小狂想曲




 はぁ・・柳生さんも倒して終わったし、東京の龍脈も静まったしで、やっと、平穏な生活が戻ってきた・・。
 結局<浜離宮>の皆さんには、ずっとお世話になってしまって、しかも村雨さんなんか、柳生さんとか渦王須さんとかと戦うときにまで一緒に来て下さって・・。
 本当にご迷惑をおかけしてしまったけど、なんだか優しく笑って『いいんだよ。先生の役に立てて嬉しいぜ』とか仰って下さって。
 あぁ、本当に良い人だなぁ、村雨さんって。
 格好良いし、いつでも自信に満ち溢れてるって感じで堂々としてらっしゃって・・僕もあんな人になれたらいいのに。
 でも、もうあんまりお会い出来ないよね。
 もう戦闘が無いから、呼び出すことはないし・・村雨さんもお忙しいだろうから、単にお話しするだけでお時間を取らせるのも気が引けるし・・ちょっと寂しいけど、村雨さんには村雨さんの生活があるんだろうから、我慢しなくちゃね。
 でもでも、お正月の混乱のせいで秋月さんとかお忙しいだろうけど、ちょっと落ち着いたら、また遊びに行ってもいいかなぁ・・でも、やっぱり僕なんかが遊びに行ったら御迷惑かなぁ・・・。

 はう〜。
 今日は、蓬莱寺くんも醍醐くんもお休みなんだよね〜。
 疲れでも出て風邪をひかれたのかな?事故じゃないと良いけど。
 お二人がいらっしゃらないから、寂しくなって余計なことを考えたりするんだよね、うん。
 今日は、帰りに二人の家に寄ってみようかなぁ・・お見舞いなら、何か持っていった方が良いのかなぁ・・。
 
 僕は、考えてると、あんまり周りの様子が見えないんだけど。
 校門の近くまで来てたはずなんだけど・・・足下見ながらぽてぽて歩いてたから、急に声が聞こえてびっくりした。
 「たつまぁ!!」
 たたたたたたつま?
 僕のことだよね!?
 えと・・僕を龍痲って呼ぶってことは・・醍醐くんはお休みだし、如月くんや壬生くんの声とは違うし・・・あれ?
 あ!
 村雨さんだ〜!
 あれれ?でも、村雨さんが『龍痲』って呼ぶのって、初めてじゃ・・・
 ???しかも・・なんだか、凄い形相してる・・・怒って・・る?何で?
 
 何か言わなくっちゃ、とか思うんだけど、あんまりにも村雨さんが恐い顔してるし、どうしたらいいのか分からないうちに、村雨さんは僕の近くまで走ってきて。
 こういうときに限って僕の側には誰もいない・・・あ、村雨さんの運かなぁ・・。
 それで、僕は、誰にも見咎められないまま(だって、村雨さん他校生だし、あんまり見られたくないと思う)、村雨さんに腕を掴まれて、旧校舎の入り口まで引きずられるようにやってきた。
 村雨さん、凄い力・・・怒ってる・・・なんで、怒ってるのかなぁ・・・僕、何かやったかなぁ・・・。
 村雨さんに嫌われちゃったかと思うと、なんだかすごく悲しくなって、泣きたいような気分になった。
 何でかなぁ・・・何で村雨さん、こんなに・・・

 「相手は誰だ!!蓬莱寺か!?醍醐の大将か!?それとも・・・!!」
 ・・・ほえ?相手?・・・何の?
 「ほほほほ蓬莱寺くんと醍醐くんなら、本日はお休みですが・・・」
 村雨さんは僕の両腕を掴んで揺さぶる。
 ほえほえ・・・頭ががくがくするよぉ・・・何言われてるのか、分かんないし・・・

 「無理矢理か!?だったら、俺が相手の男をぶっ殺してやる!!」

 はぁ・・穏やかじゃないなぁ・・でも、やっぱり話が見えない・・・

 「同意の上だとしたら・・・くそっ!やっぱり相手の男をぶっ殺す!!言え!!誰だ!!」

 ふえ・・そんな思い切りがくがくしないで下さい・・・あ、なんかくらくらする・・・
 うわっ、足が崩れたっ・・・・・・あ・・・
 村雨さんが支えてくれた・・・き、嫌われちゃったわけじゃ無いみたいだけど・・・
 あ、また村雨さんが僕を覗き込んでる。
 よく、すっごい近距離で僕を見るんだよね、村雨さん。近視ってわけじゃないみたいなんだけど。
 ・・??
 あ・・なんか村雨さんが穏やかになってったかも・・・
 
 「・・・まだ、慣れてはねぇみたいだが・・・じゃあ、何なんだ、これは?」
 えっと・・・何でしょう?
 村雨さんは、CDプレーヤーを取り出して、再生ボタンを押した。
 シャーシャーって雑音が入るから、既成の音楽CDとかじゃないみたいだ。
 がたがたって音が入って、それから・・・
 『やだな・・・こんな場所・・・』
 う・・・この情けなさが滲み出てる声は・・・僕だ・・・。
 『狭いし、暗いし・・・』
 泣き言、言うな〜・・・って僕だけど・・・はぁ・・・改めて聞いても、情けないなぁ、僕・・
 なんか、衣擦れの音ががさがさと・・・
 『じ、自分で脱ぎますから・・・見ないで下さい・・・』
 ・・・脱ぐ?何だっけ・・・
 『やだ・・・こんな格好・・・』
 んーと・・・何だったかなぁ・・・何となく記憶が甦ってきたような・・・
 『・・・恥ずかしい・・・』
 ・・・・あ!!
 思い出した〜!
 でもでもでもでも何で村雨さんがこんなCDを?・・・っていうか、なんでCDがあるんだろう?
 CDは編集されてるのか、何度かぶちっと切れる。
 えーと、それから何言うんだっけ・・
 『ちょっ・・!い、痛い!!痛いですってばぁ・・・!お願いですから、抜いて下さい!!』
 うわ〜、僕、叫んでるよ・・・たかがあれだけのことで、こんな大声で泣いたのかぁ・・・情けなさ極まれり・・・しくしく。
 『も・・無理ですってばぁ!痛ぁ・・・あ・・・血が出てるじゃないですかぁ・・・』
 ぐしぐしと鼻をすすり上げる音まで・・・恥ずかしい・・・。
 『今度は、そぉっとして下さい・・・・・・んっ・・・・あ・・・はい、これなら、何とか・・・』
 
 CDは終わったのか、きゅりきゅりと巻き戻っていく。
 ほえ〜・・何で、こんなものが・・・
 
 「・・・で?」
 村雨さんの声は、まだ硬い。きつい目で僕を見ている。
 「相手は、誰だ?」
 相手・・・と言われますと・・
 「えと・・遠野さん・・・」
 「・・・・・・・・・・・あ?」
 村雨さんの目が見開かれた。混乱したような光が浮かび、それからすぐにジト目になる。
 「遠野ってぇのは、ブン屋の姐さんだろ?女相手にあんな・・・」
 はぁ・・・女性相手に情けなさすぎると仰られても・・・遠野さんは、ハキハキされてて、僕のスピードでは追いつかなくて、いっつも苛立たせてしまうんですよぉ・・・。
 村雨さんは、大きく息を吐いた。
 「ちっと落ち着くとするか。・・・で?これは、どういう状況なんだ?」
 どうやら、怒られてはないみたいだ・・・やっと僕の身体から力が抜ける。はぁ・・・がちがちに緊張してたんだよね・・村雨さんに怒られてると思うと・・
 
 「えっと、ですね。遠野さんは卒業アルバムの制作責任者をされてるんですが・・」
 村雨さんは、それがどうしたって顔してる。
 うぅ・・どうせ僕の話は支離滅裂ですよぉ・・・でも僕なりに筋道だって話してるつもりなんだけど・・
 「えとえとそれで、今回の地震で校舎が滅茶苦茶になって、せっかく撮ってた写真が無くなっちゃったんだそうで、僕は遠野さんにはお世話になってるので、お願いされたら聞かなくちゃって思って・・・」
 でも、村雨さんは、急かしもせずに、僕が話すのを待っててくれる。
 良い人だなぁ・・落ち着いてるっていうか、大人だって言うか・・
 「それでそれで、特に文化祭の写真が無くなってるんで、撮り直したいって仰って、でもでもそんなの無理だし、でもとにかく仮装した写真が欲しいって・・・」
 恥ずかしいなぁ・・・あんなの見られて、僕だってばれたらホントに恥ずかしい・・・
 「そそそそれで、その・・・僕が、その・・・・・・・メイドさんの格好を・・・・・・しまして・・・・・・・でででででででっち上げ写真と言われたらそうなんですけど、そそそその、かかか顔は写さないからと言われまして、そのだから・・・」
 ぼ、僕としては、説明終わったつもりなんだけど、村雨さんは、まだ待ってる。
 えとえとえと・・・
 「あ・・だから、その、め、め、め、メイドさんの服に着替えた時の・・・言葉です・・・」
 うわ〜〜〜ん!!恥ずかしいよぉ〜〜!
 たかが着替えるだけで、あんなに情けない声出して、泣いて、叫んで・・・だだだだって、まさか録音されてるなんて思いもしなかったし〜〜!

 村雨さんは、妙に平板な声で。
 「・・・じゃあ、何か?暗くて狭い場所ってぇのは・・」
 「新聞部の暗室で着替えるよう言われまして・・・」
 「こんな格好恥ずかしいってのは・・」
 「黒いスカートに下がぴらぴらフリルが一杯ついてて・・・おおおおお男があんな格好、似合うわけないんですが、ああああんまりにもあれは・・・」
 「痛い、抜け、そおっとしろってぇのは・・・」
 「えとあのあの何て言うんでしょう、あのメイドさんの頭についてるぴらぴらをつけるのに、ピンを刺したんですが・・・女の方はいつもあんな痛いもので髪にリボンをつけてるんでしょうか・・すっごく痛かったです・・・血が出ちゃったし・・なのに、僕の髪じゃ留まりにくいからって何本も・・・」
 あれは、本当に痛かった・・・遠野さんは『男がぶつぶつ言わない!』ってざりざり刺してくるし・・・
 「一応、聞いておきたいんだがな。・・・文化祭で、アンタのクラスの出し物は・・・」
 「えと、お化け屋敷ですが?」
 「メイド服、着てたわけじゃねぇんだな?」
 「はぁ、ですから、違うクラスの者が別の時に撮ったものだとばれないように、顔は隠すと、遠野さんは仰ってましたが・・?」
 「・・・ホント、人を疑うってことを知らねぇな、アンタは・・・」 
 ・・・?
 村雨さんが、がくぅっと座り込んでる。
 僕もその前に正座してみた。
 「あの・・・村雨さん?」
 「あぁいや・・・なんか気が抜けちまってよ・・・」
 はぁって、おっきい溜息吐いてる・・。
 えと・・・聞いてもいいかな。
 「あのぉ・・・村雨さん。なんで、こんなものをお持ちなんですか?」
 村雨さんは、一瞬苦いものでも食べたみたいな顔をされて、それからとぼけた顔になった。
 「あぁ・・ちっとブン屋の姐さんが、な・・・」
 遠野さん?・・・一体、何だって・・・
 
 更に聞こうと思って口を開きかけたら。
 後ろから、足音と声が聞こえた。
 「あぁ〜!こんなところにいた〜!」
 遠野さん!?・・・なななんで?
 「もう〜、びっくりしちゃったわよ〜、村雨くんたら、人の説明も聞かずに、いきなり走り出しちゃうんだもの」
 遠野さんは、にこにこしながら駆け寄って来た。
 「あの・・・遠野さん?このCDは・・・」
 「ごめんねー、龍痲くん。ちょっとした悪戯心だったのよー。たまたまこんなのが取れちゃったもんだからね?『龍痲くんがいじめられてるのーっ』って村雨くんに聞かせたら、凄い勢いで走っていっちゃって・・・冗談だって言う暇、無かったのよー、うん、もうっ龍痲ったら愛されてんだからぁ〜。ってわけで、ごめんねっ」
 遠野さんは、両手をぱんって目の前に合わせて頭を下げてくる。
 横から、小さく『うまい』って声が聞こえたけど・・・何がうまいんだろう?
 ・・・そうか〜、村雨さん、僕がいじめられてるって思ったのか〜
 それで、あんな形相で、慌てて駆けつけて来てくれて・・・嬉しいな〜幸せだな〜・・。
 「村雨さん・・・ありがとうございます・・・」
 村雨さんは、何故かちょっぴり目を外して、咳払いした。
 「い、いや・・・何事も無くて、良かったぜ」
 そういえば、村雨さん、相手の人をぶっ殺す!とか叫んでくれたっけ・・・僕のために、そうまで仰ってくださるなんて、初めてで、本当に、嬉しくて・・。
 
 僕がぼーっと幸せを噛み締めてると、今度は遠野さんが咳払いした。
 「あ、あのー、誤解が解けたようで、良かったんだけど、村雨くん、ちょっと・・・」
 ?遠野さん、村雨さんにご用が?
 村雨さんは、はっとしたような顔で、僕の肩を掴んだ。
 「そういえば、先生よ・・・蓬莱寺と醍醐が休んでるとか言ってたかい?」
 「はい、お二人ともお休みですが・・・それで、僕、これからお見舞いに行こうかと・・・」
 「ブン屋の姐さん・・・ひょっとして、あいつらにも・・・」
 「え?あぁ、そうね、昨日・・」
 ???昨日、何か?
 あいつらにも・・って?
 村雨さんは、なんだか恐い声で、くっくっくって笑った・・・。
 ど、どうしたのかな・・・
 「先生」
 「はいっ?」
 「俺も付いて行ってやるぜ・・・見舞いに、な」


 なんだかよく分からないけど、村雨さんはそれから遠野さんと何か相談を始めて、指を3本立てたり2本立てたり、遠野さんが渋ってたり・・・何だろう?
 結局。
 村雨さんは、紙袋を持って、蓬莱寺くんと醍醐くんのお見舞いに付いて来て下さった。
 「あの〜、村雨さん、その袋は・・・」
 「ん?あぁこれかい?」
 にやって笑って見せてくれたのは・・・
 写真〜〜!!
 メイド服〜〜!!
 うわ〜〜ん、村雨さんに見られちゃった〜〜!!
 「先生、これ、見られたくなかったんだろう?姐さんに交渉して、ネガごと買い取ったからな。・・・俺が、責任持って、処分してやるぜ」
 あああああありがとうございます・・・・でも、でも、できましたら、村雨さんにも見られたくなかったです・・・あんな格好の僕・・・
 ・・・あ、でも。遠野さんは困るんじゃないかなぁ・・・文化祭の写真が無いと・・・
 「なぁ、先生」
 「はい、何でしょう、村雨さん」
 「他には、何も頼まれてねぇだろうな?」
 他って言うと・・・
 「体育祭の時の写真が必要で、夏服の体操服の写真とか、プールの時の写真が必要で、水着とか・・・」
 「・・・・・・あんの姐さんは・・・・・・」
 ・・・???
 村雨さん、ご機嫌悪い?
 さっきまで、笑っててくれたのに・・・何でだろう・・また、僕、何かやっちゃったかなぁ・・・
 村雨さんは、ぽんぽんって僕の頭を叩いて、優しい声で言ってくれた。
 「いいんだ。それは、俺がうまく処理しとくぜ。・・・アンタのことは、俺が守ってやるからな。安心してくれ」
 ・・・・・何のことか、よくは分からないけど・・・
 でも、なんだか、嬉しかった。
 東京の平和を守るって目的じゃなくても、村雨さんは、僕を守ってくれるって仰ってくれる。
 僕は、守ってもらうような価値のある人間じゃないけど、でも、そう言ってくれるのが、とても嬉しくて、胸の中が、ほわんってする。
 村雨さんにお会いした最初は、なんだか怖かったけど、村雨さんは本当に優しい人だ。
 僕には兄弟はいないけど、お兄さんって、こんな感じなんだろうなぁ・・・。
 今度、勇気を出して、歌舞伎町に遊びに行ってみよう・・・。
 急に会いに行っても、迷惑がらずに、一緒にいてくれるかも知れない・・・。


 追記。

 蓬莱寺くんも醍醐くんも、なんだか、目が血走っていた・・。
 なんか、寝不足みたいだ。
 頬もちょっとこけてるし・・・なんか面白いゲームでもしてたのかな?
 それに、蓬莱寺くんは会った途端に『ひーちゃーん!!』って叫んだと思ったら、村雨さんに攻撃されてしまった。
 村雨さん曰く、『ちょっと<氣>が変になってるから、近づくな』って・・どうしたんだろう、何か、敵に変な攻撃でも受けたのかなぁ・・。
 お二人とも、大事じゃないと、良いんだけど・・・。
 


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