少女漫画



 熱に浮かされていた俺は、色々な夢を見た。
 (村雨さん)
 心配そうに、俺を覗き込む、顔。
 (村雨さん
 かすかな吐息。
 ひんやりした手が、俺の額に触れる。
 (村雨さん)
 わずかに開かれた唇が、俺の唇に寄せられ。
 小さな舌が、俺の唇を這う。
 (村雨さん)
 声が、響く。
 先生の、透き通るような声が、何度も、何度も。

 夢を見る。

 その細い身体を巻き込み、のし掛かって、動きを閉じこめる。
 だが、抵抗はせず・・・むしろ、嬉しそうに微笑む。
 さらさらとした絹のような手触りの肌に、舌を這わせると、可愛らしく啼いて、身を捩る。
 両足を抱え上げ、その身を押し開くと、甲高い悲鳴が上がる。
 だが、それは、明らかに愉悦を含んだ嬌声で。
 (村雨さん)
 呼ばれるだけで、イきそうだ。
 (村雨さん)
 ゆらりと上げられた腕が、俺の背に回される。
 (愛してます)
 

 これは、夢。


 随分と長い間、眠っていた気がする。
 喉はがらがらに乾きやがるし、寝衣とシーツは、逆にじっとり湿って、気持ち悪ぃことこの上なし。
 俺は、それまで身につけていた物を全て取り去って、ぼんやりと部屋の中を見回した。
 大体は、覚えがあるんだが・・・サイドテーブルには、水を張った洗面器にタオルが半分浸かっていて。
 乾いてしまった粥の残骸が、茶碗にこびり付いている。
 イオン飲料のボトルの封は切ってあるが、口にした形跡は認められない。
 
 ・・・・・?
 誰か、来たのか?

 とりあえず、ペットボトルをラッパ飲みし、一息吐く。
 シャワーでも浴びるか、と向かった脱衣所では、洗濯機にパジャマだのシャツだのが、固まったまま乾いていた。

 こざっぱりした俺は、新しいシャツを出してきて、羽織った。
 ようやく、頭がすっきりした・・・が。

 先生が、来た気はする。
 しかし・・・
 (村雨さん)
 ありゃあ、俺の夢だろう。
 先生が、あんな娼婦じみた表情するわけねぇ。
 男を受け入れて、快楽に喘ぎながら、腰を振る。
 ・・・中坊じゃあるまいし・・・惚れた相手の、そんな夢、見るなよ、俺。
 そう、夢。
 だが、全てが夢のはずはねぇ。実際、来た形跡はあるんだ。
 先生を好きに弄んだアレは、夢だろうぜ。
 とすると・・・どこからどこまでが、現実で、どこからどこまでが、俺の夢(てーか妄想)なんだ?
 そもそも、あんなことをしちまった俺を、先生が見舞いに来るか?
 てこたぁ、先生が来た・・・って部分も、夢かい? 


 久しぶりに、歌舞伎町に向かう。
 部屋で考え込んでたって、答えが出るわけでもねぇ。
 むしろ、妄想がひどくなるばかりだ(笑)。
 あぁ、畜生、先生・・会いてぇぜ・・・。

 舎弟どもが、俺の周りをうろうろする。ホントは、俺が札で稼ぐのを見てぇんだろうが、さすがにそこまでは回復してねぇ。
 手持ちぶさたにタバコをくわえ・・ちっ、荒れた喉に沁みやがる。
 
 ・・・・・・?
 あそこで、ちらっと掠めた<氣>は・・・。
 追おうとして、更に見覚えのある姿が視界を横切り、俺は思わず顔を顰めた。
 ともちゃんじゃねぇか。
 おいおい、先生を連れ出して、一体、何するつもりだ?
 まさか、まだ秋月にちょっかいかけるために、黄龍の器に手ぇ出そうってか?
 俺としちゃあ、ともちゃん自身に恨みがあるわけでなし、あの件に関しちゃあ不問に付してやっても・・と思ってたんだが、先生に手ぇ出すようなら、容赦しねぇぜ。

 どこ行きやがった・・・戦いにでもなりゃあ、一発でわかるんだがなぁ。
 ともちゃんがこの辺で行くとなると・・・あっちの茶店か。
 ・・・あぁ、いた。
 通りからガラス越しに見る限りでは、ともちゃんは高笑いして、ご機嫌で・・・先生は、ちっと後頭部しか見えねぇなぁ。
 ちっ、しまった。
 ともちゃんと目が合っちまった。
 俺は、急いで茶店のドアへ向かい、入って店内を見回した。
 ・・あぁ、あそこか。
 テーブルにゃ、先生しかいねぇ。

 「先生!何もされてねぇだろうな!?」

 唐突すぎたか・・・先生は、振り返りもせずに、イスから転げ落ちちまった。
 助け起こすと、やたらと顔が赤い。
 ・・・ともちゃんと、何話してたんだ、先生よ・・・。
 ともちゃんが直接先生に危害を加える気はねぇにせよ、つまんねぇことを吹き込む可能性は高いからなぁ・・。
 あること無いこと(いや、あることあることでも、ちっとばかしやべぇんだが)、先生は、また、それを無条件に信じそうだしな。
 
 伝票を取って、喫茶店の出口へ向かう。
 先生は、逃げたそうにしているが、逃げた瞬間捕まえてやろうと、俺は神経を背後に集中した。
 道路に出て、先生の方を振り向くと。
 先生は宙に視線を漂わせていた。
 何、見てんだろね、この先生は・・俺なんざにゃ計り知れねぇもんが見えてそうだな。

 かと思うと、いきなり、俺の腕をがしっと掴み。
 「今から村雨さんの家に行ってもいいですか!」
 ・・・・一体・・・・
 いや、嬉しいんだけどよ。俺がしでかした約1.5cmに関しては、先生の頭の中では、どういうことになってんだろうな・・・。
 そりゃ無かったことにしてくれりゃ、俺の『お友達』としての立場は守られんだが、なんだかこう・・・空しい気もしやがるな。

 俺が、何やったって、この人には、通じやしねぇ。
 先生の世界を壊すことなんざ、俺には到底出来もしねぇ。
 ・・そもそも、隣で歩いてるってぇのに、先生が何考えてんのか、さっぱり及びもつかねぇしなぁ・・。
 なにやら、ぶつぶつ呟きながら、決意に満ちた澄んだ表情をしてるんだが。

 部屋に入ったところで。
 先生は、きっ、と俺を見上げて、両腕を掴んできた。
 「先生?」
 で、ずかずかと押してくる。
 特に抵抗する理由もねぇから、俺は押されるままに、先生と向き合ったまま後ずさる。
 先生は、鼻の頭に可愛らしく皺を寄せて、いかにも一所懸命、俺をずいずいと押して。
 廊下を通り抜け、リビングを経由して・・・俺の背に、ドアが当たる。
 それでも、先生がうーうー言って押してくるもんだから、俺は、後ろ手でドアを開いた。
 急に支えを失ったのか、先生がまるで俺の胸に飛び込んでくるような形でもたれ掛かって来て。
 咄嗟に支えずに、とっとっと、と押されるままに数歩、後退すると。
 膝裏にベッドの端が当たり、俺は先生ごと倒れ込んだ。

 柔らかくスプリングの効いたベッドだから、頭をかばいもせずに重力に従ってベッドに沈む。
 俺の胸に縋り付いていた先生も、一緒に倒れてきた。
 まるで、こりゃあ、先生に押し倒されてるみてぇな格好だな・・。
 そう思いながら、先生を見ると。
 俺の胸に手を突いて、乗っかってる先生が、やけに嬉しそうに笑ったかと思うと、不意に、考え込むような顔になった。
 
 状況を整理しよう。
 俺は、ベッドに横たわっている。
 先生は、俺の上に乗っている。しかも、ちょうど俺の腰あたりに跨って、俺の胸に手を突く、という、一見騎乗位なこの姿勢。
 
 俺の理性部分が、ぷしゅーっっと音を立てて萎み、代わりに本能が存在を主張する。
 だが、なけなしの理性が、俺に警告する。
 一体、これは、何事だ!?
 先生は、何をしたいんだ?ナニか!?(←かなり、理性部分は縮小してきているらしい)
 先生の様子が変わったのは、ともちゃんに会ってから、のような気がする。
 何を吹き込まれた?
 まさか・・・やられたら、やり返せ!とかか!?
 俺が先生にしたのと同じことを、やり返せっつーと・・・おいおい、俺は突っ込む気は満々でも、突っ込まれる気は皆無だぜ?
 しかし、この体勢は・・・。
 ・・・よし。
 先生にゃ悪いが、俺はやられる気は毛頭ねぇんだ。
 この姿勢も大変に嬉しいんだが、騎乗位は、もっと慣れてからってことで、ここは一つ、やはり俺が上に・・。

 ぽふっ。

 まだ考え込んでいた先生を抱き込んで体勢を入れ替えるのは、非常に簡単だった。
 先生は、ぱちくりと俺を見上げる。
 何が起こったのか、わからねぇらしい。
 その顔の両脇に手を突いて、耳元に顔を寄せた。
 「先生・・・」

 「だめぇ〜〜!!」

 一瞬、何が起こったのか、分からなかった。
 ・・って、俺は先生と同レベルか・・いや、悪い意味じゃねぇんだが。
 ・・・・・巴投げ。
 俺の腹に足をかけ、ぐいっと突き上げる。で、俺の身体は空中で一回転して、結果、今俺は、呆然と天井を眺めているわけだ。
 ぱたぱたと走る足音が聞こえる。
 ・・・先生・・・こりゃあちょっと、おいたが過ぎるんじゃあねぇのかい?
 男心を弄んだ罪は重いぜ・・・覚悟しな・・・。

 先生は、咄嗟に隣の部屋に逃げこんだらしい。
 「・・・先生・・・」
 ドアを開け・・・開け・・・開かねぇ。
 向こうから、しっかり押さえてるらしい。
 そして、何か話し声が。
 くくっ・・・先生・・・俺を放っておいて、誰と話してんだい?
 甘いぜ。ここは、ベランダで繋がってんだからな。
 ベランダに通じる窓は、いつもなら鍵を内側から掛けてんだが、『運良く』たまたま開いていて。
 先生は、ドアの方を見ながら、携帯電話に向かって話している。
 からからっと音を立てて、俺が窓を開くと、驚愕の表情で、先生が振り向く。

 「くくっ・・・先生・・・誰と、話してるんだい?」
 先生は泣きそうな顔で携帯を握りしめて・・・二言三言、話したかと思うと。
 「ととととととともちゃんさん!?ともちゃんさ〜ん!!」
 ・・・なるほど、電話の相手は、ともちゃんかい。
 さぞかし、妙なことを吹き込まれたんだろうなぁ。
 
 一歩、一歩、踏み締めるように、歩を進める。
 先生は、怯えたように俺を見上げて、自分の身体を抱きしめるように縮こまっている。
 う〜ん・・・この表情・・つーかシチュエーション。
 何だか制服欲をそそるってーか・・思いっきり、自分が悪人になった気分だな。
 
 脅かさないように、先生よりちょっと離れて、部屋の中心付近に腰を下ろす。
 ぎんぎんびんびんな自分の本能を落ち着けるために、意味もなく、
 「さて、と」
 と、呟いたんだが。
 途端、先生が、目を開いたまま、ぽろぽろと涙を流しやがった。
 おいおい・・・そこまで怯えられちゃ、さしもの俺も、へこむぜ、先生よ。いや、あんなことしといて、怯えるなってのも、無茶な話だがな。
 「・・・ご・・・ごめんなさい・・・・」
 ・・・・・あ?
 何だって、そこでアンタが謝るんだ?
 「ごめんなさい・・ごめんなさい・・・ご迷惑・・ひっく!・・思ったけど・・・ひっく・・・でも・・・」
 いや・・・先生・・・俺にゃもう何がなんだか。
 「先生、ちっと落ち着いて、話をしねぇか?」
 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 「怒ってるんじゃねぇって」
 ひくっと先生の喉が音を立て。恐る恐る、といった体で、俺を上目遣いに覗く。
 あぁ、もう、可愛いぜ、畜生。
 「怒って、ないですか?」
 「あぁ、怒ってねぇよ」
 いや、マジで怒ってるこたぁねぇよな。むしろ、アンタが怒るべきなんじゃ・・?
 「ほら、そんな隅っこで縮まってねぇで、こっち来な」
 紅く染まった目元、潤んだ瞳・・・あ〜押し倒してぇ・・・待て、俺の本能。ここは、落ち着け。
 おずおずと膝を進めて、先生が俺の側にまでやってきた。
 こんな時でも正座して、ぴしっと背筋が伸びてるのが、実に先生らしい。
 「なぁ、先生。ちっと、説明してくれねぇか?」
 えくっ、とまた、先生の喉が鳴って、ぽろぽろと泣き出した。
 「あ、あの・・・と、ともちゃんさんが、『押して駄目なら、押し倒せ』って・・・」
 ・・・・何だ、そりゃ。
 押し倒せ?・・ともちゃん・・・俺に嫌われてぇらしいな・・・
 「そ、それで・・押し倒すとこまで、うまく行ったのに・・・後、どうしたらいいのか、わかんなくって・・・」
 ともちゃん・・・いや、あんまり微に入り細に入り、説明されても困るけどよ。
 「と、ともちゃんさんは、続きは、村雨さんに教えて貰えって・・さっき・・・」
 ・・ナイスだ、ともちゃん。
 なんだかんだ言って、俺の趣味は把握してやがんな、あの男は。
 それにしても。
 「押して駄目なら・・・って、そもそも先生は、何をしたかったんだい?」
 押された記憶もねぇし。
 先生の顔は、面白いほど、くるくると変わった。
 赤くなり、青くなり、白くなり、考え込み、泣きだしかけ・・・で、ちょっとの間、唇を噛んで床を睨み付けてるかと思うと。
 
 「好きなんです」

 ・・・・・何が?
 え?何だ?
 まさか、ともちゃん?いや、そんな馬鹿な・・いや、しかし・・・

 先生は、背筋をぴんと伸ばし、まっすぐにこっちを見た。
 すぐ混乱しまくるくせに、時折、こうやって、迷いの欠片も無い、凛然とした表情をする。
 こういうとき、先生はなるべくして黄龍の器になったんだねぇ、と思わせる。
 畜生、やっぱり、俺はこの人に惚れてるぜ。どうしようもなく、魅せられてるんだ。

 そうやって、ちいとばかり諦めの境地に浸りつつ、自分のことを考えていた俺に。
 先生は、柔らかな声を放った。
 気負うでもなく、怯懦でもなく、傲慢でもなく。
 ただ、自然なことを淡々と述べるように。

 「村雨さんが、好きです。ごめんなさい」

 


 ・・・・・・・・・・・・・・あぁ?


 今・・・何つった?


 ・・・幻聴・・か?



 「村雨さん、男なのに、男の僕に、好きって言われても、お嫌でしょうが・・・でも、好き、なんです」
 
 ・・・まじぃ・・・先生が、不安そうな顔になってきている・・・
 俺!さっさと立ち直れ!
 意識を涅槃に飛ばしてる場合じゃねぇって!!

 すーはーすーはー・・・よし。

 「先生・・・いや、龍痲」
 あんまりにやけた顔を見られるのは、俺のスタイルに合わねぇ。
 ぐいっと、先生の身体を抱き寄せ、腕の中に閉じこめた。
 「むむむむむむむむむむ村雨さん!?」
 「悪ぃ・・・面と向かって、言ってなかったっけか。・・・アンタが、好きだ」
 あぁ、我ながら、芸のないセリフだ。
 だが凝ったシチュエーションやセリフを考える暇もねぇ。
 いや、考えたこたぁあったが、『お友達』としてのポジションすら失うかも、と思うと、つい、な。(約1.5cmのことは心の棚にしまっておくとして)
 先生は、まっすぐにまっすぐに、こっちにぶつかってくる。
 となれば、こっちも真っ向から返さねぇと失礼じゃねぇか。

 先生がじたばたするから腕の力を緩めてやると、俺の胸に手を突っ張るようにして、距離を取ってきやがった。
 「あのあのあのあの・・・ででででもでも、その、僕の言う『好き』・・は、あの・・恋愛感情の『好き』・・なんですけど・・」
 「奇遇だな、俺もだ」
 どうにか平静を装い、面目を保った俺は、先生に片目をつぶって見せた。
 先生は、さっきまでの静謐な雰囲気とは打って替わって、混乱の局地にいるらしい。
 「ええええええええええでででででもでもでも〜!なななな何だって、そんな、僕なんかを、僕、何も取り柄ないし、顔は平凡だし、頭悪いし・・・!」
 マジで言ってんだろうなぁ・・。
 先生、自分が驚くほど均整のとれた顔してるなんて、思ってねぇし・・あれだけ人を引っ張っていくカリスマがあって、自分自身の技があっても、取り柄がねぇって思うもんなんだなぁ・・。
 「龍痲・・アンタは、世界で一番の美人だ」
 顔を赤らめて、ぱくぱくと口を開く先生が、俺の顔を見て、更に真っ赤になった。
 「何に対しても一所懸命で、じたばたと足掻いてる姿が、滅茶苦茶、可愛い」
 ・・・誉めてねぇよ、これ。
 本心だが。
 「まあ、ちっとばかり、突飛なこと考えたりもするみてぇだが・・・これからは、俺がフォローしてやるよ」
 両手で先生の頬を挟む。
 「あああああのあのあのあのあの・・・!」
 
 「アンタが、好きだ」

 先生の頬は、燃えるように熱い。
 潤んだ瞳に、俺の顔が映っている。
 「き・・・」
 き?
 「気を失いそうです・・・」
 「・・・そしたら、ベッドに運んでやるよ」
 
 ようやく。
 先生の顔に、笑みが浮かんだ。


 幸せそのものってぇ感じの、花が綻んだような、最高の笑顔だった。





あとがき
まあ、なんてーか、その・・・
書いてる本人が、一番ムズムズするんじゃ〜!
でも、せっかくの『心から始まる関係』なので、
もうちょい楽しもうかと。
それにしても、村雨さん(3号)。
火邑ばりに弱腰だよな・・結局、告白は龍痲さんからだしな・・。


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