dolce―甘く柔らかに―
「うーん」
九龍はキッチンで悩んでいた。
「寝巻き代わりに着せてくれたんだろうけど、やっぱり汚すのは気が引けるよな」
自分が着ている縦のストライプのシャツを見る。
九龍が着ると下を穿いていなくても、腰をすっぽり覆うだけのかなり大きな前開きのシャツは、まだ真新しく、しかもそれなりの値段がしそうなものだった。
「かと言って、これを使うのもな」
さっき見つけたフリルつきの白いエプロンをしげしげと眺める。
なぜ、こんな俗にいう新妻エプロンなるものが今は独り暮らししているはずの取手の部屋にあったのかはかなり疑問だが、このプロの〈宝探し屋《トレジャーハンター》〉の目を持ってしても、見つけられたのはこれ一枚だけ。
朝食を作るというこれからの目的の上では、エプロンをつけたほうがいいのは確かなのだが……。
九龍は、もう一度自分が着せてもらっているシャツとエプロンを見比べると、意を決したようにエプロンを手に取った。
「我ながら、うまく出来たぜ」
九龍は、ふんわりとしたプレーンオムレツを皿に盛りつけながら、上機嫌で呟いた。
「後は……」
すでに用意してあったサラダを手に取ろうとして、ふと人の気配を感じる。
顔を上げると、キッチンの戸口に少し驚いた様子の取手が立っていた。
「かっちゃん、悪い、起こしちゃったか?」
まだ起きるには少し早い時間のはずだ。しかし、取手は首を横に振ると、微笑んだ。
「おはよう、くっちゃん」
「おはよう。昨夜、世話になったみたいだからな。せめて朝食でもと思ってさ」
探索《しごと》の後、泥だらけのままここを訪ね、シャワーを借りたところまでは覚えている。しかし、その先の記憶が全くなかった。朝、目が覚めたときにはベッドの上にいたから、どうやら取手にバスルームから運んでもらったらしいことだけは解かったのだが。
「いつまでもバスルームからでてこないから、見に行ったんだ。声をかけても反応がなくて慌てて中に入ったら、君が立ったまま眠っていた」
昨日の状況を思い出したのか、取手の表情が微かに曇る。どうやら思っていた以上に心配をかけてしまったらしい。
「かなり疲れてたみたいだね」
「ごめん。ちょっと無理をした自覚はある。けど、これでやっと片がついたから、しばらく休暇にしようと思ってるんだ」
謝った後、そう宣言する。
「じゃあ、しばらくはこっちにいられるんだね?」
嬉しそうなその声に、無理してでも休暇をとって良かったと思った。
頷きつつ、なんとなく照れくさくなって作業を再開する。
「あ、かっちゃん、エプロン勝手に借りたんだけど、大丈夫だったか?」
スープをかきまぜながら、今さらのように心配になって聞いてみる。誰かの忘れ物という可能性もあることに後になって気づいたのだ。
「あ、うん。プレゼントされたものだから、処分するわけにもいかなくて、困っていたんだ。君が活用してくれて良かったよ」
窓から差し込んでくる朝の日差しが眩しいのか、目を細めてエプロン姿の九龍を見る。
「プレゼントって、かっちゃんにこれを?」
「絶対に似合うからと書き添えてあった」
困ったように小さく笑うその姿を見ながら、確かにと少し納得してしまった。少なくても自分よりははるかに似合いそうな気がする。
複雑な気分のまま、スープのほうに視線を戻す。
「美味しそうだね」
いつの間にかすぐ近くまで来ていたらしい取手が、手元を覗き込みながら、囁いた。
「玉ねぎがあったからオニオンスープにしてみたんだ。もう少しで出来上がるからさ、座って待っててくれな」
「待てない」
「かっちゃん?」
意外な返事に御玉杓子を持ったまま、思わず振り返ろうとして、背後から抱きすくめられた。
「今すぐ食べたい」
耳元で低く囁かれ、身体がビクッと震える。
「い、今すぐって、そんなに腹減ってたのか? じゃ、味見でも……」
誤魔化すように御玉杓子を掲げてみせる。
取手が本当は何を言いたいのかは解かっていたが、新妻エプロンをしたままキッチンで。というこの状況《シチュエーション》ではなるべく避けたかった。
「くっちゃんが食べたい」
しかし、取手のほうは誤魔化されてくれるつもりはさらさらないらしく、もう一度今度は主語付きで繰り返すと、耳朶に軽く歯を立てた。
「ッ……」
でそうになった声を辛うじて抑える。ここで反応してしまっては、なし崩しに突入してしまいそうだ。
「いや……あの、まだ朝早いし、せめて朝飯食ってからにしないか?」
頭の中とは裏腹に期待で知らず身体が熱くなっていくのを感じながらも、なんとかそう提案する。
「そうだね、せっかくくっちゃんが作ってくれたんだから」
今度のは、取手の耳にも届いたらしい。
「簡単なものばかりだけど、味は保証するぜ」
ホッとしたような残念なような複雑な気持ちで、緩みかけた腕から逃れようとすると、すぐにまた強く抱きしめられた。
「けど、ごめん。もう我慢できそうにない」
取手の手が、するりとエプロンの下に入り込んだ。
「あ……、かっちゃん……」
手の動きに反応しながらも、なんとか逃れようと身じろぎする。
「昨夜からずっと我慢していたんだ」
しかし、こういうときには珍しいその切羽詰まったような声に、動きが止まった。
シャツを掻き分けられ、直に触れられる。
「ん、ン……ぁ……」
「くっちゃんの、もうこんなになってるよ」
自分でも解かるくらい熱くなっているものを、包み込まれる。
「飢えていたのは、どうやら僕だけじゃなかったみたいだね」
その嬉しそうな声に、九龍は赤くなって俯いた。
「こっちも、後でちゃんと味あわせてもらうからね」
「ぁ……」
しつこく持っていた御玉杓子を取られる。
仰向きにキッチンカウンターの上に乗せられ、足を割られる。取手の身体が入り込み、肩の上に足を持ち上げられた。
恥ずかしさのあまり、顔を背けたまま、次の行動を待っていると、ぴちゃっとした水音が聞こえ、思わず視線を戻す。
「か……っちゃん?」
取手が近くにあったオリーブオイルを手にとって掌の上に零している。
「慣らしてあげる余裕はなさそうなんだ」
だから、せめてこれでと取手の目の前に晒された秘部にオイルで濡れた指を差し込まれた。
「そんな……いらな……っひ……あぁ……」
奥までたっぷり塗りこまれ、九龍のものがさらに硬さを増す。指が引き抜かれ、ホッとしたと同時に、すでに暴発寸前になっているらしい取手のものが宛がわれた。
そして、一気に侵入してくる。
「ッん……あ、ぁぁぁ……」
オイルのおかげか、久しぶりに受け入れたそれは、痛みを伴ったもののすんなり奥まで到達した。
「くっちゃん……」
小さく息を吐いて、取手が名を呼ぶ。
閉じていた目を開き、潤んだ瞳で見上げると、取手が微笑んだ。
「こうやって、改めて見ると倒錯的だね。本当に新妻を犯している気分になる」
他の人間に言われたら、思いっきり引くか、殴り倒していただろう台詞も、取手の口から聞くと、ただひたすら羞恥心を煽られるものになる。
「か、かっちゃん……」
顔を真っ赤にしながらもなんとか抗議しようと口を開きかけるが、腰を打ち付けられ、声を詰まらせた。
「ん……ぁ……あァ……」
いつもより性急な動きが取手の余裕のなさを感じさせる。
「駄……壊……れる……あ、ふ……っく……」
明るい朝の日差し、キッチンカウンターの冷たい無機質な感触、素肌にシャツ一枚羽織った上に新妻エプロンという姿で男に犯されているというこの事実は、認めたくなくても九龍自身を追いつめる材料になっていた。
「……は、ぁ……い……っぃ……」
強く揺すられながら、喘ぐ九龍を愛しげに取手が見つめる。
「……し……てる……」
耳には届かなかったが、確かに聞こえた言葉に九龍は濡れた瞳で取手を見つめた。
「ん……俺……も……」
小さく囁くと、さらに早くなった動きの中、2人は同時に高みへと登りつめた。
まだ疲れが残っていたのか、快楽の余韻が去ると急激な睡魔に襲われた。
朝食の支度が終わっていないからと、必死に睡魔と戦っている九龍を、新しいシャツに着替えさせた取手が抱き上げる。
「わわっ、かっちゃん……っ」
お姫様抱っこという男としては断固として遠慮したいその格好に、九龍は慌てて身じろぎするが、解放してくれる様子はなかった。
「君はもう少し眠るといい」
「けど、まだ支度が……」
「後は僕がやるよ。中断させたのも無理をさせたのも僕だからね」
それでもなおも躊躇う様子の九龍のおでこに、取手は軽く口付けた。
「昨夜のこと気にしてるのかい? 君は、ちゃんと来てくれたろう? それにこうしてプレゼントももらったしね」
しっかり抱き込まれ、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。しかし、すぐに顔を上げ、取手を見上げた。
「誕生日、おめでとうかっちゃん。遅くなっちゃったけどな」
昨夜、3月3日の日付が変わる前になんとかたどり着けたものの、シャワーの途中で眠ってしまったため、結局言えなかった台詞を口にする。
「ありがとう、くっちゃん。嬉しいよ」
「ん」
微笑まれ、力を抜いて身を任せる。
そのままベッドに運ばれる間に、九龍は睡魔に身を委ねていた。
取手は自分のベッドの上に九龍を横たわらせると、毛布をきちんと肩までかけた。
「君は忘れてるみたいだけど、今日、4日は君の誕生日なんだよ」
そう囁いて、小さな寝息を立てている相手の髪を撫でる。
「だから、今度は僕が言う番だね」
顔を近づけ、唇に柔らかく自分のそれを重ねる。
「二十歳の誕生日おめでとう、九龍」
『微睡みの月』にて…えーと…5000(…だったっけ?)を踏んで、頂いたものです。リクエストは、『媚薬ネタまたは、新妻エプロン』という趣味丸出しにしたものでしたが、リクして良かったと心から思いました(笑)。
…あ、くおんさまんちは『葉宮九龍』さんなので、「くっちゃん」らしいです。
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