村雨祇孔は、鳴り出した携帯に、顔を顰めた。
只今、賭花札真っ最中。
集中力が途絶えたからと言って、勝負を落とすような、下手な『運』は持っていないが、やはり、流れが中断するのは好ましくない。
コール6回目を数えてまだ鳴り続けるため、舌打ちしながら、携帯を取り出す。
そこに表示された発信者は
『緋勇龍麻さま』
ちなみに、龍麻本人が、村雨の携帯を奪い取って入力したため、『さま』が付いているのであるが。
村雨は札を放り出しながら、受信ボタンを押した。
まだ、龍麻とは出会って間も無い。
こんな日付が変わる時刻に、電話をかけて来られるような間柄では無論無い。
まさか、今から旧校舎に潜るわけでもないだろう。
となれば、ひょっとして、何か事件にでも巻き込まれているのでは、と考えれば、無視するわけにも行かないわけで。
「緋勇か。どうした?」
『うーっす!村雨、元気?』
やたらめったら明るい声が携帯から流れてきた。
はぁっと村雨は溜息を吐く。
「あのな・・こっちは勝負の真っ最中なんだ。用が無ければ、切るぜ」
『あ、そうなんだ。バリバリに起きてんだよな?よっし、夜更かし要員めっけ〜!』
微妙に話がすれ違っている。
「・・・切るぞ」
すげなく言って、携帯を耳から離したが、やっぱりハイテンションな声が耳まで届いてしまった。
『んじゃ、そっち行くから。勝負を終わらせておくがよい!』
「・・あぁん?」
携帯を持ち直したが、聞こえるのは、つーつーという切れた音のみ。
結局、何の用か、さっぱり判らないままだが、何となく、勝負を続ける気も削がれてしまった。
電話一本で、結果的には言われた通りにしてしまう自分に、少しばかり腹を立てながら、手持ち無沙汰にタバコを吸う。
吸い殻が足下に数本溜まる頃、龍麻がやってきた。
「やっほー、村雨〜!」
文句の一つも言ってやろうと、振り向いた村雨の手から、吸いかけのタバコがぽろりと落ちた。
「・・・緋勇、だよな?」
ぼそりと呟いたのは、本人には聞こえなかっただろう。
龍麻は、私服だった。
村雨あたりが着るのにちょうど良いような大きなコートから、指先だけが覗き、白いほわほわのマフラーに顔の半分が埋もれていて。
制服の時でさえ、どっちかというと『ロリショタ系美少年』の範疇に余裕で入る龍麻だったが、私服となると、『ロリ系美少女』に入ろうかという勢いである。
よくもまあ、この姿で、歌舞伎町を無事に歩いてこられたものだ。
いや、本人は無事で、周りが無事でない確率の方が高いけど。
無駄に村雨の舎弟達を魅了しつつ、龍麻は元気良く言った。
「村雨、星、見に行こう、星!」
「・・・いきなり何だ、そりゃあ。ベッドの中で、天国を見せて欲しいってぇんなら、考えなくもないが・・・」
「うおぅっ!すっげー!さすがは、歌舞伎町の夜の帝王!」
けらけらと龍麻は笑う。
今晩は、やけにハイテンションだ。
まあ、村雨も、龍麻が普段と違う、と言い切るほどの長い付き合いはしていないのだが。
じろじろと上から下まで舐めるように見る視線も物ともせず、龍麻はコートから雑誌を取り出す。
「これこれ!今日って、獅子座流星群が降る日なんだって!なぁ、見に行こうよぉ」
上目遣いで、ちょっぴり甘えモードの声。
「あのな、緋勇」
村雨の低い声が龍麻を襲う。
「俺は、確かに『なんかあったら、俺を呼べ』と言っちゃあいるが。・・・なんで、俺がそんなもんアンタと見なきゃならねぇんだ?!」
「ん〜?ずばり、夜更かししそうな人間が、他に思いつかなかったからでーす!」
恫喝するような声音も全く効いてない。
しかも、『村雨だから』ではないのが実に失礼だ。
「なぁ、行こうよぉ〜今年は当たり年だって言われてるしぃ。雨が降るみたいな流れ星、見たいんだ〜」
袖口を掴まれて、ぶんぶん振られるのを、村雨は容赦なく叩き落とす。
「蓬莱寺だの美里の嬢ちゃん達と行けば良いだろうが」
「だって〜平日の夜中だしぃ。なぁ、行こうよぉ。俺、東京の地理に疎いんだもん。視界が開けてて、周りに灯りが無くって星がキレイに見える場所に案内しろよ〜。でもって、夜半過ぎから曇るってのを、お前の『強運』で何とかしろ」
微妙に『おねだり』だか『命令』だか判らない口調で、龍麻は縋る。
村雨は、改めて、ジト目で龍麻を見た。
悪びれずに、にこにこ見返す様に、溜息をまた一つ。
「アンタ、退く気は全くねぇんだな」
「無いでぇっす!」
「ちっ・・・しょうがねぇな」
凭れかけていた背を起こし、舎弟からバイクのキーを借り上げた。
その間、龍麻は、『村雨借りてくね、ごめんねvv』とハートマークを散らして、舎弟達に魅了をかけまくっている。
「あぁ、めんどくせぇ」
「ほら、男が一度決めたら、不平を言わない!」
「・・・行くの止めるぜ」
「いやん、村雨さんてば男前っ!お願いっ!俺に流れ星を見せてっ!」
白い指先を合わせて、そぅっと上目遣い。
確実にロリィな魅力をコントロールしている。
またしても、村雨の周りの舎弟達の方が魅了された。
「村雨さん!俺達のことは構わず、行ってやってくださいっ!」
「寒いっすから、このコート持っていってくださいっ!」
しかし、舎弟達よ。
「この俺に楯突くとは10万年早いわっ!!」
と、黄龍喰らわされたのは、遠い記憶では無いはずだが。
もしや、私服に着替えただけで、龍麻のことが判らなかったのだろうか。
「あっりがとぉ〜vv」
舎弟達に笑顔を振りまく龍麻を引きずって、村雨は頭上にハートの回る舎弟達に押し切られるようにその場を立ち去るのであった。
さて、バイクに乗って、村雨に連れてこられたのは、山中の廃校であった。
「俺、心霊スポットに案内して欲しかった訳じゃないんだけど〜」
「幽霊の気配なんざ、感じられないだろうが?」
「んー、まあ、そうだけどさ」
確かに、妖しげな<氣>は無い。
だが、龍麻の口数は、増えていく。
そして、きょろきょろと辺りを見回し、さりげなく、村雨との距離が縮まっていたり。
「まさか、アンタ・・・恐いのか?」
「ま、まっさか〜。鬼だのゾンビだのを数知れず屠ってきた、この緋勇龍麻さまが、いもしない幽霊なんぞに怯える筈が無いではないかっ!」
「ふうん?」
いかにも信じていない口振りで相づちを打つ村雨の背に、龍麻の拳骨が降る。
そして、そのまま村雨の制服の裾を握ってたり。
(紫雷で、ちょっと教室内を光らせてみるのも、おもしれぇかも・・)
意地悪なことを考えてもみたが、相手が女の子ならともかく、男に悲鳴をあげて抱きつかれても楽しくもない、と、実行するのは止めておく。
長ランの裾を握られたまま、屋上に向かう階段を昇る。
「ほら、ここなら、星空が見えんだろ?」
「ほえ〜〜」
辺りは真っ暗、3階建ての校舎の屋上からは、それなりに視界も開けていて。
360度とまではいかないにせよ、夜空を見渡すには十分であった。
「東京でも、それなりに星空が見えるんだな〜」
感心したように頷いて、龍麻は、屋上の真ん中に座った。
「村雨〜、火、貸して」
「タバコでも吸うのか?」
「いや、ちょっと、確かめるだけ」
ライターの光で、雑誌の星座図を眺める。
「オリオン座は、あそこだから・・・獅子座はもうちょっと左で・・・」
「あ、流れた」
ライターは灯したままで、どことなしに空を眺めていた村雨の目に、流星が映った。
「なにぃ〜!!俺が見に来たのに、何故、お前が先に見るのだ!!」
「何故も何も・・アンタが下向いてるからだろうが」
「第一、ここ、獅子座は隠れて見えないし!」
八つ当たり気味に、龍麻は村雨の背中をぽかぽかと殴る。
「あのな、緋勇よ。俺ぁ獅子座流星群のこたぁ新聞で読んだだけだけどな。・・・獅子座方面から流れるってだけで、獅子座そのものが見える必要性は無いんじゃねぇのかい?」
むしろ、獅子座から離れている方が、放物線が良く見える。
龍麻はしばらく考えて、ぽんと手を叩いた。
「そういえば、そうか。いやあ、村雨、意外と賢いな」
「・・・アンタがバカなんじゃ・・・」
「なにを〜!」
また、拳を握る龍麻に、村雨は空を指さしてやった。
「いいのか?また、見損ねるぜ?」
「あう・・・・・・見る」
うぅ、と不機嫌そうに唸りながらも、大人しく空を見上げ始めた龍麻を余所に、村雨は、タバコに火を点けた。
流星群というほど流れてもおらず、数分に一度の流れ星を見つけるために空を見上げているのも面倒だ。
さりとて、他には見るべき物は龍麻くらいしか無い。
しょうがなく、ぼーっと龍麻を眺めていると、いきなり、龍麻の顔が輝き、村雨を振り返った。
「見た?見たか!?今の、大きかったよな!!」
「・・・楽しそうだな、緋勇・・・」
「そりゃ、もう!俺、流れ星って見るの、これが初めてなんだよな〜」
何の衒いもない満面の笑みに、苦笑を漏らすしかない。
「そうかい、そうかい。それじゃ、まあ、精々俺に感謝してくれ」
「うん。ありがと、村雨」
やけに素直な礼に、村雨の方が驚いた。
短い付き合いの中でも、龍麻がこんなに素直な人間ではないという確信がある。
一体、何が起きたのだろう。
真剣に空を見上げている龍麻を探るように見つめていると、視線はそのままで龍麻が口を開いた。
「あのさ〜。秋月の<星見>ちゃんは、やっぱりこれを見てるかなぁ」
「・・・マサキか?見てるだろうが・・・アンタみたいな気楽なもんじゃない」
皮肉の棘に、龍麻は、はふ、と息を漏らす。
両腕に顔を埋めるようにしながら、龍麻はひっそりと続ける。
「これがちゃんと上手く収まってさ。そしたら、来年の獅子座流星群は、マサキちゃんも一緒にぼーっと眺めてられるかな?」
村雨は、ぐっと詰まった。
本当は、<星見>が<星視>である以上、どういう事態であれ、天の配置はいつでも『義務』として読まなくてはならない。
今回の龍脈の乱れが収まろうと、やはりマサキが、ただ、ぼーっと星を見る日は来ないだろう。
だが、それを龍麻に言うのは、なんとなく憚られた。
だから、冗談めかして言う。
「そうだな。ま、アンタの頑張り次第じゃないか?」
「そっかー。うん、わかった。俺、頑張る」
いやにあっさりと、龍麻は頷く。
「芙蓉ちゃんにも期待されちゃったしね。緋勇龍麻は、女の子の味方デース」
おどけて、龍麻はアランの口真似をした。
随分と後になって、この『頑張れ、頑張れ』が龍麻を追いつめていたのだと、後悔する羽目になったが、現時点では、村雨はそこまで思い至らなかった。
むしろ、へらへらと流れているように見える龍麻が、マサキのこともちゃんと考えているのだと思い、ほっとする。
「てなわけでさ。俺も頑張るけど、村雨も呼ぶからな。今度は戦闘に。俺の盾となり、励むが良い」
「盾・・・俺は術師系なんだが・・」
「何言ってるんだか。俺より、体格良い癖に」
そう言う龍麻だが、戦闘では、自分が皆の盾になることが多い。
行動力の限りを使って敵陣に突っ込み、自らを囮にする戦い方は、危なかしくて見ていられない。
本人曰く『俺ってば、見切れるし。お前らは頼りなくて、見てられないね』だそうだが。
ぼんやりと天を見上げ続ける龍麻を引き寄せた。
「・・・何だよ」
「寝転がった方が、首が楽だぜ?」
理由を付けてやると、大人しく村雨の腕の中で仰向けに寝そべった。
「・・・雨が降るような数の流れ星は見えないけど・・・上向いてると、星が降ってくるみたいだ」
「さっきから、結構流れ星はあったみたいだが・・・願い事は言わないのかい?」
「あぁ?村雨、意外と少女趣味だな」
くくっと喉で笑う龍麻の頬を抓ってやった。
それを振り払って、そのまま村雨の手を弄びながら、龍麻はぼんやりと呟く。
「願い事、か・・・『芙蓉ちゃんとマサキちゃんの望みが叶いますように』とか」
「そりゃ、本人達が願うことだろうよ。アンタの望みは?」
「俺の望み、か・・・」
どこか、空虚な闇が瞳をよぎった。
それを見直すより早く、龍麻が視線に気付いて、その虚無はきれいに拭われる。
「そうだな、こうしよう。・・・『来年も、また、こうして流星群を見られますように』」
「こうしてってのが、俺の腕の中でってぇことなら、叶えてやるよ」
耳元で囁いてやると、龍麻が呆れたように息を吐いた。
「村雨さぁ・・さっきも思ったけど、男、口説いて楽しいか?」
「いや、まあ、そう言われると・・・」
見てくれは少女といって差し支えない龍麻が相手なので、つい口説き文句がぽんぽんと口をついて出ているのだが、多分、それを言ったら殴られるだろう。
言葉に詰まった村雨に、龍麻がけらけらと声を立てて笑った。
「すっげー、やっぱり、条件反射で口説いてるだけなんだな?今度、京一にも、口説き文句を教えてやれよ」
「アンタは、誰か口説いたりしないのかい?」
仲間内のみならず、もてまくっている龍麻のことである。
口説き文句なぞ必要ない!と言われるのを予想したが。
「いや、俺は、誰とも付き合う気ないから」
あっさりと言われて。
「そりゃ・・・意外だな。選り取りみどりだろうに」
「・・・あ、また、流れた」
話題を−−はぐらかしたのだろうか?
どこか奇妙な反応の龍麻を抱いて、村雨も、天を仰ぐ。
しばらく、二人は黙って寝転がっていた。
コンクリートが背中に冷たい。
ふと村雨は腕の中の龍麻を見た。
やけに静かだと思ったら、いつの間にか眠っているようだ。
柔らかそうな唇に口を寄せたのは、単に身に染みついた習性、というだけかも知れない。
それでも目覚めない龍麻を揺さぶる。
「おい、風邪ひくぜ?」
「んあ?・・・うにゅう・・・眠い・・・」
「帰るか?」
「うん、帰る・・・」
ふわ、と盛大にあくびをする。
眠そうな龍麻の手をしっかりと自分に巻き付けさせて、バイクで龍麻のマンションまで送っていった。
マンションの入り口で、にやりと龍麻に笑ってやる。
「この借りは、いつか返して貰うぜ」
「もう、返した〜」
眠そうな声で、龍麻は言う。
「この俺の唇を奪っておいて、黄龍喰らわなかったのは、十分お釣りが来るくらいの礼だろ〜」
目元を擦りながら、龍麻は村雨に、おやすみ、と手を振る。
「・・・気付いてたのか」
エレベーターに乗り込むところまでを見送って、村雨はぽそりと呟いた。
男にキスされたと言って、ぎゃんぎゃんと喚かれたら、気分は萎えただろうが(自分の仕業と言うことは棚に上げて)、こうやって、さらりとかわされるのは悪くない。
引きずり回されて、不機嫌だったはずなのに、妙に気分が高揚している自分に気付く。
「口説いてみるのも、おもしれぇかもしれねぇな」
男だが。
本気じゃない、遊び感覚の恋愛ゴッコが楽しめるかも知れない。
新しい玩具を見つけた悪戯っ子の笑いを浮かべて、村雨はくるりと身を翻した。
一年後、まさか、再び龍麻と獅子座流星群を眺めるとは、思いも寄らずに。
「俺は、流れ星を見るんだ!」
出かけると言ってじたばたする恋人を抱きすくめて、村雨は額にキスを落とす。
「良いじゃねぇか、天国、見せてやるって」
「流星群は、今晩しか見られないんだ〜〜!!」
「まあまあ。去年の願いが叶って良かったじゃねぇか。『俺の腕の中で、星を見たい』ってな」
「ちーがーうーー!!」
かなり本気で暴れる龍麻を、無理矢理抱きしめ、耳元で囁いた。
「今年の願い事は?」
「うぅ・・・『来年も、また、こうして流星群を見られますように』・・・」
龍麻が小さな声で呟く。
しっかり聞き取って、村雨は笑い、やる気満々な腰を押しつけてやった。
「『こうして』?『ベッドの中で、裸で抱き合いながら』てぇんなら、叶えてやるぜ?」
「それ、流れ星、見られないだろうがっ!」
「じゃあ『屋上で、裸で抱き合いながら』・・・」
「風邪ひくわっ!」
よもや・・・翌年、実行するとは思いも寄らない二人だった。
あとがき
すみません、多分、画面重いです。でも、星空にしたかったんです〜!
山無し落ち無し意味無しを踏襲した正統派の一品です。
一体何が言いたかったんでしょうか。 (答え:獅子座流星群はキレイだった。)
まだ、龍麻さんは女王様じゃないし、村雨さんは本気じゃないしで、書いててつまらなかったので、つい1年後の会話まで付いてます。
早く、最終決戦時の話を書かないと、何で龍麻さんがぼんやりしてたのか判りませんな。(余り伏線を張ると、自分で自分の首を絞めていく・・)