ポラロイドカメラ





 <浜離宮>に戻って、村雨は計画を書類に起こした。
 一カ所に誘き寄せるよう餌を撒くには、秋月の財力と社会的地位が必要だった。
 ようやく書類としての体裁を整えて、秋月最高責任者の元に向かう。
 人型の式たちが立ち並ぶ中、奥の間に通される。
 「ご苦労さん、祇孔」
 書類をめくる手を止めて、マサキが眼鏡をちょいっと指で押し上げた。
 立場上は最高責任者とただの配下であったが、同い年ということもあり非常に仲の良い友人付き合いをしている。そのため、マサキがかける声も砕けている。
 「悪いね、聖職者の手が空かなくてさ」
 悪魔払いを業としている神父たちの忙しさは村雨も知っている。苦笑して頷くより他はない。
 「しょうがねぇだろ。ま、俺の力でも何とかなるさ」
 マサキの方もそんな返答が戻ることは承知の上で、人の悪い微笑を浮かべて見せた。
 「だね。今回は、どうやらお楽しみもあるようだし?」
 何のことだ?と眉を顰めてから、マサキが手で押して寄越した書類を手に取る。
 まずそれに添付された写真を見て納得した。
 どこかで咄嗟にポラロイドか何かを使ったのだろう、ぶれている上に角度も悪いその写真には、黒づくめの服装の男が写されていた。
 「その人たちを問い合わせて来たんだろう?」
 「あぁ、そのようだな」
 はっきりと言い切れないのは、2度の接触のいずれも顔が見えないように意識されていたからだ。一度は昼の逆光の中、2度目は薄暗いトンネルの中。黒に埋もれた顔だけが白く浮かび上がっている様子は思い出せるが、顔の詳細は記憶されていない。何となく…そう、何となく、年齢が似ているとか、整っているんじゃないか、とか印象が残っているだけだった。
 2枚目の書類に添付されている写真も同じようなものだった。こちらも黒づくめの服装で走っている姿が端の方にちらりと写っている。
 「拳武だったのか…」
 「いやぁ、祇孔が双子って言うからさ。そんな特徴があるならすぐに特定できるわ、と思ってたら、全然ヒットしなくて。双子って項目を外して検索したよ」
 「へ?まるっきり同じ声で、完璧ハモってたぜ?あいつら」
 確かに顔ははっきり見ていないが、声が同じと言うことはある程度喉の作りも同じということだ。
 マサキはしかつめらしい顔で、とんとんと指で机を叩いた。
 「でも、双子じゃない。壬生紅葉に緋勇龍麻。鳴滝の秘蔵っ子で、兄弟弟子ではあるけど、血の繋がりは全く無い。…少なくとも、書類上は」
 誕生日は1日違い。むしろ赤の他人と考える方が不自然ではあったが、書類上では接点がなかった。
 「拳武…か…。悪い奴じゃねぇと思ったんだがなぁ」
 秋月が『正義の』能力者集団として知られているのに対して、拳武は『暗殺者の』能力者集団として知られていた。金を取って誰でも殺す、というのではなく、警察が手出しできない…もしくは手出ししない…相手を暗殺する組織だ。そう聞けばある種の『正義の』組織のようであったが、つまるところ生業が暗殺であることに代わりはない。
 無論、そんな組織である以上、秋月以上に属するメンバーに関しての情報は秘匿されていた。今回の<レクイエム><ララバイ>の情報が得られたのは、拳武トップである鳴滝の側近という立場であったからだろう。末端の者となると皆目見当が付かない。
 ただ、性質が<陽>の者だけを集める秋月と違って、<能力者>であれば<陰>の者でも使う拳武は、末端が暴走しやすく、それまでの立場とは逆に粛正を受けて死体として発見され、初めて拳武の者であったと判明する者も少なくなかったが。
 「お、やっぱ同い年か」
 書類をめくりながら村雨は呟いた。
 秋月は司法関係ではない。仮に拳武の者と分かっていても、拘束したり敵対する必要は無い。それだけが心の救いであったが、相手が暗殺者と知っていて野放しにするのも落ち着かない。まあ、村雨が彼らと敵対すれば、それは即ち秋月と拳武が敵対するというのと同意義となるため、うかつな行動は出来ないのは、村雨も百も承知であったが。
 書類に書かれている情報は全て頭に叩き込み、マサキに返す。
 受け取りながら、マサキが書類をぱしっと弾いた。
 「なーんかなぁ。今回の件に、この二人が出てくる必然性を感じないんだけれどね」
 言われてみれば、そうだ。
 犯人が5歳の女の子だというのを除けば、『よくあること』でしか無い。『正義の』秋月が出るのは当然としても、暗殺者が動くのは変だ。
 「ひょっとしたら、もう出てこねぇかもしれねぇがな」
 村雨の思い違いを正しただけで、後は高みの見物をしゃれ込むつもりかもしれない。
 だが、言葉とは裏腹に、再び会うだろうと勘が囁いていた。
 ふてぶてしく笑う村雨に、マサキは別の書類を寄越した。
 「ま、少なくとも邪魔はしてこないだろう。協力するなり、個人プレーするなり、その辺は祇孔に任せるよ」
 書類を一目見て村雨は顔をしかめた。魔法陣に関する資料だが、神経質そうに尖った文字は、慣れていないと解読に苦労する。
 「ったく、あの神父は、いい加減ワープロで打ってくれねぇかなぁ」
 銀髪の神父の笑みを絶やさぬ顔を思い出し、村雨は無駄と知っていて嘆いた。
 文句を言いつつも、一文字一文字確認していく。
 「えー、基本はマンモンを呼び出す術式で?…しかし、そんな高位の悪魔が、こんな杜撰な魔法陣で出てこられるとは思えない、と。恐らく、マンモン配下の『貪欲』を司る者のどれかだと思われる……んなこたぁ、俺でも分かってんだよ」
 思わず毒づいて、村雨は書類を睨み付けた。
 「さして有名どころではない低級悪魔については、個々の弱点が知られていない、基本的には聖水や聖別されたパンなどが、悪魔族共通の弱点である…だから、んなこたぁ分かってるって」
 今度は、はぁっと大きく溜息を吐いて、村雨は書類をマサキに放った。
 マサキは笑いながらそれを『処理済み』の引き出しに放り込んで、拝むように手を立てて見せた。
 「まぁまぁ。祇孔得意技に期待してるんだよ」
 「得意技?」
 「必殺、行き当たりばったり」
 「…せめて、臨機応変って言葉にしといてくれ」
 村雨の術は、基本は五行説を元にした五遁の法である。それも、特に五行のどの術系が得意ということはなく、オールマイティに行使出来るため、相手の性に合わせて攻撃することが可能だ。もしも得意術系が1つであれば、それが通じない敵であった場合に困る。
 ただ、逆に言えば、突出して得意な術を持たないため、敵の弱点を突かない限りは、いまいち決め手に欠けるという欠点があるのだが。
 「ま、とにかく、それ頼むぜ」
 「任せておけって。この程度の餌、1日で組み立てられる」
 「すまねぇな。情報の流れ具合によっちゃ、1日では引っかからねぇかもしれねぇが…」
 「入場料取るのはまずいかな、しかし、奥に販売店を出しておけば釣られて買っていく奴がいるだろうし、クリーム系じゃなく焼き菓子系なら冷房費も必要ないし…」
 「……その辺の金勘定は任せるが」
 ただでは転ばない当主が、楽しそうに計算しているのを後目に、村雨は再び式たちの間を通って、秋月当主の部屋を辞去したのだった。



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