小さな幸せ




 春の陽気が暖かく、そこかしこに日溜まりができる昼過ぎ。九角家屋敷の南側にあ
る縁側に、白い物体が丸まっていた。物体──気持ちよさそうに眠っている彼は、何
か楽しい夢でも見ているのか口元に微かな笑みが浮いている。それをたまたま目撃し
た火邑は、一瞬迷ってから近くへと歩み寄った。
「たーたん、こんなところで寝てると風邪引くぜ?」
 そっと声をかけてみるが全く起きる気配は見られない。肩を揺すろうと手を伸ばし
かけ、そして途中で止めた。
「…………」
 あまりに気持ちよさそうに眠っているのに、起こすのは忍びないと思い、そして自
分の手がこの人を容易く傷つけてしまうことに気付いたから。触れることすら、かな
わないことに。
 火邑は自嘲の笑みを浮かべると、そっとその場に腰を下ろした。そして眠っている
龍斗を見つめる。
 あどけない寝顔。
 今は閉じられた瞼の下には、意志の強い綺麗な緑の宝石が隠されている。
「龍斗…」
 もう一度名前を呼び、微かに笑えば龍斗の瞼がわずかに動いた。
「ん………ほむらぁ…?」
 ぼんやりと焦点の合わない瞳で火邑を見つめ、龍斗はやおら起きあがる。そのまま
しばらくぼけーっと火邑を見つめていたが、不意に無邪気に微笑んだ。
「ほむらだぁ…」
 寝起き特有のかすれた声と童子のような純粋な笑み。けれど間延びした言葉遣い
に、火邑は微苦笑とも微笑ともつかぬ笑みを浮かべた。
「寝ぼけてんのか?…こんなところで寝てると、風邪引くぞ?」
「んー…」
 火邑の言葉を理解しているのかいないのか、返事ともうなり声ともつかぬ声を返す
龍斗。そしてそのままばたりと火邑の胸に倒れ込む。
「龍斗っ?」
 突然の出来事に驚きの声を上げるが、すでに龍斗は夢の中。すやすやと気持ちよさ
そうな寝息に、起こそうと伸ばしかけた手を止める。
「そういやぁ、寝起きが悪いって言ってたなぁ」
 火邑の言うとおり、龍斗の寝起きはすこぶるよろしくない。一度起こしたと油断し
ていると、下手をすれば昼どころか夕餉まで起きてくることがないのだ。しかも質が
悪いことに、本人がそれを改善しようとしていない。本人曰く、「寝ないと体力もた
いないんだから仕方ないだろ?寝る子は育つって言うんだからいいじゃないか」との
ことで。それを天戒にすら通してしまうのは恐ろしい──いや、すばらしいことだ。
 ともかく。龍斗の寝起きの悪さは、すでに鬼哭村では公認になっていた。
「…どうしたものかな」
 口ではそういいつつも、火邑の表情はどこか嬉しそうで。それを自覚しつつも、の
ぼる笑みを止められないのは仕方がない。
「しばらくこのままでいてやるか」
 そういって、火邑はそっと龍斗を抱きしめた。闘うための腕を、護るための腕に変
えて──



ジーダの謝辞
綾月さまに頂いた、誕生日祝いです!!
初の火邑主ですぜ!!
いやん、ほのぼの(笑)。
火邑って、あの腕のせいで、ほのぼのになるか、
めっちゃ鬼畜エロになるか、
両極端だと思いませんか?


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