夢また夢




 夢を見た。


 何かさー、お前がいない夢だったんだよな。
 ・・・いや、そういうんじゃなくて・・なんて言うのかな、こう・・。
 出会わなかった・・のかな?
 いや、そういう感じでもないのか。
  
  まるで・・
 
    最初から、存在していないような





 夢を見た。


 夢の中で、俺は、誰かと話をしていた。
 それが誰かは分からない。
 だが。
 ひどく、懐かしいような・・ちょっと違うな。
 まるで相手が半身であるかのように、俺はそいつに気を許していた。
 俺はあまり人懐こい方ではないし、こういう事態になってから、余計に警戒心が強くなっているのだが、その夢の中の相手には、まるっきり打ち解けていた。
 俺は、リビングのソファに座って、相手を見ていて。
 多分、歩き回ってるのだろう、キッチンへ向けた俺の視線は、左右に振れる。
 『そいつ』が何をしていたのかは知らないが、きっと俺のために何かをしていたのだろう。何となく、そんな気がする。
 ただ、肝心な『そいつ』の姿形は、さっぱり分からない。
 カメラのフラッシュを浴びた後のように、視界の中心がぼやけていて、そこを見据えようとすればするほどに相手の姿が見えなくなる。
 一体、誰だったんだろう。
 仲間の顔を思い浮かべるが、誰でもないように思う。
 見たことのない『親』なのか。・・だが、夢の中の『そいつ』に対する感情は、親子のような繋がりのものではなく、もっとこう、『対等な』ものではなかったか。
 もっとよく思い出そうとするが、夢の記憶はするりするりと逃げていき・・時計を見て慌てて学校に向かう頃には、微かな痕跡しか残していなかった。





 夢を見た。


 夢を見たよ。
 お前と話をしている夢だ。
 内容は覚えてないけど、多分、何でもない日常的な話じゃないかな。
 俺は笑いながら話してて、お前はあきれたような顔をして相づちを打ってくれるんだ。
 ホント、他愛のない会話だと思うんだけど、それが涙出るほど嬉しかったよ。
 ・・お前に会いたい。
 会って、話がしたいよ、   。





 夢を見た。


 何故だろう、内容はほとんど覚えていないのに、目覚めたとき、俺は涙を流していた。
 寂しい。
 なんて物悲しい気分になってるんだろう。
 寂しい。
 寂しい。
 ありふれた表現だけど、『胸の中にぽっかり穴が開いたみたいな』気分だ。
 何が足りないんだろう。
 今の俺に、何が足りないんだろう。
 それが何かは分からないが、そのせいでこんなに寂しいんだ。
 夢の中で呼びかけていた名前は、思い出せない。
 それが誰か分かれば、少しは胸の穴は塞がるのだろうか。
 
 「・・あ、如月?今日さ、あいてる?何か、すっげー人恋しい気分でさー。麻雀でも、と思って。
  ・・OK?・・うん、ありがと。じゃ、夕方に」

 一人で部屋にいる気には到底なれず、夕方まで駅やら百貨店だの人の多いところで時間潰しをした。
 時間になって向かった骨董品店では、主人が苦笑しながら出迎えてくれた。
 当然のように夕食をたかり、残りの3人を待つ。
 現れた京一は、笑いながら俺の頭を小突いた。
 「やっぱあれか?自宅勉強期間だと、一人暮らしは寂しいんだろ、ひーちゃん」
 そうなのだろうか。
 東京に来る前は、家族がいたし、こっち来てからは毎日忙しくて、部屋に一人きりなのが寂しいなんて思う余裕もなかったから、平和になって、更に受験のために学校が無くなったせいで、孤独を感じるようになったのだろうか。
 そんなことを言えば、如月も壬生も、一人暮らしが長いはずだが、人恋しい、なんて感じさせたこともないが。
 「お待たせ。ちょっと仕事が長引いちゃって」
 どんな仕事かは聞かない方が良いんだろう。
 壬生は、すまなそうに言って、コートを脱いだ。
 「今晩は冷え込みそうだね」
 お盆に茶器を乗せて如月が入ってくる。
 如月が腰を落ち着けたところで、当然のように牌を並べ始めた京一に、
 「待たないのか?」
 「何を?」
 「だから、まだ来てないだろ?」
 と言うと、京一はマヌケな顔になって何か考えた後、如月に向かった。
 「他にも誰か来んのか?」
 「え?いや、この4人だが」
 「だよな。麻雀に5人はいらねーよな」
 ・・・そうだよな。
 俺は、曖昧に笑って見せた。
 「悪い。ちょっと勘違い」
 何となく、もう一人来るのが当然、と感じたのだが。
 確かに、麻雀をするのには4人で丁度良い。
 ふと、何かが視界の端を掠めた気がして、ぱっと後ろを振り向くと、そっち横に座ってた壬生が、つられてそっちを見てから、首を傾げた。
 「龍麻、どうかしたかい?」
 「え?あ、いや・・」
 見えた、と言うより、感じただけの白い何かは、当然のように、振り向いても捉えられなかった。
 正面の京一が、にやにや笑う。
 「なんだ、ひーちゃん。幽霊でも見えてんのか?この家にゃ幽霊の一つや二ついそうだもんなー」
 不快そうに眉を顰めた如月を誤魔化すように、幽霊は『一人二人』と数えるべきか『一つ二つ』と数えるべきか、という議論で盛り上がった。
 そんな軽口を叩きながら、麻雀に熱中してると、最初感じていた『何かが足りない』違和感は無くなっていった。
 そう、これで良いんだから。
 これが在るべき姿であって、欠けたることは何も無いんだ。
 寒くて帰るのが大変、という理由で、皆で雑魚寝しつつ、俺は、今晩見る夢は楽しく皆で麻雀してる夢だといいな、と思いながら眠りについた。





 夢を見た。


 はぁっはぁっはぁっはぁっ。
 自分の荒い呼吸が、どこか他人のように感じる。
 くらり、と一瞬、どこかに吸い込まれそうな感覚がして、慌てて意識を保つ。
 出血のせいで、脳が貧血を起こしたらしい。
 いくら回復速度が速くても、失った血液が元に戻るには、相当時間がかかる。
 仲間たちも、もうギリギリだ。
 これ以上戦闘が長引けば、犠牲者が出るのは避けられない。
 だが、この荒れ狂う邪龍も限界に近い。
 あと一撃。
 あと一撃、打ち込めば、倒れるだろう。
 焦ったつもりは無い。
 ただ、『あと一撃入れれば、敵を倒せる』ことだけを考えた。
 敵が渾身の力で、最後の攻撃を仕掛けてくるのは分かっている。
 だが、それを避けられる距離ではこちらの攻撃も効かない。
 相討ち覚悟だが、仲間に犠牲が出るくらいなら、その方がよっぽどマシだった。
 それに、うまくいけば、一撃くらい耐えられるかもしれないし。
 一気に懐に飛び込み、氣を放つ。
 手応えがあった。
 俺の『氣』が邪龍の内部に潜り込み、弾ける。
 ダムが決壊したように、邪龍の身体が、そこから崩壊していくのが分かった。
 これで、お終いだ。
 それに比べたら、上から降ってくる邪龍の最後の攻撃なんて、大したことじゃない。
 避けられるはずのないそれ・・この体勢で食らえば、多分は俺も死ぬだろう威力・・を、何故か他人事みたいに静かな気持ちで見上げていた。
 
 不意に、世界が反転する。

 瞬間は、何が起こったのか理解できなかった。
 引き延ばされたような時間の中で、振り返ると、俺の手が誰かに捕まれているのが分かった。
 そして、邪龍の攻撃の真下には、俺ではない誰か。
 目が合うと、そいつはとても満足そうに微笑んだ。
 位置を、入れ替えたのだ。
 俺の手を思い切り引っ張り、そこから退かせる代わりに、振り子のようにそいつが俺の位置にいる。
 
 そして。

 全くの真っ白だった世界に、いきなり、音と、極彩色が飛び込んできた。
 耳元で何万匹もの蜂が飛び交っているように、脳内がわんわんと響いて、他の音が全く聞こえない。
 誰かに肩を強く掴まれて、悲鳴を堪えながら振り向く。
 「             」
 聞こえない。
 だが、京一の目線を見れば、炎が迫ってきているから、早く脱出しよう、と言ってるのだろうと見当が付く。
 だけど、あいつも連れて行かなきゃ。
 もう炎に包まれてるけど、あいつも連れて帰らなきゃ。
 やっぱり、何を言ってるのかは聞こえなかったが、御門が首を振った。
 分かってるよ。
 身体にあんな穴が開いて、生きていられる人間はいない。
 だけど、だからって。置いていけるか。
 一緒に帰るんだから。
 だが、俺の視界は急激に黒く染まっていく。
 意識を失っちゃ駄目だ。
 きっとこいつらは俺を担いででも連れ出すだろうが、その分、あいつを連れて帰る余裕が無くなる。
 意識を・・失っちゃ・・・・・駄目・・・・・・なの、に・・・・・・・・・


 次に気付いたときには、病室にいた。
 誰かが、何か言ってくる。
 何も、聞きたくなかった。
 だが、御門がひどく淡々と俺に言葉を突き刺す。
 「『あれ』は、満足したでしょう。もしも、貴方が傷ついて、  が生き延びてしまったら、それこそ自分を許せなかったでしょうから」
 そんなの、どうでもいい。
    が満足したかどうかなんて、どうでもいい。
 そんなの、ただの自己満足じゃないか。
 残された俺はどうすれば良いんだよ。
 「せっかく、  が身体を張ってまで助けた貴方が、命を粗末にするような真似はしないでしょうね。   の行為を、無駄にするようなことは」
 俺に、   の後を追うなって?
 じゃあ、なにか?
 俺は、これからも生き続けなきゃいけないってことか?
    がいないのに?
    がいなくて、こんなにも身体に穴が開いているのに?
 最後に見た   と一緒だ。
 身体に大きな穴が開いて、そこから生命が流れ出している。
 滔々と、滾々と、絶え間なく流れていくのに。
 
 それから、俺の世界は、色を失った。
 乾いた砂のような無意味な世界。
 いっそ、俺の感情も枯渇すればいいのに。
 だが、身体の穴からは、何故尽きぬのか不思議なほどに氣が流れ続けている。
 それゆえに、『穴』の存在を一瞬たりとも忘れることすら許されない。
 
 苦しいよ。
 苦しいよ、   。
 気が狂った方が、よっぽどマシだ。
 




 夢を見た。

 
 身体中がじっとりを汗ばんでいる。
 気持ち悪く張り付いたパジャマから、急激に体温が吸い取られ、俺はくしゃみをした。
 パジャマをはぎ取り、熱めのシャワーを浴びながらも、震えが止まらない。
 乾いたバスタオルで水滴を拭き取り、服を着てベッドに腰掛ける。
 手の震えを押さえるために両手を組んで、俺はそれに額を付けた。

 大丈夫。
 最終決戦は、確かに激戦だったが、誰も死ななかった。
 皆、無傷ではなかったが、致命傷を受けた者もいなかった。

 大丈夫。

 俺は、誰も失っていない。
 俺の胸に、穴なんか開いてない。
 
 そう、開いてないんだ。
 だって、俺は、何も失っていないのだから。

 夢の衝撃は、急速に薄れ、代わりに現実が取って代わっていく。
 暖かな室内。
 カーテンの隙間からは柔らかな日差し。
 小学生が笑いながら走り抜けていく声。
 この幸せな日常の気配が、俺の属する世界のものだ。
 「子供じゃあるまいし、夢見て泣くなんて、恥ずかしいよな〜、俺」
 わざと言葉に出してみる。
 俺は勢い付けて立ち上がり、パンを焼きに台所に向かった。

 この、微かに空虚な気持ちは、空腹のせいだと自分に言い聞かせながら。





 夢を見た。


 いや、それが、さ。
 お前が死んじゃう夢で・・や、悪かったって!
 でも、夢なんだから、俺の都合に合わせてはくれないって・・願望?そんなわけあるか!
 だって、夢の中の俺は、お前が死んで気が狂いそうになるんだから。
 ・・狂えなかったんだけどさ。
 狂って、何も感じない方が、お前を忘れた方が、よっぽど楽だって分かってんのに、ちゃんと意識保ったまま生きてんの。
 それで、事あるごとに、お前の不在を感じて、死んだ方がマシな気分になるんだ。
 ・・うん。辛かった。
 それで、さ。夢の中の俺は、こう思うんだ。
 
 こんな思いをするなら、お前なんか好きにならなければ良かった。
  お前と出会わなければ良かった。
   いっそ
    お前ガ、存在シナケレバ、
      コンナ思イヲスルコトモナカッタノニ


 ってさ。
 うん、確かに、逃げてるよな。
 だけど。
 だけど、さ、  。
 俺は、苦しかったんだ。
 苦しかったんだよ、   ・・・。
 もう・・あんな思いは、夢でもイヤだな・・。
 あ〜、今晩、寝るの恐いかも〜・・。
 
 ・・・へ?
 はぁっ!?お前はどーしてそう、そっちにばっか結びつけるかなーっ!
 人が感傷に浸ってる時に、「今夜は寝かせねぇ」なんてベタなセリフを吐いてんじゃないっ!
 ・・でも、まぁ。
 確かに、一生寝ないわけにもいかないからさ。
 『夢も見ないくらいに』疲れさせてくれるんだろ?
 ・・   ・・お前が、いてくれて、良かった・・・。





    それもまた、夢。


















あとがき

ごめん、暗いもの書いちゃった〜。
バイオリズムでも低下してんのかな(笑)。無性に暗いもの書きたくなってん。
えーとですね。こういう、どれが誰の夢でどれが現実か、よく分からないような代物は、
私自身は苦手なのですが(なら、書くなよ・・)、
これはそーゆー不条理なとこが売り(?)ですので、解説はしません。
ただ、私は『何が何でもハッピーエンド派』で、
他人のSSでもアンハッピーエンド見たら、脳内補完(笑)で
私的にはハッピーエンド!という続きを想像してしまう人なのです。
我こそ同志!と言う人は、
『村雨生きてるのが現実。
死んだと思った村雨、実は生きている。
村雨いない世界のも、実は会ってないだけでどこかにいて、
今後出会って、結局やはり恋に落ちる(笑)』

・・と言う具合に補完しておいて下さい。
私は、それで満足だ。たとえ蛇足以外の何物でもなくても(笑)。



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