デートでバトル



 それは、いつも通り、村雨と龍麻が、如月骨董品店の居間にてくつろいでいたときのことだった。
 二人、同棲しているはずなのに、何故、他人の家でくつろいでいるのかはともかく。
 「龍麻」
 大層にこやかに、如月がパンフレットらしきものを龍麻に差し出した。
 「歴史民俗館で、今度催し物があるのだが、一緒に行かないかい?」
 村雨は、この時点では、確信していた。
 龍麻は、断る、と。
 緋勇龍麻という人間は、意外と出不精で、日時や場所が決められていると更に面倒くさがるんである。
 村雨自身もそういう束縛は厭がる方なので、二人揃ってどこかへ行くということは、今まで、まず無かった。
 ましてや、如月の申し出を龍麻が了承する筈がない・・そう高をくくっていたのだが。
 
 パンフレットを手に取り、眺めていた龍麻が、にっこり笑った。
 「おもしろそうだな・・・うん、行こうか」
 慌てて、寝そべっていた村雨は、上体を起こす。
 「ち、ちょっと待てよ、先生。興味があるってんなら、俺が連れて行ってやるから・・・」
 「村雨」
 龍麻が何か言うより早く、如月が、だんっと村雨の目の前の畳に忍刀を突き刺した。
 どうでもいいが、畳の修理代は本人持ちだろうか。
 「いいか、村雨。僕は、龍麻がこれまで店先で武具を手に取る傾向から、興味のあるとおぼしきものを推測し、この類の催し物がどこかで行われないか、逐一チェックし、その上で、龍麻を誘っているんだよ?君はそういう努力もしないで、横からさらっていくつもりかい?それは、些か、礼儀にもとるというものではないか?」
 如月の剣呑な目つきより、内容そのものに驚く。
 龍麻とデートしたいがための、その努力は賞賛に値するものだった。
 ・・まあ、ちょっぴりストーカーっぽい気もするが。
 形勢の悪くなった村雨は、龍麻が何か言わないものか、と隣を見た。
 駄目だ。
 パンフレットを読みふけっている。
 『江戸時代後期の武具展』と題されたそれには、確かに武具の写真が豊富に載っていて、その説明書きを熱心に読んでいるようだ。
 「如月さー」
 パンフから目を離さないまま、龍麻は言う。
 「こういうの、得意だろ?行ったら、解説してくれるよな?」
 「勿論だよ、龍麻」
 如月の声は、溶け落ちそうに甘かった。
 「いや、実は僕の先祖もこういうのに興味があったようでね。仕入れや掘り出し物に関する覚え書きが倉から見つかってね。今度、見に来ると良い」
 「へー、本物のその時代のか〜・・うん、今度読ませて」
 
 確かに、それは盲点だったと言わざるを得ない。
 龍麻は武具や防具を見るのは好きそうだ。そして、如月はそれは得意分野である。
 自分の恋人の好みを把握しておらず、そういうイベントのチェックを怠っていた村雨の自業自得ではある。

 「龍麻」
 今度は、壬生から声がかけられた。
 何?とパンフから目を上げて(この辺が愛情の差である)、龍麻は壬生を見た。
 「植物園で、この週末、早咲きの桜が見頃らしいんだ。如月さんのそれは、日曜に行くのかな?」
 龍麻からの視線を受けて、如月は渋々と頷いた。
 「まあ・・来週末までやっているから、桜が今週に限るというなら・・・あぁ、今週末は、連休じゃないか。どちらかを僕、どちらかを壬生ということで・・」
 
 どうやら、桜も見に行くことに決定しているらしい。
 村雨が口を挟めない間に、事態は着々と進行してしまっている。
 確かに、自業自得ではある。事後自得ではあるが・・それで納得できるってもんでもない。
 「先生、俺は?」
 返ってきた視線は、3人とも冷たかった。
 ていうか、恋人まで同様に冷たいってのはどうしたことだ。
 それでも、めげずに言葉を繋ぐ。
 「だいたい、アンタが外に出るより家でごろごろしてるほうが良いってぇから、誘ってねぇんじゃねぇか。アンタが、来てくれるんなら、誘ってたぜ、俺も」
 「確かに、俺は、家でいる方が好きだ」
 うんうんと龍麻は頷いて見せる。
 「でも、本庄正宗や桜の方が魅惑的だ、というだけだ」
 負け戦を意識しつつも、勝ち誇ったような如月&壬生の視線を意地で跳ね返し、村雨は言い募った。
 「それじゃあ、週末3日間のうち、どれかを俺に寄越せ。楽しませてやるから」
  龍麻の柳眉がぴんっと跳ね上がったのが気にはなるが、ライバル二人との攻防の方に意識が行く。

 「いいだろう。それでは、3人のうち、誰が最も龍麻を楽しませるデートをするか、ということでどうだ?」
 「そうですね。ま、龍麻の好みをしっかりとわきまえている、この僕の勝ちでしょうけどね」
 「へっ、この俺が、先生の恋人だってぇのを、思い知らせてやるぜ」

 て、わけで。

 「・・お前ら、俺をダシに遊んでるだろう・・」
 龍麻の呟きをよそに、3人は、バトル日程を決定した。


 龍麻とマンションまで帰ってきて。
 風呂も上がり、いつも通り寝室に行こうとしたところ。
 「ほれ」
 龍麻に毛布を突きつけられた。ソファで寝ろと仰っているようだ。
 「・・・先生・・・・」
 「だーめ。俺は、週末に向けて寝貯めをしておくのだ」
 「そりゃ、ねぇだろ、先生よ・・・」
 しかし、いくら言っても、龍麻が聞き入れる様子は無い。
 がっくりと肩を落として毛布を受け取り、リビングへ向かおうとした時。
 「あのな、村雨・・・どうも、お前が、思い違いをしているような気がしてならんのだが・・・」
 珍しく、躊躇いがちに言葉を発した龍麻だが、少し首を傾げて考えた後、
 「ま、いいか。どうせ、週末には、わかることだし」
 「・・気になるじゃねぇか・・」
 「じゃ、おやすみ」
 そして、ばたん、と村雨の鼻先で寝室のドアは閉まった。

 思えば、ジェットコースターのように急展開に『恋人』になった二人である。
 龍麻の好きな場所、好きなもの・・と考えて、驚くほど知らないことに気づかされる。
 確かに、『恋人』という立場に甘えて、そういった事柄を知る努力を怠っていたかもしれねぇな、と村雨は自嘲した。
 自分が、如月&壬生に勝っているのは財力。
 しかし、その辺の女ならともかく、超高級料理だのブランドものだのに心を動かされる人ではないのだ。
 (何とか、先生の気に入るようなプランを考え出さねぇとな)
 村雨は、がしがしと頭を掻いた。
 

 土曜日。
 如月と、歴史民俗館へ行った日だ。
 取り決めで、今の時点では、あまり深く内容を追求出来ないのだが、持って帰ったパンフを、目をキラキラさせて見入っているところを見ると、楽しんで来たらしい。
 ・・ちなみに、龍麻からの同衾のお許しは、まだ無い。
 
 日曜日。
 壬生と植物園に行った日だ。
 鴨にパン屑をやったんだー、とニコニコしている上に、服には桜の花びらと芝生の欠片が。
 ふぅっと、龍麻には気づかれないよう、こっそりと溜息を吐いた。

 月曜日(祝日)。
  午前8時。
 「先生、そろそろ起きねぇか?」
 寝室のドアをノックするが、全く返答無し。
 寝入っているところを無理に起こすと、大変に機嫌が悪くなるのは目に見えているため、諦める。
  午前9時。
 さすがにドアを開けて、寝室に入り込む。
 「先生・・」
 あまり大きな声ではなく、耳元に吹き込むように。
 くすぐったそうに身じろぎしたものの、また、俯せてしまう。
 幸せそうな寝息が乱れる気配はない。
  午前10時。
 「うにぅ・・・まだ、眠い・・・」
 ごしごしと目を擦りながら、龍麻が寝室から現れる。
 村雨は、読んでいた新聞を置き、不満が声に表れないよう極力気を付けながら言った。
 「どうした、いつもに増して、朝寝じゃねぇか」
 「んー。昨日、紅葉と、つい芝生でお昼寝しちゃってさー。そしたら、夜眠れなくて、明け方に、やっと眠ったんだよ」
 (壬生・・・そういう邪魔しやがるのか・・・)
 いや、さすがにそれは計算外だろうが。
 そして、もそもそと龍麻が遅い朝食を取り終えた頃には、11時になっていた。
 (聞くまでもなく・・・昼食の予約はキャンセルだな)
 というか、そもそもの予定が、はなっから狂いまくっている。

 ようやく外出用の服を着た龍麻が、ソファに座る村雨の膝にころんと頭をもたせかけた。
 「なー。どこに行くんだ?俺、なんか、外行くのめんどくさい」
 「・・・アンタなぁ・・・」
 村雨の呆れ声も何のその、龍麻は見上げて、にっと笑う。
 「ここで一日、ごろごろ過ごすのも、俺としては魅力的なんだけど?」
 そうして、誘惑するように、村雨の足を指先でなぞり始める。
 ここ数日お預けだったこともあり、ちょっぴり・・いや、だいぶ心の動いた村雨だったが、それであの二人に勝つとは、到底思えない。
 「先生、今日は、俺とデートの日だろ?」
 「・・・はーい。・・・で?どこ行くんだ?」
 「・・どこに行きたい?」
 情けない返事に、龍麻が首を傾げる。
 「考えてなかったのか?」
 「・・・・・・・まあ・・・・・」

 考えてました、本当は。
 それが、アンタが遅く起きたせいで台無しです。
 
 ・・とは言えるわけもなく。
 何度目かの溜息を吐く村雨に、気を使っているのか、龍麻が軽くキスをした。
 「んじゃ、品川水族館。ゆっくり行ってみたかったんだ」
 「了解」
 
 龍麻の希望で、車ではなくバイクに乗る。
 スタンドまで立てて止めたバイクの後部に、龍麻はまるでよじ登るようにして座った。
 コートの裾をバイクに巻き込まないようにたくりあげる様子を見て、ついつい余計な感想を漏らす。
 「また、アンタはでかいサイズのコート買ったな・・」
 「・・・でかくない」
 ぷん、とむくれるところを見ると、どうやら本人も多少は気にしているようだが。
 龍麻の慎重は165cm。本人曰く、四捨五入すると170cmで、日本成人男子の平均身長172cmとほぼ同じである。
 で、コートは180cm用。165cmが172cmの近似値なら、180cmも172cmの近似値である、という論理により、165cmの自分が180cmのコートを買うのは極自然・・・だそうだ。
 言うまでもないことだが、隙のありまくる理屈のため、コートは容赦なくでかい。
 ずり下がった肩、余っている袖、長すぎる裾・・しかし、普通ならだらしなく見えるはずのそのスタイルが、妙に可愛く見えるため、コートを買い換えさせようと言う友人は龍麻の周りにはいない。
 村雨もまた、然り。 
 それを、今日に限って、何だって口にしてしまったのか。デート時に恋人の服装に文句をつけるのは、減点対象だろう。
 今日は、珍しく厄日かもしれねぇ、と村雨は半ば諦めがちにエンジンをかけた。


 しかし、水族館に着く頃には、龍麻のご機嫌も直り、「村雨、早く」なんてせびりながらさりげなく手を取って引っ張って行ったり。
 「村雨だから、鮫!」 
 とか訳のわからないことを言いつつ、鮫の形の銀色バルーンを持たされたり。
 ・・そこで龍麻にフグの風船を買ってやると、「どーゆー意味だ!」と膨れられたり。
 祝日だけあって、やや混雑した館内を、はぐれないように手を繋いで水槽を眺めていると、なかなかにデートらしい気もしてくるから不思議だ。
 まあ、いい年した男二人が手を繋いで銀色バルーンを持っている姿は、他人が見たらちょっとどうよ、という感じでもあるが。
 そんな風に、楽しみながら半ばまで周り、休憩所でコーヒーとジュースを飲んでいると。
 「龍麻さん!?」
 見ても分かるくらいに、龍麻の肩が震えた。
 逃げ場所を探すように、一瞬で周囲を見渡すが、より早く、栗色の髪の少女が現れた。
 「ここであなたに会えるなんて・・・嬉しいです。やっぱり、運命なんですね」
 少女は、はにかんだような表情でいながら、巧みに人混みをすり抜け、龍麻の目前に立った。
 「ここは、あなたと初めてデートした場所・・・龍麻さんもここを気に入って下さったんですね・・」
 
 がたん、と音を立てて、村雨は立ち上がった。
 栗色の髪の少女・・比良坂は、首を傾げてにこりと笑う。
 「あ、お友達とご一緒だったんですね!あの、よろしければ、私、案内しましょうか?ここのことは、よく知ってるから・・」
 
 (何なんだ、この女は・・・)
 確か、資料で見たことがある気がする。
 自分が出会う前、龍麻の前に現れた少女。兄とともに炎に飲み込まれたはずの少女。

 龍麻とデートをしていた、なんてことは、知らない。
 龍麻が、どんな感情をこの少女に抱いていたか、なんてことは、知らない。
 龍麻が、今、この少女を見て何を考えているか、なんてことは、知らない。

 何も、知らない。
 側にいて、恋人であるはずの相手のことを、自分は、こんなにも知らない。

 「先生」
 自分でも、イヤになるほど硬い声だった。
 「俺は、ちっと外でタバコ吸ってくるわ。・・アンタは、その子と回ってな」
 「村雨」
 非難するような、瞳。
 少女が、勝ち誇ったように、龍麻の腕に手を回すのを、目の端で捉えて、村雨はきびすを返した。
 
 その場から逃げ出すように、早足で歩く。
 途中、頭上に浮かぶ銀色バルーンに気づき、指に絡んだそれが、急に厭わしく思えて、手を離した。
 
 駐車場まで戻り、バイクの横でタバコに火を点ける。有害なその煙を肺一杯に吸い込むと、少しはイライラが紛れる気がした。
 今日は、何かがおかしい。
 まるで、ボタンを掛け違ったように、全てが少しずつずれていく。
 『あのな、村雨・・・どうも、お前が、思い違いをしているような気がしてならんのだが・・・』
 龍麻のセリフが甦る。
 自分は、何を間違っているのだろう。
 ただ、龍麻を楽しませてやりたかっただけだったのに。

 「村雨」
 現れた龍麻は、村雨を認めて、ぶーっと膨れた。
 それが、龍麻の顔の横に浮いているフグにそっくりで、思わず吹き出す。
 「笑い事ではないだろう。・・・デート中に恋人を放置する奴があるか」
 伸び上がって、村雨の頭をぺしぺし叩く。
 その手を取って、引き寄せると、笑って身を預けてきた。
 「・・・あの子は?」
 キスの合間にするには、無粋な質問だ。だが、聞かずにはいられなかった。
 案の定、龍麻は顔をしかめる。
 「まいてきた。・・・そうだ、早く逃げよう」
 おいおい、と呆れた風に言いながらも、胸の中で微かに意地悪な勝利感が芽生える。
 かつてはどうであれ、今、龍麻にとっては彼女より自分の方が大事らしい。


 結局、デートは終了。
 如月宅へ向かう。

 「やあ、龍麻。今日は、どうだった?」
 「最悪〜。村雨、俺を途中で魔女の手に残して立ち去るんだもん〜」
 壬生の言葉に、きゃっきゃっと笑いながら龍麻はディパックを下ろした。
 「魔女って、アンタ・・・」
 「まったくもー。いっそ、目の前でキスとかしても、今回は許したのにさー・・こういうときに限って逃げ腰でやがるんだ、この男は」
 ざわっと壬生と如月から殺気が放たれる。
 キスどころか、やることしっかりやってるというのに、いちいち過剰に反応するやつらである。
 「じゃあな、言わせてもらうがな。『想い出の初デートの場所』とやらに誘ったのは誰だい?・・・男心ってもんを考えてくれよ」
 開き直ったようにそう言い出す村雨の膝の上に、龍麻が座り込む。
 「・・・村雨さー、俺と比良坂のこと、何だと思ってるんだ?あの女はな。元敵だぞ、敵!デートだぁ?あのとき、なんか下心を持ってこっちに近づいてる気配はあったからさ、いっそ誘いに乗ってやるか、と思って、『デート』とやらを受けたんだぞ。おかげで、いつ仕掛けてくるか、とか構えながら見てたから、全然水族館本体は楽しめなくて、今度こそゆっくり見ようと思ったのに・・・」
 そこまで一気に説明して、龍麻は出されたお茶をあおった。
 「でも、これで、あそこは鬼門だということがはっきりした。俺は、もう行かない。・・・今度、他の水族館に連れていけ」
 「仰せのままに」
 怒った風な口調の割には、村雨の腕の中にすっぽりとはまり、頭を村雨の胸に擦り付けている。
 指先で顎の辺りをなぶってやると、歯を立てずにかぷりとそれに噛みついてきた。
 「村雨、龍麻から離れたまえ」
 如月が懐手で言う。・・・というか、懐で何を握っているのやら。離れたら、きっと『それ』が飛んでくるのだろう。
 「ふん・・・こりゃ、俺がくっついてんじゃねぇ。先生がくっついてきてんだよ」
 ますます龍麻を抱く腕に力を込める。
 龍麻は否定するでもなく、くすくすと笑った。
 
 
 龍麻を腕の中に閉じこめたまま、村雨は他の二人のデート報告を聞く。
 如月は、如月らしいデート(つまり、骨董品のうんちく満載)であったようだし、壬生は壬生らしいデート(ほとんど金を使わない)であったようだ。
 そして、その2つを龍麻はしっかりと楽しんだらしく。
 「さて・・・それでは、貴様の顛末を聞こうじゃないか」
 その言葉を皮切りに、不承不承村雨は本日の成り行きを報告した。

 「・・・それは、また、村雨さんにしては、随分と減点対象の多い・・・」
 「決して、村雨が勝てば良いとは思わないにせよ、あまり龍麻を不快にさせるデートをするのも、どうかと思うぞ」
 あまりの不首尾さに、二人は却って毒気を抜かれたようだ。
 なんだかんだと言っても、この二人、村雨と龍麻のことは認めているのである。
 今回も、村雨がきっと勝つだろうが、何かと文句を付けて鬱憤を晴らそう、ぐらいの心づもりであったのに、当てが外れて、困惑している。
 自分たちのせいで龍麻に不愉快な思いをさせたのであったらどうしよう、という感情は、村雨を責める、という方向に矛先が変わった。
 「大体、お前は、もう少し龍麻のことを知る努力をだな・・・」
 「ちょっと龍麻に好かれているからといって、それに甘えるようでは、兄(弟子)として龍麻を渡すわけには・・・」
 二人の説教が始まった。
 普段なら自信満々にかわすところなのだが、本日はさすがに村雨も神妙に話を聞く。
 
 40分あまり、くどくどと垂れ流されてきた説教が、一段落ついたらしい。
 如月が、お茶を入れるために席を立った。
 「龍麻、いやに大人しいね」
 「そうか?」
 何がそんなに楽しいのか、龍麻は説教の間、ずっと村雨の膝に座ってにこにこと一緒に聞いていた。
 「先生、眠いんなら、もう帰るか?」
 朝、あれだけ遅く起きたのだから、眠くはないはずだが、口も挟まずにいるのは眠りかけているからではないかと踏んで、村雨は龍麻の頭を撫でた。
 「眠い訳じゃないけど」
 そう言って、龍麻は首を傾げる。
 「それで、村雨。お前が何を勘違いしてたか、分かったか?」
 うっ、と村雨は詰まる。
 実は、一番イヤな想定はしたのだ。
 龍麻は本当は俺のことを好きでも何でもねぇんじゃないか〜・・とか。
 お前とデートなんかしたくないんだよ、と思われてんじゃ〜・・とか。
 思い違い、と言われると、何かと範囲が広くて、陰々滅々とした思考になっていって。
 一人でぐるぐる回っていたのだが。
 
 そんな村雨を見て、龍麻は笑った。
 一見、勝ち誇ったような笑みであったが、流れる<氣>は、暖かで。
 「デートってさ。二人で楽しむものだろう?それを『アンタを楽しませてやる』?そこが、まず間違いなんだよ、そこが」
 村雨の頭を捻って、額を突き合わせる。
 「『俺を』楽しませるプランじゃなくて、まず『お前が』楽しいと思うプランを立ててみろ。そうしたら、付き合ってやるから」
 
 ・・・・・・やられた。
 確かに、拘りすぎていたようだ。
 デートの目的が、『他の奴らよりも、自分の方が龍麻を楽しませてやれることを証明する』ために、何とかして龍麻の気に入るデートをしようという風に、ねじ曲がっていたかもしれない。
 龍麻の機嫌を伺うのは、普段は、ある種、楽しみでもあるのに、今日は、減点を恐れて龍麻の言動にいちいち戦々恐々として。
 そんな考えでデートをして、楽しめるはずが無いのだ。

 「悪かったな、先生」
 「わかれば、よろしい」
 下げた頭を、龍麻が撫でた。

 お茶を入れた如月が、居間に戻って見たものは、いちゃいちゃとキスなどかましている村雨&龍麻と、所在なげに新聞を広げている壬生の姿であった。
 やれやれ、と肩をすくめて、座卓に湯飲みとお茶菓子を並べる。
 「それで?結論は、出たのかい?」
 「何の?」
 「3人のうち、どのデートが一番楽しかったのかな?」
 龍麻は指で唇を拭い、かすかに笑った。
 「3人とも、楽しかったが?」
 がさがさと新聞を畳んで、壬生が溜息混じりに口を開く。
 「質問を変えよう。・・もしも、もう一度、同じデートを繰り返すとしたら。君は、どの日を選ぶんだい?」
 「あぁ、そういう言い方もあるか」
 如月と壬生、お茶菓子を手に取り、やけくそのように丸ごと口に放り込んだ。
 
 「・・・その様子だと、俺の答えは、分かってるようだが?」
 「それでも、はっきり言いなよ、龍麻」
 「まったくだ。きっぱりと君の口から言いたまえ」
 
 二人のお節介に、龍麻は困惑したように下唇を引っ張った。
 そんな様子を、二人は黙って見守っている。
 本当に、人の良い奴らだ。
 自分たちも龍麻が好きなはずなのに、こうして、村雨を立てようとしてくれる。
 龍麻に対してとは違う感情にせよ、この二人もとても大事な存在だな、と村雨は改めて感じた。

 「・・そりゃ、どうせ過ごすなら・・・」

 龍麻の拗ねたような声がこぼれる。
 ぼそぼそとした言い方なのは、照れているのだろう。
 
 
 
  俺は、この大事な恋人のことを、あまり知らない。
  俺と出会うまで、どんな生活を送ってきたのか、とか。
  恋をしたことがあるのか、とか、初めてのキスはいつだったのか、とか。

  でも、少しずつ、知ったこともある。
  好きな歯磨き粉の銘柄とか。
  自販機でいつも選ぶ飲み物とか。
  とても、些細な事柄だけれど。

  一番、大事なことは、知っているし。
  それは、この人が、今、一番好きな奴のこと。
  




ジーダの言い訳
8000を踏まれた白鷺さまからのリク
『村主でデートv龍麻に振り回される村雨<爆>』でした。
す、すみません・・・振り回されるっつーより、村雨さん、一人で回ってるっていうか・・。
なんか、これまでで最もリクを外した気がします・・(呆然)。
 ・・てわけで、リベンジも付けてみましたので、お許しを〜・・。


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