運の良い貴方



 大宴会から、約1週間が経った頃。
 妙に憔悴した顔で、村雨が龍麻のマンションにやってきた。

 「よぉ、先生。会えて嬉しいぜ・・・」
 顔を見た瞬間に、抱きついてくるのは、いつものこととしても、愛撫のような抱き方ではなく、縋り付くような抱き付き方をされたのは、初めてだ。
 反射的に殴りかけていた龍麻は、握り拳をパーに直して、背中をとんとんと叩いてやる。
 「何事だ?眠いのか?」
 「アンタじゃあるまいし」
 やはり、一発殴っておこう、と、密着した体勢から腹に拳をめり込ませる。
 「・・・ひでぇな、先生・・・」
 「で?仕事でミスでもしたか?」
 「そんなんじゃ無ぇんだよ」
 はぁ、と村雨は溜息を吐いた。
 言うのも情けないくらい小技な嫌がらせの数々を脳裏に浮かべる。
 ただ、『小技』とは言え、連続して毎日やられると、積もり積もって、結構、ダメージが来ている村雨だった。

 「まぁ、何にしても、玄関口で話すことも無かろう。あっちで、ゆっくり話を聞く」
 心底情けなさそうな顔をしている村雨の腕を振りほどいて、龍麻は背を向ける。
 あっさり振りほどける辺りに、村雨の精神的疲労が見て取れる。

 龍麻にとって、村雨が情けない顔をしていること自体は、別段、恋心が冷める理由にはならない。
 むしろ、可愛いので、好き。
 ただ、今回は、自分に原因が思い当たらない。
 (村雨を苛めて良いのは、俺だけだ!)
 こういう独占欲は、村雨にとって、有り難いのか有り難くないのか。
 ま、口に出しては、言わないけど。

 村雨をソファに座らせておいて、龍麻は台所に立つ。
 「コーヒーでも、入れてやる」
 「へぇ・・・珍しいな」
 びっくりしたような声音に、後で、もう一発殴っておこう、と思う龍麻だった。
 
 とは言うものの。
 片手にコーヒー豆、片手にコーヒーミルの説明書、という格好で、しばらく固まってしまった。
 あまりにも、音がしなくなったため、村雨が怪訝そうな顔で振り返る。
 うぅ、と龍麻は不機嫌そうに唸った。
 いかにも渋々と、助力を乞う。
 「・・・使い方が、分からん」
 「・・・アンタ、ホントにマニュアル読まねぇな」
 村雨が側に来た時点で、両手の物を押しつけ、自分は、コーヒーカップを用意しようと棚に向かう。
 「こりゃ、俺んとこのと、同じヤツじゃねぇか」
 コーヒーミルを見た途端、村雨は説明書は横に置く。
 「豆も、同じヤツか。まだ、新品だな」
 「それは、そうだろう。俺は、コーヒーは飲まないからな」
 あっさり言って。
 コーヒーカップをカウンターに出した。
 
 「へ?」
 と、マヌケ顔を晒している村雨の膝裏を蹴る。
 「バカか、貴様は。それとも、わざと、俺の口から言わせようとしているのか?」
 ふん、と両手を腰に当てて、胸を反らせる、お得意のポーズを取る。
 冷ややかな目線を受けながら、村雨の顔が、徐々にだらしなく緩んでいく。
 それから、不意に、唇の片方だけを上げた不敵な笑いを浮かべ、龍麻を抱き寄せた。
 「そうだな・・・是非とも、アンタの口から、聞きてぇモンだな」
 いっそ吐息のようなそれを、耳に吹き込まれ、龍麻の躰は、意志に反して、ふるりと震える。
 「・・・高くつくぞ」
 「身体で払ってやるぜ?」
 「・・・言うと思った」
 力を抜きかけて、油断させたところを、するっと逃げる。
 「しかぁし!!」
 言って、びしぃっと村雨の鼻先に人差し指を突きつけた。
 「自惚れては、いかんぞ。
  お前の家にある物をメモって帰って、同じ物を選んだのは、俺は、普段コーヒーを飲まないから、どれを買って良いのか分からないが故にそうしたのであって、決して、お前に、家にいるのと同じ様な居心地の良さを与えるためでは、断じて無いのだ!」
 
 言った時点で、そういうことを考えたのを白状しているも同然だが。
 そんな可愛いことを言われて、村雨が、あっさりと龍麻を離すわけがあろうか。
 いや、無い。(反語表現)
 
 村雨は、コーヒーミルと、豆を元の位置に戻した。
 封を開けた袋から、コーヒー豆がざらりとこぼれる。
 それに気を取られた龍麻は、あっさりと村雨の腕に捕まった。
 「コーヒーを飲むのは、今度にするぜ。ミルクだけで十分だ」
 「え?お前、ブラックだと思ってたから、ミルクは買ってないんだが・・」
 村雨が、至近距離でにやりと笑う。
 危険信号真っ赤っかな笑い方だ。
 「・・・先生のミルクを、な」

 耳元で言われたそれの意味を、数秒咀嚼する。
 脳が意味をつなげるより早く、村雨の手が、その回答を与えていた。
 「こんの、エロオヤジ〜〜!!」

  ま、そんな訳で。
 コーヒーミルは、デビューし損ねた。
 こぼれたコーヒー豆の方は、村雨によって、有効利用された。
 飲料用豆の立場としては、実に不本意な活用のされ方であったろうが。

 それはともかく。
 キッチンを始まりに、居間のソファの上、下を経由して、ようやく寝室のベッドの上に辿り着いた二人。
 ようやく、村雨の疲労の理由を聞き取って、龍麻は半身を起こした。
 先程まで、情欲に濡れそぼっていた筈の瞳は、2、3度瞬きをするうちに、冷厳としか表現のしようのない光に塗り替えられる。
 「ふむ、つまらぬ意趣返し、というわけか。
  どうやら、複数犯の様だが・・・結託していると思うか?」
 「いや。一日に何件もあるかと思えば、何もない日もあったから、別口だと思うが」
 双丘の合間に潜り込もうとする悪戯な手を、遠慮呵責なく叩き落とし、龍麻は、村雨をその炯々と光る瞳で覗き込んだ。
 「どれが、一番、腹に据えかねる?」
 さて、と村雨は、顎を撫でる。
 どれも、スケールが小さいのには、変わりは無い。
 怒れば、自分の器の小ささを証明するようで、怒るに怒れないのだ。
 それを見越しての、計画なら、大した物だが。
 「うーん・・・ま、強いて言やぁ、マンション関係か。皇神にSMグッズが、代金着払いで来たのにも参ったが、どうせ、ガッコにゃ、落ちるほどの評判はねぇからな。
  一応、仮にも高級マンションなだけに、只でさえ、俺一人で住んでんのを胡乱に思われてんのに、ドアに『金返せ』『賭博師』だの、『ホモ野郎』『強姦魔』だのと張り紙されちゃあ・・・」
 言いかけて、ふと、思い出す。
 「そういやぁ、SMグッズも、キッズポルノも、張り紙も、同一犯のような気もするな。どれも、ワープロの同じ書体だったか」

 龍麻が、下唇を無意識に引っぱり出す。
 考え込むときの癖だ。
 数十秒後。
 「・・・霧島だな」
 その回答に、村雨は、些か驚く。
 答え自体に、ではなく、乗せられた冷ややかさに。
 「出前の類の嫌がらせは、金銭面、もしくは実害のない嫌がらせだが、一連の嫌がらせは、『評判』をターゲットにしている。これは、自身の評判が良い人物を示唆している。
 お前のマンションは、管理人がいたな?高級マンションに入ってきても違和感無い外見をしている人物が、疑わしい。これが、雨紋あたりでは、そうはいかん。
 加えて、ワープロを使用して、筆跡を誤魔化すあざとさ。
 外見は、好人物で、評判が良く、しかし、実際は陰湿さも兼ね備えている、となると、十中八九、霧島だろう」
 「・・・相変わらず、アンタときたら・・・」

 村雨は、顔を顰める。
 仲間を信用して、頼っているように見えながら、実際には、恐ろしく客観的、むしろ嫌悪さえ抱かせるほどに冷酷な評価をしているのだ。
 「なんだ、また、俺が冷たいだの何だのという議論を蒸し返すつもりか?
  以前も言ったが、俺は、寝首を掻かれる趣味は無いんだ。
  人の好意は控えめに、人の野心は最大限に評価するのが俺の主義だ」
 
 まったく・・・と村雨は肩を竦める。
 ここで、追求することも可能だが、泥仕合になるのは必須だ。
 とりあえず、今日のところは、大人しく引くとしよう。
 
 「で?可愛い諸羽ちゃんだったら、どうするってんだい?」
 「直接攻撃より、搦め手だな。『自分の行為が裏目に出る』ということを教えてやろう」

 にやり、と龍麻が腹に一物抱えた笑顔を零す。
 余程、自分の提案が気に入ったらしい。
 「村雨。俺と一緒に暮らす気はあるか?」
 
 「あん?」
 一瞬、意味を掴み損ねて、村雨は間抜けな声を漏らした。
 いや、ちゃんと聞こえてはいたのだが、あまりぬか喜びしてもつまらない、と抑制がかかったのだ。
 「だから」
 くすくすと笑いながら
 「筋は通るだろう?誰かから、マンションに嫌がらせをされたので、避難して、俺と同棲することになった、と。
  嫌がらせをした人間にとっては、己の行為が逆効果になったと、臍を噛んでもらおう」
 「・・・嬉しいぜ。嬉しいんだがな・・・」
 一緒に住むのは嫌がらせのためかい。
 哀愁漂う複雑な顔の村雨には構わず、龍麻は携帯を取り出した。
 真夜中もいいところなのだが、気にせず番号を押す。
 「・・・如月か?俺だ。緋勇龍麻」
 名乗って、しばらく、携帯を耳から離す。
 如月が、さぞかし小躍りしながら返事をしているのだろう。聞いちゃいないが。
 「頼みがある。霧島の行動予定を調べてくれないか?1週間ばかりで良い。予定が特になくて、どういう行動をするのか分からない日は、それはそれで良いから。あぁ、本人には内緒でな」
 また、携帯を離した。
 言葉までは分からないが、村雨の耳にも、如月の浮かれた声は届く。
 「あぁ、助かるよ。分かり次第、メールをくれ。・・・頼りになるな、如月は。それじゃ、お休み」
 
 犬にも、たまにはボールを投げて遊んでやらなくてはいけない。
 ま、その程度の扱いだ。

 「うむ、楽しみだな。霧島がどんな顔をするか、見物だ」
 携帯を枕元に置いて、龍麻は布団に潜り込んだ。
 いつものように、村雨の肩口に顔を埋めようとして、村雨のへの字に曲がった口元に気付く。
 伸び上がり、軽く、合わせるだけのキスをする。
 「一緒に、買い物に行こう。村雨用のパジャマとか、歯ブラシとか」
 「演技じゃなく、本当に住んで良いのかい?」
 なるほど、と龍麻は胸の内で納得する。
 先程からの村雨の拗ねたような態度は、どうやら、龍麻の提案を冗談半分と受け取ったためらしい。
 なら、少し、甘やかしてやろう。
 「俺としては、合い鍵を渡した時点で、お前はこの家の住人だと認識しているが。別段、お前をこの家に縛り付ける気は無かったから、改めて言わなかっただけで。お前が望むなら、いつまでもここに住んで貰って構わない」
 村雨が、目を細めて龍麻を見る。
 その視線に含まれるものに、龍麻は居心地悪そうに身動きした。
 躰を重ねているため、その動きは、ますます村雨を煽る結果になる。
 逃れようにも逃れる場所が無いため、諦めて、大きな手が這ってくるのに身を任せた。
 「・・・シングルベッドは、これだから・・・」
 こっそりと呟く。
 村雨に体位を入れ替えられながら、ダブルを買うことも検討しようと、頭の隅に留め置いた。


 2日後。
 新宿の駅前にて。


 「あ、龍麻先輩!」
 「諸羽か。偶然だな」
 尻尾を振る子犬のように転げまろびつつ駆け寄る霧島に、しれっとして答える龍麻がいた。
 「さやかちゃんを送ってきたところなんですよ。偶然でも、嬉しいです。先輩に会えて!」
 「そうか。俺は、買い物に出てきたんだが」
 喜色満面の霧島に、龍麻は、穏やかな笑みを浮かべる。
 まさか、内心の評価がアレとは思いもしないだろう柔らかさだ。
 「え、買い物ですか?あの、よろしければ、僕もご一緒させて下さいませんか?お荷物、お持ちしますけど・・」
 
 かかった。
 にやり、と心の中で、龍麻は笑う。
 
 照れくさそうな顔で、額を掻いてみせる。
 「あ、いや、待ち合わせ中なんだ。その・・・あ〜・・村雨と」
 「・・・あ、はあ。村雨さんと」
 ちょっぴり引きつった笑顔の霧島に、龍麻の笑みは止まらない。

 「あのバカ、最近、何の恨みを買ったか知らないが、マンションに嫌がらせが来るらしくてな。しょうがないから、俺の部屋に避難させることにしたのだ」
 にっこり。
 極上の笑みをおまけに付けてやる。
 「あぁ、村雨さん、恨み買うこと多そうですものねぇ・・」
 何食わぬ顔で、そう返す霧島もなかなかのものだ。

 「そうだな、まったく、俺の知らないところで、何をやってるんだか」
   (ふっ、尻尾は見せない、か。霧島、やるな)
 「そんな、龍麻先輩を泣かせるような真似をしてるのなら、この僕が許しません!」
   (ここで、村雨さんが先輩には相応しくないことを、強調しなければ!)
 「はっはっはっ、諸羽は、可愛いなあ」
   (何で、お前が許さないんだよ。俺の権利だっての)
 「そんな・・・僕、本気ですよ?龍麻先輩は、僕が守ってみせます!」
   (清純派、清純派・・・可愛い路線で攻めて、懐に飛び込んだら、一気に・・!)

 表面上はほのぼのとした会話を交わしている割には、上空にカラスが舞い始めた。
 緊迫した空気を感じ取ってか、周囲の人間が、さりげなく二人を避けて通り過ぎてゆく。 

 その二人に、内心冷や汗を垂らしつつ、声をかける男がいた。
 「よう、待たせたな、先生」
 無論、話題の主、村雨祇孔である。

 「あ、村雨」
 「村雨さん、こんにちは」
 村雨は、きちんと挨拶をする霧島に、手を上げて答えた。
 振り返った龍麻が、甘えたように口を尖らせる。
 「遅いぞ。10分の遅刻だ」
 「悪ぃな、ちっと抜け出すのが遅れてな」 
 宥めるように、龍麻の額に唇を落とす。
 見ていた霧島の額に、ぴきーんと青筋が立った。
 
 (くっくっくっ、効いてる、効いてるぞ。村雨、なかなかやるな)
 周囲の他人は退いたぞ。
 目を丸くしているヤツやら、指さして「ホモ?」とか言ってるヤツもいるぞ。
 いいのか?

 「村雨〜、買い物のリストは作ってきたか?パジャマと、歯ブラシと、下着と、灰皿と・・」
 言いながら、するりと村雨に腕を絡める。
 どうやら、龍麻にとって周囲の目線は、全く興味ない事柄のようだった。
 目指す物は、霧島の気落ちした顔のみ。
 いっそ、村雨の方が常識人かも。

 「ダブルベッドはどうするよ。俺はシングルでもいいんだがねぇ」
 「重なってると、お前、すぐ、ちょっかいかけてくるし〜」
 腰に手を回してイチャイチャ。
 村雨にも、あまり常識は無いようだ。

 「あの・・龍麻先輩?避難ってまさか、そんなに長く・・・」
 辛うじて笑顔を作ってはいるが、口元がぴくぴくと痙攣しているのはマイナスポイントだ。
 まだまだ修行が足りない霧島だった。
 「ん?まあ、良い機会だし」
 にっこりと邪気の無い(ように見える)笑顔を満面に作れる龍麻の方が、1枚も2枚も上手だ。  
 「いやあ、俺のマンションに嫌がらせが相次いでてねぇ。先生のとこに転がり込むことにしたのさ」
 にやにやと笑っているだけで、いやらしい雰囲気を醸し出せる村雨も大したものだった。
 この二人に、霧島が対抗できるだろうか?

 「そんな・・・龍麻先輩に迷惑をかけたら、僕、貴方を許しませんからね!」
 頬を赤く染め、きっ、と村雨を睨む。
 裏を知らなければ、確かに、健気さに絆されそうではある。

 「迷惑かい?龍麻・・・」
 「ん〜、一緒にいられるなら、ちょっとくらいの迷惑なら許してやる」
 耳元に吹き込むように囁きかける村雨と、ぶっきらぼうではあるがメロメロなセリフを吐く龍麻。
 出来上がってること、この上ない。

 がっくりと霧島は膝をついた。
 清純派路線では、ここまでが限界である。 
 「そうですか・・・お二人とも、お幸せにっ!!」
 くっと歯を食いしばり、駆け去る姿は、青春一直線。
 最後まで、自分の路線を貫いた点は、評価が高い。
 何の評価かはよく分からないが。

 その姿が見えなくなってから、龍麻は身を折って、吹き出した。
 涙まで流しながら笑い転げるその姿に、村雨は、帽子の鍔をちょいと下げた。
 「やれやれ・・・そんなに楽しかったかい?」
 「そりゃ、もう!くくくっ、あの顔ときたら・・・!くっくっく、やはり、俺の計画は完璧だな」

 しばらく、笑ってから、目元を拭って、龍麻は上機嫌に言う。
 「じゃ、買い物するか」
 「何だ、本当に、するつもりだったのか」
 「当たり前だろう?実際、一緒に住むなら、必要な物がたくさんあるではないか」
 お買い物、お買い物〜♪と鼻歌を歌いながら、龍麻は、そっと村雨の手を握った。
 驚いたように片眉を上げる村雨に、首を傾げて、問う。 
 「・・・いけないか?」
 「まさか」
 
 手を繋いで、ダブルベッドを筆頭に日用品を揃える男二人。
 何となく嫌な光景だったが、とりあえず、当の二人は幸せそうだった。


 後日。
 
 『緋勇龍麻、男と同棲!?』なる見出しの真神新聞号外が、一部1000円で発行された。
 それには、家具売場のダブルベッドに村雨と二人で並んで座っている龍麻の写真と、手を繋いで歩いている二人の後ろ姿の写真が載せられていた。
 更には、『M氏のマンションに嫌がらせが続いたため、同棲に踏み切った』という情報まで書かれている。

 御門経由でそれを手に入れた村雨は、帰ってきて龍麻に聞いた。
 「あ、うん。アン子に写真撮らせた」
 けろっとして龍麻は答える。
 あの時、手を繋いだのさえ、故意の業であったらしい。
 がっくりと肩を落とす村雨の背を、龍麻はぽんぽんと叩く。
 「まあ、そう言うな。いちいち他の奴らにも見せつけるのは面倒くさかったんだ。これで、嫌がらせをしてきたヤツには、意趣返しが出来たし、アン子には儲けさせてやれたしで、一石二鳥じゃないか」

 うっかり浮かれてしまった俺の立場は?と村雨は溜息を吐く。
 その隣で、悪気無く、龍麻はにこにこ笑っている。

 まあ、結果だけ見れば、龍麻と同棲を始めることが出来たのだ。
 それだけでも、良しとしよう。
 そう、村雨は結論づけた。

 マンションへの嫌がらせは無くなったが、道端で、どこからともなく殺気を飛ばされたり、実際に剣が飛んできたりもするけれど、『運』のおかげか実力か、危険な状態までにはなったことがない。
 這々の体で帰ってくることもあるけれど、扉を開けた途端に
 「お帰り〜」
 と、龍麻が玄関まで出迎えてくれるのだ。
 これ以上に望むべきものがあろうか。


 こんなにも、龍麻さまに愛されてしまって、まったくもって、運のいい男である。


 
 ・・・多分。


あとがき
茜様、大当たり〜!(どんどん♪ぱふぱふ)
はい、実は『欲張りな貴方』後、二人は同棲を始めるという
裏設定をしてました。
茜様に当てられてしまったので、書いてみました(笑)
いえ、獅子座流星群より先に、書いてはいたんですけどね・・。

なお、文中の『SMグッズ』は、コーヒー豆同様、
龍麻さん相手に有効利用されると思われます(爆)


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