プロジェクトK


  朝。窓からの日差しが、容赦なく降り注ぐ。
 (もうちょっと・・・眠い・・・)
 夕べ寝たのが遅すぎた。後、5分・・・と思いつつも、最愛の悪魔は、朝1番にやってくる。
 寝過ごすのも、不可。もちろん、あまりにも寝起きの顔をさらすのも不本意。
 昨日も、寝不足の顔で、出迎えた挙げ句に、寝ちゃったし。
 おいしょっと、起きあがり、半ば目を閉じたまま、裏庭に出て、冷たい井戸水で顔を洗う。
 (朝の調合をして、クレイドルさんに会って、また、調合したら、お昼寝しちゃえ)
 2番手のアドルが聞いたら、会えそうにもなくて、泣くしかない計画だ。
 「ん〜、今日も、いい天気」
 伸びをして、リアムは、爽やかな朝の空気の中で誓う。
 今日は、生のクレイドルとキスをするのが目標だ、と。すっかり、開き直っているリアムである。 
 触りたい物は、触りたい。触られたい物も、触られたい。
 いったん、そうと決めたら、迷うこと無し。アンヌンに行こうが、どこへ行こうが、クレイドルを追っかけていくのだ。
 ・・・フラヒスの光の中で、そんなことを考えるとは、良い度胸だ。

 で。
 クレイドルをお迎えしたわけだが。
 昨日と同じく、クレイドルのご機嫌は、かなり悪かった。無言のまま、メーラの葉を押しつけ、ソファに座る。
 そして、とんっと、自分の膝を叩いた。
 ここに来い、と言われているのは、分かるのだけれども。
 いきなり、膝に乗るのは、どうだろうか。
 そう思って、リアムは、クレイドルの隣に腰を下ろした。
 ちら、とクレイドルの顔を見上げる。いつもと同じ、無表情の様でいて・・・かなりの低気圧。
 (ひ〜っ、怒ってる〜っ!・・・夜は、いい雰囲気になるのになぁ・・・やっぱり、朝って、クレイドルさん、嫌いなのかなぁ・・・)
 「リアム」
 地の底から這ってくるような、低い声に、飛び上がる。
 「は、は、は、はいっ」
 「お前が・・・夕べ、言っていたことは、本当か」
 夕べ・・・思い当たるフシが多すぎて、困る。
 墓穴を掘る前に、素直に降参しておこう。
 「あの・・・どれの事でしょう?」
 きりり、とクレイドルの眉が上がる。・・・更に怒らせたようだ。
 「大勢の人間と、キスをしたことがある、という部分だっ」
 「あ、はい、それですね。・・・はい、一杯、してますが」
 「なら、何故っ・・・・いや、いい」
 自分がキスしたときだけ、泣いたのか、とは聞けないクレイドルだった。夢の中の出来事だし。・・・なら、現実にしてしまえば、いい。
 「リアム」
 「はい?」
 リアムは、額を押さえて、何やら唸っているクレイドルを、不安そうに見つめる。何か、気に障るようなことをしでかしただろうか。
 クレイドルの両手が、リアムの肩にかかる。
 ソファに押しつけるようにして、のし掛かってくる。
 (あ、これは、キスしてくれる体勢かも)
 期待している筈なのに・・・何故か、身体が勝手に反応して、首をぎゅっと竦めて、顔を背けた。
 ・・・ニアミス。
 熱い感触が触れたのは、ぎりぎり唇から外れて、頬の部分だった。
 そ〜っと薄目を開けて伺うと・・・クレイドルの瞳はかなり剣呑だった。
 (お、お、怒ってる・・・当たり前か・・・)
 更に、身体がソファに押しつけられ、自然と頭が、背もたれ部分を超えて仰のいた。
 「あ・・・ん・・・っ」
 今度こそ、唇が覆われる。抱きすくめられて、身動き一つとれない状態で、貪られる。
 口腔内を犯すように蹂躙する舌に、恐る恐る自分の舌で触れると、根こそぎ持って行かれそうな勢いで吸われて。

 ぼんやりと目前が赤みがかって・・・やっと、呼吸することを思い出して、はふ、と息を一つつく。
 クリアになっていく視界の中で、目前のクレイドルを認めた途端。
 ぼんっっと音を立てそうな勢いで、自分の顔が真っ赤になったのが判った。
 「あれぇ・・・?・・・なんで・・・っ僕・・・?」
 そのセリフにたじろいだように身を引くクレイドルには気付かず、リアムは、自分の頬に両手を当てる。
 燃えるように、頬が熱い。いや、顔全体が。
 心臓が、ばくばくと、やけに存在を主張するし。
 「おかしいな・・・ホントに、僕、キスなら、一杯してるんですよ・・?・・・あれぇ・・・?」
 クレイドルの顔は見ないようにして、言い訳をしてみる。そういえば、夕べも、そんなことを考えた。
 何故、クレイドルにキスされたのは、ドキドキするのだろう、と。
 顎を掴まれ、上を向けられた。クレイドルの瞳が、和らいでいるのを認めて、ほっとする。
 そして、顔が近づいてくるのに、目を閉じる。
 今度は、驚くほど、優しいキス。
 だけれども、ぴちゃと濡れた音を残して、それが離れた後は・・・やはり、顔から火を噴いた。

 くらくらする頭をクレイドルの胸に持たせかけて、リアムは何とか、心臓を落ち着かせようと、深呼吸をする。
 「・・・おい」
 耳元に、囁かれるだけで、意識を失いそうだ。それでも、何とか、焦点の合わない瞳を、クレイドルに向ける。
 「・・・はい」
 視界に、クレイドルの顔が入った途端・・・また、心拍数が跳ね上がった。
 「今日は、俺以外の男を、半径1m以内に近づけるな」
 「はい・・・って、は?あの、近づけるなって・・・」
 「だから!」
 間近で、睨み付けるクレイドルの顔が、うっすらと紅潮している。
 「他の男も、同じ事を考えている筈だからな・・・。お前は、無防備過ぎる」
 自分の事は思いっきり棚に上げて、クレイドルは苦々しく言う。
 リアムにとって、キスが大した事じゃないと、判ったら・・・絶対、他の男も、迫ってくるはずだ。天使でさえも。
 かと言って、リアムに、それを巧く捌くことは期待できない。
 今だって・・・かなり無防備。
 もう1回キスどころか、最後までいけそうな雰囲気だ。
 なら、少なくとも、半径1m以内に近づけるな、という具体的な指示なら、リアムでも何とか守れるだろう。近づかなくては、キスできないし。
 「わかったな!」
 ぽうっと上気した顔で、リアムは頷く。
 何で、近づけちゃいけないのかは、解らないけど、クレイドルが、独占欲でそう言ってるのは解る。
 とは、言うものの・・・自分に、出来るだろうか?あの、ナデュー辺りが、ずかずか近づいてきたら、どこまで逃げ回れるか・・・。
 「あの・・・何で、逃げるんだって言われたら、どう、答えたら良いんでしょう?」
 「・・・・・・・・嫌いだからだ、とでも、言っておけ」
 それは、却ってまずい結果を生む気もするが。

 首を傾げて、悩んでいるリアムを見ていると、むくむくと不安が湧いてくる。
 あの、訴えるような瞳で、うるうると
 『あの・・・今日は近づかないで下さい・・・』
 とか言われたりしたら・・・男としては、却って燃え上がったりしないだろうか?
 見張っている訳にもいかないが・・・このまま帰る気にもならない。
 他の男に何かされるかもと思うと、ぶつけようの無い苛立ちに狂いそうになるのは、目に見えているからだ。
 
 クレイドルが『このまま、お持ち帰りする』という計画をたてているのを余所に、リアムは、ぽんと、手を叩いた。
 「あ、じゃあ、こうしましょう」
 頼りない足取りで、机に向かい、何やら書き付ける。
 「これを、扉に貼っておくんです」
 『今日は、風邪をひいたのか、熱っぽいので、お休みさせて下さい。ごめんなさい。−−−リアム』
 ・・・・・・・意外と、不真面目な調香師だ。
 「う、嘘じゃないですよぅっ!・・・本当に、顔が熱いしっ、なんか、ふわふわするしっ、胸もドキドキしてるしっ・・・きっと、熱があるんですよぉっ!」
 症状は、嘘では無いが。原因は、別だろう。
 クレイドルの大きな手が、額に触れた。
 それだけで、また、顔が熱くなる。
 「・・・なら、今日は、ゆっくり休め」
 「・・・はい」
 本当は、ずっと触っていて欲しいのだけれど。
 まあ、今日は、目標を達成したし、我慢しておこう。
 「あの・・・クレイドルさん。・・・・・・・また、来て下さいね」
 「・・・ああ。・・・待っていろ」
 お断りの紙を持って、戸口まで、クレイドルを見送る。
 クレイドルは、去り際、ふいに振り返って・・・かすめるようなキスをした。
 そのまま、目を細めて、リアムを満足そうに見やった後に、消えた。
 (今日は、3回もキスしてもらっちゃった・・・)
 辛うじて、扉に張り紙をして、中に入ってから、崩れ落ちる。
 緊張のあまり、足が震えている。
 (最後の、目つき・・・何て言うか・・・すっごく優しかったし・・・)
 慈しむような、目。
 悪魔に、そう表現するのは、躊躇われるが。
 (もうちょっと、頑張れば、贄にしてくれるかも)
 握り拳をつくって、力んでもしょうがないが。実際のところ、まだ、どうやったら贄になれるのか、解ってないし。
 ま、『贄になったら、クレイドルとずっと一緒にいられる』というのだけが、リアムにとっての最大重要事項で、それ以外は『どーでもいい』のだが。
 こういう状態を『恋は盲目』と言う。・・・『盲人、蛇を恐れず』という言葉もあるけど。

 そして、リアムは、本当にベッドに入った。実際、寝不足が続いているのも確かだし。
 (今日は、ゆっくり、お休み〜っと。・・・明日の目標は・・・・・・・・・・あれ?キスの次って、何を目標にしたら、いいんだろう?)
 今度、フィーレ先生のところで、何か参考文献を借りてこよう、と思いつつ、リアムは眠りに落ちた。


 なお、扉の前で、がっくりと肩を落とした者、数名。ちっと舌打ちした者、数名。・・・本当に、『キスをしてやる計画』は、蔓延していたようだった。





   次回予告!!
 「誘い受」の割には、知識が伴わないため、いまいち奥手なリアム!まだ、何故「クレイドルにキスされたらドキドキするのか」の命題解決にこだわってるし!いや、この場合、クレイドル様も意外と奥手なのだろうか・・・
 次回「正式名称:吸引の陰圧による皮下出血痕」でお会いしましょう!

 
  あとがき

 いや、実は、これ「正式名称:吸引の陰圧による皮下出血痕」の前半部分だったんだけど、後半が延びていったから(また(笑))、生キス部分だけ、ぶった切ってみました。だから、短いの・・・。なお、注釈不要でしょうが、プロジェクトKのKはkissのKです。さ〜、次で、どこまでいけるかな〜・・・最後までいけないのだけは解っているが・・・もう少し、おつき合い下さい(苦笑)。初心者リアムを書けるのも、今のうちだけなのです・・・。

 なお、うちのリアムは、知識が半端に偏ってます。多分、この世界での「そっち系知識」というのは、文じゃなく口伝(という程のものではない)だと思うんですけど、リアムは、そ〜ゆ〜悪い事を覚える前に、学びの森に来てしまった、と。フィーレ先生は、そっち系は「自然に知るのに任せる」方針を選びました。・・・誰も教えてやらなきゃ、知る訳ないじゃん・・。だから、リアム君は「性交について」とか「勃起とは」という極々理性的な知識はあっても、それに至るのに、どういう前戯があるかということは全く知りません。・・・そういう設定です。あしからず。



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