アメリカ・ニューヨークにある90階建てのビル。それがムラサメコンツェルンである。
財閥として有名だったトレントコンツェルンには後継者がおらず苦悩していた会長だったが、当時一社員であった東洋人と意気投合、心酔してしまってついには会社を任せてしまった。
以降会社は社名を変え、東洋人のシコウ=ムラサメが社長として社員を纏めている。
会長の決断に初めの内は反発が強かったものの、村雨をトップに据えた事は適切であったと、今では社員一同が納得していた。
「社長、先日我が社が契約を見送ったマクリースですが、不渡りを出したもようです」
東洋人の若社長、村雨の側近であり秘書であり――恋人でもある龍麻も東洋人である。
「ほう…話が美味すぎるから警戒したんだが…なるほどね」
「社長の英断だと皆言っておりますよ。それに伴いまして本日の面会が2社キャンセルとなりました」
「時間にしてどれくらいだ?」
「2、30分ほどです」
「じゃあ、その間息抜きだな」
大きく伸びをした村雨は、さり気なく龍麻に近づいた。
一心にスケジュール帳を見ながら調整を考えていた龍麻の腰に、後ろから長い腕が巻き付く。
「ちょっ…仕事中!!」
「息抜きだって…頑張ったご褒美くれ」
慌てて払い落とそうとした腕を掴んで動きを封じ、村雨は背中からしっとりと唇を重ねた。
「…んっ…」
執拗に舌を絡め、龍麻の抵抗力を奪っていく。
村雨の指に慣らされた龍麻の身体は、ものの数分で熱を帯びて来た。
「っ…はぁ…っダメ……しこぉ……っあ…」
キスをしながら胸や下腹部に這わされる手が、龍麻の理性を滑らせる。
必死で身を捩らせるが、耳を甘噛みされて身体が震えた。
「ひっ…だめ、だってば……」
「………おっと」
不意に、村雨の愛撫が中断される。思わずへたり込みそうになる身体を、龍麻は彼の腕に縋り付く事で堪えた。
「な…に?」
「もうこんな時間だ…次は会議が入っているんだろ」
はっとしてスケジュールを見ると、確かにもうすぐ会議の時間だ。
「仕事仕事…ちゃんと働かねぇと、秘書様が怖いからな」
軽く頬にキスを落とすと、村雨は何事も無かったかのように支度を始める。
途中で放棄された身体は欲情が燻っているが、今は仕方がない。
村雨はスケジュールの時間に一分一秒でも遅れる事を許さないのである。故に信頼を勝ち取ってきた訳だが。
自分から仕掛けておいて中途半端で止めてしまった事を恨みつつも、龍麻はこの激情が早く収まってくれるよう祈って後に続いた。
その後の仕事は最悪だった。村雨の仕事はスケジュールが一杯なので、それだけが救いである。
他に気を向かせる事が出来たから……。
だが最後の面会が済む頃には、身体の熱もようやく収まり、龍麻はほっと胸を撫で下ろした。
「今日も一日ご苦労さん♪たーつまvvv」
がば!と羽交い締めにしてきた村雨の腕を、龍麻はばしっと叩き落とす。
「社長、本日はもう一件予定がございます」
「んああ?今ので終わりじゃねぇのか」
「20時より業界の大物達が集まるディナーパーティーに招待されていますので、支度をお願いします」
「何だと!?夜は予定を入れるなとあれほど言っておいただろうが!お前と一緒に過ごす貴重な時間に何で禿げて腹の出たオヤジの相手をしなきゃならねぇ」
あからさまにむっとしたような村雨の表情に、龍麻は胸中で嘆息した。
仕事をしている時はトップの威厳と風格を漂わせている村雨だが、こうして龍麻と二人でいる時はまるで子供なのだ。
「今回は非常に大きなパーティーですので、御了承ください」
「………っち…分かったよ。その代わり」
ぶすくれている村雨だったが、不承不承頷くといきなり龍麻を抱き上げる。
「うわわっ!なっ何だよ」
狼狽える龍麻に構わず、村雨はデスクに移動すると、その上に龍麻を座らせた。
「ちょっと…何する気?」
「まだ時間は十分にあるだろ」
言うなり龍麻に口付け、シャツのボタンを外し始める。
「さっきは途中だったからな…あんな事して反省してる……お前が怒ってるのは分かるが、もう我慢できねぇ…」
抵抗しようとしていた龍麻は、その一言で何も言えなくなってしまった。
あそこで止めて辛かったのは自分だけではなかったのだと、村雨も自分と同じように求めていたのだと分かったから。
尤も、村雨の方が端から見る分には上手く平静を保っていたのが不服ではあったが。
「ちゃんと…時間見ていてよ」
力を抜いた龍麻の身体を横たわらせ、村雨は小さく笑って承諾した。
「…く…んっ……あ……」
途中で止めた欲情を呼び戻すかのように、村雨の手が淫らに動く。
このデスクで龍麻を抱くのは、今日が初めてではない。
時々残業が入った場合は、やはり我慢が出来なくなるのでベッド代わりに使用するのだ。
初めのうちは抵抗を禁じ得なかった龍麻も、やがて観念した。
「いつもは書類が山積みで鬱陶しいだけのデスクだが、こうしてお前が悶えてるとやる気が出てくるな」
「なんの…やる気だよッ……ぁああっ」
僅かな理性で反論する龍麻へ、村雨の指が挿入される。
覚えのある感覚を待ち望んでいたかのように、龍麻の中の襞がぐいぐいと指を引き込んだ。
ベッドの淡い光の中で身を捩らせる龍麻も良いが、こうした仕事の場、煌々と灯りがともる中での情事も格別のものがある。
「ふぅ…ん……あっ……し、こう…もお…ああっ…お…ねがいっ…」
暫く指だけで龍麻の痴態を堪能していた村雨だったが、そのうち堪えきれなくなった龍麻が甘い声で誘って来た。
村雨は薄く笑うと、恋人の望み通り己の情熱を彼の身へと打ち込む。
熱い楔に強張る龍麻の身体をあやすように抱き締め、異物に馴染むまでキスの雨を降らせてやった。
やがて龍麻の声に艶が混じり出すと、村雨は緩やかに動き始める。
呼吸を絡めるように口付け、煽るように手を這わせた。
「あ……あっ……ああっ……しこ……うんっ…しこぉ…っ……あ…ああんっ……」
大きく身体を開き村雨を求める龍麻に、欲望が更に膨らみを増す。
その時ふと、村雨の頭に考えが浮かんだ。
龍麻に覆い被さるように身体を折り曲げると、彼の耳元へ濡れた声で囁いた。
「龍麻…俺の首に手を回してみな」
言われるままに龍麻が腕を絡ませると、満足そうに笑った村雨はおもむろに身を起こす。
彼の首に縋り付いていた龍麻は、引かれて村雨にしがみつく体勢になった。
「えっ…ちょっと!何のつもり…」
繋がったまま身体を起こされた為、足を村雨の胴体に絡ませて必死に振り落とされないようにする龍麻だったが、窓ガラスに映ったその情けない姿には、耐え難いものがある。
「やだっ…祇孔、降ろして…っ」
「降ろしてやるよ。それまで落ちねぇようにしがみついてろよ」
村雨は散らばった服をまとめると、部屋を移動し始めた。
「ひゃっ…や……やぁんっ……祇孔……やめ……ああっ」
村雨が一歩踏み出す毎に龍麻の身体が揺れる。お陰で中のモノが自然に抜き差しされる事になった。
「しこ…てばっ……」
潤んだ瞳で睨まれても情欲を煽るだけである。
「ディナーがあるんだろ、…シャワーぐらい浴びねぇとな」
彼は部屋の奥にあるバスルームに向かっているのだ。
だからってこんな状態のままで云々という悪態を吐きたいのもやまやまな龍麻だったが、落とされないようにしがみつく事と繰り出される快感で、それどころではなかった。
服を脱ぎ、熱いお湯がシャワーから流れ出してもまだ二人は繋がったままである。
「祇孔……も……きつい…」
「ああ…悪かった」
涙を流している龍麻をゆっくりと降ろし、身体を反転させると再び立ち上がらせた。
壁に龍麻を押しつけ、シャワーヘッドを手に取ると、村雨は身体を流しながら激しく腰を打ち付け始める。
「ぅあっ……ぁあっ…ああっ……あ…あっ……あああっ…」
「く……かなり…締まるな……我慢しねぇで…イッちまえよ…」
自分の方も限界だろうに、村雨は余裕を見せる物言いで龍麻自身を擦り上げた。
「っあっ…ああっ……あああぁっ…!」
龍麻が達し、締め付けられるに任せて村雨も己の熱を解き放つ。
バスルームには暫く荒い息づかいだけが響いていた…。
「…ギリギリだなぁ…ま、この時間なら大丈夫だろ」
パーティー会場へ向かうリムジンの中、時計を見た村雨は龍麻の機嫌を伺うように彼の瞳を覗き込む。
「…何とかね」
むすっとした様子で返す龍麻に、村雨は拝むようにして頭を下げた。
「すまん!ちゃんと間に合うと思ったから…その代わりパーティーではちゃんとアピールしてやる、だから…な?」
結局その後バスルームから出たのはおよそ90分後だ。反省しているが聞いて呆れる。
龍麻は溜息を吐くと、書類を村雨の胸に押しつけた。
「仕方ないよ…さっきは俺も……と、とにかく、これはパーティーの出席者とプロフィール。ざっと目を通しておいて」
龍麻が怒っていないと分かると、村雨は嬉しそうに書類を手に取る。
「狙い目はどいつだ?」
「ブルーランドとサイファー。共に業界1・2を争う大物だよ。いくらコンツェルンが有名でも俺たちは新参者なんだから、ちゃんとアピールしてよ?」
「了解」
村雨が書類に一通り目を通した頃、車は会場のホテルへ到着した。
流石に上流階級の集まりだ。
それぞれに着飾り、お互いの親睦を深めあう。
その中でも、ムラサメコンツェルンの若社長はやはり注目を集めた。
「漸くお目にかかれたねぇ、ムラサメくん」
村雨が『龍麻との時間を壊されたくない理由』で言った容姿と違わない、禿げて腹の出た目つきのいやらしい男が村雨に近づいてくる。
「…誰だ?あのカエルみてぇなヤツは」
「サイファーだよ、ちゃんと挨拶してよ」
こそこそと話す二人を多少訝しみながらも、サイファーは握手を求めてきた。
「噂は聞いているよ。若いのに中々のやり手だそうじゃないか、宜しく頼むよ」
………何が?と胸中でツッコミを入れつつも、こちらこそ、と村雨は握手に応じる。
じっとりと汗ばんだいやな手だった。
「そこの方は…」
「……ああ、私の秘書の龍麻です」
こっそりスーツで手を拭った所を見られたかと一瞬ひやりとした村雨だったが、カエル親父は龍麻を凝視している。
「宜しくお願いします」
握手を交わした手を、中々離そうとしない。困ったように村雨を見上げた龍麻に、漸くサイファーは我に返った。
「いやぁ…なかなか素敵な秘書だねぇ。ムラサメくん、こんな所でなんだがビジネスの話しでもしようじゃないか」
馴れ馴れしく背中に手を添えるサイファーと引き攣った顔の村雨を見送りながら、龍麻もさり気なくナフキンで手を拭う。
何も起こらなきゃ良いけど……。
嘆息した龍麻の耳に、何かを叩きつけるような大きな音と悲鳴が飛び込んできた。
目をやったそこには、パーティーのご馳走まみれになって倒れているサイファーと、その前に仁王立ちになっている村雨がいる。
どう見ても、村雨が彼を殴り飛ばしたというのが一目瞭然だ。
「ふざけるな!ビジネスの話しが聞いて呆れるぜ、権限を振りかざせば誰でも従うと思っているのか!?恥を知れ!!」
一喝した村雨は、回りが呆然とする中、殴った拳であろう右手を擦りながら戻ってきた。
「ちょっと…祇孔、何やってんだよ!?ちゃんと挨拶するって約束しただろ!?」
慌てて駆け寄った龍麻にも憮然とした表情を変えず、拗ねたように唇を尖らせて呟く。
「んなこと出来るか!あいつ…提携を結ぶ代わりに『あの秘書とヤらせろ』っつってきたんだぜ?冗談じゃねぇ、あんなヒヒ親父と仲良く出来るかってんだ!」
「う……まぁ……そりゃ……でも、ちょっとやり過ぎじゃ…」
思わず納得してしまった龍麻だったが、直後響き渡った濁声に血の気が下がった。
「貴様ッ…よくもこの私に恥をかかせたな!覚えていろ、この世界で二度とビジネスが出来ない様にしてやる!!」
村雨はそれでも動じない。軽蔑するような視線をサイファーへと送る。批判する者はいないが、加勢をする者もいない…と、思った矢先、
「おやおや…自分の意に叶わないとなると実力行使ですか…あまり見習えるものではありませんねぇ」
静まり返った中、落ちついた良く通る声がサイファーへ投げ掛けられた。
「何だとッ!?…あ、あんた、ブルーランド……」
スラリとした長身のブルーランドは、サイファーとは正反対の上品な物腰の紳士である。
「常々あなたの横暴さには閉口していたのですよ。あなたの下請け会社がどれだけ泣いているか、お分かりですか?」
押し黙ったサイファーに一瞥をくれ、ブルーランドは村雨と向き合った。
「ムラサメさん、ありがとう。スカッとしたよ」
「…何なら、もう一発…」
「祇孔!」
調子に乗った村雨を、龍麻がたしなめる。
ブルーランドは豪快に笑って村雨の手を取った。
「本当に、面白い男だ。日本人は大人しいと思っていたが…どうだろう、そちらが宜しければうちと提携を組んでくれないだろうか」
「勿論、喜んで」
サイファーの時とは違い、村雨は即答して手を握り返す。
ブルーランドがちらりと視線をやると、そのサイファーが部下に助け起こされていた。
「…だが、彼からの妨害は来るだろうな」
「結構ですよ。それぐらいじゃないと、張り合いがない」
「ははは…君の事がもっと知りたくなった。テーブルに移動しよう」
やがて、業界の大物であるはずのサイファーは忘れ去られたように、テーブルには村雨を囲んだ人垣が出来あがったのだった。
「はぁー…一時はどうなるかと思ったけど…」
帰りの車で、龍麻が安堵のため息を吐く。
「上手く話しが纏まったじゃねぇか。さすが俺だな、惚れ直したろ」
「もうっ、今日は上手く転んだけど、次はどうなるか分からないんだからね!自粛してよ!?」
「分かった分かった」
素直に頷いた村雨は、龍麻の肩を引き寄せた。
「…祇孔?」
問い掛ける唇が塞がれる。蕩けるような口付けに、龍麻の身体から力が抜けた。
「んっ…祇孔……どうしたの」
くたりとした龍麻をシートに横たえ、村雨の唇が首筋を伝い始めるのを咎める代わりに優しく囁く。
「駄目だもう……あの親父め、俺の龍麻をやらしい目で見やがって…俺のモンだからな…俺の……」
母親に縋りつく子供のような村雨に、龍麻は腕を回した。
「大丈夫…俺は祇孔のモノだよ…だから離さないで……ずっと傍にいさせて…」
吐息を絡めて口付けると、村雨は車内連絡用の受話器を取り、運転手に何やら短く告げる。
そして、そのまま龍麻に溺れていった。
信号待ちをしていた運転手のリチャードが苦笑する。
先ほどから不自然に車が揺れているのだ。外からは分からないであろうが、何をしているかは言わずもがな。
先刻後ろに乗せている社長様から「流せ」との命を受けた。
彼は社長と秘書がどんな関係なのか知っている。尤も、送り迎えで一緒に暮らしているのが分かっているから当然と言えば当然だが。
しかし、仲の良い彼らを羨む事はあっても嘲笑したりは決してしない。ホームレスだった自分を運転手として雇ってくれた若社長に恩義を感じこそすれ蔑むつもりは更々ないのだ。
「さて…今日は徹夜で運転かな」
明日の二人の予定が休暇だった事をちらりと思い出し、リチャードは大事な社長と秘書の為にハンドルを握った。
謝辞
朱麗乃華さまのサイトで9666を踏んで、頂いた「オフィスラブ」です。
前回の「卒業式」で、村雨さんが財閥総帥のオファーを蹴ったのと、
パラレルだと言うことで、
若社長と秘書のオフィスラブは見られないんですねっ!
と言ったら、快く、受けて下さいましたのvvv
社長ーーっデスクの上は、オフィスラブの基本ですねーっ!
そして、でっかいリムジンの中でいたすのも、お約束(笑)
ええから、早く帰って、ゆっくりいたしなさいって。
そして、やたら可愛い村雨さん。同時に、器のでかい、格好良いところも併せ持ってたり。
さすがは、緋勇龍麻を落とした男!!
朱麗さま、ありがとう御座いましたーーっ!