休息




 旧校舎の薄暗く長い通路に人の話し声がこだまする。けれど立ち入り禁止のここに入った生徒をとがめるものは、いない。

「うー、疲れた…。やっぱりこの人数で100階はきつかったな」

 木刀を首筋に当て、思いきりのびをしながら京一が言った。その横で龍麻が淡い苦笑を口端に刻む。

「京一はたいして動いてないだろ?発剄ばっかり使ってたんだから。どっちかって言うと、俺や紅葉の方が疲れてるよ」

「んなこと言ったって、発剄だって体力使うんだぜ?」

 龍麻の言葉に京一がふてくされたように言えば、壬生が皮肉な笑みを浮かべる。

「確かに体力気力ともに使うかもしれませんが、ケガを負う確率はかなり低いですよ」

「それに俺が状態異常にしたやつをアンタが倒したんじゃねぇか。とどめを刺すのに力はいらねぇだろ?」

「なんだよなんだよみんなして!俺ばっかり集中攻撃するこたぁねんだろ!?」

 すねる京一に龍麻が笑い、いつの間にか顔をのぞかせた月を見上げた。

「いつ来ても慣れないもんだね。いつの間にか地下洞窟から旧校舎の廊下に来るって言うのは」

「そうですね。どんな力が働いているのはわかりませんが、確かに不思議ですよね」

 壬生が龍麻に習い窓の外を見上げれば、残りの二人もつられるように月を見上げる。

 しばし誰も何も話さなかったが、はっとしたように京一が口を開いた。

「こんなトコでぼけっと月を見てる場合じゃなくて。さっさと帰ろうぜ」

「そうですね。いつ何時異形のものがでてくるかわからないここに、長居は無用です」

「……二人とも、先に帰ってて。俺、村雨に用事があるから」

「え?」

 壬生と京一、そして村雨の声までもが綺麗に唱和し、皆一様に龍麻を見つめる。皆の疑問の視線に耐えられなくなったのか、龍麻が困ったように言葉を紡いだ。

「祇孔、ちょっとつきあって」

「俺か?」

 驚きを隠せないまま村雨が言い、壬生と京一は顔を見合わせる。そしてあきらめたようなため息をつくと、壬生が言った。

「わかりました。お二人ともくれぐれもお気をつけて…。では、また…」

「え!?おい、壬生!?」

 すたすたと歩き出した壬生と、困ったように笑っている龍麻。京一は二人を見比べると、一瞬の逡巡のすえ、壬生を追いかけた。

「ひーちゃん!気をつけろよ!」

 ばたばたと慌ただしく帰っていく京一に苦笑を浮かべ、龍麻は村雨の手を取る。そして埃まみれの教室へと引っ張っていった。

「先生?」

「祇孔、服脱いで」

「……は?」

 突然の龍麻の言葉に、村雨は何とも間抜けな声を出す。村雨がまじまじと龍麻を見つめていると、龍麻の方が何故か怒ったように言った。

「いいから!」

「…なんなんだ…?」

 何故に龍麻が怒っているのかも見当がつかないまま、村雨は白ランを脱ぎ落とした。そしてシャツに手をかけると、一瞬ためらってから脱ぎ落とす。

「やっぱり…」

 村雨の適度に筋肉のついた脇腹を見て、龍麻はため息を漏らす。そこにはさほど深くないとはいえ、ざっくりと斬られた傷があった。

「これ、俺のことかばって出来た傷だろ?」

「……いつから気づいてた?」

 怒る龍麻に村雨は苦笑し、手近な机に腰掛ける。龍麻はそんな村雨にため息を漏らすと、ポケットから小さな布袋を取り出した。

「さっき。歩いてるとき、どうも様子がおかしかったから。ったく。ケガしてんなら早く言えばいいのに。回復薬、これしか残ってないよ」

 怒りながら差し出したのは見るからに苦そうな牛黄丹。しかし、これでは傷は綺麗に治らないだろう。

「大して効かないけど、飲まないよりましだろ?」

 村雨が黙っていたことと自分をかばってケガをした、というのがどうにも気に入らないらしく、龍麻は怒りながら村雨に薬を押しつける。村雨は苦笑のまま受け取ると小さな錠剤を一気に飲み込んだ。

「……ほとんど効いてないな」

 一応出血は止まったとはいえ、傷口は開いたままだ。このままではきっとまた開くだろうことが目に見えている。

「これくらい大丈夫だって。先生は心配性なんだよ」

「小さな傷でも悪化する可能性があるだろ!?」

「……悪かったって。次はすぐに治すから」

「………なら、いいけど」

 珍しくしおらしい村雨に龍麻が不承不承うなずいた。そして村雨の足下に跪くと、傷口にそっと唇を寄せる。

「先生!?」

「…消毒」

 やっている龍麻自身も恥ずかしいのか、うっすらと赤くなりながら小さな声で言った。けれど止める気配は微塵も見せずに、傷口の周辺からゆっくりと患部をなめていく。

 ぴちゃぴちゃと猫が水を飲むような、けれど全く異なる隠微な音。静謐な空気に満ちていた教室が、今はまとわりつくような濃厚なものに変わっている。

「龍麻…」

 そっと村雨が龍麻の名前を呼べば、薔薇色の表情で龍麻が村雨を見上げる。そして請われるままに口づけると、自ら服を脱ぎとした。

 窓から差し込む月明かりが龍麻の裸体を浮かび上がらせる。その綺麗な肌に村雨は思わずため息をついた。

「綺麗だな…」

「……綺麗なんかじゃないよ。あんまり、見ないで…」

 じっと飽きることなく龍麻を見つめる村雨に、龍麻がつぶやく。それでも見つめ続ける村雨の視界をふさぐようにキスをねだれば、村雨が笑いながら口づけた。

「ん……」

 甘い吐息を漏らしながら村雨とのキスを堪能する。求めるように舌を絡め、積極的に応えれば、村雨の手が龍麻の肌を滑った。

「ッ……あ、んんッ」

 赤く熟した胸の飾りに爪を立てられ、龍麻がくぐもった声を漏らす。龍麻の反応が楽しいのか、村雨は唇を離さないままそこを思う存分いじった。

「はっ…んっ!しこぉ、ッそこばっかり、しないで…ッ」

 ようやく唇が離れ、龍麻が深く呼吸(いき)をしながら言う。けれど村雨はただニヤリと笑うだけで止めようとはせずに、反対側の突起を口に含んだ。

「んんっ…ぁ……ふ、っぁ…」

 あまりの快感に龍麻が村雨の頭を抱き寄せ、その髪に指を絡める。龍麻は止めさせようとしているのだろうが、その行為は返って村雨を煽る結果になっただけだった。

「しこ…ッ…ん、やぁ…」

「ヤじゃなくてイイだろ?」

 突起を含んだまま村雨が笑いながら言い、その微妙な感覚に龍麻の体がびくりと震える。

「んんっ」

 龍麻が首を振って快感から逃れようとするが、村雨が与える悦楽はどこまでも深い。その果てのない快感に龍麻の膝がふるえだし、きつく村雨にしがみついた。

「アアッ、はっ!…んっ……ねぇ、も…ッカせてぇ…」

「くくっ。素直なアンタは可愛いぜ?」

 村雨の頭を抱き込んだまま龍麻がねだれば、村雨が嬉しそうに笑う。そしてすでに快感の先走りを流しているソコに指を絡めれば、あっけなく龍麻が果てた。

「……っはぁ…」

 結局立っていられなくなった龍麻がくたりと床にへたり込む。そのうっすらと朱に染まった姿態に村雨が息をのみ、困ったように視線を逸らした。

「…龍麻。服、着ろ」

「……え?」

 突然の村雨の言葉に龍麻はぼんやりと顔を上げる。

「ほら。風邪引くから早く着な」

「祇孔…?」

 いつもならすぐに龍麻を求める村雨だが今日は何故か違った。情欲に濡れた瞳で龍麻を見ながらも、求めようとはしない。

「龍麻」

 いつまでたっても服を着ない龍麻に、村雨がいらついたようにそばへ近寄る。そしてへたり込んだままの龍麻に自分の白ランをかければ、龍麻が泣きそうな声で言った。

「…俺のこと、嫌いになった…?」

「……ああ、そうじゃねぇよ。ここじゃ、ダメなんだよ」

 がしがしと頭をかきむしり、村雨が困り果てたように言う。その意味不明な言葉に龍麻は首を傾げ、村雨の説明を待った。

「だから。…こんな埃まみれの後始末も出来ねぇようなトコで出来ねぇよ。俺はともかく、アンタが辛いだろ?」

「……祇孔、そんなの気にしてたの?」

 心底驚いたという風に龍麻が目を見開き、そして笑う。困ったような顔をしている村雨に自分からキスをすれば、村雨が龍麻を凝視した。

「先生、アンタわかってんのか?」

「うん。…あのね、祇孔。俺は、今祇孔に抱いて欲しいんだ。場所とか、そんなの関係なくて」

 言ってから真っ赤になる龍麻に村雨が苦笑し、そして抱き寄せた。その耳元にささやく声音は、雄のサガが見え隠れするかすれた響き。

「もう、止められねぇからな」

 その言葉に声に、龍麻は躯を震わせる。そしてそっと躯をすり寄せれば、村雨が荒々しく口づけてきた。

「んんっ…ふぁ…」

 呼吸ごとの見込むそのキスに龍麻が必死で村雨にすがりつく。それを片手で抱きしめ返しながら、村雨の指はキスだけで感じているソコへ這わされた。

「ッ!…あぁ……ん……ふっ…」

 舌を絡め取られ歯列をなぞられ。敏感な歯の裏側に舌が這わされれば、龍麻があっけなく達した。けれど村雨は唇を離しただけで、指はそのさらに奥へと進入する。

「し、こうッ!」

 きゅっと眉根を寄せて村雨の名前を呼ぶ龍麻。村雨はそれにニヤリと笑ってみせ、耳朶を食んだ。

「どうして欲しい?」

 耳の中に直接息を吹き込まれ、龍麻は甘く喘ぐ。けれど中に入った指は一向に動く気配をみせず、そこから熱を放出するだけだった。

「んっ…しこぉ…うご、かして…」

 必死で羞恥をこらえ龍麻が懇願する。村雨は軽くのどの奥で笑うと、ゆっくりと中をかき回し始めた。

「あぁ……は…んんっ……ふッ、あンッ」

 村雨が与える快楽に龍麻は絶え間なく喘ぐ。その快楽は強く、龍麻の意識を根こそぎ持っていきそうで。龍麻は思わず村雨にしがみついた。

「しこ…ッも、いいからぁ…ンッ、あっ…やく、きてぇ…」

 きつく村雨に抱きつき、濡れた声で誘う。村雨は一瞬目を見開くと、音を立てて龍麻に軽く口づけた。

「龍麻…。…力、抜いてな」

 くちゅ、と粘着質な音を立てて村雨が指を抜き、ソコが引き留めるようにかすかにうごめく。その感触を堪能しながら、村雨がゆっくと進入してきた。

「っ!…ふ……ああぁ、んっ!」

 なるべく息を吐き、楽な体勢をとろうとするがやはり息が詰まりそうな感触におちいる。きつく締め付ける龍麻に村雨も顔を歪め、けれど決して離れようとはせずに、慎重に体をつなげていった。

「…大丈夫か?」

 ようやく全部入り、村雨は息をつく。龍麻も深く呼吸をし、そして気丈に笑う。

「ん、もう平気。…だから…」

 動いて…

小さなつぶやくような声で村雨に告げれば、村雨が笑った。

「珍しく積極的だな」

 笑いながらからかうように言えば、龍麻の体が瞬時に紅に染まる。そんなウブな恋人に笑みを深くしながら、村雨はゆっくりと動き出した。

 最初はゆっくりといたわるように動いていた村雨だが、徐々にその動きは早まっていく。

「ああっ……んんっ……は、やぁ…ンッ」

「……ッ」

 悦楽の涙を流し、流されまいと龍麻はしがみつく。村雨はそんな龍麻をしっかりと抱きしめ、さらに深く深くへと腰を進めていった。

「っんぅ、しこ……ッあ、も……るッ」

 人形のように足を揺らし、龍麻が必死で訴える。そしてキスをねだれば村雨が苦しい体勢から無理矢理口づけた。

「ん……ぁ……ふ、アアッ!」

 泣き声のような嬌声をあげて龍麻が果てる。その後を追うように村雨が龍麻の外で達した。

「……龍麻…?大丈夫か?」

 ぐったりとしている龍麻に声をかけるが、どうやら意識を失ったようだ。村雨は自嘲のような苦笑を浮かべ、そっと膝の上に抱き寄せた。

「…愛してる…」

 本人の意識のあるときに告げるべき言葉を、村雨は静かにささやきかける。そして桜色の唇にそっとキスを落とした。



 闇のモノが蠢く場所での、一時の休息。

 また明日からは戦に明け暮れると誓い。

 ただこの一時は休ませておくれ──



謝辞
 綾月様のアンケートに答えたら、SSが戻ってきました〜〜!ラッキー。
 多分、希望は、『裏な村主』だった、と・・(汗)

 えぇ、私的には、どのような体位でいたしたかが、非常に気になりますね(爆)
 いえ、だって、埃だらけの床〜・・机の上の方がまだマシか。
 
 綾月様、誘い受け(笑)、ありがとう御座いましたっ!


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