デートでバトル  リベンジ




 とある日曜日。午前9時。
 半分寝ているような顔で、龍麻がトーストをもそもそと口に押し込んでいると。
 寝室から掃除機を手に下げて村雨が現れた。
 「さあ、先生。今日は、俺に付き合ってもらうぜ?」
 返事も聞かずに、がーがーと掃除機をかけ、洗濯物を吊り始め。
 どうやら、外出する気満々で、家事をさっさと済ませる魂胆らしい。
 ま、いいけど、と龍麻は紅茶を喉に流し込んだ。

 デートと言うのも憚られるようなものが行われたのは、先週のこと。
 そこで、龍麻本人が言っちゃったんである。
 「お前が楽しいと思うデートプランを立てろ。そしたら付き合ってやるから」
 発憤した村雨が立てた計画とは、如何なるものか。
 それは、まだ分からないが、ハイテンションなのは間違いなし。
 なんだか妙なものに付き合わされるんじゃないだろうな、と警戒しつつも、こんな自信ありげな村雨の方が、見ていて心地よいのも確かで。
 今日のところは、乗ってやるか、と、腹を括った。

 どこへ行くのか分からないが、活動的な格好の方が良いか、と今日はショートのコートを選ぶ。
 「先生・・・ショートっつっても、でかいことに変わりはねぇだろ・・」
 やはり肩はずり落ち、袖は余り。
 しかし、村雨は、いかにも愛おしそうに目を細める。
 「ま、可愛いけどな」
 「可愛い、言うな」
 文句を言いつつ、膝丈のパンツを選び、コートの裾からすんなりした足を見せるのは、ちょっぴり確信犯。
 シャツと同じく原色のボーダーラインが目に眩しいハイソックスを着用。
 とてももうじき19歳の男とは思えない、一見ロリ少女の出来上がり。
 男を強調した姿にもなれるのだが、デートするなら、傍目には男女の組み合わせに見える方が、何かと都合がよい。
 人目を気にする性質ではないが、好奇心に満ちあふれた視線を受けるのが好きなわけでもない。
 無理に気を引く必要はないのだ。
 ・・ま、目つきの鋭い無精髭男と、化粧っ気の無いロリ少女の組み合わせは、別の意味で人目を引くけど。
 
 そうしてバイクにて連れ出された場所は。
 「・・・お前らしい、と言えば、お前らしいが・・・」
 競馬場であった。
 でも、と龍麻は、内心いぶかしむ。
 競馬なんて、村雨にとっては、勝つのが分かってるような場所はつまらない、と聞いたことがあるのだが。
 まだしも花札や麻雀のように、人が相手で駆け引きを楽しむ方が面白い、と言っていたのに。
 「お、まだ第4レースに間に合うな。・・・先生、ちょっと待ってな」
 慣れた様子で、馬券を買いに行くし。(注:馬券は未成年及び学生は購入できません)
 こういう場所に来たのは初めてで、龍麻はきょろきょろと周りを見回した。
 最近は競馬場もおっさんの独壇場ではなく、若いOLなんかも来ると聞いていたのだが、今日は赤鉛筆を耳に挟んだコテコテのおっさんのほうが目に付く。
 龍麻は知らないが、やはり若者が多いのはGTレースがあるような日であって、本日はせいぜいGV(しかもダート)のため、あまり人気が無いのだ。
 そういう場所において、龍麻の姿は目立った。
 その結果。
 酒臭いおっちゃんが、絡んでくることになった。
 「おい、ねぇちゃんよぉ。彼氏と一緒かい?くそぉ、最近の若いもんは、デートで競馬場に来やがって・・おっちゃんの若い頃はなぁ・・・」
 実害があるわけでもないが、酒臭いし、面倒くさいし・・・。
 ここで、取る手段は二つ。
 1.おっちゃんを叩きのめす。
 2.おもねる(笑)。
 どうせ、このおっちゃんとはこの場限りの縁だし、となれば、ことを荒立てるのも・・と、2.を選択。
 ロリ少女の顔に、あどけない笑みを浮かべて、上目遣いでおっちゃんを見る。
 「あのね、こういうところに来るのって初めてなんだけど・・・教えてもらえますか?」

 村雨が戻ってきた時、見たものは、人の迷惑顧みず、床に競馬新聞を広げて、滔々と解説をぶちかます赤ら顔のおっちゃんと、それに可愛く小首を傾げて相づちを打っている龍麻の姿であった。
 「・・・何やってんだ、アンタは・・・」
 「あ、むらさめぇv」
 語尾にハートマークが付こうかという媚び媚び声である。
 「このおじさんに、新聞の見方を教えて貰ってたのぉ」
 村雨は、内心どう思ったかはともかく、おっちゃんに頭を下げた。
 「すまねぇ、連れが世話になったな。・・・行くぞ」
 「おう!頑張れよ、ねぇちゃん!!」
 「ありがとうね、おじさんv」
 龍麻は村雨に手を引かれながら、おっちゃんにもう片方の手を振った。

 「・・・あんなおっさんに笑顔見せてやってんじゃねぇよ」
 「面白かったぞ、結構。色々と教えて貰ったし」
 いやあ、競馬って奥深かったんだなぁ、と龍麻は腕を組む。
 素人には暗号も同然な新聞の出馬表の記号も何となく分かるようになったし。
 これまでの成績とか、騎手とか、戦法とか、血統とか・・様々な要素がそこに詰め込まれ、それを参考に、馬券を買い、自分の読みが当たったか否かの快感・・・とおっちゃんは説明してくれた。
 ちょっぴり自分も買ってみたい気になったのだが、とりあえず、今から始まろうとするレースは、もう締め切りだそうだ。
 「で、村雨、どの馬のを買ったんだ?」
 「あぁ?いや、名前は知らねぇけどな。4−10の馬番連勝。アンタの誕生日だろ?」
 どんな馬かも知らずに、番号だけで買ったらしい。
 「お、始まるぞ」
 ファンファーレが終わり、ぱかっとゲートが開いた。ばらばらっとしたスタートに、すでに客席からヤジが飛ぶ。
 「・・結構、遠くて、迫力がないもんだな・・」
 テレビ画面でちらっと見たことのあるレースシーンは、当然カメラワークを駆使してあったのに、こうして直接見ると、遠くでスタートして、目の前を通って、離れたところでゴールする、という案配で。
 しかもごちゃごちゃっとしたゴールで、すっきりしない。
 「アンタにゃ、見えるだろ?どれが勝った?」
 まあ、動体視力には自信があるが。
 「んーと・・・7−10−4じゃないかなぁ・・って、駄目じゃん。4−10ってのを買ったんだろ?」
 睨むが、横の男は、飄々と電光掲示板を指さした。
 「いや、まだ『審』が点いてるだろ?審議中ってこたぁ、まだわかんねぇぜ?」
 客席もざわざわとして待っている。
 そして。
 「ただいまのレース、7番カチノトドロキは斜行し後続馬の進路を妨害したため降着といたします」
 ・・・つまり?
 4−10が来たらしい。しかも、客席の悲鳴は。
 「あぁ、7番が一番人気だったんだなぁ。え〜、4−10の配当は・・・」
 電光掲示板を見つめて、村雨は平然と続けた。
 「327倍か。荒れたな」
 327倍。あっさりと言われて、ふぅんと頷きかけたが。
 「・・・待て。それは、つまり、今のたかだか3分で、32700円、儲けた・・と?」
 村雨の運は知ってはいるが。世の中のまじめな皆さんに申し訳ないような気がしてくる。
 「いや?そりゃ、100円買えば、だろ?」
 そうして、村雨、耳元で。
 「1万円分、買ってたんだが。アンタの誕生日の数字だからな」
 「さ、327万円〜〜!?」
 
 おっちゃん、ごめん。
 父のレース傾向だの母の父の適応距離だの、綿密なデータの元に賭けてるのが、ただの<運>に負けちゃってるよ・・。
 
 はぁ、と息を吐き、龍麻は頭を抱えた。
 「・・・それで?デート資金を稼ぎたかったのか?」
 「いや・・これから、ある馬の引退式があるんだが、それを見たくてな」
 引退式。いちいち馬にも引退式があるのか。
 しかも、そんなに思い入れのある馬なのか。
 龍麻の疑問に気づいたのか、村雨は、ニヤニヤと笑いながら説明した。
 「この馬はな、生涯獲得賞金が11億6千万円。東京大賞典も2年連続優勝して、さすがにドバイは5着だったが・・・」
 が、龍麻がさっぱり訳が分からない、といった顔をしているため、切り上げる。
 「つまり、特別強かったから、引退式なんてものがあるわけだ」
 「ふぅん・・・」
 競馬の知識のない龍麻には、どれくらい強いのかは分からなかったが、ただ一つ理解できたのは。
 「11億6千万円・・・」
 「この馬は、随分と『運の良い』馬なんだぜ?・・え〜、あのレース場、芝とダート・・砂のコースがあるんだが、この馬が生まれた頃は、日本は芝が主流で、ダートにゃ大したレースもねぇし、賞金も安いしで、ダート血統は安かったんだよ。それが3歳になる頃にゃ、だんだんダートのレースも増え始め、グレードの高いレースも・・」
 そして、また龍麻が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのを見て、苦笑する。
 「まあ、要するに、セリの時点では人気が無くて150万円だったのが、随分と活躍したってこった」
 「へぇ・・・確かに『運の良い』馬なんだな・・・」
 と、頷きかけて。
 ぴたりと動きを止めて、しばし黙考する。
 そして、ぎぎぎっと軋むように村雨を見上げた。
 「・・・確か、馬主になるのは、資格が必要なんだよな?学生は無理だよな?」
 外○省役人が捕まったときのニュースでそんなことを言っていたような。
 にやっと村雨は、顎を撫でる。
 「あぁ、そうだぜ?」
 「だ、だよな・・・さすがに、いくら何でも・・・」
 「だから、名義は叔父貴のもんだ」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 いやん。
 それは、つまり・・つまり・・・
 「あぁ、11億6千万全部が俺のもんってわけじゃねぇ。調教師や生産牧場や騎手に回る分があって、馬主は8割。で、叔父貴と契約で9割が俺のもんだから・・諸経費を引いて約8億ってとこか」

 平然と言うなー!
 ち、中学生が150万の馬を買ったってだけで、俺の経済感覚を越えてるのに、8億〜〜!!

 恐慌に陥る龍麻をよそに、村雨は更に淡々と続ける。
 「ダート血統が見直されたおかげで、種付け権シンジケートも結構いったな。まあ、1億5千万くらいだが」

 くらい、じゃねぇ〜〜!!
 
 「他にも5頭ばかりが、俺のもんなんだけどよ。こいつほどじゃねぇにせよ、それなりに稼いでくれてるからなぁ・・・1頭あたり2億から5億程度だが」

 もう、聞きたくない〜〜!!
 
 「俺は、早く一人前になりてぇぜ・・そうしたら、俺名義で登録できんだがなぁ」

 「む、村雨・・・」
 「なんだい、先生」
 「俺は、今日ほど、貴様が庶民の敵だと、思ったことはない・・・」
 「アンタは、こと金のこととなると、器が小せぇよな」
 「貴様の感覚がずれてんだ〜〜!!」
 
 はぁはぁと大きく背中を波立たせる龍麻を、村雨はぽんぽんあやすように叩いて、競馬場の方を指さした。  
 「ほら、始まるぜ」
 そうして、龍麻にはどう素晴らしいのかよく分からない戦績や名場面などが紹介され、その馬が登場し・・・。
 「馬で儲けた金なんて、あぶく銭だと思ってたんでな。どうこうしようなんてこたぁ考えてなかったんだが」
 村雨が、目線は競馬場に向けたまま、呟いた。
 「日本にしか無い血統が廃れていってたり、アメリカにしかいない血統があったり・・そういうのを聞くと、零細血統を日本中にぱーっと広めるってのもおもしれぇんじゃねぇかって思い出してな。
 俺の牧場を作るってのを、当面の目標にしてんだ」

 ま、ケタが違うけどな、数百億は必要だろうよ。
 そう、村雨は言った。
 
 龍麻は、ちょっぴり村雨を見直した。
 無茶苦茶な金の使い方をする(そして儲け方をする)男だと思っていたが、それなりに将来の目標だとか、夢だとかがあるらしい。
 運が良くなければ絶対叶わない絵空事も、村雨なら現実に出来そうな気がして、かすかな焦燥と羨望を感じる。
 
 村雨が夢を叶えたとき、俺はどこにいるのだろう。

 願わくば、堂々と胸を張っていられるような人生を送っていますように。


 心に刺さった小さな棘を感じながらも、村雨の叔父さんと会ったり、馬とご対面したり。
 予想通りに豪華な懐石料理を堪能して、てっきりそのままマンションに帰るのかと思ったら。

 「そりゃ、アンタ、二人で楽しむっつったら、コレは外せねぇだろ」

 バイクが、ウィンカーを出して曲がった先は。
 いや、それがラブホテルなくらいは、まだ龍麻としても許せた。
 が。
 村雨が、『SM部屋』なるものの鍵を受け取ったのを見て、さすがに絶叫した。

 「そーゆーオチかーい!!」



 翌日、龍麻はタクシーで帰った。
 
 ・・・バイクには、乗れなかったらしい。




ジーダの言い訳
えーと・・リクがあまりにも外れたので、開き直って、逆の
『龍麻を振り回す村雨デート』をば。
こっちの方がノリが良かったあたり、最近、とみに龍麻さんがラブってる証拠かと。


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