『キモチイイこと』に関する一考察




 村雨祇孔は、最近、強気だった。
 いや、元々ベッドの中では強気ではあったが、最近ますます『意気盛ん』なのである。
 これまで、龍麻に愛想を尽かされたり怒られたりするのが恐くて、ちょっぴり自粛してきたのだが、どうやら、この生意気な恋人が、本気で村雨に惚れているらしいと、気付いてからは、すこーしずつ意地悪さが増してきてしまったのだった。
 ベッドの中でいくら虐めても、「村雨のばかぁ・・」なんて、睨み付ける視線も扇情的で、ますます『意地悪』してみたり。
 翌朝には、けろっとして『夕べ虐められたことなんて忘れました』なんて涼しい顔をしてるもんだから、夜には更にエスカレートしてたり。

 そんな具合で、村雨祇孔は、最近、『意地悪』さんだったのである。

 ちなみに、『ベッドの中で』と言う表現は、言葉面の問題で、実際には、彼らがベッドでいたしている割合は3割にも満たないことを、付け加えておこう。

  それはともかく。
 
 だから、その晩の言葉も、村雨にとっては、単なる『お茶目さん』の延長に過ぎなかった。
 
 
 「『女』みてぇだよなぁ・・アンタのココ」

 「・・なっ・・!」
 自分の手の甲を噛んで、嬌声を耐えていた龍麻が、さすがにこのセリフにはむかついたのか、ぎろりと睨み付けた。
 とは言っても、頬はほんのり桜色、睨み付ける瞳は情欲に潤みきっている、となると、村雨には全く堪えなかったが。
 なので、村雨は行為を続行した。
 『アンタのココ』と表現したその箇所に、3本目の指をねじ込み、押し広げながら、わざと目を合わせて心底感嘆したように呟く。

 「潤滑剤だのを全く使わねぇで、こんなにグチョグチョなんだもんなぁ・・・『気持ちよかったら男も濡れる』ってぇのを、アンタを抱いて、初めて実感したぜ、俺は」
 
 「なっ・・・なっ・・・なっ・・・!」
 怒りのあまり、満足に言葉も紡げなくなった龍麻に、ニヤリと笑ってやる。

 「・・・で、そんなに、、気持ちいいのかい?」

 「やっ・・・やっ・・・・やっ・・・・・!」
 なお、先程のセリフは「何を言いやがるか、この野郎!」で、これは「やかましいわ、このすっとこどっこいのエロ男!」と、龍麻本人は言おうとしている。

 「・・にしたって、ここまで濡れるもんなんだなぁ・・ほら、溢れて来てるぜ?」
 
 わざと音を立てて掻き回されて、文句を言おうとしていた龍麻の喉が、ひゅっと鳴る。
 声を漏らすまい、と顔をねじ曲げ、枕に押しつけると、身体もつられて半分ひねられて。
 汗で張り付いた髪をかき分けて、露わになった耳元に村雨は唇を落とす。
 
 「なんだ、今日は、バックからかい?」
 「ちがっ・・・」
 
 慌てて、身を戻しかけた龍麻の片足を、村雨は担ぎ上げた。
 混乱して問いかける目にウィンクして見せ、そのまま身を進めた。
 
 「ひっ・・あぁっ!!」
 
 俯せてシーツを掴みも出来ず、仰向けて村雨に縋ることも出来ず−−不安定な姿勢に、龍麻は悲鳴を上げ、ただ、村雨の為すがままに揺すぶられ、突き上げられる。
 腰までも浮き上がり、支えることの出来ない姿勢が不安なのか、村雨が手を放す(フリをする)度に、躰が緊張して、おまけにナカがきゅっと収縮する。
 いやあ、今日も絶品、などとオヤジめいたことを考えつつ、村雨は元気だった。
 
 そう、村雨にとっては、いつもの『嬲り』に過ぎなかった。
 いや、『嬲り』って表現できる時点で、どうかとも思うが。
 ともかく。
 村雨は、彼の想い人が、どういう場合でも理性が残っているということを失念していたのである。
 そして、その『理性』は、時折、突飛な方向に暴走することも。


 てわけで、翌日。
 
 「ひーちゃん、一緒に帰ろうぜ」
 龍麻は、いつものように京一と帰路に着いたが。
 「あぁ、京一。品揃えの良いレンタルビデオショップを知らないか?」
 龍麻の問いは、極々真っ当なモノであった。
 それゆえ、京一は、何の疑いもなく、自分の行きつけのレンタルショップに龍麻を連れて行ったのである。

 「・・で、ひーちゃん、なんのビデオ見るんだ?」
 入り口から入り、カウンターのいつも見かけるバイトの女の子に手を振りながら、京一は何気なしに問いかけた。
 「あぁ、アダルトビデオ、というのは、どの辺りに置いてあるんだ?京一、好きだろう?」
 
 一瞬の間が空いた。

 「うわああああっ!」
 京一は雄叫びとともに、龍麻を店の奥に引きずり込んだ。
 「あの子、ちょっと可愛いと思ってたのに〜!」
 泣きながらも、しっかり一直線にアダルトビデオコーナーに来た辺り、あまり言い訳できないと思われる。
 龍麻は、珍しそうに周りを見回しながら、素っ気なく言った。
 「何がいけない?18歳にはなってるんだから、法律違反じゃあ無い」
 そして、首を傾げ、何か呟いてから、棚の端から順にビデオを眺めていく。
 「くぅっ!そうじゃねぇんだよ、ひーちゃん!」
 まだ腕を目に当て、男泣きに泣いている京一を後目に、龍麻はカウンターに向かった。
 
 それに気付いた京一が、後を追い、龍麻の背後まで1mという時点で、その質問は投げ出された。

 「少々、聞きたいことがあるのだが。男同士のセックスを取り扱ったビデオは、無いのだろうか?」

 「どわあああああああっ!!!!」
 またしても咆吼を上げ、京一は龍麻の襟首をひっつかんで逃げ出した。
 その速度は、まさしく『神速』であったが、惜しくも、すでに言葉は放たれていたので、店の女の子には、きっちり軽蔑の目で見られてしまったのだが。

 「も、もう、俺、あの店、行けねーっ!」
 全力疾走5分後に、路上でぜはぜはと息を吐く京一の手から逃れ、龍麻は小首を傾げた。
 「何で?」
 「何で?じゃねーだろ!俺は、ひーちゃんと違って、ナイーブな男心を持ってんだよ!」
 「・・・俺だって、男だ」
 どうやら、何かが逆鱗に触れたらしい。
 龍麻の頭上に、暗雲が立ちこめる。
 うっ、と思わず後ずさった京一の背に、誰かがぶつかった。
 
 「やあ、奇遇だね。・・・いや、偶然、通りがかってね」
 一見、人畜無害そうな静かな笑みを浮かべた壬生が、そこに立っていた。
 葛飾区から、何をどう通りがかったら、ここに存在するのかは、よく分からないが。
 「ところで、龍麻。ホモビデオを見てみたいのかい?」
 くどいようだが、どこをどう通りがかれば、壬生が先程の会話を聞けるのかは、定かでない。

 「うん、手に入るか?出来れば、局部まできっちり映っているものが望ましいんだが」
 龍麻は、壬生の不審さは気にも留めず、甘えるように見上げた。
 もっともおねだりしている内容は、アレであったが。
 壬生は、にっこりと龍麻専用笑顔を零し、答えた。
 「あぁ、拳武館に処分用のものがあるから。持ってきてあげるよ。如月さんの処で待っておいで」
 「ありがとう、紅葉」
 えへっと笑って、龍麻は壬生を見送った。

 そして、京一は、じりっじりっと、後ずさり、しゅたっと手を挙げた。
 「よかったな、ひーちゃん!じゃ、俺はこれで!」
 「お前も、来い」
 全速で離脱しようとしていた京一に、龍麻の無慈悲な一言が突き刺さる。
 いやんいやんと京一は身を捻る。
 「見たくねーっ!局部まで映ったホモビデオなんてーっ!!」
 「俺だって、見たくて見る訳じゃないんだ」
 言って、龍麻は如月骨董品店の方角へ足を向けた。
 2,3歩進んでから、振り返り、じろっと睨む。
 「もし、来なければ、学校で『有り難う、京一。すっげーホモビデオ持ってるんだな』っつって机の上に返してやるからな」
 「・・・・・・・ひーちゃん・・・・・・・・・」
 滝のような涙を流しつつ、京一はよろよろと龍麻の後を追うのだった。


 さて、如月骨董品店に辿り着いた二人だが。
 戸を開くと、
 「おっ、龍麻サン!いやぁ、槍の調子を見てもらいに来たンだけどよ。会えて嬉しいぜ!」
 雨紋が、奥の座敷から出てきた。
 それを見て、京一の目が光る。
 「雨紋よ。これから、壬生が『裏ビデオ』を持ってくるっつーんだけどよ。お前も見ねぇ?」
 はっきり言おう。
 こういうのを、『死なば、もろとも』というのである。
 京一の思惑通り、雨紋は、喜んで承諾したばかりか、アランと劉も呼び出すことになった。
 『ホモビデオ、みんなで見れば、恐くない』。
 できれば、笑い事で済んで欲しい−−そう、切に願う、蓬莱寺京一であった。

 「やあ、壬生から電話はあったよ。もう少し、待っててくれ。あぁ、龍麻、夕飯はいるかい?」
 甲斐甲斐しく世話を焼く如月に、夕食を皆でたかりつつ、待つこと1時間。
 「遅くなって」
 と言いつつ、壬生が姿を現した。
 「押収した、素人ビデオみたいなものだから、ちょっと画質は悪いけど、いいかな?」
 断りを入れると、壬生は案内も乞わずに手慣れた様子で、如月宅のビデオにテープをセットした。
   
 いきなり。
 現れた三段腹のおっさんと筋肉質な青年の絡みに。
 吹き出された茶が、数本の弧を描いた。
 
 「げほっげげほぶっ!!」
 「がっがっがっ!」
 「ほ、ほもーーっ!」
 
 阿鼻叫喚。
 一人、龍麻は、青ざめながらも、画面を食い入るように見入る。
 
 「うっわー、いやや〜!まだ、美青年、とか美少年なら許せるで?オッサンはきっついわー!」
 「うげ〜〜、うっわ、あんなオッサンのモノなんか、10億積まれても口にしたくねーっ!」
 「Oh、No〜〜!What on the earth、ミブ・・」
 「ぎゃ〜!揺れてる!揺れてるぜ、腹!波打ってるぜ、動きに合わせて!!」
 何だか、思わず口に出して衝撃を紛らわせる、青少年達だった。

 「あぁ・・やっぱり、コレはきつかったかな?じゃあ、高校生同士のやつを・・」
 壬生が手早くテープを入れ替える。
 しばし、無言で、皆、眺めてしまい、顔を見合わせた。
 「・・・何か、さっきほどのインパクトがねぇよな」
 「いや、自分と同年齢かと思うと、ある意味、生々しくはあるが・・」
 「うっわ〜、黒のビキニパンツやで・・どこが素人やねん。普通の男子高校生があんなん履くかいな」
 「ハッハ〜、タノシーネ!」
 「・・・楽しくはないだろ・・・」
 とりあえず、笑い事にはなったようで、ひとしきり騒いだ後。
 妙に静かな龍麻に気付き、振り返ると。
 紙のように真っ白な顔をした龍麻が、ぼそりと呟いた。

 「吐きそう・・・」

 慌てて如月が抱きかかえるように、トイレに連れて行く。
 それを見送って、京一は首を捻った。
 「・・・なんで、そこまでヤなモン、見るかなー・・」
 
 ぐったりとした龍麻が戻ってきて、クッションを背に、座り込んだのを見届けて、壬生は別のテープを手に取った。
 「ひょっとして、と思って、口直し用のも持ってきたから」
 がしゃこん。
 流れ出したのは・・・普通の(いや男×3人と女一人というのは普通ではないかも知れないが)無修正エロビデオであった。
 
 「はぁ・・・和むわぁ・・・」
 「そこで和むな!男なら、燃えろ!」
 「えげつないものだな・・・僕なら、もう少しチラリズムの方が、かえって良いと思うのだが・・」
 ごくん、と生唾を飲み込む音が響くような、思春期まっただ中の男の鼻息と、ビデオから流れる女の喘ぎ声の中で。
 龍麻は、また、呟いた。
 「やっぱ、吐きそう・・・」
 今度は、如月もなんだかんだ言いつつビデオに気を取られていたため、一人でトイレに向かうのだった。
 
 京一と行き違いに(何故、京一がトイレに向かったかは、あえて言うまい)トイレから戻ってきた龍麻は、
 「帰る・・」
 と一言残し、煩悩集団を後目に、一人帰途についた。


 その後、村雨は、壬生から連絡を受けた。

 首を捻りつつも、早めに帰ってきた村雨の見たものは。
 ソファに、くてっと横になった龍麻の姿だった。
 「壬生から話は聞いたぜ。・・しっかし、なんだってそんなもの、いきなり見たがったんだ?」
 声をかけながら、手を伸ばし、龍麻の髪に触れると。
 それがまた、何かを思い出させたのか、うぐっと口元を押さえた。
 しばし、うぅ、と唸ってから、落ち着いたのか、大きく息を吐く。 

 「・・・だって、村雨が、俺のこと、『女』みたいだって言うから・・・」
 
 ぼそっと放たれた言葉の意味を理解し、記憶を辿ること、数十秒。
 慌てて、村雨は跪いて龍麻の顔を覗き込む。
 「い、いや、あれは、言葉のアヤってぇか、その・・」
 「・・・俺、『普通』がどんなのか、知らないし。だから、ビデオ見たら判るかと思って・・・」
 頬を膨らませ、俯いたまま、龍麻はぼそぼそと続けた。
 「・・・・で、判ったかい?」
 「判らない・・・その上・・・気持ち悪かった・・・」
 あぐ、とまた、口を押さえる。
 
 村雨の脳が、ぐるぐると回転を始めた。

 『ホモビデオ気持ち悪い』→『男同士は気持ち悪い』→『村雨とはしたくない』

 こんな展開になってしまったら、一体、どうしたらいいのか!?
 自業自得とは言え、目前の龍麻に触れられないとなると、村雨には『生き地獄』である。
 
 「先生・・何で、そこまでイヤなんだ?・・やっぱり、男同士、ってのは・・・気持ち悪いかい?」
 龍麻が、ぱちくりと目をしばたいた。
 そして、首を傾げる。
 「いや?・・・男と女のエロビデオも、気持ち悪かったが?・・なんか、こう、あんな男に犯されて、なんでそんなによがるかなー、と・・んーと、肉体的な快楽さえあれば、どんな状況でも良いのか?ってーか・・」
   
 『行為そのものが気持ち悪い』ということか?
 ・・ますます、まずい気がするが。
 しかし何より、確認しなければならないことがある。
 
 「アンタ・・まさか、ビデオの中の男に抱かれることを想像してみたんじゃねぇだろうな・・」
  うげ、とまた口元を押さえた手を取って、まっすぐに見つめる。
 「許さねぇぞ・・たとえ、想像でも、俺以外の男と寝るんじゃねぇよ」
 
 ビデオの中の職業的男優に妬く、なんて、正気の沙汰ではない、と判っている。
 それでも、自分以外の男を、『そういう目』で見ることは、どうにも気にくわない。
 村雨の灼くような視線に、龍麻は、くすりと笑みを零した。
 「うん。もう、しない。・・俺だって、気持ちの悪いことはイヤだし」
 「アンタは、俺のことだけ考えてりゃあ、いいんだよ」
 村雨は、龍麻の頬を包むように手を添え、そのまま滑らせて、指先で唇をなぞった。
 「なぁ・・俺に触られんの、イヤかい?」
 
 龍麻は、その村雨の手を取り、長い指先を弄んだ。
 「イヤじゃない。気持ち悪いことは嫌いだけど・・気持ちイイことは、好き」
 「俺に触られんの、気持ちイイか?」
 「・・・『女』みたいか?」
 質問を、質問で返した龍麻を、そうっと抱きしめる。
 鼻と鼻をこすり合わせるようにして、村雨は龍麻の目を覗き込んだ。

 「俺は、アンタを愛してるから、アンタに触れてると最高にキモチイイ。・・・アンタも、そうなんだろ?」


 そうして、その晩は、コンデンスミルク1缶に砂糖100gをぶち込んだようなデロ甘な睦言を交わしながらの行為と相成ったが。



 翌晩には。

 「アンタ、ホントに、胸、弱いな・・」
 「こっ・・・こっ・・・このっ・・・!」
 「男の乳首、なんて、何の役にも立ちゃしねぇ、と思ってたが・・アンタのには、大事な役目があるよなぁ。・・・胸だけで、イけるんじゃねぇか?」
 「・・・・・ん、くぅ・・!」

 てなわけで。
 『意地悪』を後悔したか、と言えば、全く、反省していない村雨祇孔がいた。

 
 まったくもって、懲りない男である。






ジーダの言い訳
朱麗さまが踏まれた暗号6665(6666の前後賞)
『意地悪な村雨さん』です。
咄嗟に「あだるてぃ」なものしか思い浮かばなかったんですが、
朱麗さまんちでは表に置かれているあたり、大したことは無かった模様(笑)。
ところで、自分の脳が汚れている・・というので思ったんですが、
喫煙者の肺は真っ黒で、標本にされてさらし者にされてますよね?
アレと同じように、腐女子の脳も真っ黒(紫とかかも)に染まって、
「ほーら、未成年から18禁やおいを読んでると、
こんな風になっちゃうんですねー」
とか、標本にされたら・・イヤだなぁ・・それとも腐女子として本懐なのだろうか。
いや、かなりどうでもいいですが。


裏・魔人秘密文書室に戻る