右腕



 緋勇龍斗という人間は、どこか、妙だった。
 普段は穏やかで、誰それが死んだなどと聞いただけでも悲しそうな顔をするくせに、いざ、自分が戦闘するとなると、鬼神もかくやという働きをする。
 争いは争いとして悲しみ、戦闘は戦闘として楽しむ。
 そんな男とともに肩を並べて戦うのは、悪くはない。
 火邑の、最初の印象は、以上であった。

 次第に、惹かれていったのは確かであったけれども、相手は自分が恩人と思い定めた御方の想い人・・所詮叶わぬ恋心、そもそもそれを恋と言って良いのか否か分からぬほどの仄かな感情であるなれば、火邑は、自身にこれは友情と言い聞かせていた。
 それでも、二人でいられれば楽しい時を過ごせると、山での鍛錬を誘うくらいが、火邑の精一杯であった。

 そんな、ある日。

 「ほむら、ほむら、今日も鍛錬か?」
 小鳥のさえずりのような声を響かせて、龍斗が現れた。
 もう秋も深いというのに、やたらと薄着なその姿から目を逸らしつつ、火邑は自分の右腕を撫でた。
 「いや、よ・・。今日は、ちっとこいつが詰まりかけてるような感触がしてよ・・掃除を手伝ってくれねぇか?」
 龍斗は目を輝かせ、火邑の腕を取った。砲口から覗き込み、指でなぞる。
 煤を着物の裾で拭いながら、龍斗は首を傾げる。
 「いいよ、いいよ。やろう、やろう。でも、道具は?」
 「んあ?そんな上等なもん、ねぇよ」
 「じゃあ、じゃあ、嵐王の処に行こう」
 いや、そこまで真剣に整備しようと思ったわけでは・・と言いかけたが、火邑は龍斗に右腕を掴まれ、引きずられるように山を駆け出した。
 見かけに寄らず、大した膂力なのである。
 せっかく、二人きりで話が出来ると思っていた火邑は、自分の作戦ミスに気づいて、苦笑した。
 
 「らんおう、らんおう、道具、貸して」
 息も乱さず龍斗は嵐王の工房の戸をからりと開けた。
 怪しげな煙の漂う中から、奇怪な鳥面をつけた男が現れる。
 「何用ぞ」
 「あのな、あのな、ほむらの腕を、分解掃除する」
 ちらりと鳥面に見られた気がして、火邑は力無く笑ってみせた。
 「俺ぁ、そこまで言ってねぇんだがよ・・」
 「だめ、だめ、きちんと整備する」
 嵐王の表情は分からないが、ふっと気が和む気配がした。
 この男にそんな気をさせるのは、龍斗くらいのものだろう。
 「仕方あるまい。だが、儂は手伝わぬぞ。ちと所用があるゆえな」
 「やる、やる。俺がやる。でも、でも、本当に困ったら、らんおうが助けてくれる」

 にこにこと笑いながら、龍斗は工房の片隅に座った。
 火邑にも座るよう促し、二人の真ん中に布を広げて置いた。
 まずは、右腕と生身の境のネジを弛めていき。
 ふいに、重量あるそれが抜け落ちた。
 そして、工具で少しずつ分解していき、布の上に綺麗に並べていく。
 
 武闘家とは思えぬような、ほっそりした指先が、繊細に動き、細かな部品まで分解していく。
 ほとんど見とれかけていた火邑は、はっと自分の表情に気づき、ごほんと咳払いをした。
 「あ〜、たーたん。そんな特技があるとは、知らなかったぜ」
 「そう?そう?俺、こういう、精密な機巧、好き。ガンリュウの整備も手伝った」
 目を上げ、えへへーと笑い、小さなネジを、布できゅっと擦る。
 それから、また火邑から右腕へと視線を移し、分解を続ける。

 あぁ、ガンリュウもか。
 火邑は、気落ちした自分に慌てた。
 龍斗が、あまりにも慈しむように、己の右腕を扱うものだから、危うく勘違いしかけたけれど。
 ただ、龍斗は精密な機巧が好きなだけ。
 
 自分に言い聞かせている火邑には目も向けないまま、龍斗が独り言のように呟いた。
 「でも、でも、ほむらの腕だから。ほむらの腕だから、こんなに、大事」
 優しく、部品の一つ一つを布で拭って。
 右腕に、そぉと唇を押し当てた。
 
 その言葉に慌てる火邑を余所に、龍斗は、小さく、あ、と声を出して、立ち上がった。
 「らんおう、らんおう。これ、これ、溶けかけてる。換えて、換えて」
 「どれ・・・ふむ、確かに。火邑は、連発するからのぅ。・・・では、これを」
 何やら訳の分からないものを作っている嵐王に駆け寄り、子供が飴を強請るような調子で、点火装置の新品をもらい、満面の笑顔で、また駆け戻ってくる。
 「よかった、よかった、今日、分解して、よかった、ほむら」
 「・・・あ、あぁ・・・」
 
 その後も、一つ一つ丁寧に煤を拭って、部品を元通りに組み立てていき。
 仕上がった時には、日も暮れかけていた。
 「おうよ、ありがとうよ、たーたん。・・しっかし、今日はもう、試しに行けねぇなぁ」
 「明日、明日、行こう、ほむら」
 満足そうに、すでに火邑に付いた右腕を撫で、はしゃぐ龍斗の頬に、煤の跡が擦れるように付いているのに気づいて。
 
 拭ってやろうにも、この腕は。
 
 右の大砲も。
 左の凶刃も。

 人殺しには長けた腕だが、ただ汚れを拭うだけの仕草は出来なくて。

 「ほむら、ほむら?」
 いきなり黙り込んだ火邑を、不思議そうに見上げる龍斗に、
 「たーたん、こっちの頬、煤が付いてる」
 告げるだけ告げて、何もできない。
 龍斗は慌てたように、頬を擦る。
 「取れた?取れた?」
 却って広がった煤に苦笑して、何か拭うものはないかと見回す火邑を見上げて、龍斗は目を閉じた。
 「ほむら、ほむら。取って、取って」
 そのまま待っている龍斗の背を抱き寄せて。
 
 火邑は、舌先で、そこを拭った。

 何度か舌が往復すると、煤は何とか綺麗に取れたが。
 「おらっ!取れたぜ、たーたん!」
 照れ隠しに、叫ぶような声音で報告する火邑に、うっすらと目を開けて。
 「ほむら、ほむら」
 「なんだ?」
 「さっき、さっき、ネジもくわえた」
 「あん?」
 「お口、お口に付いてない?」

 誘うように僅かに開かれた赤い唇には、確かに煤が付着していたが。
 そこを、舐めて取るってことは・・・取るってことは・・・
 「つ、つ、つ、付いてねぇよ!!じゃあな、ありがとうよ、たーたん!!」
 
 真っ赤な顔で走り去った火邑を見送って、嵐王はあきれたように言う。
 「龍斗。あまり、からこうてやるな。火邑は、あまり色事には馴れておらん」
 ぷっと膨れて、龍斗は乱暴に口元を拭った。
 「別に、別に、からかってない」
 そして、足下の工具をまとめて。
 「らんおう、らんおう。これ、借りていく」
 「それは、かまわぬが・・何に使うつもりだ?」
 不審そうに問う嵐王に、龍斗はにっこりと笑ってみせて。
 「ほむらの、ほむらの左手を整備する」
 
 子供じみた顔でいながら、浮かべる笑みは妖艶で。
 まるで、別のものに施しているように、工具に口づけ、舌を這わせた。
 
 そうして、龍斗は火邑を追っていき。

 嵐王は、工房で一人ごちた。
 「ふむ・・これは、無駄になるやもしれんか・・」
 手にしていたのは、本物と見紛うばかりの精巧な義手。
 「やれやれ。火邑も厄介なものに見込まれたものよのぅ」
 
 それを聞くのは、月ばかり。




あとがき
初めての火邑主・・・だめだ!
口調がどうしても村雨さんぽくなってしまう!!
精進、精進・・・(って、続くのか?これ)

秘密外法師に戻る