黄龍妖魔學園紀  出会い編





 2004/9/21。
 葉佩九龍は、天香学園男子寮の屋根の上で腹這いになっていた。
 暗視スコープを装着し、ロープにぶら下がって一つの窓から室内をこっそりと覗き込む。
 そこには、一人の少年が鼻歌を歌いながら段ボールから荷物を取り出していた。
 机の上に無造作に置かれた薄っぺらなノート大の機器を見つけて、葉佩は目を輝かせた。
 「あった!俺のHANT!」
 小さく口の中で叫んで、葉佩はまたロープを伝って屋根へと戻った。
 あぐらをかいて座り込み、両腕を組んでぶつぶつと呟く。
 「やっぱ寝込んだ後に忍び込んで取り返すっつーのが、一番まっとーな手段だよなー。でも、それじゃあいつの正体が分かんねーしなー」
 

 葉佩九龍はロゼッタ協会に属するトレジャーハンターであった。
 それをエジプトで案内人との待ち合わせの時に、ちょいと以前揉めたスペイン軍人と出くわしてしまい、慌てて逃げる最中にぶつかった弾みにHANTを落としてしまったのだ。
 軍人を撒いてから戻ってきたがHANTは跡形もなかった。まあ、一見してOA機器、売れると思われてぱくられるのも無理は無い。 
 幸いロゼッタ本部はエジプト、アレキサンドリア。
 本部に戻って、HANTのあり場所を探知しようと思ったら…何と、そのHANTは活用されているらしい。しかも、案内人ともちゃんと合流してヘラクイオンの遺跡を踏破したとか。
 でもって、そいつが『葉佩九龍』の名で次の任務に向かったと聞いて、彼の顔は蒼白になった。
 このままではおまんまの食い上げ…じゃなかった、ロゼッタから役に立たないと評されて放り出されてしまう!
 幸い、本部で助けを請うたのは、髭のガルシアの通り名を持つ、師匠の友人だったため、上に報告する前に何とか失態は揉み消した。
 ガルシア曰く、
 「ひょっとしたら、別組織のトレジャーハンターかもしれねぇなぁ。これ幸いとロゼッタの内部を探るつもりかもしれねぇ」
 やばい。
 そんなことになったら、真剣に我が身がやばい。
 「こうなったら、そいつからこっそりHANTと取り返し、ついでに相手の正体も突き止めて見ろ。うまくいきゃあ、お咎め無しどころか、ボーナスまで出るかも知れねぇ」
 ボーナス。
 何と魅惑的な響きか。
 葉佩は、必ずや己の手でHANTを取り返すと誓った。
 だが、その前に。
 「…ガルシア〜…お金貸して?」
 えへっと可愛らしく首を傾げて手を出す。
 日本までの航空料金、及びそこから学園までの交通費…相手はロゼッタから支給されたかも知れないが、彼の方は自前である。
 しかも、新しいサブマシンガンを注文したばかりで金が無い。
 そして、そのサブマシンガンは、エジプト人案内人を介して手に入れることになっていた…つまり、現物もその見知らぬ相手が持っているということだ。
 「…トイチな」(注:10日で1割の利子。暴利)
 「いやあん、ガルシアさんってば、足下見てる〜!」
 「ダチの弟子だからこそ、崖の下に突き落としてやってんだよ!」
 「ひーん、払い切れずに、日本で体売る羽目になったら、天国の師匠に言いつけてやる〜!ガルシアのせいで身売りすることになりましたっつって〜!」
 「…トレジャーハンターは、ハンターで金を稼げや!つーか、お前の師匠は死んどらんだろうが!」
 

 まあ、そんなわけで。
 拝み倒して借りた現金で何とかここまで辿り着いたのだが。
 葉佩九龍、あまり複雑な思考は得意では無い。
 遺跡探索に必要なものは、勘と直感、と言って憚らない。どっちも同じじゃないのか、というツッコミは受け付けない。
 そんな人間にとって、慎重に潜入して相手の正体を探り出す、なんてスパイのような真似は、ややこし過ぎて脳味噌の回路がショート寸前だ。
 「どーするかなー。真っ正面から聞いても教えてくれねーよなー」
 「何を、だ?」
 「そりゃもちろん、あいつの正体………え?」
 誰かが自分の独り言に返事をした、その事実に気づくより早く、葉佩は感じた痛みに呻いた。
 目の前がチカチカする。
 数秒後に、ようやく事態を把握する。
 自分は俯せに倒され、誰かが背中に乗っている。痛みは主に打った鼻と唇あたりから発生。
 腕はねじ曲げられ、背中で拘束されている。
 そして、首筋に、温かな何かが触れている。
 刃の感触ではない。
 銃口でもない。
 なのに、それ以上に命の危険を感じて、背中の毛が一気に逆立った。
 「問う。貴様は、何者か」
 静かな、静かな声だった。
 だが、あからさまな恫喝よりも総毛立つ何かを含んでいた。
 「な、何者って…いや、俺は…怪しい者じゃ無いデス」
 もごもごと話していると、口の中に粘っこい何かが溢れて来た。どうやら鼻血だか口腔内出血だかが出てきたらしい。
 体はぴくりとも動かない。抵抗は出来ない…つーより、まずい。抗ったら、瞬時に殺される。
 葉佩の行動を決定するのは、勘と直感。その勘と直感が、そう告げていた。
 「抵抗する気は無いでーす。ギブ!ギブアーップ!」
 言って、へにゃりと体の力を抜いてみる。
 背後の人間が、微かに喉で笑った。
 「賢いな。意外と、場数を踏んでいるようだ」
 「おかげさまで」
 「なら、ますます問わねばな。この学園の生徒ではあるまい。何者だ?」
 「えーと…名前は言っても意味ねーと思うんで、所属を言いますと。ロゼッタ協会所属のしがない新米ハンターです」
 「ロゼッタ…あぁ、あれか。ハンターは身分を隠せと言われるんじゃないのか?」
 「今、隠したら、殺す気でしょーが、あんた」
 「あぁ。本当に賢いな、坊やは」
 くつくつと笑う声と共に、背中から重みが引いた。
 刺激しないよう、ゆっくりとした動作で背中を丸め、やはりゆっくりと足を引いて座る。
 振り向くと、そこには誰もいなかった。
 「…へ?」
 ぽかんと口を開くと、背後で、ひゅっと小さな音がした。
 咄嗟に身を丸めて転がりつつ背後を確認すると、ただの小石が下から飛んできただけだった。
 恐る恐る覗き込むと、窓の一つから顔が覗き、手を小さく振っていた。
 「来い…ってことで良いんだよな…」
 葉佩は、そう呟いて、ロープに手をかけた。

 葉佩が室内に滑り込むと、部屋の主はすぐに窓を閉め、カーテンを引いた。
 それから、タオルを葉佩に投げつけ、窓とは逆の方向を指さした。
 「あっちに簡易洗面台がある。まずは顔を洗え」
 「はぁ…ども…」
 敵意も殺気も感じられないフレンドリーな様子に戸惑いつつ、葉佩は言われたように洗面台に向かった。まあ、先ほど組み伏せられていた時にも、殺気は微塵も感じられなかったが。だからこそ、怖かったわけで。
 洗面台で鏡を見ると、確かに酷い顔をしている。
 鼻から下は血塗れだ。
 綺麗に洗って、口の中を確認したが、幸い歯は何ともなっていないようだった。
 タオルで拭きつつ出てくると、部屋の主が、HANTを起動していた。
 近寄らずに、改めてそいつをまじまじと眺める。
 中肉中背…と言うにはやや小柄、やや細身。…つーか、葉佩自身に似通った体型だった。
 日本人としてはやや淡い色の猫毛の髪は、前髪がやたらと長い。そして、でかくて太いフレームの分厚い眼鏡をかけているため、顔の上半分はほとんど見えない。
 見える範囲の鼻と口は端正だが、全体としては極々平凡な顔つきに見えた。
 「お前のIDは?」
 「あ、ID−0999。ここに潜入する場合の名前は、葉佩九龍」
 「そりゃ、知ってるがな。実際、俺もそう名乗った」
 苦笑して、部屋の主がHANTを閉じる。
 「ま、データはお前のもので間違いなさそうだな。手荒な真似をして悪かった、葉佩九龍くん」
 ちょいちょいと指で呼ばれたので、葉佩は素直に従った。
 部屋の主が、す、と手のひらを広げて、葉佩の顔の前に突き出した。
 何を…と思う間も無く、じんじんとした痛みが嘘のように引いていく。
 「ちょ…な、何をしたんすか!?」
 「さて、念のためそちらの事情を聞いておこう。俺の記憶と差異があったら…」
 続きは言われなかったが、たぶん聞かない方が幸せなことなのだろう。
 葉佩は、唾を飲み込んで、エジプトでの出来事を語った。
 足を組んで聞いていた相手が、不本意そうに指を組んだ。
 「ま、説明は合っているな。お前がこれの本来の持ち主ということを認めよう」
 「あ…ども」
 放り投げられたHANTを慌てて受け取る。
 そして、早速起動しようとして…眉を顰めた。
 「…あれ?開かねー?」
 「あぁ?別に壊した覚えは無いが?」
 相手が近寄って、葉佩の手の中のHANTを開く。
 「…あっさり開く…おい、これにはロックがあるのか?本人のみにしか開けられないとか何とか」
 「ある…みたいっすね…あは…あはは…俺のなのにーっ!」
 「騒ぐな。あの丸医者が弄りやがったな…」
 眼鏡に隠れて表情は見えないが、声が苦々しく歪んでいた。
 「設定し直せば良いんだろうが…出来るか?」
 「…本部の許可…つーか、マスターキーワードが必要じゃないかと…」
 あはは、と葉佩は乾いた笑いを上げた。
 結局本部に報告しなければならないのか。
 だが、相手は何か考えていたかと思うと、ぼそりと呟いた。
 「いっそ壊すか?そうすれば、きっと新しいのが支給されるんだろう?」
 「わーっ!止めて下さいよーっ!これ、結構高いんですからーっ!」
 これまでの人生で稼いだ金の大半が吹っ飛んだことを思い出して、葉佩は悲鳴を上げた。
 「なら、どうする」
 腕組みして、難しい顔…いや、見えないが多分…をして、考えているらしい相手に、葉佩はぽろりと言った。
 「あんた…いい人っすねー」
 「…あぁ?」
 「いや、あんたにゃ関係無い話なのに、何とか丸く収めてくれようとしてるみたいで…どーも」
 「ふん…ま、退屈してたんでな」
 どうでもよさそうに言って、それからにやりと笑った。
 「そういえば、自己紹介もまだだったな。俺の名は、緋勇龍麻。たまたまエジプトにいたが、正真正銘東京在住だ」
 「あ。どうもよろしく」
 改めて頭を下げて、葉佩も考えた。
 HANTが使えないと、協会に報告も出来ない。かと言って、潜入して一日でHANTの調子がおかしい、と言うのもまずい気がする。
 せめて、仕事が終わった時くらいのタイミングの方が…。
 「…あのー、緋勇さんは、普段は何をしてる人っすか?」
 「普段?…そうだなぁ、趣味は解剖、ってとこか」
 「いや、趣味じゃなく…って、解剖!?」
 「うるさい。ここは寮だぞ。壁が薄い」
 自分で自分の口を塞いで、葉佩は小さくぎゃあ、と言った。
 「解剖って何ですかー」
 「あぁ、これでも医学部の学生だからな」
 「へー、そりゃすげー…って、大学生〜!?」
 「う・る・さ・い!」
 枕を押しつけられて、葉佩はふがーっと叫んだ。
 「嘘ぉ!あんたどう見ても同い年くらいっしょ!?あぁ、でも19歳ならあんまり変わらねーか〜」
 「生憎、24だが」
 今度は、叫ぶ前に枕を押しつけられていたため、二回目の「嘘ぉ!」という叫びは枕に吸い込まれた。
 「俺の外見など、どうでもいい。…いや…どうでもよくは無いか…」
 ふむ、と緋勇はじろじろと葉佩を見た。指で顎をくいっと持ち上げる。
 「髪の色…は、やや俺の方が淡いが…髪型は似ているな。体格も似てなくも無し、顔立ちも…」
 言いながら、顔の上半分を手で隠す。
 「さすがに二人並べば差違は明らかだろうが、そんなに目立つほどでは無い、と」
 「えーと、緋勇さん?」
 「どうせ俺が葉佩九龍として学園生活を送ったのは、たった一日だ。ばれんだろう。お前、代われ」
 「代われって…まあ、そりゃ本来俺が『葉佩九龍』だから、それでいいんすけど…でも、大丈夫かなぁ」
 葉佩は首を捻った。
 確かに外見は何となく似ている。
 たった一日だけの同級生なら、騙せるかも知れない。…が、性格は大幅に異なる気もするのだが。
 「えーと、じゃあ、何すか?俺はあんたみたいな口の聞き方をしとけばいいということか?」
 後半、真似てみたつもりだったが、ナチュラルに偉そうな喋り方は舌を噛みそうだった。
 「いや、今日は猫を被っておいたからな。なるべく人畜無害に愛らしくをモットーに喋ってみたが。つまり…」
 いきなり、緋勇は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
 「初めまして、葉佩九龍です。日本には久しぶりに帰ってきました。これから卒業まで、よろしくお願いします」
 葉佩はしばし呆然と目の前の人間の変化ぶりを見つめた。
 まるっきり人畜無害な平凡な高校生。
 穏やかで尖ったところの無い、無さ過ぎて印象に残らない、そんな『空気』な人物。
 先ほどまでの威圧感溢れる男前とは全く違う雰囲気に、葉佩は、小さく「ひええ」と呟いた。
 「出来るか?」
 「ま、まあ…丁寧に喋れば、何とか…」
 「…転校初日で緊張していた、という言い訳も立つしな。落ち着けば、徐々に地を出して構わんだろう」
 「そうっすねー」
 葉佩は、うし、と頷いた。
 これで、自分が本来の<転校生>として潜入する事が出来る。
 …あれ?
 「あのー…俺の主目的は学園生活を送ることじゃなくて、ですねー」
 「あぁ、遺跡が何とか言ってたな。確かに、この辺りの龍脈の滞りには違和感があるが」
 「…へ?」
 「いや、こっちの話だ」
 緋勇はしばし首を傾げていたが、がりがりと頭を掻いた。
 「まとめると、だ。お前のHANTは、現在俺に反応することになっている」
 「はい」
 「お前は遺跡を探索しなければならない」
 「全くその通りです」
 「で、探索にはHANTが必要だ」
 「そうなんすよねー。それに情報も入力されるし俺の身体状況もインプットされて、死にでもしたら協会に報告され…あ、俺じゃなく緋勇さんのが送られるのか」
 「俺のデータ?…それは些かまずいが…まあ、どうせ心拍数だの血圧だの呼吸数だのといったバイタルサイン程度だろう?」
 「はいな」
 「なら、まあ、いい」
 「えーと、何がっすか?」
 そこで、緋勇はにやりと笑った。
 悪戯っ子の笑みだったが、何故か背中が寒い気がして、葉佩は体を震わせた。
 「昼間は、お前は普通に学生していろ。夜の探索には、俺も付き合ってやる」
 「へ?…良いんすか?」
 ちょっと考えてみる。
 夜、遺跡に潜る。
 HANTを緋勇が起動。それで、自分が探索して、HANTに情報を入力。
 「俺的には、めっちゃ好条件なんですけど…緋勇さんはそれで良いんすか?大学は?」
 「今は、卒業試験シーズンなんだよ。昼間はテストを受けに行くが、夜には帰ってきてやる」
 「そりゃ有り難い申し出で…」
 葉佩は、うーんうーん、と悩んだ。
 何か忘れてる気がする。
 えーと、シミュレート…自分と緋勇が遺跡へ…。
 「あ!」
 「何だ?」
 「いや、遺跡にはちょくちょく守り部がいるんすけど…あ、緋勇さんは俺が守りますけど、結構危険…」
 葉佩は、そこで口をぽかんと開けた。
 緋勇が爆発的に笑い出したからだ。
 「俺を守る…!お前が、か!」
 身を折ってひーひー笑う緋勇にむっとしていると、目尻を拭きながら、緋勇が眼鏡を外した。
 「くくく…悪い悪い。気を悪くしたか?だが、『この俺』を『守る』、なんて聞くのは久々だ」
 そうして、葉佩の顔を真正面から見た。
 眼鏡の無い、露な瞳が、炯々とした強烈な光を放って葉佩を貫く。
 声を失って見つめる葉佩に緋勇が唇の端を吊り上げた。
 「俺が眼鏡をかけている理由が分かったか?」
 それは、王の目だった。
 全てを支配する、傲慢で威圧的な王の瞳。
 理屈ではなく、本能が彼の前に跪くことを強制する。
 「お前が信じるか否かは俺の知ったことでは無いが…俺はこの地の王だ。さすがにエジプトは俺の支配圏外だったから不覚をとったが、この地で俺を倒せる者はいない。ま、俺のことは気にせず、探索に励むんだな」
 「…は、はぁ…そ、それはどうも…有り難きお言葉で…」
 葉佩は呆然と呟いた。
 もしも緋勇以外の口から「自分はこの地の王だ」なんて聞いたなら、気が触れてるのかと思うところだが、この目で見据えられていたら、そうですか、と納得できる何かがあった。
 緋勇はしばらく濃紺の眼鏡を弄っていたが、すい、と葉佩に差し出した。
 「お前、これ使え。今日もこれをかけてたからな。今日会った人間は、これを『葉佩九龍』の特徴と認識しているだろう。いずれ外せばいいが、とりあえず掛けていろ」
 「えー、こんな分厚い眼鏡、くらくら…」
 言いながら葉佩は受け取って、目に当ててみた。
 「あれ?素通し?」
 「単に、『目隠し』だからな」
 外を見えないように、ではなく、外から見えないように、という『目隠し』だったが。
 「はぁ、それじゃ、これからよろしくお願いします、緋勇さん」
 ぺこりと頭を下げた葉佩に、緋勇は楽しそうに笑った。
 「俺も退屈している、と言っただろう?構わんよ」
 あくまで尊大。
 しかし、そんな態度が呆れるほど似合う男だった。
 自分にちょっと似ている外見なのに、よくもここまで自信に満ちた表情が出来ることだ。絶対自分には真似出来ないなー、と葉佩は思った。
 緋勇は笑いを引っ込めて真剣な顔になった。
 釣られて葉佩も真面目になって、姿勢を正す。
 「さて、これから、今日出会った面々について、簡単な情報伝達を行う。うまくやれよ」
 「は、はいっ!頑張りますっ!」

 
 それから1時間後。
 葉佩は男子寮のとある一室の前に来ていた。
 緋勇情報によると、ここは今日出会った同級生がいるはず。
 えーと、怠そうで面倒くさそうだが、『同級生として』忠告をしてくれた上に、寮まで送ってくれたらしい。
 良い奴なんですねーと言ったら、緋勇は少し眉を顰めていたが。油断はするなってどういう意味だろう。
 まあとにかく。
 ばれないように世間話してこい、というお達しにて、葉佩はそこにいるのだが。
 「こんこんっと」
 口で言いながらノックすると、しばしの間があってからドアが開けられた。
 「あん?…何だ、転校生か」
 よし、とりあえずばれなかったらしい。
 しかし、確かに気怠そうな男だ。目が半分眠っているっぽい。
 「え?あ、悪ぃ!ひょっとして、もう寝てた!?」
 葉佩は慌てて腕時計を確認した。日本に来て速攻学園に来て、緋勇と話して…時間感覚がまるで無い。真夜中だっただろうか、と狼狽えて見てみれば…22時だったが。
 「いや?今から寝るところだが」
 「うっそ、早ぇ!年寄りくせーっ!」
 通りがかった男子学生が、ぶっと吹き出しながら足早に去っていった。
 「なぁ、マジでこんな時間から寝るの!?日本の学生ってそんなに早寝早起き!?うわー、俺絶対馴染めねーよ!」
 目の前の男が、ぽかんと目と口を開いているのを見て、葉佩は慌てて口を閉じた。
 「あ、ひょっとして、もう皆寝てんのか!?俺ってば安眠妨害!?ぎゃーっ!目立つつもりねーのにーっ!」
 口を手で押さえつつも小さく叫び続ける葉佩に、パーマの男が、ようやく振り絞った、というような声をかけた。
 「お前…何かキャラクター違うぞ?」
 「あ、やべっ!そうだったそうだった!」
 こほんっと咳払いして、葉佩はにっこりと、自分判定では最高級の笑顔を浮かべて見せた。
 「これは、失礼しました。ちょっと浮かれてしまいました。…浮かれてって、何に浮かれてんだよ、俺!学生生活にか!?あ、男に浮かれて〜とかじゃねーからな!?俺ってば外国暮らし長いから偏見はねーけどホモじゃねーのよ、ホモじゃ!」
 一人突っ込みを繰り広げる葉佩に、皆守は呆然としつつ、アロマをくわえた。
 すぱーっと一息吸ってから、扉に手をかける。
 「ま、何でもいいが…俺は寝るんだ、邪魔するな」
 「おーっと!悪い悪い!じゃ、お休み、ダーリン♪」
 「…誰が、ダーリンだっ!」
 蹴り出された葉佩は、そのままスキップでもしそうな雰囲気でつらら〜♪と歌いながら自室に戻った。
 そして、緋勇に報告する。
 「ばれなかったでぃっす!俺ってば偉い!」
 ベッドに腰掛けた緋勇は、頭を押さえていた。
 「お前………いや、いい………」
 「へ?どうかしましたか?緋勇さん」
 「あのな、葉佩」
 緋勇は、がしっと葉佩の両肩を掴んだ。
 「お前が演技をするのは、不可能だということは悟った。…もう地のままでも構わん。初日は緊張して良い子のフリをしようとしていたが、気が抜けて本性が出た、ということにしておけ…」
 「何か良く分かりませんが…とにかく、俺はフツーにしてれば良いんすかね?」
 「あぁ、お前なりに普通にしていろ…まあ、一般常識的に、いきなり転校初日で人物が入れ替わってるなんて疑う奴ぁいないだろう」
 そう言ってから、緋勇は、少しばかり顔を顰めた。
 「いや、白岐がいたか」
 「えーと、白岐っつーと…あぁ、足下まである黒髪の美少女さん」
 「あれはどうも…<氣>が見えるタイプのような気がする。…が、声を大にして告発するタイプでも無し、突っ込まれても狼狽えずに流しておけ」
 「よ、よく分かりませんけど、流せば良いんすね。うす、OKっす!」
 「…大丈夫かよ…」
 緋勇の顔に、初めて不安そうな表情が浮かんだ。
 対称的に、葉佩はウキウキと装備を確認している。
 「それじゃ、俺、遺跡の入り口見て来まっす!いやー、楽しみだなー、新しい遺跡が俺を待っている〜♪」
 「…ヒヨコを見守る劉の気分だ…」
 
 
 言うまでもないことだが。
 30分後には、この葉佩は、八千穂に『トロ職人』と名乗って、思い切り正体がばれることになるのだった。







九龍妖魔学園紀に戻る