「―――――!」
遠くで何かが聞こえる。
「―――う」
何を言っているのかは分からないが、人の声のようだ。
――――かなり好みの声だぜ……。
「……う。――――こう!」
声は最初の頃よりも、耳と脳に直接響かせるように段々大きくなっていく。先程から同じ単語を何度も繰り返しているようだ。
――――どこかの店から流れてくる、エンドレステープに録音された客の呼び込み………のワケねェか。
「祇孔! 起きろ!!」
――――……???
突然、鼓膜が無数の針で突き破られそうなほど振動し、村雨は驚いてパッチリと目を開けた。
「…………。よう……先生…。」
聞いた方が拍子抜けするような間の抜けた声で、地べたに座り込んでいる自分を間近から覗き込んでくる
人物に挨拶する。
「よう、じゃない。ヨレヨレした声で電話を掛けてくるから慌てて来てみれば………酔っ払いじゃあるまい、
こんな場所で寝るな。」
それも、太陽の暖かさが弱まったこんな寒空の下。
秋も終わりが見え始め冬の足音が迫った今の時期、マフラーやコートにはまだ早いが袖の短い服を着る者はさすがにいなくなり、日の短さと外の冷え込みはかなりのものだ。
そんな中で村雨はなんとも図太いことに、龍麻に「迎えに来い」と連絡を入れた後、龍麻の住むマンションから歩いて1分程の所にある電話ボックスの中で、そのまま呑気に眠りこけていたのである。
ガラスに凭れ掛かり、長い足を開けたままの扉から外へ投げ出すように伸ばして座り、船を漕いでいた。
どう見ても、酔っ払いかホームレス………いや、単なる不審者である。
「どこか、悪いのか?」
自分の面倒はきっちり自分で見ることが出来る村雨が、こんなところで力尽きて倒れるなど、真夏に雪が降るのと同じくらい珍しい。
見たところ外傷らしきものはない。ということは、体調に問題ありの可能性があるが。
「徹夜は慣れてるつもりだったんだが………、さすがに仕事明けの徹夜麻雀はきつかったぜ………」
気力を振り絞りここまで歩いて来たところで、睡魔に軍配が上がったらしい。
そんな村雨の答えに対する龍麻の感想は、至って簡単。
「麻雀をする前に一度休め、阿呆が。」
このダラしなく情けない姿は、仕事が終わってそのまま休息抜きで麻雀へ雪崩れ込んだ結果、完成したようだ。そこまでして、やりたかったのか。
「ほら、立て。眠るのは俺の部屋に着いてからにしろ。お前がこんな所で寝ているのは、人一倍怪しい。警察に通報される前に行くぞ。」
呆れ返った龍麻は村雨をしっかりと怪しい人物扱いして、引っ張り起こすように彼の腕を掴んで立ち上がった。促された村雨が、外見にそぐわない子供の仕草で眠い目を擦り、のろのろと腰を上げる。
「祇孔、しっかり………」
しろ。
と言って、肩を抱いて支えてやろうとしたのだが。
それまで、電池が切れかかった機械仕掛け人形のように動作も口調も鈍かった村雨が、いきなり力を取り戻したのである。
逆に肩を掴まれて、龍麻は電話ボックスの中へ押し込まれた。背中が外気でひんやりと冷えたガラスにぶつかる。そして続けて村雨が、人間が一人入れば一杯になってしまう狭さを全く意に介さず、強引に入り込んできたのだ。
「!?」
唐突な展開に驚き目を見開いた龍麻の唇を、そのまま自分のそれで塞ぐ。
互いの躯をピッタリと密着させると、空間にほんの少しだけ余裕が出来て、村雨の肩がつかえて開いたままだった扉が、音もなく自然に閉まった。
「ん……ん…っ!」
何のつもりだと抗議してやりたいが、深く絡め取られてしまった唇は、言葉を綴ることを放棄した。
両足の間に村雨の膝が割って入り、重なり合った胸で上半身を押さえつけられる。手を繋ぐように両手とも指を絡められて、背中同様ガラスに縫いつけられた。ただでさえ身動きするのが難しい窮屈な密閉された空間で、龍麻は抗う術を奪われてしまった。
唯一残された「噛みつく」という手段を実行してやろうか、と考えたが、それよりも村雨の終わりが見えないような激しい口づけで、頭が朦朧としてくる方が早かった。
「先生……」
「は………ァ」
長い時間を掛けて、村雨がやっと龍麻の唇を解放する。
官能で染められた普段よりも赤い唇。見つめ返してくる瞳は恍惚と濡れて、どんな美しい絵の具を混ぜ合わせても作り出せないような、艶めかしい色で煌めいていた。
「なに……かんがえて……」
龍麻の口づけに酔わされ甘く掠れた声での質問は、村雨にとっては愚問だ。
「今、あんたを抱く夢を見てた。だから、抱きてェ。」
「っ! フザケたことを……!」
案の定、眉を吊り上げた龍麻の唇に、再度喰らい付く。
そして、空で裸体画が描けるほど脳に覚え込ませている龍麻の躯を、骨張った長い指と大きな掌で、微妙な力加減を加えながらなぞっていった。肩から胸、脇腹にかけて、筋肉の付き方を一カ所一カ所確かめるように、服の上から肌の感触を再現する。
「し、祇孔っ、やめろ! こんな場所じゃ……」
いつ人が通ってもおかしくない、天下の公道に設置されている公衆電話だ。
それに、周辺はかなり暗くなっているが、頭上には煌々と電灯が点いていて、電話ボックスの中だけは昼間のように明るいのである。離れた場所からでも、中の様子は丸見えだ。
「し……こ……」
留め金が緩んで揺れ始めた自分の理性が、完全に崩れ去る前にこの不埒な男を撃退したい。だが、腕一本、足一本満足に動かせない狭い箱の中では、殴り倒すことは不可能だ。
「駄目だ……祇孔………駄目だ……」
拒むように首を振りながら、自分の躯を這い回っている村雨の右手を引き剥がそうとする。
「嫌じゃァねェんだろ……?」
布越しでも、自分を覆う村雨の全身が熱を持っているのが分かる。耳元に感じる吐息はマグマのようで、重なり合った胸からは鼓動の早さが互いに共鳴し合うように、どちらがどちらのものなのか区別が付かないほど響いてくる。ということは、龍麻の躯の変化も村雨にしっかり伝わっているだろう。
「ここでは嫌だ………部屋で…………ぁっ!」
村雨の手が、とうとう中心部へ到達した。龍麻の顎が仰け反る。
「最後まではしねェから………」
先程の「抱きてェ」というセリフとの矛盾は無視して、声というよりは殆ど吐息だけで囁き、指を動かし始めた。
「あ……ん……ん…っ」
自分の手の中で急速に変化していく龍麻を感じて村雨は満足げに目を細め、呼吸を弾ませながら、尚も強情に快感を堪えている彼の切なそうな顔を見つめた。
この躯が――――平日はいつも一糸乱れることなく、カラーまできっちり留めた制服に身を包み、私生活でも汗まみれの欲望など感じさせない清涼な衣を纏ったこの躯が、淫欲の宴に溺れると今よりもっともっと淫らになることを、自分は誰よりも……もしかしたら龍麻本人よりも知っている。
それを見たくて暴いてやりたくて、更に深いところへ手を差し入れて、ダイレクトに愛撫を送り込んでやった。
「や………っ! ぁあ…あ…ふ……ン…っ」
誤魔化しきれない情欲が見え隠れする艶容な表情は、村雨の下腹部を重く昂ぶらせる。
「先生、あんたもしてくれよ……」
指を絡めたままだった龍麻の片手を、村雨は自分の下肢まで導いた。
「っ!」
固く変化したものに触れ、一瞬ビクリと震え手を離そうとした龍麻だったが、押さえる村雨の力の方が強かった。
「せんせい……」
村雨の囁き声が、龍麻を煽る。
駄目だ、場所を考えろ! ――――― と、最後の理性が咆吼を上げているのに。村雨によって与えられている快楽の方が遙かに勝っており、龍麻は他のことを忘れ始めた。
モヤのかかった意識で自分の手だけには、しっかり動くよう命令を出す。観念して村雨のズボンの中へ、スルスルと滑り込ませた。
強く柔らかく擦り、爪を立てる。現在、自分の躯の中を縦横無尽に駆け回っている快感の所為で、手がお留守になりそうになりながらも、村雨をイかせてやるため懸命に動かした。
「く……ぅ……せんせ………いっ」
背中のガラスが、自分の体温によって暖まってきた。
互いの荒い呼吸。
互いの感じ入った声。
何かに取り憑かれたように唇を重ねて貪り合いながら、二人は夢中で互いのものを愛撫し続けた。
「あ……ああァ……っ!」
達したのは、龍麻の方が先だった。
全身が弛緩しグッタリとして、村雨自身を握りしめていた手からも力が抜けてしまう。
背中がガラスの上をズルズルと滑って崩れ落ちそうになったが、腰に回された村雨の腕によって支えられ倒れることからは免れた。……のだが。
「先生、悪ィ!」
「……?」
唐突に村雨から謝罪の言葉が飛び出して、「なんのことだ……?」と考えたのも束の間。
村雨の手が龍麻のズボンに掛かったかと思うと、そのまま下着ごと引きずり下ろしたのだ。
「えっ!?」
いきなり下半身を冷気に撫でられ寒さで震えたが、それよりも村雨の行動への驚きが大きかった。
呆気にとられてパチパチ瞬きしている龍麻の片足をズボンから完全に抜き取って抱え上げると、まだ受け入れる準備が整っていないことを承知した上で、村雨は強引に彼の中へと昂ぶりきったものを埋め込んだ。
「!! や、やめ…っ……ぁ…ああア―――ッ!!」
かなりの苦痛があった。龍麻の両目から、快楽によるものではない大粒の涙が零れ落ちた。
だが、いつも憎らしいくらい余裕を見せつける村雨が、今は自分でも抑えられないほどの欲望に煽動され、突っ走り始めてしまった。
キツさをものともせず、繋がった腰を荒っぽく揺さぶる。
「んっ…ん…っ! さ…っき、最後まで…やら…ない……って……あぅ…あんっ!!」
衝撃だけが大きくて、気持ちも絶頂を一度迎えたばかりの躯も、村雨の熱情に付いていけない。
「後で、いくらでも謝る…!」
それだけ言って益々動きを速くし、龍麻も悦くしてやろうと彼のものを扱きながら、弱いトコロを重点的に突いた。
龍麻は必死で村雨にしがみつき、気持ちが伴わずに翻弄されてばかりいては辛いだけだと、腹をくくって苦痛の中に存在する快楽を拾い出すことに意識を集中させた。
これは村雨だ。夜毎に自分を抱く、そして自分が夜毎に欲しくて堪らなくなる、唯一無二の存在だ。その存在に、いま抱かれているのだ。
そう自己暗示を掛けるように言い聞かせると、痛みは躯に染み込んでいるお馴染みの感覚を呼び覚まし、快楽へと変化していった。
「は……ふ……ぁ……ン…っ」
突き上げられるたびに、足が地面から離れて浮きそうになる。一方の足は村雨に抱え上げられているため、自力では立っていられない。自ら村雨の首へ回した両腕と、片足を持ち上げている村雨の手と、躯の奥深くに下から打ち込まれた村雨の熱い楔によって、支えられているようなものだ。
「たつま…っ」
「あ…ぁああ……し…こ……あァ…」
龍麻の声に艶が混ざり始める。それを涙で濡れた彼の悩ましい表情で確認して、村雨も快楽を追うことだけに没頭し始めた。
動くたびに村雨の肩がぶつかり、後ろの受話器がガチャガチャと音を立てる。動くたびに抱え上げられている龍麻の足の爪先が当たり、扉がコツコツと鳴る。
密閉された、狭い、狭すぎる透明な箱の中。
その中に充満する、熱気と卑猥な音と濡れた声。
立ったままという無理な体勢での繋がり。
加えてここは、個人個人の目的によって必要があれば誰でも自由に利用出来る、電話を掛けるための設備。
言うまでもなく、情事のために用意された場所ではない。
もしかしたらこの後すぐ、誰かが利用するかもしれない。そしてその誰かは、自分の知らない人間達がこんなところで獣のように抱き合ったなど、想像もしないに違いない。
いくつもの要素が、二人にやや背徳的で甘美な味までもたらし、異常なほど昂奮させた。正気が少しでも残っているならば、こんなコトは絶対に許しはしない龍麻でさえも。
「ハ……ああぁン…っ……イ…イ……も…ぉ……っ!」
喘ぎながら、村雨の艶やかな髪をクシャクシャに指へ絡ませ頭を引き寄せて、自分の方から飢えたように深く口づけた。
「ン……たつま……」
村雨は龍麻の口づけを受けながら、弾け飛んだ理性がいよいよ完全な極限世界へと呑み込まれていくのを感じた。
龍麻の躯が二度目の絶頂を迎えて歓喜に震えたのが先か、村雨が限界まで溜め込んだ情炎を龍麻の中へ放ったのが先か、それは二人にも分からなかった。
――――――龍麻の部屋へ雪崩れ込み、今度はスタンダードにベッドの上で一戦も二戦も交えた後。
「先生、次はドコでやりてェ?」
機嫌の良い大人が子供に「欲しいモノがあれば何でも買ってやるぞ」などと言うときのようなニコニコ顔で訊ねてきた村雨に、龍麻は色気のない力一杯のゲンコツでもって返事をした。
End
感謝の辞
涙樹さまのサイト「Believe」で14000を踏んで頂いた物です。
リク内容は「狭いところ」。車でも、電話ボックスでも、ロッカーでも・・というお願いをいたしました。
うおおおぉぉぉっ!いんたーなしょなるー!(←違う)
雄叫びを上げてやまないジーダです。
自分でリクしといて何ですが、すげー!そんな所でやるかーっ(笑)!
誰に見られるか分からないのに〜〜!!
て言うか、私も見たい〜(爆)
感動の余り、壁紙まで作ってしまいました(笑)。
涙樹さま、本当に、ありがとうございました!
今後ともよろしく!(笑。次も踏む気、満々だし)