迎え火




 二人揃っての買い物帰りの道すがら、突如龍麻が、ちっと舌を鳴らした。
 「しまった・・ナスを買い忘れた」
 アスファルトから湯気が立ち上っているような炎天下。帰途は半ばも過ぎた頃。まさか店にとって返すとは思いもよらず、村雨は押しつけられたビニール袋を何事かとしばし見つめた。
 「先に帰って、冷蔵庫に入れておいてくれ」
 そして、さも当然であるかのようにきびすを返す龍麻に慌てて声を掛ける。
 「おい、そんなもん、明日でも良いんじゃねぇか?」
 「今日でなきゃ、意味がない」
 振り返りもせずに、ざかざかと大股に歩いていく背中を見送って、村雨は考え考え一人マンションへと歩を進めた。

 結局、ナスと日付の関連性を見いだすことなく、玄関のドアを開ける。
 まだ考え込みつつキッチンへと歩いた村雨は、背後から急に飛びかかられて、どえっっとでも表現するような奇怪な悲鳴を思わず漏らした。
 「おっかえり〜!」
 背中からは、明るい声がかけられていたものの、それを脳が認識する間もなく、反射的に背中の物体を払いのける。
 そうして懐に手を突っ込みつつ振り返ると。
 相手の顔も、驚愕に歪んでいた。
 「龍麻じゃない〜!」
 ここに至ってようやく、少々の落ち着きを取り戻し、村雨は相手を見つめた。
 一見、龍麻とそう年の変わらない感じの青年(?)である。龍麻の外見が『ロリショタ』であることを考えれば、16か17歳あたりか。
 顔立ちもまた、龍麻にそっくりであった 。
 龍麻の目尻がやや吊り上がっていて猫科を思わせるところが、この青年はつぶらな柴犬の瞳を連想させるくらいの違いか。
 となれば、先ほどのセリフと併せ考えるに、龍麻の親戚といったところだろう。
 龍麻の親戚となれば、村雨に全く気配を感じさせなかったことも、頷ける。
 ただ・・目の前にいてすら、どことなく気配が薄かったが。
 「アンタは、誰・・」
 言いかけた言葉が、びしぃっと突きつけられた指に遮られる。
 「貴様、何者だ!」
 「何者って・・」
 「ここは、龍麻が一人暮らしをしているマンションのはずだ!」
 確かに、数年前まではそうだった。
 しかし、現在ではすっかり同棲生活も板に付き、家賃の高い東京で男子学生同士の同居など珍しくもないことから、郵便受けには堂々と二人の名前が載ってたりするのだが。
 実家にも特に隠していないことだし、となれば、目の前の青年は、あまり近しい間柄でもない、ということになる。
 さて、あまり世間の目という物を憚らない龍麻ではあるが、親戚に『男と同居』というのを触れ回って欲しくはないかも知れない。
 となれば、ここは『単なる男友達』で通す方が良いだろう。
 「あぁ、俺は村雨祇孔と言って、龍麻の友達だが・・」
 「まるで住んでるみたいに、堂々と帰ってきただろう!」
 住んでるんです
 しかし、それで思い出して、村雨は手のビニール袋を上げて見せた。
 「悪ぃ。ちっとこれを冷蔵庫に入れるまで待ってくれ」
 返事も待たずに、テーブルの上に冷凍物と冷蔵物を分けて並べていく。
 「後で良いだろう、そんなこと」
 「味が落ちるだろ?一度溶けた物を凍らせると。先に帰って入れとけってセンセ・・龍麻のお申し付けでね」
 跪いて、冷凍物を入れていく村雨の背後に、腕を組んだ青年が、仁王立ちして不愉快そうに呟いた。
 「龍麻は、そんなことを気にするようなケツの穴の小さい男に育ったのか」
 ケツの穴は小さいです。俺にとって、幸いなことに
 心の中で呟いて、一瞬だけ振り向いた。
 「いや、どうせなら美味い物食わせてやりてぇってのは、俺の考えだ。龍麻は、あんまり拘る方じゃねぇよ」
 「そうか」
 嬉しそうに、背後の青年は頷いた。
 どーでもいいが、どういう男に育って欲しかった、というのだろう。
 味に拘らないのは、男らしいと言うより、単に味音痴という可能性もあるのだが。
 そもそも、その言い分だと、随分と小さい頃から龍麻には会っていない、ということのようだが・・。
 仕舞い終えた村雨が立ち上がり、本格的に追求しようとしたとき。
 「ただいま〜」
 当の龍麻が帰ってきた。
 青年は、ぱっと顔を輝かせて、ドアの側に立った。
 「ふぅ〜、暑い・・えっ!?」
 一歩、リビングに入った龍麻は、横から飛びかかった人影に身を捻り・・・避けたと思ったそれに、きっちりしがみつかれて声を上げた。
 日本一・・とは言わないまでも国内有数の使い手である龍麻としては、不意を突かれたことそのものよりも、それに後れを取ったことが驚きだ。
 コンマ数秒、呆然としてから、改めて相手を見た。
 形の良い眉が、これ以上はないほどに顰められた。
 「・・お前、誰?」
 傍観していた村雨が、それを聞いて、戦闘態勢に移行しようとした。
 龍麻本人の『氣』もじわりと高まる。
 だが、龍麻を抱きすくめたままの青年は、にこりと笑って、ますます力を込めた。
 「いい『氣』だ。さすがは、俺の息子!」


 しばし、奇妙な沈黙が、部屋を流れていった。


 「息子?」
 
 龍麻が、ぽつり、と呟く。
 先生の息子なら知ってるが、先生を息子と呼ぶ人のことは知らねぇなぁ、と村雨は、暢気に考えた。
 「そーだよー、まいさん!(←なんとなく怪しげな平仮名発音)
  さぁ、父の胸に飛び込んで来るが良い!」
 てゆーか、すでに抱き締められた状態で、どう飛び込めと言うのか。
 いや、突っ込むべきは、そこじゃなくて。
 「ちょいと、そこにお座りなさい」
 まるで父が息子に言うように、龍麻は『自称・龍麻の父』に、フローリングの床に座るよう指で指し示した。
 素直に従った青年を、立ったまま、頭の先から足下までじろじろと眺める。
 「・・あんたの名前は、何だって?」
 「緋勇弦麻」
 それは、確かに父の名ではあるが、ちょっと調べれば分かる程度のことだ。
 なら、もっと難しい質問を・・と思っても、龍麻は父のことを全くと言っていいほど知らない自分に気付いて、少々困惑した。
 代わって村雨が問う。
 「アンタ、いくつだ?」
 「貴様に『アンタ』呼ばわりされる筋合いはない」
 村雨の眉が、ぴくりと上がった。だが、僅かに肩をすくめただけで言い直す。
 「お父さん。貴方のお年は?」
 「貴様に『お父さん』呼ばわりされる筋合いも、もっと無い」
 あります、実は
 しかし、そう言ってしまうのも恐い気がして、三度言い直した。
 相手が龍麻の父であるからこその忍耐力だ。
 「緋勇さん、貴方のお年は?」
 「18」
 その甲斐あってか、今回は、あっさりと答えが返ってきた。
 が。
 それには龍麻が反応した。
 「18〜〜!?待て、貴様、俺が1歳の時に死んだんだろうが!一体、何歳で俺を作った!」
 「息子よ、そんな簡単な計算も出来ないのか?」
 「出来とるわっ!だから、驚いてんだろうがっ!」
 驚くべきは、死んだはずの父親が、目の前にいるという事実ではないだろうか。
 まあ、本当に父親だと仮定したなら、だけれど。
 「だったら、俺の母親は、一体いくつで妊娠したんだ!?」
 「・・知らなかったのか?」
 言って、青年は偉そうに胸を張った。
 「伽代は、14だった。昔は、今と違って早婚だったからな」
 ・・たかだか18年前の話だろうが、と村雨は胸の内で突っ込んだ。
 龍麻は、初めて知るその衝撃的事実に、目が思いっきり泳いでいる。
 「14・・14・・うぅ・・誰も母さんの話をしたがらないわけだ・・」
 「あ、まだ許してくれてないのか、あっちの家は。いやだなぁ、ケツの穴の小さい家は」
 ケツの穴云々はともかく、14の娘が16の男に妊娠させられたら、怒って縁を切るのも頷けるが。
 青年は悪びれた様子もなく、混乱する龍麻を愛おしそうに見守っている。
 愛おしそう。
 そう、その目に含まれる物に、村雨は覚えがあった。
 何故って、自分が龍麻を見るときにも、確かに存在する感情であったから。
 もっとも、愛情の質に違いはあるだろうが・・というか無ければ困るが。
 「うぅ・・自分の父親が、ケダモノだったとは・・14の小娘相手に妊娠させるか・・」
 頭を抱える龍麻に、そこだけは真面目な顔で、青年は言った。
 「それは、違う。あれは、双方合意の上だった」
 強姦魔の言い訳にも聞こえる内容だったが、声に含まれる何かに、龍麻は顔を上げて自称父親・・もう父親と認めているようなものだったが・・を見つめた。
 「もしも、時間が許せば、俺だってもう少し待ったさ。だが、俺たちは、知っていた。俺たち自身には、未来が無いことを」
 青年・・弦麻は、ふと笑った。
 懐かしむようなそれは、肉体状は同い年でありながら、すでに父親であるが故か、龍麻よりも大人びたものであった。
 「俺に、柳生を倒しきるだけの力は無かった。精々、命がけで封じるくらいのもんだ。そして、伽代も、子供を産めば、自分が死ぬことを知っていた。だから、俺たちは」
 そうして晴れ晴れと笑う。
 「お前を作った。お前に、柳生を倒すという重責を背負わせたかった訳じゃない。ただ、自分たちが存在した証として、子孫を成したい、という、人間の本能に従ったまでだ」
 「それは、自己満足だ」
 咄嗟に、顔を背けた龍麻が条件反射的に反論する。
 考えようによっては酷な反論だったが、弦麻はやはり笑って龍麻の肩を叩いた。
 「そうだな。俺たちの、自己満足だ。だが、お前は、今、不幸なのか?」
 「いや」
 何かを堪えるように唇を噛み締めて、龍麻はゆっくりと顔を上げた。
 「俺は、幸せだ」
 「俺たちも、幸せだった。俺は、1年間とはいえ、お前の父親をやれたし・・伽代も、幸せだったさ。産んですぐ、胎盤から切り離す前に、お前に乳を含ませたい、と言ってな。助産婦を困らせたが、結局それを通して、まだ血塗れのお前に、乳を吸わせた。あのときの伽代は、最高に綺麗だったぞ」
 どこか誇らしげに胸を張り、弦麻は目を細めた。
 そして、龍麻の頭を撫でる。
 「お前を胎盤から切り離した途端に、伽代は死んだんだが・・医者は慌てたな。そんな兆候が一切無いのに、いきなり心配停止だからな。だが、慌ただしくなった部屋から追い出された俺は、伽代よりも、お前が放っておかれてるんじゃないかと心配だったが」
 そのときのことを思い出したのか、くつくつと弦麻は笑った。笑う所じゃない気もするが。
 「お前は、言葉が出るのが遅かったからな。結局、俺は『パパ』とも言って貰えないずくだ。・・今、言うか?」
 「言うか!」
 やはり反射的に反抗する龍麻に、弦麻は、ははは、と大きな声で笑う。
 龍麻が何をしても可愛いらしい。
 生きていたなら、さぞかし子煩悩な父親になったことだろう。
 そう考えて、村雨は、改めて目の前の青年は、本当に幽霊なのだろうか、と疑念を抱いた。
 確かに『気配』は薄いが、しっかりと肉体を持っているような・・。
 まるでそれを読みとったかのように、弦麻が村雨の方を向いた。
 「いや、肉体はとっくに滅んでるさ。俺の氣が、お前たちの氣に触れて、まるで肉体的接触があるかのように錯覚しているだけだ」
 そうか、やはり死んで・・ってちょっと待て。
 考えた内容が筒抜け!?

 恐慌に陥りかける村雨を、人が悪い笑みで見つめ、弦麻は耳を示して見せた。
 「おぉ、しっかり『聞こえて』いるぞ?最初からな」
 うげ。
 村雨は呻いて、自分が何を考えていたかを思い出した。
 やばい、ケツの穴がどうとか、自分は龍麻の夫(?)だから『お父さん』と呼ぶ権利が、とか色々と考えてしまった。
 しかしばれていたなら、とりあえず。
 「息子さんを俺に下さい。幸せにします」
 定番のセリフを口走り、龍麻に思い切り殴られた。
 「お前は、人の父親の幽霊見て、そういうことを言うか!」
 「いや、これを逃すと、そうそう機会はねぇだろうし・・」
 「んなこと、さいさいあってたまるか!」
 言って、不安そうに弦麻を見る。
 気付いて、弦麻はひらひらと手を振って見せた。
 「あぁ、これで最後だ。お前が、柳生を倒したおかげで、俺も成仏できる。・・その前に、ここに来ようと思っただけだ」
 「柳生倒したのは、半年以上前だが・・」
 「細かいことは気にするな」
 何かと突っかかる素直でない龍麻の代わりに、村雨はぼそりと弦麻に言った。
 「褒めてやらねぇのかい?」
 「何を?」
 「柳生倒したことだよ。先生は、そりゃ頑張って・・」
 余計なことを言うな、と龍麻に口を塞がれる。
 弦麻は意地悪そうに片眉を上げた。
 「龍麻ちゃんは、パパに褒められたくて柳生を倒したのか?」
 「んなわけあるか!」
 怒鳴る龍麻を目で示して、村雨に向かって肩を竦める。
 褒めるなんて必要ない、と言いたいらしい。
 何となく釈然としないが、確かに龍麻自身も賞賛など不要・・むしろ突き返したい代物だろう。
 それでも、何か父親らしい言葉を、龍麻かけて欲しかったらしい自分に気付いて、村雨は一人苦笑した。
 『よくやったな、息子よ』
 『お父さん・・!』
 『父と呼んでくれるか・・!』
 がしぃ!と抱擁。双方滂沱の涙。

 ・・というのは、龍麻に似つかわしくないと分かっていても、だ。
 それすら弦麻にはお見通しだろう。
 どうにもやりにくい相手である。
 だが、先ほど確認したように、龍麻の父親と話す機会など最早無いのだから、今のうちに言いたいことを言っておかないと。
 何せ、龍麻は東京の龍脈に縛られていて、中国にある弦麻の墓参りには行けないだろうから・・。
 そこまで考えて、ふと目を上げた。
 弦麻は、その通りだ、と頷いた。
 「代わりに、弦月ちゃんが報告してくれてるがな。柳生を倒したことも、龍麻が東京を離れられないことも・・・お前さんのことも、な」
 最後は村雨に向かって、軽くウィンク。
 「龍麻。中国に墓参りなんて、必要ないぞ。俺は、もうそこにはいないからな」
 墓参りに来られない息子のために、わざわざそっちから出かけてくる父親。
 過保護を通り越して、無茶苦茶だ。
 さすがに龍麻の父親というべきなんだろうか。
 そんなことを考えていた村雨は、先ほどのセリフの最後の部分に思い至る。
 劉の奴、弦麻の墓にさぞかし色々と愚痴を垂れたことだろう。
 大好きなアニキが博徒に取られて云々・・。
 「まあな。実際この目で見るまでは、どんな奴かと思ったぞ」
 ・・・やっぱり。
 「緋勇弦麻」
 龍麻が、父親に、そう声を掛けた。
 どうやら、パパだのお父さんだのとは言えずに、妥協案がこれらしい。
 「何だ、緋勇龍麻」
 「俺は、幸せにやってるから。安心して成仏しろ」
 そりゃひでぇ言い草だろ、と言いかける村雨を手で制して、弦麻は龍麻の頭をぽんぽんと叩いた。
 「あぁ、そうさせて貰う。幸せそうで、何よりだ」
 暖かい言葉に、さすがに気が咎めたのか、龍麻は付け足した。
 「あんたがそこまでして残そうとした子孫は、俺で途絶えるかも知れないが・・」
 ちらりと見られて、村雨は、うわ、俺のせいか、と一応申し訳なさそうに弦麻に頭を下げる。
 「ま、いっさ。お前が幸せなら、それ以外は、まー、どうでもいい」
 ひどく太っ腹なことだ。
 生きていたら、一発くらい殴られたかも知れないが、死んでいると随分と寛大になるらしい。
 結局、これは、息子さんを俺にくださいの返事なのだろうか、と村雨はちょっと拍子抜けするのだった。

 何となく黙り込んだ二人を後目に、弦麻はよっこらしょ、と立ち上がった。
 「さて、と。俺は、そろそろ行くぞ」
 龍麻が驚いたような目をするが、口には何も出さない。
 村雨は、
 「もう、なのか?何も急ぐこたぁねぇだろ?積もる話でもゆっくりと、メシでも食いながら・・食えねぇか」
 自分で突っ込む。
 弦麻は、はは、と笑って、頭を掻いた。
 「いやぁ、時間一杯龍麻と話するのも良いが、他にも会いたい奴らがいてな。そっち回っていくから、もう出ようかと」
 まるで生きてる人間の会話だ。
 こんな時くらい友人より息子を優先しても、いや、しかし友人とももう会う機会はないわけで・・などと村雨が考えているうちに、弦麻は玄関へと向かった。
 「・・何故、玄関から出る」
 「ベランダから出ろとでも?」
 「幽霊なら、ぱっと消えるとかしろ」
 「単に、絵面の問題だ。気にするな」
 これまた感動の別れとはほど遠い会話をして、弦麻は玄関のドアを開けた。
 「じゃあな、龍麻。幸せに暮らせよ」
 「・・心配するな。俺は力ずくでも幸せになるから」
 「そりゃ良かった」
 身体がドアの向こうに隠れてでも、くすくすと笑い声だけが残った。
 閉じられたドアをもう一度開けば、そこには誰もいない。
 やはり幽霊には違いなかったか、と納得して、村雨は室内へと戻った。

 キッチンでは、まるで何事もなかったかのように、龍麻が、まだ手に提げていたビニール袋からナスを取り出してテーブルに並べていた。
 「いいのかい?」
 問うた村雨自身にも、何が良いのか分からなかったが。
 問われた龍麻は、それが、自分の父親に対する態度を指している物だと解釈したらしい。
 軽く肩を竦めて、淡々と言った。
 「良いんじゃないか?あれは、確かに俺の父親かも知れないが、俺自身の記憶には残ってない人だ。俺としては、むしろマリア先生とかが化けて出てきた方が、感傷的な気分になりそうだ」
 それに、突然に過ぎた。
 まあ心構えがあったからって、しんみりした雰囲気になるとも思えないが。
 「父親には見えなかったしな」
 死んだ年齢を思えば仕方がないとはいえ、自分とほぼ同い年の人間を、父親として見るのは、ちょっと難しい。
  しばらく黙って、ナスを転がしていた龍麻が、何かを吹っ切ったようにいきなり顔を上げた。
 「お前がいてくれて、間が持ったな。見知らぬ父親相手に、二人きりでいるのは、性に合わん」
 これでこの話題はお終い、という合図。
 それで、村雨は、先ほどから気になっていたことを尋ねた。
 「そういや、結局、何のために今日必要だったんだい?」
 ナスは旬ではあったが、料理するなら何も今日に限ることはないだろうに。
 「あぁ・・迎え火のつもりだったんだが・・」
 龍麻は苦笑して、ナスをぴんと弾いた。
 言われて、初めて村雨は、もうじきお盆であることに気付いた。
 ナスに楊子を刺して馬に見立てたり、線香を焚いたりする行事だということは、知識としては知っていたものの、実際にしたことはなかったため、全く思いも寄らなかった。
 したことは無いが、やってみるのもいいかも知れない、と思った村雨は、ナスを子細に眺めたが、龍麻は冷蔵庫を覗いている。
 「今日は、それで何か作ってくれ。ミンチがないから、焼きナスなんか良いかもな」
 「迎え火するんじゃねぇのか?」
 「バカバカしくなった。父親の幽霊だけで沢山だ」
 迎え火は、先祖が迷わないように道標として焚く物。
 それ無しで父親は迷わずここに来たのだ。父親以上に面識のない先祖を呼び寄せる気は無くなった、と龍麻は顔を顰める。
 「それじゃ、その代わりに、送り火はしっかりやろうぜ。あの人が、迷わないように」
 何せ成仏する条件が整ってるのに半年以上粘っている大物だ。精々、思いっきり後押ししてやらないと。
 微かに笑って、龍麻は麦茶を片手に、リビングへ戻ろうとした。
 
 ふと立ち止まり、顔だけ振り返る。
 「ありがとう、村雨」
 「何だい?急に」
 「・・何となく」

 それだけ言って、キッチンを後にする。
 村雨は、喉を鳴らしながら、ナスを洗い桶にごろごろと落とした。
 はっきりとした言葉には出来ないけれど、龍麻の気持ちも何となく分かる。

 今日という日に、傍にいてくれてありがとう。

 「俺の方こそ、ありがとう、だな」
 そう呟いて、村雨は窓の外に目をやった。
 幽霊が出るには似つかわしくない、抜けるような青空が広がっていた。
 



 が。
 
 何となくしんみりとした雰囲気と裏腹に。

 「はい?・・えぇ、まあ、こっちにも来ましたよ。そっちに行くからって、早々に退散しましたけど

・・え?いや、その・・いえ、イヤって訳じゃ・・」
 夕刻、かかってきた電話に出た龍麻は、手にした携帯を握りつぶさんばかりに青筋を立てて、村雨を振り返った。
 「・・宴会だと」
 「・・へ?」
 「緋勇弦麻を囲む会、だそうだ」
 「いや、だから・・」
 もっと俺にも分かるように説明してくれ、と言うのに、歯ぎしりしつつ龍麻は唸った。
 「道心だの鳴滝だの龍山だのが、緋勇弦麻を囲んで宴会をしているらしい。それで、俺にも来い、と」
 その展開は理解できるような気もする。幽霊が一人混じっているのを除けば。
 3日3晩続いた乱痴気騒ぎに、龍麻の怒りボルテージは最高潮をマークした。
 これは、送り火どころでは成仏してくれないかも知れない、強制的にお帰り頂くには、強力な除霊が必要かも・・と符を確認した村雨だった。
 



えーと、私は、ゲーム以外のメディアは知らないので(つまり本とかドラマCDとかな)、
両親の設定は思いっきりオリジナルです。
何となく、変な両親かなーとか(笑)。
ちょっと湿っぽくなったのがイヤで、蛇足が・・ってほんまに蛇足だなぁ(苦笑)


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