ばたばたと走り去る派手な刺繍の背中を見送り、河合総は漸く肩の力を抜いた。 ここはいつも大将が使っている雀荘である。 歌舞伎町の夜の帝王、他を見事に束ねる統率力と運の良さ、魅力的で腕っ節も強いという申し分ない男・村雨祇孔――それが大将だ。 彼に少しでも認められたいと、多くの者が彼に従っている。 無論、河合も例外ではない。 心酔しているのだ。恋愛感情ではないが、惚れ込んでいるのだ。 その大将に最近恋人が出来たらしいと密かな噂が流れていた。 成熟した商売女達をも軽くあしらってしまう大将が格好良くて、誰か一人に熱を上げるとは考えられなかったが、どうもその噂は本当らしい。 それを裏付けるように、いつもならどっしりと構えて少々の事には狼狽などしなかった大将が、日によって妙に浮かれていたり機嫌が悪かったりと感情の起伏が激しくなったように思う。 本日がまさにそれで、雀荘に訪れた大将は仲間に入る事もなく、部屋の隅に座ったまま、じっと手帳のようなものを眺めていた。 睨まれただけで肌が裂けそうな程鋭い視線を投げているので誰も声をかけようとしない。 河合はこういう時こそ大将の力になってやらねばと近づいたのだが。 その時、大将の手元から一枚の紙片が舞い落ちたのだ。 それは写真だった。 偶然それを目にしてしまった河合は大将に胸ぐらを掴まれ、恐ろしい形相で凄まれたのである。 正直理不尽な仕打ちだった。だが写真に写ったものを見る限り、それも仕方がないと思える。 なので大将の背中が見えなくなるまで身体が強張って動かなかったのだ。 ほっと息を吐いた河合に、遠巻きにしていた他の奴らが何を見たのかと訊ねてくる。 「………夢を見ていたんだ」 河合は、そう答えるしかなかった。 * * * * * 「………え?どうして!?」 写真とネガの入った袋を処分しようとライターを取り出した村雨の手から、龍麻が慌てて袋を奪取した。 夜の公園。辺りは龍麻が行った破壊行動で半壊している。 3万円を渡し、村雨は無事壬生から『寝顔』の写真とネガを受け取ったのだが、今度は龍麻を宥めなければならなかった。 「先生…頼むから抹消させてくれねぇか、一々気になってしょうがねぇ」 「俺が持ってるだけだから害はないハズだろっ」 そんなものが存在する事自体が落ち着かないんだ、などと言った所で龍麻は引き下がらないだろう。 「ほら、良い子だから…」 両手で袋を抱え込んで死守しようとする龍麻の身体を後ろから羽交い締めにし、そこで村雨に妙案が浮かんだ。 「力ずくってのは好きじゃねぇんだ、先生……」 いつもベッドで使う声色で、わざと龍麻の耳元に囁く。 それだけで思い出すものがあるのか、ぴくりと腕の中の身体が反応した。 手応えを感じた村雨は片手をするりと下ろし、何度触れても飽き足りない箇所を布越しに握り込む。 「ちょっ……!何するんだよ!?こんなトコでっ!!」 驚いて抗議しようと首だけ振り向いた龍麻の唇を塞いで黙らせ、握った手に強弱を付けて揉み出した。 「ん……んんっ……」 元々身を縮こませた龍麻の自由を奪う事など造作もない。 しっかりと抱き込んで執拗に舌を絡め、見事な早業でズボンと下着をずり降ろして直に触れると、漸く抵抗が緩み始める。 それでも尚丹念に愛撫を施し続けた。 やがて、きつく抱えられていた袋は龍麻の腕から滑り落ち、小さな音を立てて足下に落下する。 「………っな…に、す……こんな……とこ、で……」 漸く唇が解放され、荒い息で瞳を潤ませた龍麻を見た村雨は、唇を舐めて腰をすり寄せた。 「気にする事はねぇ、こんな暗い公園に人なんざ来やしねぇよ」 尤も、別の目的で来るカップルは多いだろうが、この辺りは壊滅状態で足を踏み入れるのは困難だろう。 それを幸いと村雨は自分の前をくつろげ、行為を続行した。 龍麻の手を、葉が殆ど吹き飛んだ木の幹につかせて固定すると、固く閉ざされた門を指で丁寧に解す。いつ不意の抵抗が始まるか分からないので、その際は前への刺激も忘れなかった。 「な…先生、あの写真は処分させてくれよ…」 行為で骨抜きにして承諾させようという魂胆である。 確かに力ずくではないが、ずるいやり方だ。 「やっ……だめ、あれは……っあ、あんっ!」 何か言おうとするたびに激しく中を擦られ、膨れ上がった欲望の先端を抉られる。 屋外という開放的な状況での行為は、村雨の中に有る雄の本能を急速に呼び覚ました。 「ぅぁああっ………────っっ……!!!」 充分解れたとはいえ、衝撃が無い訳ではない。 熱い楔が穿たれた瞬間、龍麻が悲鳴を上げそうになり──咄嗟に口を塞いだ。 さすがに大きな声を上げれば人目に触れるだろう。 「あんたの色っぽい声は聞きてぇが…他に聞いているヤツがいたら勿体ないからな…」 いつもの激しさは何処へやら。 焦らすようにゆるゆると出し入れを繰り返し、はちきれそうになっている龍麻の根元を、空いた手で強く握り込む。 迸る直前で遮られた龍麻は、出口を塞き止められて逆流した情熱と、身体に打ち込まれてくる緩い快楽におかしくなってしまいそうだ。 「せんせ…どうだ?これでもノンか?」 「ぁた…りまえ…だっ……」 頑なな龍麻から答えを導く為、村雨は小刻みな出入りと深い出入りを織り交ぜながら追い詰めた。 時に緩く、時に強く……。長い時間を掛けて。 「おい…もう…限界だろ?……あんた、次第だぜ…早く……イキてぇんじゃ……ねぇのかい……」 「やぁっ…だ…もう……ふぁあんっ」 「どうだ……?」 そう言う村雨とて限界である。勝敗が決まるのも近い。 * * * * * 河合は、みんなの質問攻めから漸く解放され、帰路についていた。 いつもの帰り道。 だが道中にある公園に差し掛かった時、普段とは違う只ならぬ雰囲気を感じ取り、思わず全身を警戒させる。 公園の道路や街路樹などが抉られたり薙ぎ倒されたり…まるで嵐の後のような惨状を極めていたからだ。 何かあったのだろうか…? 河合は注意深く辺りを見回しながら、慎重に歩を進めた。 大将ならこういう時、どんな行動を取るだろう。恐らく何でもないように悠々と歩き、例え危機に直面しても唇の端を軽く持ち上げるぐらいで表情も変えないに違いない。 心酔する村雨に近付きたくて、河合は我が身に余る行動を取ってしまった。 公園が壊滅してしまった原因を突き止めようとしたのだ。 やがて遠くで音が聞こえた。 途切れ途切れの音だったが、確かに人の声である。 近付くにつれ、それが二人の会話だと言う事に気が付いた。まるで声を殺して言い合っているような…。 「……くっ!……もう、ダメだ……」 木が根元から倒れ、その枝が茂みのようになっている場所に近付いた時。 唐突に意味の有る言葉が耳に飛び込んで来た。 その声を確認した河合は愕然とする。 なぜなら、それは先刻河合が見送った、敬愛する大将の苦しげな呻き声だったからだ。 切羽詰ったような声の響き。荒い息遣い。 それから考えられる結論はただ一つ。 大将は、周りをこんな風にしてしまったヤツと戦い、傷を負って倒れ掛けている!! あの村雨に傷を負わせる敵に、河合が適うはずがない。 だが、彼は必死だった。 何とかして村雨を助けてやろうと、無我夢中で声の聞こえた茂みへ突入する。 「村雨さんっっっ!!しっかりしてくださぁああいっっっ!!!」 勇んで飛び込んだ河合の身体が、片手を前に伸ばし、片足を後ろに蹴り上げたまま重力に反して動きを止めた。 目に飛び込んで来たのは、傷だらけになって白い学ランを鮮血に染めた村雨と異形の怪物────などではなく。 これ以上無いほど腰を密着させた少年と村雨が、驚いた顔をこちらへ向けている姿だった……。 あの少年の事は知っている。 最近よく村雨を訪ねてくる真神の生徒だ。村雨は『先生』と呼んでいたが。 しかしその姿が異様であった。 後ろ向きになって木の幹に手をついている少年に密着している村雨。 少年のズボンも下着も足元にずり落ちており、密着した腰やその前に回した村雨の手の位置は、彼の上着で隠れていて見えない。 非常に触り心地の良さそうな白い足が印象的だ。 だが、何をしているのかと考えると──── 「…………………はぁ…………はあああああああああっっっ!!!!!」 何とも奇妙な奇声を発し、河合はその場で腰を抜かしてへたり込む。 「ゃ…いやあッ!!」 「おいっ、てめぇ、何でこんな所にいるんだ!邪魔だッ!!」 それをきっかけに時が動き出した。 「はあっ…はひっ…はひゃ…すひ……っ」 謝罪したいのだが、河合の口からは言葉が出てこない。 慌てて二人に背を向けるも、腰が抜けていて歩けないのだ。 「待ちな」 這ってでもその場を離れようとした河合に、大将の酷な言葉が投げられた。 「はひっ…すすすすみ…すみま……」 思わず頭を抱え込んだ河合には、それ以上の言葉を理解する事は出来ない。 殺られる、今夜自分は空に輝く星になるのだ……そう覚悟を決める。 「先生…あんたがあんまり頑固だから、歓迎出来ねェ客が入って来ちまったんだぜ………どうだ?まだ嫌だってんなら、こいつにあんたの恥態を余すところなく見せてやっても良いが……」 無論、そんな気は微塵もない。 先刻我慢出来ずにイキかけた村雨だったが、河合の登場でいくらか熱が引いた。 ゆっくりと腰を旋回させる。 「ぁ……やめ……も……」 「うん?……何だって?」 「もう…いいっ……写真なんかっ……どうでも、いいッ……!」 ────だから……イかせて………。 「くくっ……良い子だな、龍麻────おい、消えな」 村雨の許しを得た途端、河合の呪縛が解けた。 四つん這いとは思えない素早さで公園を抜けると、自宅までただひたすらに走って帰ったのだった。 翌日。 河合は村雨に昨日の雀荘へ呼び付けられた。やはりその時が来たのである。 だが逃げ出そうとは思わない。 丹念に首を洗い、卸したての衣服で雀荘へ向かった。 「よう、良く来たな」 神妙に彼の元へ訪れた河合は、あまりに普段通りの村雨の態度に拍子抜けする。 人払いをし、村雨は何でもないように語りかけて来た。 「……時に河合、夕べは何かを見たんだってな」 ──ひやり。 背骨の窪みを汗が伝わる。 「夕べはっ……村雨さんが帰ってから暫くして解散しました!」 「その後何かと遭遇したんだろ」 「何も……自分は何も見ず、何も聞かず、真っ直ぐ家に帰ったので!!」 「ほう…そうか」 暫く沈黙が流れた。まだ肌寒いというのに、河合は汗をびっしょりと掻いている。 「………先生の事は知っているな」 「はいっ、村雨さんの恋人ですっ!」 弾かれたように答えてしまい、河合は目の前が真っ暗になった。 だめだ……今度こそ終わりだ……なんて短い人生だったんだろう。でもその中で尊敬できる人に出会えて良かった……父ちゃん、母ちゃん、親不孝な俺を許してください………。 心のノートへ勝手に遺書を書いている河合だったが、村雨は暫し考え込むと、そうだと頷いて河合を解放する。 最後に 「先生に邪な感情を持っているやつが居たら知らせてくれ」 と念を押されて。 河合は村雨の懐の大きさに感涙し、この二人を引き裂こうとする輩に容赦はすまいと心に決めた。 村雨に上手く言い包められたのを疑う事もなく。 だが、その後不機嫌な村雨の八つ当たりの対象になることなど、毛の先ほども思ってはいなかったのだが……。 |
ジーダの謝辞 朱麗乃華様のサイト『雲蒸竜変』の11111を踏んで、頂いた 「河合くんの受難」です。 詳しくは、『雲蒸竜変』に行って、「捜し物はなんですか」を読んで頂くのが早いですが(笑) それに出た舎弟Aがあまりにも可哀想で可愛く、ジーダの心を鷲掴みにしたため、 『河合 総』くんと命名。更に可哀想な目にあってもらおう、というリクでした。 うむ、その名に違わず、可哀想だったぞ、『河合 総』!! いや、でも、大将が長ランだったから良かったじゃないか! 攻め生尻を見なくてすんで!!(爆) ところで、壁紙は、河合くんのイメージでした・・。 朱麗様、ありがとう御座いました〜〜!! |