわわわわどうしよう・・・!!
僕のせいだ・・・僕のせいだよぉ・・・!
か、風邪だけならともかく、肺炎なんて起こしでもしたら・・・!!
村雨さん、一人暮らしなのに〜〜!!
どどどどうしよう・・お見舞い・・・お見舞い・・・
えーとえーと・・お粥と・・・卵と鮭でいいかな・・・それからイオン飲料・・あ、お薬も買って・・氷枕とかもいるかなぁ・・・。
途中のコンビニでアイスも買って、記憶を頼りに村雨さんのマンションまで来たけど・・。
昼間はここ、守衛さんまで立ってるんだなぁ・・。
悪いことしてるわけでもないのに、じろって見られたら、何だか落ち着かない。
玄関で、インターホンを鳴らす。
・・・出ない。
どうしよう・・村雨さん、インターホンにも出られないくらい具合が悪いのかな・・。
それとも、寝てるとか・・・だったらいいんだけど・・・。
でもでもでもホントに倒れてたりしたら・・・!
村雨さん、一人暮らしで、誰も助けてくれなくて、それでそれでどんどん悪化しちゃっていつの間にか孤独死して新聞に・・・うわわわ!!
どどどどうしようどうしようどうしよう・・・思い切って・・・
「あ、あのぉ・・・あのそのと、友達が、風邪で倒れたって聞いて、でも出てくれなくて、それで、中で倒れてたらどうしようってあの凄く心配なんですけど・・・何とか、玄関まで行く方法はないでしょうか?」
守衛さんは、僕をじーっと見て、それから、ちょっと困ったように顎を撫でた。
「ふむ・・・本当は、中の住人から開けて貰わない人を入れるわけにはいかないんですが・・・」
そうだよねぇ・・・せっかくの安全管理システムなんだもんねぇ・・・。
「まあでも、そういう事情なら仕方がないでしょう。私も行きますから、玄関までは行けますよ。ただし、中から返事がなければ、そのまま帰って頂きますが」
「あ、有り難うございます!!」
よかった〜・・・きっと、この『いかにも病人見舞いセット』な荷物が効いたんだろうなぁ・・。
それで、エレベーターで最上階まで上がって。
村雨さんの部屋の前で、インターホンを鳴らした。
「村雨さ〜ん」
守衛のおじさんもドアをどんどん叩いてくれた。
どうしよう・・・中でどうなってるのかな・・・これで出てくれなかったら、御門くんに相談して・・・
あ。
ドアが開いた。
中から顔を覗かせた村雨さんは、本当に具合が悪そうだった。
顔色も悪いし、無精ひげぼうぼうだし、目が落ち窪んでて・・・なんかハイジャック犯の指名手配の写真みたいだ・・。
「・・・先生?」
声もひどく掠れてる。喉が痛そう・・・。
守衛のおじさんは『先生』っていう言葉にちょっと驚いたような顔をして僕を見た。
・・・まあ、僕が村雨さんに何か教えてるようには見えないよね・・。
「あだ名なんです」
一応、注釈を付けて。
「あの、有り難うございました。お陰で助かりました」
「いえ、では、お大事に」
おじさんは、会釈してエレベータホールへ帰って行った。
僕はそれを見送って、村雨さんの方に向き直った。
「あの・・入っていいですか?一応、色々、必要かなって思うもの持ってきたんですが・・・」
村雨さんは、黙って部屋に戻ったから、僕はそれに付いて入った。
カーテンも開けずに薄暗い部屋は、何か換気が出来てなくて・・・うーん、男臭いっていうのかな・・病人臭いっていうのかな・・・とにかく独特の匂いがあった。
村雨さんは黙ったまま寝室に行って、ベッドに潜り込んだ。
「あの、お粥、梅干しと鮭と卵、どれが良いですか?」
村雨さんは目を閉じたまま、何も答えてくれない。
うーん、やっぱり具合悪いんだ・・。
しょうがないな、キッチンお借りしよう。
白いお粥と・・・お皿に梅干しと鮭と味付け海苔、と。
コップにイオン飲料。んと・・タオルも濡らして持っていこうかな。
村雨さんの具合が悪いのに、こんなこと考えちゃいけないんだけど・・・何だか楽しい。
僕が誰かの世話を焼ける機会なんて、滅多にないもんね。
えへへ・・何だか大人になった気分だなぁ・・。
お盆に載せて、ベッドの脇のテーブルに置く。
濡れたタオルを村雨さんの額に置こうとしたら、手を、がしって掴まれた。
うわっ、やっぱり、すっごい熱い・・・。
大丈夫かな・・ただの風邪ならいいんだけど・・・。
「・・・アンタ、何、考えてる・・」
どういう意味だろう?
・・あ、謝ってないから、怒ってるのかな・・・
「す、すみません、あの、僕、確か雪連掌打っちゃったんですよね!すみませんあの動揺してて・・・!あのその責任持って、村雨さんの風邪の看病はさせて頂きますから、あのあのあのその、ホントにすみません・・!」
一所懸命謝ったけど、村雨さんは、はぁって大きい溜息を吐いた。
「・・あれだけやったのに・・・アンタって人は・・・」
???何だろう?
あ・・もしかして、僕、嫌われてる?
それで近づかないように脅された・・とか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・哀しい・・・
で、でも!
今は、追求しないでおこう。
追求して、さっさと出てけって言われたら困るから。
村雨さんのお風邪が治ってから聞こう・・・。
「あの・・村雨さん、お粥・・・」
「・・いらねぇ・・」
「せ、せめて、飲み物だけでも・・・」
「・・・・・・・・・」
あう・・・。
返事もしてくれない・・・。
鬱陶しがられてるんだよね、これって・・・・でも、でも心配だから・・・
『出て行け』ってはっきり言われるまでは、いさせて貰おう・・・。
村雨さん・・・寝たのかな・・・。
あ、額のタオル、ずれて落ちかけてる。
僕がタオルを取って、水に浸して絞って、もう一度乗せても、村雨さんは目を開かなかった。
うーん・・・やっぱり相当苦しいんだ・・・。
汗で前髪が張り付いてる・・・汗?そういえば、熱出すと、汗かくよね。村雨さん、パジャマの替え、あるかなぁ・・。
あ、やっぱり、替えが無いんだ。床に何枚もパジャマやシャツが転がってる。
きっと汗かいて着替えるだけ着替えて、洗濯までは出来てないんだよ。
よし、ちょっと音が立つけど、洗濯して来よう・・・。
村雨さんの洗濯機は、全自動で、乾燥機まで付いてたから、スイッチを入れるだけで良かった。
パジャマやタオルを放り込んだ僕は、そぉっと戻ってきて、また村雨さんのベッドの横に腰掛けた。
あ・・また、タオルが落ちかけてる・・う〜ん・・・前髪がくっついてると、まるで別人みたいだ。
と言うか、横になった人を上から見下ろすと、印象が変わるもんなんだなぁ・・・。
村雨さんの眉って、きりっとしてるよね・・・あ・・目を閉じてると、意外と睫毛長い・・・。
お髭・・・剃ってあげたいけど、さすがに起こしちゃうし・・手で隠して見てみると・・へぇ・・やっぱり僕と同年齢の人の顔って感じになるんだ・・。
そういえば、この顎の傷って、何なのかなぁ・・・名誉の負傷、とか?
鼻すじ通って、カッコイイ・・風邪引いてるのに、鼻は詰まって無いんだな・・息はキレイに通ってるみたいだ・・。
唇・・・うっわ〜・・荒れてる・・・痛そう・・。
鼻は詰まってないみたいだけど、やっぱり口で呼吸してるのかな?
それとも熱のせいだけかな?
唇が白く乾いてウロコみたいにひび割れて、1枚1枚が反り返って・・・あ、ひび割れのとこに血が滲んでる・・。
これ、痛いよね・・お粥も滲みるんじゃないかなぁ・・何とか潤してあげたいんだけど・・・
イオン飲料・・ダメだな、きっと僕じゃコップを村雨さんの顔全部に引っかけちゃいそうだ。
んーと、んーと・・・そうだ!
ぺろっ。
うわぁ・・・ホントにカサカサだ・・端っこが尖ってて痛いや・・・
ぺろぺろ。
あ・・少しマシになってきたかな?
はみはみ。
んと・・うん、柔らかくなってきた。
えへへ、唇だもん、唾液で柔らかくなるよね〜。
ん〜・・でも、すぐに乾いちゃうかなぁ・・でも僕リップクリームなんて持ってないし・・・。
どうしようかな、と思いながら、口を離したら。
村雨さんが、僕を見ていた。
すっごい真ん丸な目をしている。
初めて見たなぁ・・村雨さんのそんな顔。
・・でも、何をそんなにびっくりしてるのかな?
「先生・・・アンタ、今・・・」
相変わらず、喉が痛そうに掠れた声で。
「俺に、キスしてたか?」
ほえ?
キス?
キスって・・・唇と唇の接触・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って・・・・・・・・
あああああああああああぁぁ!!!!
ぼ、僕、村雨さんの唇舐めて、それでもって、唇を唇で挟んで・・・
そそそそそれってそれってそれって、やっぱり・・・キス!?
どどどどどどどどどどどうしようどうしようどうしよう・・・!!!
村雨さんに村雨さんに村雨さんにキキキキキキスしちゃった・・!!
「ごごごごごごごごごめごめごめごめごめんなさ〜〜い!!!」
はぁっはぁっ・・・
ようやく息をついたのは、またしても路上。
靴も履いてコートも鞄も手に持ってる。
・・・意外だ、僕・・・パニクっても、変な状況判断能力は残ってるんだな・・・
それにしても・・・
僕・・・村雨さんに、キスしちゃった・・・
キ、キスって、好きな人同士でするもので、一般的には、男同士ではあんまり・・・しない・・よね・・・。
何で、僕・・・キスなんかしちゃったのかなぁ・・・。
えーとえーと・・キスは、好きな人とするもの。これは分かる。
だったら。
僕は。
村雨さんのことが好きだったのか。
・・・・・・・そういうこと・・・だよね・・・。
そりゃ、元々、村雨さんのことは好きだと思ってたけど、それはお友達で、蓬莱寺くんとか醍醐くんとかと一緒で・・・えと・・蓬莱寺くんとキス・・・う〜ん・・・もし、蓬莱寺くんが風邪をひいて、唇が乾いてたら・・・舐める・・かな?
・・・・・・・・・・・・・・舐めたくない。
え?え?え?え?
な、何で?!
だって、村雨さんの方が男臭いよ!?
ほ、他の人でやってみよう・・・
醍醐くん・・紫暮くん・・雨紋くん・・如月くん・・霧島くん・・壬生くん・・劉くん・・コスモ・・御門くん・・犬神先生・・
だ、ダメだ・・誰の唇も舐めたくない・・・。
ってことは・・・僕、村雨さんのことが・・・好き?
恋愛感情で?
う、嘘だ・・・だって、僕、男で、村雨さんも男で・・・だから、そんな感情、発生するわけ無いんだから・・・。
だって、男同士なんだから・・・。
あ・・男なのに、男にキスされたら・・・村雨さん、怒ってるだろうなぁ・・・
寝込みを襲われたようなものだもんなぁ・・・そんなつもりなかったんだけど・・・
言い訳しても・・・・・・ダメ・・だろうなぁ・・・
嫌われた・・・よね・・・・・・。
ふえ・・・・・やだよぉ・・・・
村雨さんに嫌われたくないよぉ・・・・・・
どぉしよぉ・・・・・・・・・・
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