ここは、カブキ町。
欲望渦巻く大人の街…てことで。
「ひーちゃん。遊びに行きたい」
目的であった魔剣(?)を手に入れて宿屋で一息ついていた冒険者二人組のうち、一人がおずおずと口を開いたが、
「却下」
黒髪の青年は、赤毛の友人に目を向けるでなく荷物の整理をしながら冷たく言い放つ。
「えー!?遊びてーよー!せっかくカブキ町に来てんのによー!」
「アホか。何のためにここに来たと思っている」
「だからよー、魔剣は手に入れたじゃんか…まー、ちっと変な剣だったけど」
『誰が、変な剣だ』
お前は黙っていろ、と言わんばかりに懐を叩き、タツマはうんざりとした表情で目を上げた。
「だいたい、お前が遊びに行って、ろくな目に合った試しがあるか?」
「人間、チャレンジ精神を無くしたらおしまいだぜ!」
無闇に胸を張る友人に、タツマはわざとらしく頭を抱えた。
「なー、ひーちゃーん。明日には出立するんだしよー。今晩だけでも、遊びに行きてーよー」
したでに出てごろごろと懐くキョウイチを、足で構っているタツマの胸から、楽しそうな声がする。
『いいじゃねぇか。兄さんの言うのも一理ある。カブキ町に来て、遊ばねぇなんてよっぽどの物好きだ』
「おっ!そうだろそうだろ?いやあ、話が分かるねー、ムラサメ!」
我が意を得た!とうんうん頷き、明るい茶色の瞳が、タツマを見つめる。
「ひーちゃーん」
期待に満ちた声で名を呼ばれ、タツマは数十秒後に重い溜息を吐いた。
「分かった…好きにしろ」
「よっし!」
『あぁ、俺も連れていってくれよ。久しぶりの娑婆だ』
「…生臭い剣だな、貴様は…」
『女遊びはしねぇよ』
「したら、恐いわ」
言いつつ、懐から約10cmの包みを取り出し、キョウイチに放り投げる。
片手でキャッチしたキョウイチは、しげしげとそれを眺めた。
『なんだい?兄さん』
「てめー、俺の体を乗っ取ったりしねーよな?」
『時と場合に寄っちゃ、やるかもしれねぇがね。今んとこ、そんな気はねぇよ』
多分、人間型なら肩をすくめているのだろう言い方で、刀は僅かに震えた。
「うー、まー信用するけどよー」
『そうしてくれ。落とさねぇように、しっかり懐に入れておいてくんな』
「あいよ」
軽口を叩きつつも言われた通りに懐にしまったキョウイチは、収まり具合を確かめるようにぽんぽんとそこを叩いた。
「んじゃ、行って来るぜ、ひーちゃん」
「…旅に必要な資金は残しておくこと」
「うわー、信用ねーなー。んなこと分かってるっての!」
意気揚々と出ていくキョウイチの背後から、「それが信用できればどんなにか…」という繰り言が追っては消えた。
『信用ないねぇ、兄さん』
「いやー、これまで度々すってっからなー」
『分かってんなら、止めりゃいいのによ』
「それが止められりゃ、苦労はねーってね」
ふんふんと鼻歌を歌いながら宿の階段を駆け下りるキョウイチの懐で、刀はこそりと溜息を吐いた。
さて、やってきた賭場。
「さー、やるぞー♪」
楽しそうに場に加わったキョウイチだが。
どう見ても少年の域を脱したばかりの年齢に、明るく輝く瞳、軽戦士の装備、となれば、誰が見たって「カモネギ」という奴で。
1時間も経たぬ間に財布の中身は大幅に減っていた。
『兄さん…なるべくならお楽しみの邪魔はしねぇでおこうと思ったが…』
「んだよ、ムラサメ。分かってんなら、黙ってろっての」
ぶつぶつと他人の目には独り言を呟いているようなカモに、胴元の目がきらりと光る。
「お客さん、降りますかい?」
「かーっ!ここまで来て、降りられっかー!行くぜ!」
『…あぁもう…あんた、タツマに言われてんじゃねぇのかい?資金は残せって』
「うるせーよ!いざとなりゃ、装備を売ってでも元を取り戻してやらぁ!」
勇ましい言葉に、周囲の無責任なヤジが飛ぶ。
まあ、他人にとっては、馬鹿なガキが身ぐるみ剥がされてほっぽり出される様子を予測するのも良い余興だろう。
『仕方がねぇ…兄さん、貰うぜ?あんたの身体』
溜息と共に言われたセリフにぎょっとする暇もなく、キョウイチは意識が朦朧とするのを感じた。
「あっ、こら、てめぇ…」
くらり、と視界が揺れる。
次に目覚めたときには、どこか膜がかかったような視界で、目を擦ろうとして…自分の体が動かせぬのに気づいた。
『てめーっ!ムラサメーっ!』
「兄さん。自分の筋肉の動かし方ってやつを、覚えておきな」
『あんだとーっ!?』
じたばたと心では身じろぎしているつもりなのだが、実際には身体はまるきり動かせない。
自分の意志でなく動いた視線は、手元の札に落ちた。
『うげー…他人が動かす視界って酔いそう…』
「黙って見てろよ、兄さん。良いか?博打なんてもんは、はったりよ」
札はそれなりに良い札が揃っているが、キョウイチは自分の頬が歪むのを感じた。
多分、悔しそうな顔をしているのだろう。手がうろうろと手元の札を「どれを捨てようか」と言わんばかりに動いた後、2枚を捨てる。
そして、引いた2枚で、かなりの役が成立したにも関わらず、キョウイチの体は、「かーっ!」と叫んだ後、天を仰いだ。
それは、まるで、ブタが来たときの己の行動そのもの。
隣の親父がニヤニヤと倍率を競り上げる。
「キョウイチ」は、渋りながらも負けず嫌いのために降りられない…といった風に少しずつ倍率を競り上げ…ついに、最終段階。
もしも負ければ身ぐるみ剥がされ全裸決定、というところまで競り上がった金額に、周囲のヤジが飛ぶ。
そして、『キョウイチ』はにやりと笑った。
ぱらりとテーブルの上に拡げられた札に、周囲のヤジがふと止んだ。
「ま、たまにゃあこんなこともあらぁね」
飄々と肩をすくめ、さっさとチップをかき集めるキョウイチに、周囲はほっと息をつく。
先ほどまで無茶な賭け方をしていたガキが、まさかいきなり変貌したとは誰も思わなかっただろう。
しかし、次も、またその次も。
大げさに顔を顰めていると思えば高得点、無邪気に競り上げると思えばカス札、かといって逆ばかり突いているのではなく、表情通りの手札のこともあり…もはやテーブルの面々は、『キョウイチ』の態度に翻弄されるのみ。
『はー…てめー、慣れてやがんなー…刀のくせに』
「あんたが、不慣れ過ぎんだろ。博打ってのは、はったりと駆け引き、それに少々の運、だ。兄さんにゃまだ早ぇ」
口は動かさず、精神のみで会話する様も手慣れている。
キョウイチはただただ自分の体が稼ぎ出すチップの山を呆然と見守るばかりであった。
そして、ついに。
胴元が、さしの勝負を申し込む。
今やキョウイチの周りには野次馬の人だかり…最初は馬鹿なガキがカモられているのを見ていたものが、一流の博徒を賛辞の目で見守る人間で一杯であった。
その注目の中、『キョウイチ』は悠然と笑った。
「いいぜ、兄さん。受けてやる」
どよめきの中、勝負が始まる。
配られた札を、微笑んだ表情のまま伏せ、見もせずに3枚チェンジする。
『おいおい、ムラサメ…』
「いいから、見てな、兄さん。こういう場合、ああいう手合いは、尻尾を出すもんだ」
『見てるってな…』
「誘うか。こうして…」
配られた手札を見るために視線を正面から外した次の瞬間。
「うぐぁっ!」
くぐもった悲鳴を上げた胴元を見れば、手の甲から小刀を生やしていた。
『…てめー、自分を投げるなよ…』
呆れ声は放って置いて、『キョウイチ』は胴元の手を捻り上げた。
手のひらまで突き抜けた小刀は、一枚の札を縫いつけている。
「なあ、みなさんよ。この札は、どっから出てきたと思うよ?」
ざわめく周囲にその掌を見せて。
テーブルの上には、胴元の手札が5枚。
配るべき札は未だ中央に山となっている。
そして、胴元の手に止まる札が高位のものとなれば。
「いかさまかよ…」
誰かが、苦々しく呟いた。
いかさまする胴元、というものはさほど珍しい存在では無い。だが、それと、存在が知れる、ということは別のことだ。
その賭場の胴元がいかさまをしている、とはっきりすれば、誰もその賭場には来ないだろう。
それゆえ、いかさまがばれた者は淘汰される。手段は問わず。
慌ててこの賭場の責任者なのだろうでっぷりとした男が飛んできて、平謝りを始めた。
同時に、付いてきた3人の男がいかさまのばれた男を引きずっていく。
「あぁ、ちょい待ってくれ」
『キョウイチ』はそう言って、彼の手から小刀を取り戻した。
「俺としちゃあ、あんたと勝負の続きをしてもかまわねぇんだがねぇ」
挑発的に小刀を弄びながら言うも、太った男は、目を細めて『キョウイチ』を見。
「やめときましょ。あたしは商売人であって、博徒じゃないんです」
獰猛なブルドックを思わせる笑みを浮かべ、頭を下げた。
「部下の不始末は、あたしの不始末。ここは、賭金の倍を払いますから、収めて貰えませんかねぇ」
「いいぜ」
こちらもあっさりと引き下がったため、周囲から無責任なブーイングが起こる。
だがそれもものともせず、『キョウイチ』は面倒くさそうにコインをかき集めて、
「験直しに、他の賭場に行かせて貰うぜ」
と、あくびをしつつその場を立ち去るのだった。
賭場を出て、数十m歩いた後、キョウイチはいきなり解放された。
「てめーっ!人に断りもなく、勝手に体使うんじゃねーよ!」
懐から取り出した刀の包みに怒鳴って、憤懣やるかたない、といった態でぎりぎりと雑巾のように絞る。
『兄さんが、ちゃんとタツマの言いつけを守ってりゃ、俺も、んなこたぁしてねぇよ』
暢気な声が頭に響く。
「それとこれとは…!」
『それより、兄さん。多分、お客さんが来るぜ?ちぃっとばかし、目立ちすぎたからなぁ』
その言葉に、す、と、目が細くなり。
野放図だった氣が冴え冴えと錬られていく。
「ふん。それで、俺に主導権を戻したのかよ」
『当たりだ』
くつくつと笑う刀を懐に収め直し、キョウイチはさくさくと歩を進めていく。
宿屋へと向かう道筋に、ふと店がとぎれる場所があった。
他の道よりやや暗いそこで、両脇から迫る影が数体。
「なめられたもんだなー、俺も」
総勢6人のちんぴらでは楽しみようもねーや、とキョウイチは嘆息し、腰の刀を鞘ごと抜いた。
月明かりに照らされたちんぴらの一人の顔には見覚えがある。
あの、手を差し貫かれた胴元だった。
「兄ちゃんよぉ、その金を回収できなきゃ、俺の方が殺られるんじゃあ。おとなしく、返して貰おうかい」
「駄目だよなー、そういう言い回しだと、個人的報復じゃなくて、上の指示だってことがばれちまうよなー。…頭悪いよな、あんた」
心底気の毒そうに言われて、胴元の目がイヤな光をたたえる。
「やっちまえ!」
「セリフも、お約束だしなー」
面倒くさそうにキョウイチは言って、小剣を構えて突っ込んでくるちんぴらを鞘でいなした。
刃を抜かずに、的確な打撃だけで昏倒させる腕前は、流石と言える。
見る間に倒れ伏した5人のちんぴらに、胴元の目線が左右に動き、それから自棄気味に小剣を振りかざした。
その腕を鞘ごと打ち据え、キョウイチはそのまま自分の肩をぽんぽんと叩いた。
地面を転げ回る男の腕は奇妙な方向へ曲がっている。
「悪いなー。襲ってきた奴を無傷で帰すほど、人間出来てねーんだ、俺」
『せっかくの『殺さずの剣』を、抜かずに済ませてやるくらいの器量はあるがね』
茶々入れは無視して、キョウイチは懐を探り。
男の前に、ぽんと包みを投げ出した。
「腕の治療代だ。とっときな」
そして、振り向きもせずにそこから立ち去る。
のろのろと立ち上がる男に、目は前は向けたままで独り言のように言ってやる。
「あぁ、もしこれ以上立ち向かってきたら、そん時は、鞘抜くぜ?」
『甘いねぇ、兄さん』
「悪かったな」
そうして帰ってきた宿屋では。
「ごめんなさいっ!ひーちゃん、もうしませんっ!」
ひたすら土下座するキョウイチの姿があった。
それを前にして、腕を組んで見下ろすタツマの顔は、ほとほとうんざりした、と言わんばかりで。
「まったく…全財産すってきた、だと?財布ごとするとは、一体どんな賭け方をしてたんだ!」
「いや、もう、勘弁して下さいっ!」
「ムラサメも、何の役にも立たなかったようだしな。何のために付いて行ったんだか」
「いやあ面白かったぜ?」
何故か人型を取っているムラサメにじろりとガンを飛ばすも、全く堪えていない様子で、悠々と茶を飲んでいる。
「俺に多少の持ち合わせがあるから良いようなものの…お前は、今後二度と遊びに出してやらん!」
「ひーちゃーん!そんな殺生な〜!」
足下に縋り付く赤毛の友人を蹴り倒して、タツマはそのままムラサメの胸元を捻り上げた。
「貴様もだ!何を暢気に茶など啜っておるか!」
「いや、俺はまだまだ命の洗濯ってやつをしに行こうと思ってねぇ」
「器物の分際で、命の洗濯も何もあるかーーっ!」
怒鳴ってから、すい、と顔を近づける。
「で?」
「で?たぁ何だい?接吻でもしてくれんのかい?」
「実際には、何があった?」
ムラサメは、ちらりと床のキョウイチを見やり、それからにやりと片頬を歪ませた。
「いや、兄さんの心意気ってやつに見惚れててねぇ。何が起きたのかさっぱり覚えてねぇなぁ」
のらりくらりと言う様に、何かを感じたのだろう。タツマは鼻を鳴らして手を離した。
「まったく…阿呆が二人に増えただけか」
尊大に腰に手を当て、言い放ち、くるりと後ろを向いた。
「ひーちゃ〜ん?」
「良いから、さっさと寝ろ!明日は早いんだぞ!」
お許しが出たと見て、キョウイチは嬉々として立ち上がる。
寝る準備をとする二人を後目に、ムラサメはよっこらせ、と掛け声付きでイスから離れ、ドアへと向かった。
「…待て」
「何、朝にゃ戻ってくるさ」
そうして出ていく刀を、タツマは忌々しそうに見送った。
「いや…そのよー、ひーちゃん。あいつ、悪い奴じゃねーみたいだし…」
恐る恐る言うキョウイチをじろりと一瞥で黙らせ、タツマは舌打ちをしてベッドに腰掛けた。
「…まあな。良い奴でも無いが」
翌朝。
二人が目覚めたときには、テーブルの上に、何やら満足そうに刃を光らせている刀と。
キョウイチがすった金の10倍近い金貨が山と積まれていたのだった。