176勝86敗53KO
静かなアンヌン、薄暗いアンヌン。
しかし、今日も今日とて、クレイドルの塔では、新しく入った魔の明るい笑い声が響いている。
それでもって、それが主の気に障らないと来たもんだ。
今までクレイドルに使えていた魔たちは、喜んで新入りに自分たちの仕事を譲り渡した。
特にクレイドルの身の回りの世話をするのは、これまでは命がけの仕事であった。
目立たず・騒がず・うろつかず、を心がけていても、ちょっと気に入らなかっただけでさっくりと殺される恐怖の職場であったのだが、新入りは身の回りの世話こそ自分の役目、と進んでそれを引き受けた。
今のところ、新入りが殺される気配はない。
自分たちのためにも、長生きしてくれよ、と応援されているリアムだった。
そんなわけで。
リアムは、ベッドに腰掛けて、クレイドルの髪をいじっていた。
髪を梳いて、飾りを付けるだけでよいのだが、リハビリも兼ねて細かい三つ編みに挑戦していたり。
「ん〜ん〜ん〜♪・・・できたぁ!」
褒めて、褒めて!という顔で、リアムは髪を手放し、クレイドルに鏡を渡した。
クレイドルは、ざっと自分の髪を点検し、これくらいならまあいいか、と受諾することにした。
・・つまり、完璧な出来では無い、ということだが。
リハビリ、というだけあって、三つ編み部分は、やや不格好だが、まあ極端にぐちゃぐちゃなわけでもない。
「ふむ・・まあ、合格点だな」
そう呟いてやると、新しい彼の魔は、わあい!と言ってクレイドルに背後からしがみついてきた。
そしてそのまま、お強請りするようにクレイドルの耳に口を寄せて。
「ねぇ、クレイドル。僕も、お揃いの髪飾り、欲しいです」
クレイドルは、胡乱げな表情を隠しもせずに振り向いた。
そして、想像してみる。
この蜂蜜色の髪に、毒蛇色の飾り。
「・・・似合わん」
思わず正直に感想を述べると、案の定リアムはぷぅっと頬を膨らませた。
「え〜?やってみないと分からないじゃないですか!クレイドルほど綺麗じゃないけど、僕だって金髪だし!」
「・・・長さが足りん」
その答えに、我が意を得た、とばかりにリアムはにっこりと笑った。
「えっへっへ〜、見てて下さいねっ!」
目を閉じ、握り拳でなにやら力を込めていると思うと。
じわりじわりとその髪が伸びていくではないか。
憮然と見守る中、腰まで伸びたところで、リアムがぷはっと息を吐いた。
輝くばかりの笑顔で、クレイドルを見上げる。
「ねっ?このくらい、なら、似合う、でしょう?」
まるで全力疾走した後のように、体中を波打たせて、荒い息を吐く。
汗の浮かんだ顔には、得意そうな表情。
(か・・・可愛い・・・)
髪が伸びようが、やっぱり毒蛇色の飾りは、リアムには似合わないような気がしたが、それを口にすることは出来なかった。
こんなに目をきらきらさせて、クレイドルの言葉を待っている愛らしい魔に、否定の言葉など聞かせられるはずも無いではないか。
(・・・176勝86敗)
クレイドルの心のノートに、そんな単語が書き付けられた。
「いつの間に、そんなことが出来るようになった?」
「えとですね、気が付いたら、自分の身体のことがよく分かるようになってて、手を動かそうって考えたら手が動くみたいに、髪を伸ばそうっとか、傷を治そうっとか考えると、出来るようになってたんです。・・ちょっと疲れるけど」
どうやら、闇に染まったときに、細胞が再生成する感触が、リアムに妙な魔力を与えたらしい。
自分にしか通じないのがちょっと難だが、天使と違い治癒力のない悪魔には大変に役に立つ能力だ。
「これ、クレイドルにも通用したら良いんですけど。頑張って、魔力を高めるようにしますねっ」
リアムも同じことを考えていたらしい。
まあ、リアムにはクレイドルしか見えていないが、これを悪魔全般に通じるように出来れば、『クレイドルの魔』という以外に、それなりの地位を得ることが出来る。
それはアンヌンで生きていくには、有用なことであるはずだった。
「・・・そうだな。励むといい」
その言葉に、リアムの顔が輝いた。
「はいっ!」
元気よく返事をして、クレイドルにしがみついた。
「それにしても、お前は、自分の身体の中なら、だいたいコントロールできるのか?」
「はいっ!痛みとかも、感じられなくすることが出来ますし、体温もコントロール出来ますっ」
細い腕でガッツポーズをしてみせるリアムに、クレイドルは意味深長な視線を送った。
「そうか・・では、部分的に、痛みを減らすことが出来るか?」
「・・・はい。出来ますけど・・?」
きょとん、と首を傾げたリアムの身体を、己の下に引き込む。
「では、そうしていろ」
そう告げて、薄衣を剥ぐ。
ようやく理解して、リアムの頬が真っ赤に染まった。
「え〜・・だって、でも、そんなぁ・・・」
「痛いのが好きなら、構わないが」
「そうじゃないけどぉ・・・クレイドルのエッチ」
アンヌン広しと言えども、クレイドルにこんなことを言った者はいないだろう。
しかし、勿論、クレイドルは怒りもしなかった。
くくっと喉で笑って、足を広げさせただけだ。
滑らかな背に汗を浮かべて、ベッドに沈んでいるリアムには意識が無かった。
さんざんイってイかされて、ようやく意識を手放すことが出来た、というのが正しい。
痛みが無い分、クレイドルは容赦なかったし、リアム自身も初めての感覚であったためか抑制が利かず、意識を失うまで攻めまくった結果である。
満足そうにリアムの髪を撫でながら、クレイドルは心のノートを広げた。
(177勝86敗54KO)
本人たちだけが楽しい記録であった。
あとがき
バカップルこの上無いですな。
しかし、これは、対シフィール戦への布石!
次こそ、ぶち切れリアムを・・・!