果実酒の夢



 なんだか妙に体がだるい。

 頭も、痛い気がする。

「龍麻?どうしたんだい、ぼーっとして」

「…え?…いや、なんでもない」

 心配そうに自分の名前を呼ぶ如月に龍麻はぼんやりと言葉を返した。普段ならもっ
と反応のいい龍麻が、ぼんやりしてるとはただごとではない。如月は眉を寄せると、
すっと龍麻の真正面に立った。

「龍麻」

 名前を呼びつつ手を伸ばし、額に手を当てる。

ふれられることを極端に嫌がる龍麻が、如月の手を甘んじて受け入れた。そのこと
に、如月は眉間のしわをいっそう深くする。

「熱があるじゃないか」

「熱…?」

これならば龍麻の反応の鈍さも納得できた。けれど、熱がある人間がこんなところへ
来るのは間違っていると、如月は深いため息をついた。

「よぉ。二人してどうしたんだ?」

 こんなところ──暗くてじめじめしていて異形のものが多い場所。つまり、旧校舎
のことなのだが、そこに3番手についた村雨はぼんやりしている龍麻と滅多に鉄面皮
を崩すことのない如月の怒ったような顔に怪訝な顔する。

「村雨」

 ほっとしたように如月が名前を呼べば、村雨が眉を寄せる。相も変わらずぼんやり
している龍麻にさらにしわを深くし、足早に近づいた。

「何があった?」

 コトと場合によっちゃあ、容赦しないぜ?

 そんな危険なニュアンスを含み、村雨が訊く。如月は無言で龍麻の体を軽く押す
と、龍麻は素直に村雨の方へと歩み寄った。

「先生?」

「熱があるようだから、今日の旧校舎は中止だよ。早くつれて帰るといい」

 無言で村雨を見ている龍麻のかわりに如月が声を上げ、小さく嘆息する。そしてポ
ケットから小さな小瓶を取り出すと、村雨に渡した。

「中国の漢方薬だよ。龍麻の体は薬はほとんど効かないけれど、それなら多分大丈夫
だ」

「……悪い」

 龍麻を抱き寄せたまま苦い顔で如月を見る村雨。そこにはありありと「借りは作り
たくない。けれど先生のためだから仕方ない」と書いてあった。そんな村雨をおかし
そうに見ると、如月が薄く微笑した。

「僕の役目は龍麻を護ることだよ。…早くつれて帰るといい。他のみんなには、僕か
ら言っておくから」

「…ああ」

 村雨は苦い顔のまま如月に軽く手を挙げると、龍麻の肩に手を回す。そして抱える
ようにして歩き出せば、声もなく龍麻が従った。



「先生、大丈夫か?歩けるか?」

「……歩ける」

 心配する村雨に龍麻は一言きっぱりと告げる。けれど肩に回された手を振り払うこ
ともなく、ふわふわとした危うい足取りでついて行った。

「ほら。乗りな」

「…車?おまえのか?」

「ああ。今日は学校休みだからな。良かったぜ、車で来ていて」

 そういえば今日は私服だったな、などと場違いなことを考えながら、龍麻は村雨に
開けてもらった助手席へと乗り込む。村雨はしっかりと龍麻が座るのを見届けてか
ら、ゆっくりとドアを閉めた。

「少し、とばすからな」

 シートベルトを龍麻がしたのを確認してから村雨がアクセルを踏む。彼の運転は免
許を取ってから1年未満とは思えないほど上手で、龍麻は安心してシートに身を沈め
た。

「…先生。これ、飲めよ」

 赤信号で止まった時を見計らい、村雨が龍麻に小瓶を渡した。もちろん如月からも
らったアヤシイ風邪薬だ。

「…飲みたくない」

「…あのなぁ。そんなわがまま言ってる場合じゃないだろ?」

 大通りの信号は長いため、多少の余裕はある。村雨は一瞬考え込んでから小瓶を奪
うと、ふたを開けた。

「…酒か?」

 ふたを開けたとたんふわりと良い芳香が漂う。ほのかな甘い香りから、何かの果実
だとわかった。

「酒のわけないだろ?薬って言ってたんだから」

 龍麻が呆れたように村雨に言うが、村雨は何も答えない。そのまま軽く含み、ぐ
いっと龍麻を引き寄せた。

「───ッ!?」

 熱のためか反応が鈍くなっている龍麻は、対応が一瞬遅れた。気づいたときには村
雨の舌が滑り込み、甘い液体が流れ込む。

「…飲んだか?」

 ただ薬を飲ませるためだけにキスをした村雨。愛撫も何もないそのキスに、龍麻が
軽くうろたえた。──まるで、キスをねだっていたような自分の気持ちに。

「人通りの多いトコで何すんだよ!」

 動揺を隠すように龍麻が怒鳴れば、村雨はちらりとその顔を見る。

「誰も見てやしねぇよ。それより、残り飲まねぇんなら飲ませてやろうか?」

「!!誰が!死んでも頼むか!」

 ニヤニヤと笑う村雨から小瓶を奪い取ると、龍麻は一気に飲み干した。

「…………」

 思っていたよりも喉ごしが良く、薬臭くない。漢方薬といっていたが、子供用の風
邪薬シロップのような味で、だいぶ甘かった。それに、ほのかに含まれたアルコール
も心地よく、思っていたよりもずっと上質なそれに龍麻は笑みを浮かべた。

「村雨。ついたら起こせ。寝る」

 道のりはさほど長くはないが、眠るには十分な時間がある。龍麻は村雨にそれだけ
言うと、返事も待たずに目を閉じた。

「先生?」

 珍しい龍麻の申し出に隣を見るが、すでに龍麻は眠った後で。村雨は微苦笑を漏ら
すと、龍麻の眠りを妨げないよう慎重に運転を再開した。



「先生、ついたぜ」

 車を駐車場に止め、龍麻に声をかけるが起きる気配は見えない。村雨は小さく嘆息
し、そっと龍麻を抱き上げた。

「よっと」

 龍麻を横抱きしたまま器用に鍵とドアを開けると、そのまま寝室へ向かう。そっと
横たえれば、龍麻の目が開いた。

「…ついたのか?」

「ああ。アンタの部屋だよ。…何か作ってくるから、着替えて横になってな」

「ん……」

 寝ぼけているのか熱のせいか、龍麻の反応はとことん鈍く素直だ。恋人になったと
はいえ、ここまで無防備な龍麻を見たことがない村雨は軽く驚く。けれど何も言わず
に龍麻の頭をなで、すぐ隣にある台所へ向かった。

「…卵酒でいいか」

 自炊できるとはいえどんなものが栄養のある食べ物かは良く知らない。加えて他人
の家だ。勝手の知らない場所で凝ったものを作れるほど村雨は図太くなかった。

 とりあえずとばかりに冷蔵庫に手をかけると、隣の部屋から何かが倒れるような音
が聞こえる。反射的に振り返り、慌てて隣の部屋へ駆け込んだ。

「先生!?」

 音がするほど強くドアを開ければ、床に倒れてる龍麻の姿が目に入った。

「龍麻!?」

 そっと龍麻の体を抱き起こせば、今まで閉じていた瞳が開いた。そして力の入って
いなかったその手が村雨の頭を引き寄せると、いきなり口づける。

「ッ!?」

 何が起こったかわからないまま、けれど抵抗も出来ずに村雨はただただ目を見開い
ていた。その間龍麻の舌は村雨の口腔を探り、きつく舌を絡めてくる。

「───ッ」

 的確に快感を引き出すその舌技に、村雨は知らず知らずのうちに眉根を寄せた。そ
して無理矢理龍麻から唇を離すと、ぐいっと床に押しつける。

「龍麻、何考えてるんだ!?」

 村雨が怒鳴りつけると、龍麻の目が潤む。悲しみでも怒りでもなく、こらえきれな
い情欲に潤んだその目に村雨はきつく唇をかんだ。

「…祇孔…。抱いて…」

 たとえ情事の最中でも滅多に名前を呼ばない龍麻が、甘えるように名前を呼ぶ。村
雨は嬉しいと思う反面わいてくる疑問に龍麻を凝視した。

「龍麻…。アンタ、本当にどうしたんだ?」

「………渇いて、どうしようもない。餓えてるんだ」

「龍麻?」

 一体全体どうしたというのだ。これは本当に自分の知っている「緋勇龍麻」なのか


 後から後からわいてくる疑問に答えるものはなく、村雨はどうしたものかと思案す
る。

「……龍麻、」

 何を問えばいいのだろうか。問うたところで疑問は解決するとは思えない。ならば
──

 村雨は龍麻の両腕を離すと、制服のボタンに手をかけた。一つずつ丁寧にはずし、
ワイシャツのボタンも全てはずす。けれど龍麻は抵抗することなく、黙って村雨の指
を見ていた。

「祇孔も、脱いで…」

 村雨の指がベルトにかかり、抜き取る。そのままファスナーを下げ脱がせれば、龍
麻がようやく声を発した。村雨はやや驚いた面もちで龍麻を見るが、結局いつもの笑
みを浮かべ、自分の衣服に手をかける。

「ここだと背中痛くなるだろ」

 一言いってから龍麻を抱き上げれば、素直に絡んでくる腕。そんな龍麻に軽い違和
感を覚えながらも、村雨はそっとベッドに横たえた。

「祇孔…」

 濡れた声で龍麻が呼べば、村雨が笑う。せがまれるままに口づけ、下腹に手を伸ば
した。まだ何の変化もないソレに指を絡め、じっくりと愛撫する。敏感な先端に軽く
爪を引っかければ、龍麻の体がびくりと震えた。

「んっ……は……ぁ…」

 キスの合間のくぐもった喘ぎ声。その甘い声音に村雨の指がいっそう激しくなる。

「ふ、ぁ……、んっ」

「イクか?」

 唇が離れ、村雨がからかうように訊く。龍麻は一瞬きつくにらみつけるが、結局目
を閉じた。

「……冗談だ。何度でもイかせてやるよ」

 龍麻の耳元で笑いながらささやけば、それだけで龍麻の躯が震える。そして歓喜の
悲鳴を上げ村雨の手に欲望を放った。

「…ッ、ぁ…は…ぁぁ…」

 強い快感に龍麻が身体を痙攣させていると、そっと村雨が抱きしめてくる。そのぬ
くもりが心地よくて、龍麻はぎゅっと村雨に抱きついた。

「祇孔、もっと…して…」

 村雨の耳に甘くささやきかけ、龍麻はその首筋にそろりと舌を這わし。子猫が嘗め
るように頸動脈を嘗め続け、仕舞いにはそこをきつく吸い上げた。途端出来る赤い華
に満足の笑みを浮かべると、潤んだ瞳のままキスをねだって。

「ン…」

 鼻にかかったような甘い声を漏らせば、与えられる口付けがより一層深く激しいも
のに変わる。龍麻も村雨も飽くことなくキスを続けていたが、やがて苦しさに唇を離
した。

「龍麻、何して欲しい?」

 キスだけで再び形を変えたソレを軽く弄りながら問えば、龍麻の顔が羞恥に赤ら
む。そしてしばしためらってから、口を開いた。

「…祇孔が、欲しい…」

 例え別人格のようになっていても龍麻は龍麻。滅多に聞くことの出来ない言葉の
数々に嬉しさをこらえきれず、村雨は笑んだ。

「…愛してるぜ、龍麻」

 村雨はそっと龍麻に口付けると、そのまま唇を滑らせていく。途中幾度も寄り道を
しながらたどり着いた先は、龍麻が村雨を受け入れるところ。まだ堅い蕾に優しく口
付けると、ゆっくりと解すように舌を差し入れた。

「ふアッ…アア、ッ、んっ」

 ゆっくりと舌で掻き回し、唾液を送り込むように奥まで差し込む。幾分柔らかく
なったソコに指を潜り込ませれば、龍麻の背がしなり体が震えた。

「イイか?」

 蕾に舌を這わせたまま尋ねれば、龍麻が村雨の髪を引っ張ることで答える。そんな
じゃれるような仕草に、村雨は苦笑を漏らした。普段の彼ならば、絶対にやらないだ
ろうと。

「ァ…し・こぅ…ッン、も…」

 襞の一つ一つを延ばすように丹念に解したソコは、絡みつくように蠢いてねだって
いる。それでもなお掻き回し続ける村雨に、とうとう龍麻が啼いた。

「しこうッ…じら…すな…」

「悪かったな」

 目に涙をためて訴える龍麻に村雨は微笑みかけ、ようやく指を引き抜く。そして龍
麻の足を折り曲げると、そっと自身をあてがった。

「力抜いてろよ?」

 優しくささやくと、慎重に体をつなげていく村雨。龍麻が体を強ばらせてしまい、
己で傷つけないようにとの配慮だった。

「ふっ……祇、孔…」

 生理的な涙をこぼしながら龍麻がすがるように腕を伸ばす。それに答えるように村
雨は指を絡め、安心させるように口づけた。

「んッ……ッ・ァ…ふ…」

 甘い唇を飽くことなく貪れば、ようやく龍麻の体からよけいな力が抜け落ちる。そ
れを感じ取った村雨が、限界とばかりに動き出した。

「ひぁ…ッ!ぁ・アッ、んんッ!」

 がくがくと揺さぶられ、そのたびに脳が焼けるような快感が体を走る。やめて欲し
いようないつまでも続けていて欲しいような、切ない感覚。

「アッ、ァああッ!しこ…ッし、こう…ッ!」

「龍麻…愛してる」

 悦楽の海に放り出した本人に助けを求め。甘いささやきに悦ぶ。

「も…やぁ…ア、ッく…から…」

 頭を左右に振り乱し、夢中で村雨にすがる龍麻。村雨もそろそろ限界なのか、いっ
そう律動を早めて。

「アアぁぁ――ッ!!」

「くっ――」

 ほぼ同時に達し、二人でシーツの波に沈み込む。ぐったりとした龍麻から自身を引
き抜き、そっと伺えば気を失っているのが分かった。

「龍麻…」

 愛おしそうに名前を呼び、髪を梳いて。静かにキスを落とした。



 体に触れる、何か暖かい感触に、龍麻は目を開ける。最初は此処がどこで一体どう
なっているのか分からなかったが、次第に記憶が戻って赤面した。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」

 もし此処に穴があったら、すぐに飛び込んでさらに埋めてもらっていただろう。そ
のくらい、龍麻の羞恥はすごかった。

「…………」

背後から抱きしめる腕は、見なくても誰だか分かる。もし違うやつなら、多分体に鈍
痛が走ろうとも何百回も黄龍を喰らわせていただろう。

「…如月のやつ、後で覚えておけよ…」

 ぼそりと恨みがましそうにつぶやいたとたん、背後で笑う気配がした、焦って後ろ
振り向けば、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた村雨の視線とぶつかった。

「もう具合は大丈夫か?」

「………御陰様で」

 村雨に体を反転させられるまま向かい合わせになり、仏頂面で答える龍麻。そんな
龍麻に村雨は苦笑し、額に優しく口づけた。

「あんた、熱があるの分かってて無理をしただろ?もう少し自分のこと大事にしろっ
て」

「その病人に無体をしたのはどこのどいつだ?」

「いや…まぁ…とにかく。さっき如月に聞いてみたぜ。あの薬のこと」

「…何なんだ、あれ」

 さりげなく話題を逸らされたことに気づいたが、龍麻にはそれよりもあの怪しい薬
の方が気になって。村雨がしたことは、少なくとも合意の上だったので、とりあえず
は無視をする。

「あれな。…如月が言うには、飲んだ本人がそのとき一番強く願っていることが行動
に表れるそうだ」

「…………」

 至極真面目な表情で村雨は告げているが、その目がものすごく面白そうに輝いて見
えるのは、決して気のせいではないだろう。龍麻は憮然とした表情でくるりと背を向
けると、一言告げた、

「寝るから起こすな」

「先生、寝る前に一つ」

 すでに眠る体勢になっている龍麻に、村雨が焦ったように声を上げる。珍しいその
声に、龍麻は億劫そうに返事をした。

「…なんだ?」

「あんた、俺のこと好きか?」

「………馬鹿か?」

「あのなぁ…」

 それはないだろといいかけた村雨を遮るように、龍麻が再びこちらを向いて。そし
て憮然とした表情のまま、僅かに目元を染めて告げた。

「俺は、嫌いな男に抱かれるほど落ちぶれちゃいない。そんなことも分からない奴
は、馬鹿で十分だ」

 言うことだけ言うと、龍麻ぽふっと村雨の胸に顔を埋める。そのまま幸せそうに微
笑むと、唇だけで告げた。愛している、と。

「先生…」

 呆然とした声をもちろん龍麻は耳にしたが、もちろん答えてやらない。照れくさい
のもあったが、何より眠たくて仕方なかったのだ。ふれるぬくもりが心地よくて、す
ぐに訪れた睡魔に身をゆだねる龍麻。すやすやと健やかな寝息を立て始めた龍麻に、
村雨は一つ口づけを送る。

「…あんたがそうやって自分の気持ちを言うのなんて、初めてだな。…愛してる。あ
んただけを」

 眠りに落ちた龍麻に静かに語りかけ、柔らかい髪に唇を落とす。やがて訪れた優し
い眠りに、村雨も身をゆだねるのだった。




ジーダの謝辞
綾月さまに頂きました、当サイト1周年記念お祝いです!
お忙しいところを恐縮です!(でも貰う)

・・それにしても、一言。
若旦那、何考えてんだ・・アンタ、それ、龍麻さん守ってねぇって。
いえ、女王様のメロメロなところが見られて嬉しう御座いましたけどねっ。

可愛い(でも裏)村主をありがとう御座いました〜!


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