新世紀の事始め




 大晦日。
 村雨は、熱燗をちびちびと舐めながら、感慨に浸っていた。
 そういえば、昨年も、こうして龍麻と二人きりで過ごしたっけか、いろいろと紆余曲折もあったが、また二人きりで新年を迎えることが出来るとは、何とも運の良いことだ。
 卒業式でふられたり。
 やけくそで渡ったアメリカで、馬産牧場を作るという目標ができたり。
 自分の誕生日に、よりを戻したり。
 それからはもう、以前にも増してイチャイチャラブラブな毎日を過ごしたり。
 しみじみ〜と、1年間の出来事を思い起こせば、傍らにあるこの存在が、いつも以上に大切な気がして、思わずぎゅーっと抱き締めたい衝動に捕らわれた。
 ・・で、迷うことなく、ぎゅーっと抱き締め、その温もりに酔っているその時。

 肝心の龍麻さんの心境は。
 ・・・思えば、昨年も、こうして二人きりで過ごしたっけ・・・それからいろいろとあったが・・・・何よりも・・・。
 昨年と言えば。
 2年越し&姫始めに関して、騙されたという悔しい思い出が。
 いくらそっちの話題に疎いとはいえ、村雨ごときにたばかれるなどとは、思い出すにつけ腹の立つ。
 今、こうしてぎゅーっと自分を抱き締めているこの男が、自分にメロメロなのが分かるがゆえに、余計にむかつく。
 
 そう、今こそ、リベンジの時。

 村雨は、首筋に温かな息を感じた。
 抱き寄せた龍麻が、首筋に口づけているのである。
 これは、もう、OKサイン間違いなし。
 さわさわと指を這わせつつ、徐々にずらした顔で、龍麻を覗き込む。
 唇が触れる直前、潤んだ瞳の龍麻が、そぅっと囁いた。
 「ベッド、行こう」
 その場では軽く唇にキスを落とすだけにして、もつれ合うように寝室に向かう。
 お互いの服を脱がせ合い、龍麻のほの明るく浮かび上がる白い肌を見つつ、村雨は、思い切り舞い上がっていた。
 頭の中に、昨年108回にこじつけて、龍麻を虐めたことなど、すっかり残っていなかった。
 そして。
 全裸で絡み合い、ベッドに倒れ込んだとき、龍麻が腹の上でにっこり笑っても、警戒はしていなかった村雨だったが。
 一体どこから出したのやら、両手首をぐるんぐるんに紐で縛られてしまった時点で、ようやく不審の目を龍麻に向けるのだった。
 「・・・・おい」
 その両手首は、ベッドヘッドに結わえ付けられて。
 足までベッドにくくりつけられて、そういえば、龍麻が記憶喪失だったときに、そんなことされたなぁ、などとまだ呑気に構えている村雨だが。
 「龍麻・・どうせなら、俺はアンタを縛る方が好みなんだがねぇ」
 なんて、軽口を叩いてみたり。
 どうせ、龍麻もその気のようだし、まあ、乗っかられる程度のことだろう、騎乗位くらい、いつでもやらせてやるのに、先生は照れ屋さんなんだから・・・と踏んでのことである。
 だがしかし。
 龍麻は、にっこりと、そりゃもう晴れ晴れと笑って、床に降り立った。
 「・・・おーい?」
 リビングとの境のドアを開き、テレビの音量を上げる。
 「もうじき・・・除夜の鐘がなるな」
 全く色気の無い声で、龍麻は淡々と言った。
 そうして、村雨の隣に滑り込み、肌を摺り合わせる。
 あぁ、何だ、やっぱりやる気か・・と安堵しかけた村雨に、龍麻はやはり淡々と言う。
 「そういえば・・・昨年は、除夜の鐘に関して、俺を騙してくれたっけ」
 「・・・へ?・・・あぁ、そういや・・・」
 言われて、ようやく昨年何をしたか思い出したが、同時に胸がむかつく記憶も甦ってくる。
 「しかし、ありゃあ、謝ったろうが」
 「餡入り餅に負けて、な」
 言われるとますます胸焼けがしてくる。
 しかし、それと、この状態とが、どう結びつくのか、いまいち把握できない村雨に、龍麻はにやりと唇の端を吊り上げてみせた。
 「俺の味わった屈辱、お前も味わうが良い」


 
 除夜の鐘が鳴る。
 それに併せて、村雨の口から、情けない声が漏れた。
 「先生・・・もう勘弁してくれねぇか・・・」
 「にゃにを言う。まら、しゃんじゅっかいはあるにょ」
 四肢を縛り付けられた状態で。
 中心は、これでもか、というほどにそそり立っているのだが。
 その根本には、紐がくくりつけられて、イけないようにしてある。
 
 ごーん・・・・

 鐘の音とともに、龍麻は、またそれを下から先端まで舐め上げた。
 あほくさい、と言えば、これ以上もなくあほくさい復讐であった。
 何せ、108回、持てる技術の全てを駆使して、ご奉仕しているわけだから。
 ま、ご奉仕、と言っても、イけないようにしてあるので、虐めと言えば虐めのようでもあったが。
 村雨の頭の中には、ちかちかと派手なイルミネーションが舞っている。
 教え方がよろしかったおかげで、すっかりレベルアップした龍麻のお口である。
 たかが15分程度、我慢できなきゃ男じゃねぇ!という矜持だけで、どうにか我慢しているようなものだ。
 あぁもう、除夜の鐘が鳴り終わって、自由の身になったら見てろよ・・・まずは口でイって、それから、思い切り突っ込んでやるぜ、と気を紛らわせて・・・全然紛れるどころか、却って想像で興奮して自分を追いつめてる気もするが・・・うぅ、と村雨は呻った。

 ごーん・・・

 「108回。新年、明けましておめでとう。村雨」
 口の周りをべたべたにして、龍麻はにっこりと笑った。
 うぅ、と喉の奥でくぐもった声が答える。
 野獣のようなうなり声に、龍麻は少しばかり首を傾げて、村雨を見つめた。
 じっと見交わす、目と目。
 やはり野獣そのものの目の奥に、「さっさと外せ、そしたら襲いかかって、貪るぞ!」という光を読みとって、ようやく龍麻は、自分が虎の尾を踏んだことに気づいた。
 ここで、村雨を解き放てばどうなるか。
 めでたい新年を、全く爽やかでなく迎えることは明白であった。
 しばし、熟考。
 うん、と結論づけて、龍麻は村雨の傍らに身を寄せた。
 「じゃ、お休み、村雨」
 「・・・・ぐるるるるる・・・・!」(←唸り声)
 いつも通りに、両手で村雨のそれを包み、肌通しをくっつけ合うという、実に罪な体勢で、龍麻はこてっと村雨の胸に頭を乗せた。
 朝までには、冷めるだろう、という、同性として血も涙もない判断であった。
 「・・・・うがーーっ!!」
 寝室には、野獣の雄叫びだけが木霊するのだった。


 翌朝。
 久々に、何もせずに寝たため、すっきり爽やかに龍麻は目覚めた。
 清々しい朝の光の中で、新年という節目を、こんなに気持ちよく迎えることが出来るとはめでたいことだ、としみじみと思いつつ、何気なく、寄り添った温もりに手を這わせた。

 こー・・・ほー・・・

 ダースベーダーのような息遣いが、隣から聞こえてきた。
 にょ?と首を傾げつつ、上体を起こして村雨を改めて見ると。
 目は、爛々と光り。ついでに、血走って。
 ひょっとして、と触れてみた中心は、思い切り天を突いたままで、どくどくと脈打っていて。
 何も言わずに、こー・・ほー・・・などと荒い息だけが聞こえるのが、また何とも危険信号真っ赤っかて感じであった。
 
 こー・・・ほー・・・

 寝室に、村雨の息だけが響く。
 もしも、ここで村雨を解放したら、どうなるんだろうか、と龍麻は冷静にシミュレートしてみた。
 結果。足腰立たなくなることは明白であった。
 
 こー・・・ほー・・・

 「じゃ、俺は、初詣に行って来るから」
 しゅたっと手を挙げて、龍麻は寝室から速やかに離脱するのだった。



 で。
 時間もつぶし切れずに昼過ぎに戻って来て。
 寝室のドアを、そーっと開けた。
 「・・・村雨・・・?」
 途端、がばぁっとドア脇から襲いかかられて、うわっと声を上げる。
 「まままままま待て!あ、諦めるから!せめて、ベッドへ・・!」
 
 こー・・・ほー・・・

 「ちょ、ちょっと待てってばぁ!そ、そうだ!今年も餡入り餅があったりするんだけど!!」

 こー・・・ほー・・・

 「う、うわわわわわわわわ〜〜〜!!」



 結果。

 今年は、正月三ヶ日で、計108回いたすという。
 めでたいのやら、いきなり新年早々煩悩にまみれているのやら、よく分からないこととなった。



 教訓

 とりあえず目の前の危機を避けることは、後の危機を大きくする可能性があります。
 どうせぶつからなければいけない危機は、早めに対処しておきましょう。




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