ある時、ある国の、ある男のお話です。
その男の国は、とても強大な魔法王国でした。
様々な系統の魔術師たちがしのぎを削っておりましたが、みんな仲良く暮らしておりました。
その男自身は、どうも一つの術系を極めるというのが、面白くなく、様々な系統に手を出しては、適当なところで切り上げる、というのを繰り返しておりました。
その男の資質は大変高かったので、どの術系の導師も、男の飽きっぽさを残念がりましたが、男は、武術も含めて、ありとあらゆる術系統に興味があったのです。
そして、男は、どれか一つの専門術系使いには劣るものの、総合的には、大変に重宝されるようになりました。
さて、その頃、国中の魔法使いたちを統括しているのは、白の術の最高導師で、男の幼なじみでした。
その関係で、男は、国の若き王とも親しくなり、王宮にも自由に出入りできる存在でした。
その国は豊かで、近隣の諸国は戦争を仕掛けたいと思っておりましたが、国民全てが魔法使いなため、直接攻撃は出来ずにおいました。
そこで、隣国は、ある奸計を弄したのです。
男が、幼なじみに呼び出されて、王宮に着いたときには、男の友人である若き王は、呪いによって昏睡状態になっておりました。
ベッドの傍らには、男が密かに想いを寄せていた、王の妹姫が、目に涙を浮かべて立っています。
「困りましたね・・・私にも、この呪いの源が確定できないので、お前を呼んだのですが・・・」
あらゆる術系に通じているその男にも、呪いの系統は判別できませんでした。
源が分からなければ、呪いを解くことは出来ません。
王が呪いによって倒れたとなれば、国民が動揺することは必須。
しかも、呪いの解除と引き替えに、隣国が何を要求してくるかも分かりません。
男は、悔しさに震えながら、立ちつくしておりました。
あらゆる術系に通じていながら、男には、何もすることが出来ないのです。
己の無力を噛みしめていると、姫が涙ながらに訴えました。
「わたくしが、兄さまの身代わりを務めます・・・。兄さまの立ち居振る舞いは、わたくしは、よく存じております。変化の術で、姿さえ変えておけば、しばらくは隣国を誤魔化していられるでしょう・・」
白の導師は、扇で顔を隠しながら、頷きました。
「そうですね、それしかないでしょう・・・」
そして、男に命じます。
導師の占いによると、この地より東の遙かに、この呪いを解く手がかりがある、と出たのです。
「本来なら、お前ごときに命じたくは無いのですが・・他に人手もありません。行きなさい」
幼なじみは、このような言い回しですが、誰よりも男の実力を認めているのです。
まかり間違うと戦が始まる・・・そのようなときに、男を国の外へ出すのは惜しい・・・しかし、この仕事を成し遂げることが出来るのは、男を置いて他に無し・・と言っているのです。
そこで、男は旅立ちます。
呪いを解くこと能わずば帰らじ、と決意を秘めて。
男は、東へ、東へと旅を続けました。
何が、呪いを解くきっかけとなるかも分からないので、途中の村や国で、人助けをしたり、悪竜退治をしたり・・と時間をかけておりましたので、国を出てすでに4ヶ月がたとうとしておりました。
そして。
東の大陸の中央付近で。
面白い噂に行き当たりました。
ある山中の国には、神様がいて、年中豊かな作物が採れるのだ、と。
または、その国にいるのは悪魔で、その国の作物を食べたり、鉱物に触れたりすると、呪いがかかるのだ、とも。
男は、その国に向かいつつ、情報収集をします。
そして、男が出した結論は。
(どうやら、神様だか何だか知らねぇが、”何か”がいるってぇのは、本当らしい・・。
作物や鉱物が豊かに排出されるのは、事実だが、悪魔だの呪いだのってぇのは、周囲の国の策略だな)
かつては、その国は、色々と輸出して、代わりに平地の穀物や織物などを輸入して、大変豊かに暮らしていたようなのです。
そして、周りの国は、攻め入ろうとしましたが、そのたびに不思議な力で撃退された、と。
しかし、その国が力をつけるのを恐れた周囲の国が、その国の産物を民たちが買い取らないように、噂を流したようなのです。
その結果、今その国は、経済的には孤立しておりますが、自活は出来ている状態のようです。
(当たりかも知れねぇな)
この神様(か、悪魔か)が、呪いを解く手がかりになると考えて、男はその国を目指しました。
近づくにつれ、今度は別のうわさ話も耳に入りました。
その国では、2年に一度、大きな大会があるようなのです。
武術や魔術、何を使っても可なその大会の優勝者には、国神様が何でも一つ、願いを叶えてくれるのだと。
そして、その大会は、もうじき開かれるのだと。
(やっぱり、俺はついてるねぇ)
その国の思惑は、閉鎖されてしまった国の経済の活性化と、血の更新だということは容易に想像できるのですが、男は、それに乗ることにしました。
運の良い男は、その国に着いた日に、大会の出場登録をすることが出来ました。
そして、大会は1ヶ月にわたって盛大に開催されました。
男は、魔術のみならず、武術の心得も多少あります。
その上、ここに来るまでにやり遂げたモンスター退治などで、経験も積んでいます。
武術系の対戦者には、何とか初太刀をやり過ごして、状態異常系の魔法を使い、魔法系の対戦者には、あらゆる術系から、その魔法使いの苦手とする術系で応戦しました。
1ヶ月の間には、手こずる対戦者もいましたが、どうにか、男は、勝利をおさめることが出来ました。
その日の夜。
王宮で行われた盛大なパーティーに、男は参加していました。
そこで、男は、国の王直々にお言葉を賜ることになりました。
王は、聞いてる方の背中がむず痒くなるような言葉を山ほど下さいましたが・・・
男がこっそりと心の中で”ヒゲワカメ”と名付けたその王の目は、全く笑っていないことに、男は気づいていました。
そして、男のやや後方に影のようにひっそりと立っている細身の青年が、自分が最終戦で戦った相手だということにも気づきました。
(ふん・・・本当は、他国の者に、優勝させる気はなかったらしいな・・・)
しかし、男にとっても、この国の神に会わないわけにはいかないのです。
もう、国を出て半年が過ぎようとしているのですから。
翌日。
男は、宮殿の地下の、迷宮のような鍾乳洞を歩いていました。
案内をするのは、昨日も見かけた、あの細身の青年です。
(もしも、おかしな願いをしようものなら、即刻、首の骨を折られるってとこか)
男は、大会で青年に勝つことは出来ましたが、それは、開始時点で二人に距離があったためです。
蹴り技を主体とした青年と、この近距離でやり合って、勝てる自信は、男にはありませんでした。
しかし、今のところ、青年は、ただ大人しく道案内をしてくれているようです。
それに従って、半刻ほど歩いたでしょうか。
男の前に、わずかな空間が広がっていました。
目を凝らすと、その奥には”何か”がいるようです。
「ほう・・・今回は、優勝者がいるのか」
意外と、年若い声が、奥からかけられました。
男は、それに返事も出来ないほどに驚いていました。
その空間を占め尽くす、呪縛の符と紐。
それに絡め取られるように、その”神様”は、宙に浮いていました。
あばらが見えるほどに痩せ細った身体には、申し訳程度に、元は衣服であったろう襤褸切れがまとわりついています。
痛々しいその姿は、”神様”を祀っているようには、とても思えません。
ですが、そんな姿でも・・・その”神様”の瞳は、煌々と輝き、見るものを圧倒させる威厳がありました。
「どうした?この姿に驚いたか?」
どこか、面白そうに、”神様”は声をかけます。
「い、いや・・・そんなんじゃねぇんだけどよ・・・アンタ、ひょっとして、無理矢理”縛られて”んのか?」
「貴方に、そのようなことを訊ねる権利は、与えられていませんよ・・・」
青年が、いつの間にか男の背後に回っています。
使命を果たす前に、殺されるわけにはいきません。
男は、降参の印に、軽く両手を上げて見せました。
「さて、お前は、何が望みだ?金なら、望みは叶えられるがな」
「いや・・・」
男は、”神様”を縛っている術を見極めようと、目を走らせながら、返事をしました。
「俺のダチが、呪われちまって、昏睡状態でね。・・・アンタ、解けるかい?」
「種類によるな」
”神様”はあっさり、答えます。
「お前、もう少し、近づけ。俺に、お前の頭の中を見せろ」
青年の手が、制止するように上げられましたが、何故か、何も言わずに、また手を下ろしました。
その隙に、男は、”神様”に近づいて、符と縄の隙間から頭を伸ばし、”神様”の額に自分の額をくっつけました。
ほんの数秒の出来事でしたが、男にとっては、ひどく長く思えた時間の末。
”神様”は、軽い調子で言いました。
「あぁ、これなら、大丈夫。俺の力で何とかなるや。・・・力は送っとくから、安心して、国に帰るんだな」
「ありがてぇ・・・」
男は、深く溜息をつきました。
「さあ、もういいでしょう」
青年がせき立てるのを、男は無視して、”神様”の周囲を調べます。
くり抜かれた岩屋は、わずかに振動しているようです。
そして、膨大な数の”呪縛”は、男の手には余る代物でした。
”神様”は、そんな男の様子を見て、くすくすと笑います。
「俺を手に入れよう、とか考えてるか?・・・ま、やめとけ。死にたくなければな」
「そんなんじゃねぇんだが・・」
男自身も、何故、自分がこんなにも、この”神様”が気にかかるのか分かりませんでした。
理性は、早く国に帰って、解呪を確かめた方がよいと叫んでいるのに、どうにも、この”神様”を解放したくてたまりません。
しかし、細身の青年から、わずかな殺気が放たれています。
「いい加減に切り上げないと・・・王の命により、貴方を殺さなければなりませんよ・・・」
そうして、男はようよう諦め、背後を何度も振り返りながら、青年に従って、帰途につきました。
半分ほども過ぎたでしょうか。
青年が、独り言のように、言葉を発しました。
「僕は、幼少の頃から、王に従って、何度か”彼”を見ているんですが。・・・年々、痩せ細っていくようなんですよ。・・・・・・本当は・・・僕だって・・・・・・」
最後の方は、聞き取れないほどに小さな声でしたが、青年もまた、”神様”を解放したがっているように思えました。
そして、また、十数分の沈黙の後に、
「あの岩屋は、回転してるんですよ。2年に一度、3日間のみ、あの開けた空間に姿を現しますが・・後の数百日は、光も通さない地中を回っています。誰も手出しが出来ぬよう・・・施されたのだと聞いています」
「・・・なんで、俺に、それを教えるんだ?」
さあ、と細身の青年は、肩をすくめました。
彼の思惑はともかく、男は、胸の内で懸命に考えます。
あの”神様”にかかった呪縛を調べようにも、その機会は、2年に一度のこの大会に優勝するしか無いように思えました。
そして、男は、”ヒゲワカメ”の心にもない引き留めの言葉を振り切って、自分の国へ帰っていきました。
国では、すっかり回復した王が、笑顔で出迎えて下さいました。
王が倒れたことは公にはなっていなかったので、表向きには何の褒美もありませんでしたが、男には、様々な財宝が用意されていました。
男は、それを全部拒否して、ただ、一つだけ望みました。
「我が儘だとは、分かっちゃあいるが・・・2年に一度、3ヶ月ばかり国を空けさせてもらえやぁしねぇかい?」
王は、笑ってそれを受け入れました。
男は、それから、周囲の者が訝しむほど、修行に打ち込みました。
その間には、男がいない間に、すっかり仲良くなった白の導師と妹姫の婚礼も執り行われましたが、男は、感じる胸の痛みが、かすかであったことに、自分でも驚いていました。
それほど、男の中では、”神様”のことだけで一杯だったのです。
そして、2年後。
また、男は、東の大陸中央の、あの国へと旅立ちました。
「おすっ!今度は、負けんからなっ!」
「うふふ・・今度こそ、鞭の味、教えてあげるわ・・・」
前回の大会で知り合った豪の者たちが、声をかけてきます。
その中には、
「また、来たんですか・・・懲りない人だ」
と、満更でもなく微苦笑をたたえた、細身の青年もいます。
そして。
男は、また、優勝しました。
2年前と同じく、青年の先導で、男は、”神様”に会いに行きました。
「なんだ、また、お前か」
「アンタが忘れられなくてね」
男は割と本気で言ったのですが、神様は、一言
「アホか」
とだけ、こぼしました。
「あぁ、礼を言わせてくれ。ダチは、すっかり元気だ」
「当たり前だ」
この俺が、解いたんだからな、と神様は胸を張ります。
それを目を細めて見つつ、男は、神様の周りの”呪縛”を調べます。
「願い事をされないと、困るのですが。・・・報告せねばならないので」
青年が、あまり困った様子でもなく言うので、男は、
「こいつと、一夜を共にってぇのは、どうだい?」
青年が、不許可です、と言うより早く、男の足下が崩れ、地中に下半身が埋まっていました。
「ざまあみやがれ、不届きものが」
けらけらと笑う神様に、威厳というものはあまりありません。
男は、ひでぇなあとこぼしつつも、神様の笑顔に、ほっとしていました。
しかし、レベルアップしたはずの男の目にも、この”呪縛”は、手に負えそうにありませんでした。
悔しくて、地面を叩く男を、神様と青年は、困ったように見ています。
「まあ、あんまり気にするな。俺なら、この状態には、もう慣れてるから」
逆に慰められても、苛立ちばかりが募ります。
「アンタ、そんなに、痩せちまって・・・」
「あぁ、これ?これは、故意にやってんの。前にさー、バカな男が、俺が身動きとれないのを良いことに、襲いかかってきやがってさー。・・・だから、この風体なら、欲情もされんだろう、と思って」
神様はけろっとして言いますが、男のショックは、とても大きく。
青年も初めて聞いたのか、目を伏せて、握り拳を震わせています。
「何なんだよ、お前らー。何で、そんなに、ショック受けてるんだ?人間が俺に望んでんのは、『自分の欲望を満たす』ことだろ?」
神様は、ほとほと困った、という様子で、首を傾げます。
「違うっ!!」
男は、叫びます。
「俺は、ただ・・・アンタが欲しいだけだ」
「だからー、俺を手に入れたら、あらゆる望みが叶うからだろ?」
「違うっつってんだろうがっ!・・そりゃ、アンタを手に入れたら、アンタに欲情しないかってぇと、その・・自信はねぇけどよ・・・」
「金は?欲しいだろ?」
「いらねぇよ。自分で稼げんだから」
「地位とか・・」
「めんどくせぇ。こっちからお断りだぜ」
「えっと・・えっと・・・たいていは、その二つで済むんだけどなー」
うーんうーんと考え込む神様の、指先にそっと触れて、男は真剣に言いました。
「アンタが欲しい。ただ、それだけだ。・・・”神様”だから、とか、”力”があるから、とかじゃねぇ」
「・・・・・・よく、分からない」
神様は、男から視線を外して、目を閉じます。
「よく、わからないが・・・お前が、俺をからかおうとしているのではない、ということは、分かった。
だが、ならばますます、お前は、ここへ来るべきではないな。
お前の力なら、他の望みなら、好きなだけ自力で叶えられるんだろうから、俺のことなんか忘れて・・」
「それができりゃあ、苦労しねぇよ」
男は苦虫を噛み潰したような顔で、低く言いました。
そんなことは、もうとっくに試してはみているのです。
全然、出来なかっただけで。
男は、思い切るように、自分の膝をぽん、と叩いて立ち上がりました。
「ちっ、今回は、あきらめるとするぜ。・・・また、2年後、だな。・・待ってろよ。修行して、今度こそ、アンタを解放するからな」
「・・・・・・まあ、俺は、暇だから・・・待っててやってもいい」
そして、男は、自分の国に戻ります。
2年後、今度こそ、”呪縛”を解く決意で。
更に2年後。
また、男は優勝します。
「君を倒すことを目標に、勇者たちが我が国を訪れる。・・ふふ、感謝しているよ」
ヒゲワカメは相変わらず、腹に一物持った言い回しをしますが、男は、それを気にする暇はありません。
翌日、前年と同じく、細身の青年の先導で、”神様”に会いに行った男でしたが、またしても、”呪縛”を解くことは出来ませんでした。
がっくりと肩を落として帰る男の側で、青年が、独り言のように呟きました。
「貴方の影響で、僕も多少魔術に興味が出てきましたので・・・王宮の文書保管室で、このようなものを写本してみましたが・・・僕には、まったく理解が出来なかったので、捨てようかと・・・」
そう言って、青年は、男の足下に、紙束を落としました。
拾った男が、ぱらぱらとめくってみたところ、それは、この国の創始者付き魔導師の日記でした。
難解な言葉ながらも、”神様”を縛ったときの様子も書かれているようです。
「・・・次こそ・・・」
礼は敢えて言わずに、男は、ただ、そう呟きました。
そして、更に2年後。
男は、大会参加4回目となりました。
そして。
男が、自分の国に帰り着き、翌朝、王宮に立ち寄ったところ。
幼なじみである白の導師が、顰め面で待っていました。
「お前に、追っ手がかかったそうですよ」
「・・・えらく、耳が早ぇな」
白の導師は、苦々しそうに答えましたが、扇で隠した顔の下半分は、笑っているようでした。
「夕べ、私の寝室に、ある男が忍び込んで来て、教えてくれたのですよ。・・まったく・・お前は、お前の意志とは別として、この国の重鎮、ということになっているのですからね。他国の祀り神を奪ったとなると、政治問題になるんですから・・・以後、自重しなさい」
男は、にやにや笑いながら、隣に立つ青年の顔を覗き込みます。
「あいつかもな。・・・こっちに挨拶に来りゃあいいものを。・・・なぁ?」
「来てたぞ」
「・・・は?・・いつだよ、それ」
「夕べ。2回目あたりの頃か。しばらく、足下にいたが、お前が気づかないようなので、あきらめて去ったようだが」
「言えよ・・・」
「別段、害意はなさそうなので、放っておいた」
じゃれ合っているような二人の様子を見て、白の導師の眉間の皺が深くなりました。
「いくら、距離があって、直接、戦を宣言はされそうには無いとは言え・・この国の評判にも関わることですからね」
「分かってるよ」
と、男は言い切りました。
「悪ぃな。俺は、国を出るわ。バカな男が、勝手に国を飛び出して、やったことだ、と・・なんとか、それで通してくれや」
「まあ、そうせざるを得ませんね。・・お前の一人や二人、いなくともこの国は、きちんとやっていけますとも。さっさと、立ち去りなさい」
幼なじみや、親友たちと分かれるのは、寂しいことでしたが、国に迷惑をかけるわけにはいかないので、男は、さっさと身支度をすませ、国を出ていきました。
「さて、ここから、どっちに向かうか・・ま、東以外だがな」
「別に、俺は、どこでもいいが」
男の傍らには、すっかり美貌を取り戻した”神様”が、ふんわりと笑って立っています。
その肩を引き寄せようとして・・・男の背後から、声がかけられました。
「こんにちは」
まるで、長年の友人にでも会ったような気軽さで、手を振っているのは、あの細身の青年です。
「やっぱり、お前か・・」
と、呟く男をまるっきり無視して、青年は”神様”の手を取りました。
「やあ、思った通り、綺麗だね」
「・・・お前な・・・」
「こんな男は捨ててしまって、僕と一緒に行かないか?」
両手を青年に包まれたまま、”神様”は、困ったように男を見上げました。
青年の手を振り解き、男は”神様”を腕の中に閉じこめます。
「やらねぇぜ。こいつは、俺のだからな」
「子供じゃないんですから・・・」
「人のもんに手を出そうってヤツに、言われたかねぇ」
ひとしきり、もめた後、男はまじめな顔に戻りました。
「で?お前、こいつを連れ帰るよう、ヒゲワカメに言われてんのか?」
「あぁ、ヒゲワカメ、は良いですね。言い得て妙だ」
うんうん頷く青年から離れるように、”神様”は男の背後に身体を隠します。
「俺は、あの国には戻らないぞ。せっかくの自由を手放してたまるか」
「あぁ、安心してくれるかな?僕は、そんなつもりはないから」
青年は、男に対するのとは全く違う、とろけるような笑顔で”神様”に答えました。
「君さえよければ、ずっと一緒に逃げ回っても良いんだよ?・・・あぁ、ステキだろうね、君と二人きりの逃亡生活は・・・」
「・・・誰が、二人きりか」
不意に、青年もまじめな顔になりました。
「確かに、僕は、彼を連れて帰るよう命令されていますが。・・・彼が不幸せになるような真似はしないつもりです。・・・だから」
不愉快そうに顔をゆがめて。
「だから、貴方のことも殺しませんよ。・・・彼が悲しむといけませんのでね。・・運の良い人だ」
「それだけが、取り柄でね」
どうやら、青年は、二人に付いて回るつもりのようです。
”神様”と二人きりで『らぶらぶ新婚生活』を楽しむつもりだった男は、少しだけ青年を憎たらしく思いましたが、それもまた楽しいか、と思い直しました。
そして、3人が、しばらく歩いていると。
「ははは!見つけたぞ!!」
道ばたに水煙が上がったかと思うと、一人の青年が、そこに立っていました。
「賞品を持ったまま、勝ち逃げしようとは、卑怯千万、言語道断、横断歩道だ!!
お前は、すでに『こいつに勝ったら大陸一』と名の通った勇者となっているのだ!
身を隠そうなどとは、思わぬことだ!」
「こいつが勇者か・・・やな勇者もあったものだな・・」
「まったくです。もう少し人間的に尊敬できる人を『勇者』と呼びたいものです」
背後の二人の呟きに、一睨みをくれてから、男は、ぼそっと呟きます。
「水芸男か」
「だーれーが、水芸か!!」
全身から水を吹き出しながら怒り狂う青年の後ろに、また、影が二つ現れました。
「ふははははっ俺様もいるぜっ!・・一の弟子、その名も・・・」
「誰が、一番弟子だ!一番弟子は、この俺だぁ!!」
「・・・雷芸男に、蹴り球芸男か・・・」
はぁっと、男は溜息をつきました。
この三人とは、大会で何度か手合わせをしています。
その軽い見てくれとは別に、なかなかの腕前ではありました。
水芸男は、男を睨み付け、高らかに笑いました。
「貴様に安息の日々は訪れぬと思え!!
あの大会で知り合った、貴様を倒したいと思っているであろう同志の皆さんには、すでに、伝書亀を飛ばしてある!
今頃、各国から、貴様を倒し、名を上げるべく、武道家たちがぞくぞくと集まってきているはずだ!!」
「・・・・・・伝書亀」
「これぞ、奥義!!」
「いや、別にいいんだけどよ・・・亀、か・・・亀を飛ばすってぇのは、一体、どうやるんだろうなぁ・・・」
「そこの辺りは、ふぃーりんぐで!!」
「・・・お前の知り合いには、ろくなヤツがおらんな」
あきれたように呟く”神様”を見て、水芸男は、神速でその手を取りました。
「君、可愛いね。骨董品に興味は無いかい?今、いい出物があるんだが・・・」
「・・・・・・本気で、ろくなヤツがおらんな・・・・・・」
代わりに手を振り払った細身の青年と水芸男が牽制し合っているのを、男は海よりも深いため息で眺めます。
「一体、どう、決着をつけるつもりだ」
いつの間にか、側に来て、腕を絡める”神様”の顔に、唇を寄せつつ、男は、にやりと片頬を歪めました
「あいつら、全員揃ったら・・・天下が取れるぜ?」
「・・俺は、また、祀り神か?」
「いや?アンタは、王妃だろ」
「・・・無茶なことを・・・」
そうして、各国から集まってくる猛者たちを巻き込みつつ、男と”神様”は、西へ西へと向かいます。
男が、”神様”を”王妃”に迎えて、国を創立したか否かは・・また、別のお話。
ある時、ある国の、神様を盗んだ男のお話でした。
神様を盗んだ男の話
あとがき
てわけで、↑が題名なんですが(笑)。
人物名が全く出てないのは、一応、日本ではないところが
舞台のつもりだからです。
大陸で、『村雨』とか『御門』とかいうのはちょっと・・
かといって、『レイン』とか『シャーク』て付けるわけにもいかんかったし(笑)
決して、これが仕事中に打ち込んだため、
人に見られても言い抜けできるように、個人名が出ていないわけでは・・
(聞いてねぇよ)
それにしても・・・私・・・如月、好きだったんかな〜・・