合い鍵


 俺−−緋勇龍麻−−は、その時、風呂上がりで、ドライヤーを使っている最中だった。
 だから、気付くのが少し遅れた。
 入り口で、鍵をがちゃがちゃさせているヤツがいる。
 インターホンも押さずに、鍵を使って入ろうとするヤツは、(隣の住人が間違っているのでない限りは)一人しか思いつかない。
 まあ、ヤツなら、俺がパジャマ姿でも、失礼だとは思わないだろう。
 そこで、俺は、そのまま玄関に向かい、一応、覗き窓から確認した。
 やっぱりそうだ。
 腕組みして、何やら難しい顔をしている村雨がいた。
 玄関の戸を開けてやる。

 「村雨。何の用だ?」

 「用が無きゃ、来ちゃあいけねぇの
  かい?」


 何やら、やけに不機嫌だ。
 自分が勝手に機嫌を悪くしてからここに来たくせに、まるで、責めるような目で俺を見る。
 何なんだ、こいつは。まったく。

 「いいから、さっさと入って、戸を閉めろ。
  あぁ、ロックも忘れずにな」


 俺は、人が自分の部屋に入ってくるのもキライだが、部屋のどこかが開いているのも、大っキライだ。
 鍵を閉めることで、結界を作った気分になって、何だか安心する。
 これは、単に、心理的な問題だ。
 本物の結界じゃ無いのは、当人が一番良く知っている。
 端くれとは言え、術師なヤツにそれをいう気はない。
 ・・・何だか、バカにされそうだし。

 「言っておくが、お前に出す茶は無いぞ」

 これは、本当だ。
 村雨だろうが誰だろうが、出すべき茶は、ここには無い。
 俺は、今まで、誰かを部屋に入れた事がない。
 と言うことは、必然的に、客用の茶器も無ければ、茶自体も無いということだ。
 いくら何でも、俺が口を付けてるペットボトルの茶を出すわけにはいかんだろう。
 俺にだって、そのくらいの常識はある。

 村雨は、黙って立ちつくしたままだ。
 本当に、何しに来たんだ、こいつ。
 ・・・茶ぁ、飲みに来た、とか?
 なのに、茶が無いから怒ってるとか?
 いや、今、23時・・・そういう時間じゃないだろう。
 普通は、これから、寝る時間・・・あぁ、家まで帰るのが、面倒くさくなったのか。
 それで、俺の所に泊まって行こう、と。
 うーん、図々しいヤツだ。
 ちょっと、俺が惚れてるからって、人んちをホテル代わりにするのは、いかんだろう。
 第一、俺のベッドは、シングルだ。
 重なって寝るならともかく、男二人が寝るには狭いぞ。
 ・・・あぁ、重なって寝るつもりなのか。
 重いんだがな、それは。

 おや?何やら、空気が不穏だ。

 「こらっ!村雨っ!」

 顔を上げた村雨が、いきなり、俺を押し倒した。フローリングに頭を打ち付けて、一瞬、くらくらする。
 おかしい。今日は、俺は、変な術は使っていないぞ。
 何故、お前は、そんな目で俺を見る?
 村雨が、俺のパジャマを引きちぎった。
 あぁ、もう、ボタンが飛んで行ってしまったではないか。
 お前が付けろよ。あれは。
 拾いに行きたいんだから、俺を拘束するんじゃない!
 
 それにしても、一体、何をしたいんだろう?
 『そふとえすえむ』というヤツか?

 すまないな、村雨。
 俺には、お前が考えていることが、少しも理解できない。
 俺にしては珍しく、申し訳ない気分になった。

 俺は、本当に、お前のことが好きなのかな?

 お前が、俺を見るのが気持ちよくて、お前が、俺の名を呼ぶ時の声が好きで。
 しかし、それでは、まるで、『お前が俺のことを好きだから』、お前を好きになったみたいだ。
 それは、何だか・・・問題がある気がする。
 それにしても、今は、真剣に考え事をするには、不向きな状況のようだ。
 後にしろ、と言いたかったが、口の中に布が突っ込まれた状態では、聞こえないだろう。
 まあ、洗い立てのパンツなのが、せめてもの救いか。

 「アンタが、悪いんだぜ・・・」

 いきなり、村雨が押し入ってきた。

 衝撃で、息が出来ない。
 痛いのは、そこの方が激しいはずなのに・・・床にぶつかった肩が痛んで、『痣になるかな』等と思った自分が、妙におかしかった。
 どうせ、俺の身体は、すぐ治るし。

 「慣らさなくっても、入るモンだなぁ・・・」

 村雨が、感心したように言った。
 いや、感心されても、困るんだが。

 それにしても・・・痛いな。
 男同士だと、痛いものだというのは、知識としてあったが、村雨とするのは、あまり痛くなかったから(むしろ、気持ちが良かったというか・・その・・
ごにょごにょ)、噂は当てにならないものだな、と思っていたのだが。
 ひょっとして村雨は、これまで、大変にサービスしてくれていたのだろうか。
 ちょうど、目隠しが外されたので、後ろを振り向いてみる。
 何だか村雨は・・・痛そうな顔をしていた。
 する方も、痛いものだったのか。
 というか、そんなに痛いのに、我慢して、俺を抱いてたのか。
 すまないな、気付かなくて。
 さっきも『アンタが悪い』と言っていたしな。
 俺が、悪いんだろうな、多分。
 こういうことも、きちんと勉強しておくべきだったか。
 ・・・反省しても、もう、遅いのだろうか。
 なんか、後ろから、畜生、とか何とか呻き声が聞こえるしな。
 これが終わったら、一応、謝ってみよう。
 許してくれるかどうかは、分からないけど。
 ・・・すげー。許してくれるといいな、なんて、考えたのは、生まれて初めてだ。
 なんだ、やっぱり、俺は、こいつに惚れてるのか。
 気の迷いでも、勘違いでもなく。
 この俺を、そんな気にさせるなんて、生半可なことでは出来ないぞ。
 大したものだ。村雨祇孔。
 未だに、どこが良いのか、俺には、分からないけど。
 え〜と、他のヤツより優れてる所と言えば・・大きさとテクニックか?
 ・・・他に、良いところは無いのか。
 いや、でも、どうだろう。仮に、俺には劣るにせよ、世界中の誰もが『いい男』と認めるようなヤツがいるとして。
 俺は、そいつに惚れるか?やなこった。俺は、女の子の方がいいんだ、基本的に。
 ・・・ということは、だ。
 どこか人より優れた点があるから、村雨を好きな訳じゃないってことだ。
 では、どこが良いのだろう?
 どこを好きになったんだろう−−。

 村雨が、俺の首を囓った。
 血の匂いがする。
 あ、やばい。
 何だか、すっげーキモチイイ。
 角度が変わったから?違うな。
 背後の男に、命を握られてる−−。
 そう考えただけで、背筋が粟立ち、俺は、達ってしまった。

 うーん、ちょっと変態チック?

 ふと気付くと、両手の戒めは解かれていた。
 口の中のパンツを取り出す。
 う〜、どろどろだよ。気色悪い。
 半身を起こして振り返ると、村雨と目が合った。
 上着に手を通そうとしている。

 「帰るのか?」

 お泊まりではなく、『ご休憩』だったのか。
 帰る前に渡さないと・・・。
 俺は、起きあがって、・・・もとい、這いずって机に向かい、引き出しの中を探った。
 あぁ、あった。

 「あぁ。・・・へっ、安心しろや。もう・・・」

 何か言ったか?
 村雨が言い終わる前に、俺は、それを投げていた。

 「・・・・・・こいつは・・・・・・」

 「見れば、分かるだろう。鍵だ」


 それ以外の何に見えると言うのだ。
 何故か、村雨は、目をぱちくりさせている。
 
 「鍵って、ここのか?」
 
 当たり前だろう。
 他にどこの鍵を、俺が持っている。

 「今度のは、磁石式のだから、そう簡単
  には、合い鍵は作れないぞ」


 仮に、如月に奪われても。

 「俺が、持ってて良いのかい?」

 「いらないなら、返せ」

 「いや、いる!返さねぇ!!」


 村雨が、あんまり、まじまじと鍵を見つめているものだから、本当は欲しくなかったのかと思って、取り戻そうとした。
 そしたら、慌てて、鍵をしまいこみやがった。
 その姿は、やけに可愛くて・・・
 ・・・可愛い?
 はっはっはっ、笑っちゃうね。この無精髭男のどこが可愛いんだ、俺よ。
 マニアックな趣味してたんだな、俺。
 まあ、いい。誰にでも、欠点はある。
 ちょっとくらい変な趣味があっても、この俺の素晴らしさには、傷一つ付かないさ。

 「俺に、鍵、くれるなら、何で、わざわざ
  取り替えたんだ?」

 「だって、前のは、京一も持ってたんだ
 ろう?
  しかも、如月が鋳型を持っていたら、
 他にも誰が手に入れるか、分からない
 ではないか」

 いつの間にか誰かが部屋に入ってる、なんて、考えただけで鳥肌が立つぞ。
 お前なら・・・って、あれ?
 そう言えば、『合い鍵作りますか?』って、業者のおっさんに聞かれたとき、自然に、村雨の顔が浮かんだから、一本作ったんだが。
 村雨なら、いいのか?俺よ。
 ・・・良いんだろうな、多分。

 「龍麻!!悪ぃ!!」

 「うわっ!何だ、何だ?!」

 
 ちょっと回想などしていた俺は、いきなり村雨が頭を下げたんで、かなりびっくりした。
 何事だ、一体。

 「来たとき、鍵が合わねぇんで、俺は
 入って来んなってことかと思って、
 ひでぇ事しちまった。
  本当に、すまねぇ!
  今度という今度は、自分でも自分に、
 ほとほと愛想が尽きた。
  こんなくだらねぇ男だが、殴って気が
 済むなら、何発でも、殴ってくれ!」


 は〜。つまり、何か?
 お前は、俺に拒否されたと思って、何か、しでかした、と。
 俺に、捨てられたくなかった、と。
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・か、
 可愛い!!
 無茶苦茶、可愛いっ!!
 うむ、愛いヤツじゃ。
 あんまり、可愛いから、一発殴っておこう。

 「あのな、村雨」

 倒れた村雨の腹に乗って、顔を覗き込む。

 「くだらねぇ男ってのは、誰のことだ?」

 「へ?そりゃ、俺の・・・」

 「馬鹿者」

 もう一発、今度は、でこピンですませてやる。
 寛大だな、俺は。

 「緋勇龍麻が惚れたということは、
 それだけで賞賛に値するんだぞ。
  そいつをバカにすることは、俺をバカに
 しているも同然だ。
  俺の惚れた男を悪し様に言うことは、
 この俺が許さない」

 たとえ、本人でもな。
 そう言って、俺は、村雨の唇に、俺の唇を押し当てた。
 うん、少なくとも、俺は、こいつの唇は好きだな。
 顔を離して、村雨を見ると、なんだか、難しい顔をしている。
 やっぱり、俺は、まだまだ下手くそなんだな。
 俺が村雨にキスされたら、もっと虚ろな顔になってるし。
 畜生、俺は、こいつには全然敵わないってことか。
 まあ、でも、いいや。
 お前に、これから教えて貰うから。


 俺は、村雨に渡した合い鍵のことを思う。
 他人が、俺の部屋に入ってくるのはイヤだけど、最初から、住んでるヤツが帰ってくるのだと考えたら、さほど不快でもない。
 村雨は、実は、俺の心にも、不法侵入してきて、いつの間にか、居座ってるんだってことは、とりあえず、本人には秘密にしておこう。
 俺−−村雨祇孔−−は、いささか浮かれた気分で、合い鍵を取り出した。
 何せ、<あの>先生が、自分に惚れてると言ってくれたのだ。
 ちっとくらい自惚れたっていいだろう?
 しかし、その気分は、次第に落ち込んでいった。
 鍵が合わねぇ。
 確かに、先生は「鍵を替えるから処分しろ」と言った。
 でもそれは、俺が入ってくるのがイヤだったからだろう?
 惚れてんだったら、構わねぇ筈じゃないか?
 なんだかんだ言って、やっぱり俺は、拒絶されてんのかい。
 腕組みして考え込んでいたら、扉が開いた。

 「村雨。何の用だ?」

 「用が無きゃ、来ちゃあいけねぇの
  かい?」


 顔を出した先生の頭は、まだ濡れている。
 俺の不機嫌な声を聞いて、不愉快そうに片眉が、ぴんっと跳ね上がった。
 本当に、分かっちゃいねぇんだ、この人は。

 「いいから、さっさと入って、戸を閉めろ。
  あぁ、ロックも忘れずにな」

 こういうところが分からない。
 俺は、危険人物には入ってねぇのか?
 わざわざ二人っきりの空間に、鍵をかけて、自分の退路を断つか?
 ま、もっとも、セックスなら、先日、散々やり尽くしたから、あれ以上の事をされることは無いって、タカをくくってんのかも知れねぇが。
 警戒心が強いんだか、弱いんだか。
 大体、『何の用』ってなぁ、どういう言い草だ。
 惚れた相手に会いに来て、何が悪い。
 あぁ、いかん、段々、腹が立ってきた。

「言っておくが、お前に出す茶は無いぞ」
 
 くるりと振り返った先生に、ふんぞり返って言われてしまった。
 
あぁ、はいはい、そうですか。
 俺には、茶の一つも出せねぇってか?
 さっさと帰れって事かい。
 ここまで、あからさまに言われりゃ、いっそ清々しいかも知れねぇな。
 ・・・いや、ちっとも、清々しくはないぞ。
 腹ん中で、どろどろと渦巻くものがあるぞ。
 いや、落ち着け、俺。

 この先生は、俺が今、何考えてるのか、分からねぇんだろうなぁ。
 『自分は、正しいことを言ってます』ってな偉そうなツラを、無茶苦茶に、歪ませてやりてぇ。
 あぁ、畜生。
 本当は、俺は、この間、嬉しかったんだぜ?
 先生が、俺に惚れてるって言ってくれて、俺は、アンタが、すっげー愛おしいと思った。
 大事にしてやりてぇと思った。
 それは、嘘じゃない。
 なのに・・・今は、駄目だ。
 アンタを、無茶苦茶に壊してやりたい。
 アンタが許しを請うまで、犯し尽くしてやりたい。

 さっさと逃げろよ。
 俺の、良心が、アンタに忠告してる。

 ほら、今なら、まだ、間に合うぜ−−。

 「こらっ!村雨っ!」

 先生にしては、えらく無防備だったのか、ちょっと突いただけで、バランスを崩して床に倒れた。
 口ではしっかり怒鳴ったくせに、目は幾分、焦点が合っていない。
 一気に、パジャマの前をはだけさせる。
 ボタンが飛んだようだが、そんなこと、俺の知ったこっちゃねぇ。 
 ばたつかせた手を、両方まとめて掴み、パジャマで括ってやった。
 そこまでしても、先生は、どこか、きょとんとした目で、俺を見上げていた。

 分かっちゃいねぇ。
 本当に、分かっちゃいねぇ・・・。

 パジャマのズボンも、下着ごと引き抜く。
 別段、抵抗する様子もない。
 それどころか・・・何故か、憐れんででもいるかのような、目をしている。

 そんな目で、見るんじゃねぇよ!!

 微かに残っていた自制心も、それでどこかに行っちまった。
 ズボンの方で目隠しをして、ついでに、下着は口に突っ込む。
 身藻掻くのを、くるりと俯せて、腰だけ高く上げさせる。
 抗議だろう、くぐもった声で何か言うのを無視して、舌で適当にそこを濡らした。
 そして、俺は、自分の物を取り出し、押し当てる。
 びくりとそこが収縮したのが分かった。

 「アンタが、悪いんだぜ・・・」

 耳元で囁きながら、一気に力を込めた。

 声はないが、背中の筋肉がびりびりと緊張している。
 両手は背後で括ったままだ。
 肩と額だけで、身体を支えて、俺の力に耐えている。

 「慣らさなくっても、入るモンだなぁ・・・」

 本当は、かなり、きついが。
 わざと、そう言ってみる。

 ふるっと、剥き出しの肩が震えた。
 だが、別に泣いているわけでも無いらしい。
 声も出さず、抵抗もせず。
 何を考えているのか、さっぱり分からねぇ。
 手を伸ばし、目を覆っていた、ズボンを解いてやった。
 振り向いた顔は、俺を見た途端、何故か、悲しそうに歪んだ。
 怒りではなく、抗議でもなく。
 ただ、ひどく−−傷ましいものでも見るような、その表情。
 なんだって、そんな目で、俺を見る?
 俺は、アンタにとって、同情と憐憫の対象でしかないのかい?
 憎む価値すら無い男かい?
 その目を見ていたくなくて、俺は、片手で先生の頭を床に押しつけ、それまで以上に激しく腰を使った。
 動きにつれて、押し出される生理的な声は、口の中の布に阻まれ、僅かな呻き声になる。
 ・・・畜生。何やってるんだ、俺は。
 俺は『惚れてる』と、アンタに言った。
 だが、これは『愛情』じゃない。
 お綺麗なアンタを、俺のところまで墜としてやりたいだけの、ただの『欲望』だ。
 『年の割には大人』
 『酸いも甘いも噛み分けた、博徒の王』
 『歌舞伎町の夜の帝王』
 ・・・へっ、誰のこった、それは。
 全然、余裕なんてあったもんじゃない。
 アンタに『拒絶された』と思っただけで、このていたらくだ。
 どうしたら、アンタと同じ場所に立つことが出来るんだ?
 アンタを見てると、自分の存在が、卑小になった気がする。
 同じ男として、器のでかさの違いに、嫉妬が湧き起こる。
 こんな事をしても、どうにもならないのは、自分でも、よく分かってるさ。
 力でねじ伏せて、いくら肉体を貶めても、アンタの心に傷一つ付かないのは、分かってるさ。
 俺は、どうしたらいい?
 俺はどうしたら、アンタに認められる存在になれるんだ?
 教えてくれ。
 教えてくれよ、龍麻−−。

 震えている背に覆い被さって、白い首筋をがりりと噛んだ。
 人の歯でも、その気になれば、頸動脈を切断することが出来る。
 俺は、今、『東京の命運を握っている男』、『緋勇龍麻』の命を握っている−−
 そう考えただけで、背筋が粟立ち、俺は、龍麻の最奥に欲望を放っていた。

 最低な、男だな、俺は。

 気を失った先生を床に横たえ、後ろ手に縛ってあった両腕を解放した。
 本当は、ベッドにでも運んだ方が良いのは分かっちゃあいるが、目が合ったら、何をするか、自分でもわからねぇ。
 さっさと退散・・・

 「帰るのか?」

 もう、気付いたのか。
 責められるかと思ったら、先生には殺気はない。
 のろのろと机に向かっている。
 回復薬でも取り出すのだろうか。
 
 「あぁ。・・・へっ、安心しろや。もう・・・」

 もう、来ねぇから、と言いかけたのだが。
 先生が投げた物を、咄嗟に受け取る。
 銀色に光る、それは・・・

 「・・・・・・こいつは・・・・・・」

 「見れば、分かるだろう。鍵だ」


 確かに。ピンクのチープなリボンの付いたそれは、鍵以外の何物でもない。

 「鍵って、ここのか?」
 
 分かり切ったことを、思わず口走る。
 いや、本当に、聞きたいのは・・・

 「今度のは、磁石式のだから、そう簡単
  には、合い鍵は作れないぞ」


 先生は、イヤに嬉しそうに言った。
 
 「俺が、持ってて良いのかい?」

 「いらないなら、返せ」

 「いや、いる!返さねぇ!!」


 やれやれ、我ながら、みっともねぇ。
 伸びてくる手から、鍵を庇う姿は、相当マヌケだったろう。
 しっかり、鍵をしまってから、考える。
 確かにこのタイプの鍵は、そう簡単に複製できねぇ。
 てことは、鍵を替えた時点で、合い鍵を作ってたってことだ。
 部屋に入れるのをあれだけ嫌がる先生が、わざわざ合い鍵まで作るってぇのは・・・
 もしや、その時から、俺に合い鍵を寄越すつもりだったのか?!

 「俺に、鍵、くれるなら、何で、わざわざ
  取り替えたんだ?」

 「だって、前のは、京一も持ってたんだ
 ろう?
  しかも、如月が鋳型を持っていたら、
 他にも誰が手に入れるか、分からない
 ではないか」


 さも、当然、という風に、先生は言った。
 それは、つまり、『俺にだけ』合い鍵をくれるという意味か?!
 そうだな!!間違いねぇな!!
 それにしても・・・今更ながら、冷や汗が出てきやがった。
 俺は、早とちりで、レイプまがい(そのものだよ/筆者注)をしちまったんじゃ・・・。

 「龍麻!!悪ぃ!!」

 「うわっ!何だ、何だ?!」

 
 頭を下げた俺の前で、先生は、飛び跳ねた。
 みっともねぇが、仕方がない。
 潔く、謝るしかねぇ。

 「来たとき、鍵が合わねぇんで、俺は
 入って来んなってことかと思って、
 ひでぇ事しちまった。
  本当に、すまねぇ!
  今度という今度は、自分でも自分に、
 ほとほと愛想が尽きた。
  こんなくだらねぇ男だが、殴って気が
 済むなら、何発でも、殴ってくれ!」


 言ってて、自分でも、呆れる。
 まったく、最低な男だ。
 しかも、許してもらえるのを、期待してるんだぜ?
 いつから、ここまで卑屈な男になったよ、村雨祇孔。
 とことん自己嫌悪に陥りながら、床を見つめていると、先生の素足が目に入った。
 かと思うと、顎に強烈な一撃を喰らって、仰向けに倒れる。

 「あのな、村雨」

 腹の上で、先生が笑っている。

 「くだらねぇ男ってのは、誰のことだ?」

 「へ?そりゃ、俺の・・・」

 「馬鹿者」

 いや、先生・・・素裸で跨られると、性懲りもなく、俺のムスコが元気になるんだが・・・

 「緋勇龍麻が惚れたということは、
 それだけで賞賛に値するんだぞ。
  そいつをバカにすることは、俺をバカに
 しているも同然だ。
  俺の惚れた男を悪し様に言うことは、
 この俺が許さない」


 たとえ、本人でもな。
 そう言って、先生は、俺にキスをした。
 甘やかしすぎだぜ、先生よ。
 俺は、アンタに酷いことしたんだぜ?分かってるのかい?
 アンタを憎んで・・・いっそ、殺してやりたいとも思ったんだぜ?
 それも、ただの、勘違いで!!
 全然気にしてないって顔で、先生は、俺に身体をすり寄せてくる。
 畜生、俺は、一生この人には敵わねぇんだろうなぁ。
 まあ、でも、かまわねぇか。
 アンタと一緒にいられるなら。

 
 俺は、財布の中の合い鍵のことを思う。
 俺が惚れた相手は、やけにテリトリー意識が強い人なのだが、どうやら、俺は、ここにいることを許可されたようだ。
 ならば、この部屋にも、もちろん本人にも、精々マーキングをさせて貰おう、と、俺は、心の中で、誓うのだった。
 


  あとがき

 え〜と、その・・、村雨さんが、激しく回ってますけど・・・。村雨ファンの方、怒らないでやって下さると嬉しいです・・。
村雨ファンというか、『大人で龍麻より余裕な』村雨さんファンですね。
 右側はシリアスなようでいながら、左側で龍麻さんが、とぼけていらっしゃるので、回り具合が却ってギャグに見えるという、妙な仕上がりになっております。
 というか、2本書くより、余程疲れたので、この形式は、一度はやってみたかったけど、二度はやりたくないですな。ははは・・。
 え〜、多分、龍麻さんに愛されると、認識出来た村雨さんは、もっと余裕が出てくると思います・・。だから、許して下さい。すみません、すみません・・毎回、謝ってるな、自分。
 ところで、書いた本人から、突っ込ませて下さい。
 「龍麻さん、アンタ、謝る予定はどうしたよ?」
   ・・・・・うちの龍麻さんの『謝罪』は、『感謝』よりレア物だと思われます(笑)。

 


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